そのままの君が好き。   作:花道

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♯16 姉妹②

 

 

 

 

 憧れていた。

 でも、今思えばその感情は憧れとは違うものだった。

 その背中は何度も見てきたつもりだった。

 こういう人を天才というんだなと、ずっと勘違いしていた。

 あの時までは。

 握りしめた紙切れがくしゃくしゃになる。

 この紙はもう二度と元通りには戻らない。

 だけど、貴女は違う。

 貴女はまだやり直せる。

 さよならだけの人生じゃない。

 頑張ってください。

 

 

 陽乃さんーーー。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 痩せた。

 雪ノ下雪乃が一番最初に思ったことはそんな些細なものだった。

 次に思ったことは元気そうで良かった。

 不思議なことに憎悪とか嫌悪といった感情は、一切込み上がってこなかった。

 逃げ出したことを責めるつもりなんて最初からなかった。

 ただ。

 やっぱり少しだけ会いにくかった。

 もともとそんなに仲が良かったわけじゃない。

 その背中をずっと見てきたから、その重荷を()はちゃんと知っている。

 課せられていた重圧も、必要以上の期待も、才能以上の努力も、()はちゃんと理解している。

 それなのに、心の奥底に残るこの違和感はやっぱり嫉妬という感情なのだろうか。

 そんなことを考えていたのに、次の瞬間には、一瞬にして頭が真っ白になった。

 

 雪ノ下陽乃に抱きしめられた。

 力強く背中に手が回されている。

 陽乃が今どんな顔をしているのか、髪の毛に隠れて表情が出てこない。

 笑っているのか、赤くなっているのか、泣いているのか。

 何もわからなかった。

 ただ、この状況に戸惑う自分がいるだけだった。

 ふわふわと漂っていた両手を自然と陽乃の背中に回す。

 ここが往来の場だと理解していながらも雪乃は陽乃を抱きしめた。

 回した両手が痩せた身体を浮き彫りにした。

 伏せた瞼に思いが募る。

 正しい選択はわかっている。

 今この場で母に連絡することが正しい選択なのは、よく理解している。

 だけど。

 きっと、自分が考えている事は母を落胆させる事だろう。

 でも。それでも。

 その選択は妹としては間違っていない選択だ。

 全てを棄てた陽乃と全てを押し付けられた雪乃。

 特別な才能を持っているとずっと思っていた。

 母の期待を一身に背負い、ずっと一人で戦っていた。

 陽乃の味方はいつも一人しかいなかった。

 二人の祖父である雪ノ下翔陽だけが陽乃の味方だった。

 あの人だったら、いくらでも陽乃を救えた。

 でもあの人はもういない。

 だから、妹である自分が助けなくちゃいけない。

 なのに。

 今どうやって生活しているのか? お金はあるのか? 帰れる家はちゃんとあるのか? 悪い人に騙されていないか? 病気はしていないか? 

 聞きたいことはたくさんあるのに、それを言葉にできない。

 言葉が溶けてしまう。

 

「急にごめんね。雪乃ちゃん」

「……後悔、しているの?」

「……うん」

「姉さんらしくないわね」

「そうだね」

 

 変わらず表情は見えない。

 声音から察するに、別に泣いているわけじゃない。

 

「……痩せたね」

「……うん」

 

 あの時、こうしていれば。

 あの日に戻れれば。

 だけど、あの頃の貴女にはもう戻れない。

 

「ねぇ、雪乃ちゃん」

「なに?」

「雪乃ちゃんは、変わったね」

「……、」

「なんか、優しくなったね」

 

 

 

 ♯16 姉妹②

 

 

 

 思い出は空の彼方。

 幸せは長く続かない。

 抱きしめた体温を忘れたくない。

 こんな弱い自分を見せることなんてないと思っていた。

 あの時、こうしていれば。

 あの時に戻れれば。

 だけど、あの頃には決して戻れない。

 時間を巻き戻すことなんて誰にもできない。

 だから、進むしかない。

 正解はわからない。

 最善はわからない。

 正しい選択なんてきっと誰にもできない。

 間違いだらけなのは、重々承知している。

 それでも前に進むしかない。

 

 

 ーーーありがとう、雪乃ちゃん。

 

 

 


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