「塔矢…」
思わずつぶやいてしまった、かつてその背を追っていた人物の名前。
いてほしくなかった。
会いたくなかった。
………会ってしまったら。
アキラを見つめて顔を強張らせるヒカル。
かすかに震えている。
『(…打ちたいのですね、ヒカル……)』
佐為は気づいていた。
ヒカルがアキラと打ちたいと思っている事を。
ヒカルのつぶやきがアキラに聞こえていて、ヒカルの元に歩いてくる。
そして前の世界では考えられないくらいフレンドリーに話しかけてきた。
「こんにちは。ボクのこと知ってるの?」
「…知ってるよ。塔矢先生の息子って有名じゃん」
震えが止まったヒカルも答える。
その表情は、とても切なく見える。
自分が打ちたい、なんて思ってはいけない。
佐為はヒカルから流れてくるそんな感情に悲しそうな顔をする。
「ヒカル、この子とーやくんって言うの?」
あかりの声にはっとなる。
「ああ。今日本の囲碁界で一番強い塔矢名人の息子だよ」
「へぇ~。あ、わたし藤崎あかり!よろしくねとーやくん!」
「塔矢アキラです。よろしく、藤崎さん。…えと、キミは…」
「…進藤ヒカル。よろしく」
『藤原佐為です!よろしくお願いします♪』
何故か佐為も挨拶をする。
しかもアキラの頭を撫でつつ『いい子いい子』と言いながら。
「(………佐為…塔矢を撫でるのやめろ…)」
衝撃の絵図に笑うのを必死で抑えて別の意味でヒカルは震える。
『皆小さくて可愛いです♪』
「(確かに前からは考えられねーけどさ…)」
「とーやくん何年生?わたしたち1年生だよ」
あかりのほんわかした質問で別の意味で笑みが出る。
「ボクも同じ1年生だよ!」
アキラも笑顔で質問に答える。
「ねぇ、わたしヒカルと白川先生としか打ったことないの。とーやくんわたしと打って!」
「うんいいよ!一緒に打とう!(白川先生って誰だろう…)」
二人は奥の席に移動した。
ヒカルは受付の市河に「ごめん、オレ見学であいつが打つのでも大丈夫?」と聞いて了承を得、ヒカルと佐為が見守る中あかりが3子を置いて打ち始めた。
―――やっぱり世界は変わっても、塔矢なんだな。
あかりに対して指導碁を打つアキラ。
この頃のアキラはヒカルが知っている強さには程遠いが、それでもあかりよりはるかに強い。
その打ち筋はやはりアキラであった。
だが決定的に違ったのが、その姿勢だ。
この頃のアキラは周りにライバルらしいライバルがいなかった。
いるのは年上の塔矢門下で一番年が近いのが7歳上の芦原だった。
ちなみにこの頃の芦原は院生である。
すこしつまらない…そう思ってた時に明るい同い年の子が来て一緒に楽しく打っている、その事実がアキラを奮い立たせていた。
今までアキラは年の近い子からは勝手にライバル視され、そして打つと絶望して去っていく、そんな事しかされていなかった。
こんなに楽しそうに碁を打つアキラを見てヒカルはちょっと驚く。
「(あかりってすげーな。あの塔矢に終始笑顔で語り合いながら打ってる)」
『塔矢も本当は素直ないい子なんですよ。ヒカルが生意気な事言って怒らせるから…』
「(う…あの頃は塔矢に本当に悪かったなぁ…って、だからいい子いい子すんなって…)」
「あーん、2目足りなかった~!」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
あかりの2目負けで終わった。
二人は終始楽しかった対局の検討をする。
「ここはこっちに打った方が全体が見やすいと思うんだ」
「そっかぁ!とーやくんすごいね!」
「そ…そうかな…」
「(塔矢が照れてる…)」
和気藹々、そんな光景がヒカルを混乱させる。
以前はアキラが佐為を追ってきた。
そして自分がアキラを追う、そんな図だった。
いつからか、アキラがヒカルを気にしだす様になったのは。
この世界ではどうなるのだろうか?
またアキラは佐為を追いかけるのだろうか…ヒカルはそんな複雑な思いだった。
「キミは打たないの?」
「ふぁえ!?」
アキラに話しかけられ、考え事をしていたヒカルは素っ頓狂な声を上げる。
「…えと、よかったらボクと打たない?」
「あー、一人分しか席料払ってないから無理だよ。お小遣いなくなったもん」
「えっ!ヒカルごめんね!わたしが打っちゃった…。今度のおこづかいでヒカルにお金かえすね!」
「別にいいよ。あかりと塔矢の対局見れて楽しかったし」
そんな会話を聞いたアキラは受付の市河の下へ行き、一言二言告げた後ヒカル達の所へ戻ってくる。
「お金いいって。だから進藤くん?ボクと打とうよ!」
「え、いいの?」
市河の方を見ると両手で大きな丸を作って笑顔で答える。
「それじゃあ…一局だけ。互戦で」
ヒカルの言葉にアキラは「またこの子も…」と思う。
勝手にライバル視され、勝手に絶望して帰っていく。
そんな同年代を何人も見てきた。
だからヒカルの事もそんな人たちと同じだと考える。
それは今まで自分がされてきた様に勝手な考えなのだが。
「ヒカルはつよいんだよ!こんど”いんせい”受けるんだよ!」
「え…院生!?」
目を見開いてヒカルを見つめる。
アキラは自分がまだ院生を受けるまでは力が足りないと考えていたのだが、目の前のヒカルは受けるという。
という事は棋力は高い、ということだ。
「進藤くん、こんどって…6月のしけん、受けるの?」
「うん。オレの
「せんせい?進藤くんのせんせいって誰?」
「森下九段」
その言葉を聞いてアキラは確信する。
九段の門下で、その九段が推薦するならだいぶ棋力が高いという事。
アキラは先ほどの考えを恥じた。
そしてあかりとは違ったワクワク感を持った。
「打とう!ボクがニギるね!」
「うん。………オレが白だ。お願いします」
「おねがいします」
あかりが笑顔で二人を見つめる中、対局が始まった。
「(佐為、一手目は?)」
『ヒカル。あなたが打ってみませんか?』
「(はっ!?何言ってんだよ!オレは打たないって言ったじゃねーか!!)」
『この対局はヒカルが打つべきです。私では駄目です。以前と同じになってしまいます』
「(同じじゃねーよ!ずっと佐為が打つんだから、オレでしゃばらないから!塔矢がずっと追ってたのは佐為だから、打たせてあげれなかったから、佐為…)」
『ヒカル、結局塔矢が見ていたのは私ではなくヒカルだったんですよ。プロ試験の時、わかったでしょう?』
「………」
前世でのプロ試験。
それは越智の後ろに見えていたアキラの存在。
佐為を追っていたアキラはいつの間にかヒカルを捕まえようとしていた。
「…?進藤くん?」
いつまで経っても打たないヒカルにアキラが声をかける。
「(…この一局だけだからな。佐為の弟子として、佐為のために打つ)」
『ヒカル』
そうではない、そうではないのだ。
声を出したかったがヒカルは対局に集中すると周りが見えなくなる。
諦めて盤上を見る佐為。
そこには―――。
「ありません」
「ありがとうございました」
ヒカルの中押し勝ちだ。
だがその内容は、とても美しく負けたほうも自慢できる内容であった。
対局時間は6才児にしては長く、3時間近く経っていた。
「進藤くん…すごい!ボク、同い年でここまで打てる人初めて会ったんだ!またボクと打ってくれる!?」
興奮してヒカルに襲い掛からんばかりの勢いで問いかける。
「うーん。オレあんま時間ないからなぁ。時間あるときだったらいいけど…」
「時間?」
「こう見えて忙しいんだよ…。囲碁教室ももうすぐ辞めるし、ここまでなかなか来れない」
「だったらボクがそっちへ向かう!」
「そこまで…?」
ふと前世のアキラの猪突猛進さを思い出すヒカル。
他校に乗り込むくらいのバイタリティ。
懐かしく思って苦笑してしまう。
「でもオレ院生受けるし、やっぱそこまで時間とれねーよ」
―――時間ある時は佐為と打ちたいんだけど。そう心の中で思う。
その思いが伝わった佐為は嬉しい様なもったいない様な、複雑な心境だ。
そしてアキラが爆弾発言をする。
「だったらボクも院生試験受ける!!!」
「『………えええええ!!!?』」
前世とはあまりにも違った人生に、ヒカルも佐為も慌てる。
そんな二人の心情を他所に、アキラは鼻息が出そうな勢いで興奮しているし、あかりはどこか楽しそうだ。
「(…塔矢、ごめん。またお前の人生狂わせた)」
ヒカルは心の中でアキラに謝るのであった。
アキラくん爆弾発言です。
どこまでもヒカルを追っていきます。
書きたかったのは佐為がアキラをなでなでするシーンです。
書けて満足しました。
あかりちゃんの可愛らしさを表現できなかったのがちょっと悔しい…。
こっそり投下。
なでなでシーンの落書きw
【挿絵表示】
アキラ君ムズい…。それより佐為がムズすぎる(´・ω・`)