「
院生試験を受けたいと伝えた次の週、志願書を持ってきたヒカルが森下に尋ねる。
以前から小学生になると院生試験を受けようと考えていたヒカルは平八に相談していた。
そして平八の説明と説得により、美津子と正夫は院生がどういうところであるのか、娘がどういう道に進もうとしているのか理解した。
若干6歳のヒカルの決意に両親も応援することにした。
「ヒカル君もう書いてきたのか。どれどれ…うん、大丈夫だね。…ん?」
6歳なのに意外とキレイな字を書くなぁと考えながら志願書に目を通した森下は記入ミスを見つける。
「ヒカル君、ここ、間違ってるよ」
「え?昨日何度も確かめたのに…どこ?」
「ほら…ここだ」
森下が志願書の一部分を指さす。
そこは―――。
「………」
「?ヒカル君?」
普段は6歳児には見えないほど落ち着いていているヒカルが頬を膨らませて怒っている。
そんな様子に森下と門下生は首を傾げる。
そしてそんなメンバーを見渡したヒカルはため息をつき、佐為は自分もそうだったからしょうがないと思っている。
森下が指した先、それは女に丸がつけられた性別の欄であった。
「
ヒカルの発言にどのくらいの沈黙が流れただろうか。
全員が口を大きく開けてぽかーんとしている。
「えええ!!?ヒカル君女の子だったの!?」
一番最初に声を発したのはヒカルが来るまで最年少だった冴木だった。
その発言を皮切りに一同が驚きの声を上げる。
「ごごごごめんね!?てっきり男の子だと…!」
「まさか女の子とは…」
「一人称がオレだったから男の子だと思ってた…」
「今度からヒカルちゃんって言わないといけないね…」
散々な言われ様である。
慣れてるとはいえやはり2年近くも男の子と思われていたのは切なくなる。
ヒカルはジト目で皆を見る。
「ちゃん付けで呼ばれるのむず痒いから、今までどーりでお願い」
ため息をつきながら答えた。
その日の研究会は気まずいまま終了した。
「もー!!皆も佐為もひどい!!オレ女なのに!!」
『ヒカルぅ…だったらもっと言葉遣いをお淑やかに…』
「14年以上男だったんだぞ!今更言葉遣い変えられねーよ!」
『でも2年も女の子生活続けてるでしょ?』
「……う~。今更私なんてむず痒すぎる…。無理!オレはオレだからいーの!」
『えええ~…』
恒例の部屋での佐為との対局中の会話である。
文句いいながらもさすがは二人、まるで高段者の対局だ。
現在のヒカルの実力は前の世界の白川と並ぶ程。
メキメキと力をつけてきている。
それが佐為には嬉しい反面、もったいないと思っていた。
だがヒカルは自分は打たない、影でいる、と決意が固い事を今更変えられないとも知っている。
『(もったいない…。ヒカルは以前の塔矢アキラより強い。…塔矢アキラ。今頃彼は…?)』
「ん?どうした佐為?」
『ヒカル、塔矢アキラはこの世界で何をしているのでしょう?』
「塔矢か…。そうだな…。何してんだろ…」
考え込む二人。
ふと佐為が提案する。
『院生試験を受ける前に塔矢アキラに会ってみませんか?』
「え?何で…?」
正直なところヒカルは後ろめたかった。
塔矢と最後に会ったのは塔矢名人の入院先の病院である。
saiと打たせろと緒方に詰め寄られた時に鉢合わせたキリだ。
以前は生涯のライバルなんて言っていたが自分は佐為を追って過去に来てしまった。
この世界の塔矢とは別人だとは思っていても顔を合わせづらい。
そんな揺れる気持ちを佐為は気づいていた。
『ね、いいでしょ?以前の囲碁サロンに行ってみましょうよ♪』
「ん~…佐為が言うなら…」
ヒカルが断れない事を知っていてお願いする佐為。
佐為のおねだりには弱いのだ。
土曜日、囲碁教室が終わってから行くことにした。
「ええ~と、ここ?」
「そうそう。んじゃここに置いたら?」
「こっち?」
「正解!あかりすげーじゃん!」
囲碁教室にてヒカルはあかりに詰碁を出していた。
ヒカルと違いあかりは前世の記憶など持ち合わせていない。
そんな中ヒカルにくっついて全く知らなかった囲碁を覚えている。
ちょっと難しい詰碁も答えれるくらいにあかりもメキメキと力をつけてきた。
それは佐為と毎日という程打っているからなのであるが、前世から考えると考えれない事だった。
「うん。あかりちゃんもだいぶ力をつけてきたね。僕と一局打ってみようか?」
「先生と!?うん!打つ~!」
笑顔で答えたあかりに白川も微笑み返す。
(ヒカル君は女の子なんだからお友達も女の子なんだと何故気づかなかったんだろう…。いやあかりちゃんと並んでいると完全にヒカル君は男の子なんだよ…)
そんな失礼な事を考えながら。
「(なぁ佐為。あかり前より強くなってねぇ?)」
『そうですね!あかりちゃん、すごく筋がいいのかも…』
「(………あかりも勉強したら院生行けるな…)」
『確かに。囲碁を覚えて2年でこれだけ打てるなら後何年かすれば』
「(だろ?あかりすげーよ!)」
笑顔で白川と打っているあかり。
その内容は指導碁だがとてもいい。
そして佐為が指導碁をしているからか、佐為の打ち筋に似ている。
それを見てヒカルは佐為がまたこの世によみがえったと喜んでいる。
『ヒカル、あなたも凄いのですよ―――』
佐為のつぶやきはあかりの対局に夢中になっているヒカルには聞こえなかった。
囲碁教室も終わり、佐為とヒカル、そして何故かあかりも塔矢名人経営の囲碁サロンの前にいる。
二人は手をつないでいて、傍から見ると初々しいカップルだ。
そうじゃなければ姉と弟。
女の子のお友達同士には全く見えないのが残念である。
気にせず向かい、自動ドアが開く。
「あらこんにちは。可愛いカップルね。いらっしゃい」
受付の市河が答える。
「(うわー、受付のねーちゃん若い…)」
『塔矢行洋の病室以来ですもんねぇ…』
じろじろと自分を見る子どもに市河は頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「(…て、カップル…。まぁいいか…。元男だし…)」
『(かっぷるとはなんでしょう…。聞いたらヒカルが怒りそう…)』
「ここに名前を書いてね。ここは初めてかな?」
「うん。初めてだよ。あ、打つのオレだけで、隣のこの子は見学だけどいい?」
「大丈夫よ。キミ棋力はどれくらい?」
「え…棋力…?(佐為、オレってどのくらいになるんだろ?)」
『私に聞かれましても…』
「えーと、今度の院生試験受けるくらい…」
「えっ」
市河が驚く。
それはそうだ。
目の前にいるのは明らかに幼児。
まぁヒカルは小学生なのだが、背が低いせいでまだ幼児に見える。
「ヒカル!男の子がいるよ!」
ふとあかりが声をあげる。
あかりが指す方向を見ると、そこにはアキラがいた。
「塔矢…」
この世界に来て、初めてヒカルとアキラは出会った。
前世とは違う人生を進んでいるヒカル。
以前より早くめぐり合う事でアキラの人生もここから変わるのだが、そんなことをヒカルも佐為も気づいていなかった。
8話目にしてやっとアキラ君登場です。
いやまだ出てきてないか。
加賀の回想に出てくるアキラ君をイメージしてます。
この頃のアキラ君かわええ…。
そしてついに森下師匠達に気づいてもらいました。
ヒカルの見た目はしばらく変わりません。
そして言葉遣いですが、この世界にいたヒカルは以前から男言葉を使っていました。
なので自分のことを「オレ」と言っていてもまわりは不思議に思っていません。