『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第九拾六話

 日振島は、南東より北西にかけて斜めに書かれた〝W〟の文字に似た形をしている。〝W〟の北西の入り江、島の凡そ三割強を占める部分を、夕日に染まったような黄金の靄が覆っていた。

 日振島が伊予宇和島から臨んだ場合、水平線の向こう側に位置することにより、追捕使の目を逃れることができた。

 それは異常な光景であった。靄は潮風に吹かれる度に表面に漣の紋様を刻み靡き、決して千切れることはなかったのだ。

 豊後水道を抜ける船舶から見ればしかし、遠目にも異常は歴然だった。

「いなげな(奇妙な)。きない(黄色い)繭、しょう(とても)でかい繭玉げや!」

 幾人もの船頭が、異口同音に叫んだ。

「海賊衆は、化け物を育てているのでや?」

 金色に輝く巨大な繭は、瀬戸の波濤に同調し脈動する。日の光に外皮が透け、繭の皺に沿って畳まれた翼の骨格が盛り上がる。胎児の如く頭部を俯かす金属生命体の胚は、脈々と鼓動を刻んでいる。生き物とも構造物とも呼べる巨軀は、周囲の島々を圧倒していた。

 公儀に海賊衆の動きを告げる者は現れなかった。ソラの権威はそれ程まで失墜していたのである。

〝W〟の南東端、瀬戸の海に張り出した日振島の岬の上から、拱手した海賊衆の魁師が睨んでいる。視線の先には、蠢動する影の頭部があった。

「あとどれくらいだ」

「追捕海賊使が強化され、バックミンスターフラーレンの獲得量が減少しています。外装は半月もすればスタトブラスト状態を終え羽化しますが、擬装を完了するには更に半月ほどかかります」

「間に合うのか」

 暫く逡巡した後、佐伯是基は言葉を選びつつ応えた。

「カーボンナノチューブの不足はありますが、サークゲノムによる代謝は順調で、外骨格となるプロトタキシーテスの剛性キチン組成は問題ありません。ですが最大の課題は、主機関の神経接続が未設定なことです。リゾモーフ(菌糸)をシナプス代りに利用できましたが、巨体故にマニューバ全般に於ける副交感神神経系の情報処理能力に余裕がありません。前人未踏のゾイド超個体ゆえ、有り体に申せば私にも確信は持てぬのです」

「打開策はあるのだろう。お前の考えを言え」

 純友が蒼空に目を向け、伸び上がる軌道エレベーターのケーブルの先端を追う。是基が意を決っして告げた。

「ヒトの頭脳を加えることです」

「そうか」

 意見を聞くと、純友は伸び上げた首をゆっくりと落とし、足元にあったタブレットを掴み画面操作を行った。

「将門が、常陸の国府に強訴するそうだ」

「謀反ですか!」

 海賊の頭目は、苦笑いしつつ首を横に振る。

「坂東武者は朴訥過ぎる。未だ摂政忠平に忠義を感じているようでは謀反など起こせまい。将門には頼らぬ。これは俺の仕事だ」

 画面に文書表示が成されたままのタブレットを是基に手渡すと、再び繭で蠢く影を睨む。

「アーミラリア・ブルボーザ、いや、〝アーカディア〟。嘗てヘリックの都を火の海と化した怪物を模した貴様を駆り、護るべき価値もないこの惑星(ほし)を、やはり俺は護るべきなのか」

 唐突に水平線に水柱が屹立した。日に数回発生する、最早珍しくもなくなった三尺程の隕石の海上落下である。

「是基、文明を滅ぼした天変地異を『神々の怒り』と呼ぶのは大いなる皮肉とは思わぬか。名付けた奴はさぞかし現世を恨んでいたのだろう。

 だが俺は神と名がつくものは大嫌いだ」

 海賊の視線の先に、黄金の繭と、水蒸気爆発による濛々とした白煙が、瀬戸の内海に照り返され浮かび上がっていた。

 

 

 石岡の常陸国衙に向かった小次郎の兵力は小規模なものであった。石井営所からの編制は以下の通りである。

 村雨ライガー(平将門;指揮、棟梁)

 ソードウルフ(平将頼;上兵)

 ディバイソン(多治経明;上兵 平将文;兵)

 ランスタッグ(藤原玄茂;従類)

 ランスタッグ量産型(兵、従類)×5 

 グスタフ(郎党が交代で操縦、荷台にはバイオヴォルケーノの残骸を積載)

 

 伊和員経のデッドリーコング、坂上遂高のソウルタイガー、桔梗のバンブリアンを欠き、追捕の対象者である藤原玄明も随伴できない。また、文屋好立のサビンガも伴わず、乃ちワイツタイガーへのユニゾンを成すことも叶わない。

 戦力を著しく欠いた編制からしても、小次郎が最初から国衙と事を構えるつもりなどなかったのは明白である。予想外だったのは、道中で浮動民の伴類が次々参集し、最終的に千を超える大毅へと膨れ上がってしまったことだった。坂東に名を轟かす平将門の陣に従い、あわよくば戦果の一部を得ようとする不逞の輩が加わってしまったのが、後の禍根の種となる。

 一方、小次郎の率いる軍勢が常陸国衙に接近して来るという報せは、たちどころに国司藤原維幾(これちか)の知るところとなった。甥とは言え既に大きく立場を変えてしまった小次郎に叔父維幾は震え上がり、近隣より集められるだけのゾイドを掻き集め、国府の門外に溢れるほどの、凡そ三千に及ぶ兵を召集する。召集に呼応した軍勢の中には、時流を詠むのに長けた藤原秀郷のセイスモサウルスも含まれていた。秀郷が早々に増援を出立させた理由は、一つにセイスモサウルスの移動速度の遅さによるものがある。そしてもう一つの理由は、後に明らかとなる。

「俵藤太の増援はまだ到着せぬのか!」

 烏帽子の隙間から、維幾は白髪混じりの頭皮を掻き毟っていた。維幾の傍らで、全身に真っ赤な大鎧を纏った嫡子藤原為憲(ためのり)が、煌びやかな直刀を握り締め諫める。

「父上、これだけの軍勢が集結しているのです。恐れることなどありません」

 だが其の声も、幾分上擦っている。

「維幾様も為憲殿も落ち着いてください」

 二人の前に、狩衣姿の細面の武士が控えていた。生来の雅な風体でありながらも、度重なる敗北により鬼気迫る威圧感を醸し出している。

「これが落ち着いていられようか。あの将門が来るのだぞ、貴君とて一度として敵わなかった将門が、軍勢を率いて来るのだぞ」

「小次郎はいきなり襲って来るような奴ではありません。まずは私にお任せください。為憲殿も、バイオヴォルケーノの到着までは年長者たる私に従ってくださるよう願います」

 立ち上がった為憲は、大鎧の直垂(ひたたれ)を翻し、大仰に貞盛を見下ろした。

「甚だ不本意だが、従兄殿の面目を潰すのも失敬であろう。甘んじて其の申し出お受けしよう」

(見てくればかりの青二才が。バイオゾイドに乗ったとて、貴様など小次郎に手も足も出まい)

 貞盛は心の中で舌打ちしていた。

(かたじけな)く存じます。この平太郎貞盛、命を賭けて国司殿をお守り致します」

「うむ、頼んだぞ」

 空々しい威厳に背を向け鼻で笑い、貞盛は拝殿を後にした。

 国府より信田流海(霞ヶ浦)に繋がる恋瀬川の中州に、川幅を遥かに超える巨大喇蛄(ざりがに)が停泊していた。貞盛の合図により胴体中央の格納庫が開き、射出台に固定された漆黒の獅子が現れる。

 獅子の頭部操縦席へ続く連絡階段を登りつつ、貞盛は憂いと哀れみを込めた囁きを漏らしていた。

「小次郎、お前はもう終わりだ」

 幾つもの機械音に包まれ艦内に融け込み、囁きを聞き取った者は誰一人としていなかった。

 零の操縦席に収まった貞盛は、操作盤に並んだ具足の選択肢の一つを指定する。

「インストレーションシステムコール、パンツァー」

 己自身を奮い立たせる為、声を高らかに張り上げる。呼称と同時に十数本の稼働肢が一斉に漆黒の獅子を覆った。纏っていた零の具足を外し、代わって重武装の火器を備えた具足が次々と装着されていく。

 ドラグーンネスト中央格納庫の射出口が再び開くと、二門のハイブリッドキャノンを背負い、身体中に無数のマイクロミサイルポッドを装備した漆黒の獅子、ライガー零パンツァーが顕現していた。

 

 

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