『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

17 / 17
第百話

 将門ライガーのエヴォルトは、見る者誰しもを唖然とさせた。

 巨大な二振の太刀、ムラサメブレイカーとムゲンブレードは収縮し、前肢付け根に装着され緋色の獅子へと変化していく。速力にこそ長けているものの、将門ライガーの攻撃力に及ばない疾風ライガーへと戻ってしまったのである。石井の郎党衆にとって、最強形態である将門ライガーでさえ倒せないバイオヴォルケーノを、疾風ライガーが対抗し得るのかという疑念が一斉に湧く。ところが事態は更に急転し、前肢付け根のムラサメナイフとムラサメディバイダーは一振の太刀へと集束し、機体も碧色へと変化する。そこに在るのは最も見知った基本形態、村雨ライガーそのものであった。

〝なぜ村雨ライガーに戻ってしまわれたのだ〟

 ソウルタイガーの中、忘れた様に飛来するゼネバス砲を吸収しながら、国衙護衛の軍勢と闘う遂高の音声がバンブリアンの操縦席に伝わった。

「将門ライガー形態が解除されたのですか? レッゲルが尽きたのでしょうか」

 光を失った桔梗が遂高に質す。

〝否、依然動きは衰えておらぬ。寧ろ動きは良い。だが何故に殿は、エヴォルトを解除したのだ〟

「ちがうよ」

 幼くも、凜とした声が響く。

「エヴォルトはつづいてるよ。あれはいつものむらさめライガーじゃなくて、べつのむらさめライガーなんだよ」

 桔梗の背中越しに前方を見つめる多岐の声であった。

「父うえもむらさめも、もっともっとつよくなっている。まるでカミナリさまがいっしょになったように」

 一点の曇りも無い幼き瞳は、碧き獅子の輝く黄金の鬣を見つめていた。

 

 リーオの太刀に雷霆が(みなぎ)る。

 小次郎は感じていた。二振ではなく、一振のムラサメブレードにこそ確然たる力が宿る。そして無限なる力を得るには、疾風ライガーでも将門ライガーでもなく、村雨ライガーでなければならないことを。永き時、永き時代を坂東で過ごしてきた碧き獅子は、混沌より産まれ出でた異物であるバイオゾイドを前に、更なる無限の力を解放しようとしていた。

「刀が緑色に光ってる、父うえのむらさめライガーが怒っているんだ」

 それは正に、真・叢雨(ムラサメ)ライガーとも呼べるゾイドであった。

 獅子は獰猛な獣と化し、赤い骸骨竜から放たれる赤黒い閃光の奔流は機体表面に達することがない。雷光を纏うムラサメブレードの刃が跳ね上がり、中段に構えた位置で真っ向勝負を挑んでいた。

――ノウマク サラバタタギャテイギャク サラバボケイビャク サラバタ タラタ センダマカロシャダ ケンギャキ ヒャキ サラバビキンナン ウン タラタ カン マン――

【バイオ粒子砲を全て弾くとは、あの碧い獅子は如何様な細工が施されているのだ】

【エネルギーシールドの類ではない、彼奴にはそのような機能はないはず】

――ノウマク サマンダ バサラナン タラタ アボギャ センダ マカロシャナ ソワタヤ ウン タラタヤ タラマヤ ウン タラタ カン マン――

【あれは〈スーパーキャビテーション〉だ。空気の壁を繭の如く形成し、気体の濃密によってバイオ粒子砲の弾道を偏向している。本来ウォディックの有する能力を、いつの間に彼奴は会得したというのだ】

――ノウマク サンマンダ バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン――

(たてがみ)だ。あの金色の鬣が、荷電粒子を吸収し太刀に供給している。エヴォルトを解除したのはその為に違いない】

【祈祷をお止めください尊意様。ビームスマッシャーの如く太刀に大気中の静電気を帯電させ、荷電粒子の刃として居ります】

【あの斬撃をコアに喰らえば、さしものバイオヴォルケーノも一溜りも無い。尊意様が危うい。ハイゼンベルグ・コンペンテーター(量子転送装置)緊急停止、転送物質の逆流を防げ】

――ノウマク サンマンダ バザラダン カン――

【尊意様、至急護摩壇より脱出を。尊意様、尊意様!】

 直後、特徴的な三角形配置の調伏炉より噴き出した焔が、祈祷を続ける尊意を呑み込み護摩壇を焼き尽くしたのを、小次郎は知ることはない。

 

 勝敗は一瞬で決着した。

 右のブレイズハッキングクローは黄金の鬣に深く傷を刻んだが、左の爪はムラサメブレードの切っ先を防ぎきれず圧し折られていた。雷を帯びる刃の先端は、竜の胸で黄橙色に光るバイオゾイドコアを真直ぐに貫いている。慟哭を呻らせ、叢雨(ムラサメ)ライガーが再度バイオゾイドコアへと刃先を押し込む。末期の足掻きの痙攣を残し、赤い骸骨竜は頽れた。

 流体金属装甲が赤い液体となってボタボタと流れ、露わとなった骨格の関節が全て崩れ落ち、落下と同時に陶器の様に砕けていく。

「多岐様、バイオヴォルケーノは如何に」

「とけちゃったよ、ぜんぶ、全部……」

 大鎧を纏う藤原為憲の躰が投げ出され、赤い液体に塗れ残されていた。

 

 玄茂達の迎撃により、精度を落としたゼネバス砲が無差別に降り注いだ常陸国府は、本殿は元より、国分寺たる総社さえも劫火に包まれた。加えて被害を拡大させたのは、国府防衛の為に寄せ集めた伴類に含まれていた無頼の輩が、炎上の混乱に乗じ略奪行為を行ったからである。

 府中は猖獗を極めた。長年に亘って蓄財された宝物は散り散りとなり、煌びやかな絹布も条坊に撒き散らかされていく。数十数百と昇る黒煙は珍財を焼き、瑠璃を鏤めた蒔絵箱も、金銀で彫金された式典用のゾイド強化外装甲も持ち去られ、宛ら亡者の群れが溢れる地獄絵図であった。

 不死のバイオヴォルケーノを撃ち破り、呼吸も荒く暫く焦点の定まらなかった小次郎の視界に、次第に周囲の光景が映ってきた。

 惨状は、朴訥な坂東武者を戦慄させた。

 府中の至る所で、国衙に匿われていた雅やかな装束を纏う女人を数人の無頼漢が取り囲み、俄かに衣服を剥ぎ取り裸身を露わにする。下卑た嗤いと共に、代わる代わるに身を重ねている。

 人の醜さの極みを見た小次郎の、怒りが瞬時に沸騰した。操縦席脇に備えた蕨手刀を手にし、村雨ライガーの頭部から跳び降りる。一町ばかりを疾駆すると、容赦なく無頼漢共に斬りかかった。

 字句に形容し難い悲鳴が上がる。首と左腕が、残りの躯より切り離された肉片となって飛び散る。不意を突かれた無頼の伴類は、そこに激しい殺気を放つ武者の姿を見た。

 何かを叫んでいたが、聞き取れなかった。手にする鍛え抜かれたリーオの蕨手刀が、血飛沫をあげ生身の肉体を次々と切断した。

 これ程激しい怒りを感じたのは生まれて初めてであったかも知れない。小次郎の脳裏には、弄ばれ引き裂かれたあの時の桔梗の姿が重なっていた。

 数人とも数十人とも知れぬ無頼漢を斬り捨てた後、逃げ去るその背中を呆然と眺めていた。

「怪我は、ないか」

 泥に塗れ地を這い仰ぎ見る女人の素肌には、所々に引き摺られた傷が刻まれていた。頬を伝う涙の筋が焔に照り返され、血を流しているかのようであった。怯えにより言葉を失い只管に震える。視線は定まらず、差し伸べた手に縋ろうともしない。虚ろな視線の先に同様に凌辱された数人の女官の人影がある。皆等しく怯え震えていた。

 人は人に対し、どこまでも残酷になれることを知る。

 その時女人の呻きとは別の慟哭を、路上の塊から耳にした。

 (うずくま)った塊は、紫衣を剥ぎ取られた定額寺(じょうがくじ)(=国より特別の資格を与えられた寺院)の僧尼であった。女人同様国府の奥に匿われていたであろう宗教者も、無差別に略奪の対象となっていた。

「将門だ。将門によって常陸国府は奈落に落ちた。平将門によって地獄と化したのだ」

 譫言(うわごと)の様に呟いた僧尼の言葉は、小次郎の心を突き刺した。

(これが俺の成したことなのか)

 血塗れの蕨手刀を手に辺りを見回す。遠方に長大な頸を持つ地震竜が蠢き、丹色の狼は虚空から撃ち出される雷撃と闘っている。統率を失い次々と斃れていく烏合のゾイド群と共に、明らかに国府の棟を破壊し略奪行為を行っている伴類のゾイド群も見受ける。

 正しくそれは地獄であった。

 修羅へ導いた張本人が、他でもなく己自身であったことに、再び戦慄した。

 

 無限とも一瞬とも思える(とき)が過ぎる。

 頭上を菫色の翼が覆う気配がした。

「あなた様」

「良子か。いつ来た」

 背後から妻の声がする。レインボージャークが舞い降りたことも気づかぬ程、小次郎の五感は閉塞していたのであった。

「赤き竜の退治を終え、御無事であったこと、何より安堵致しました。

 ですが、あなた様にはまだ為すべきことが残っております。

 地震竜の討伐、そして貞盛との決着も。この女人たちの面倒はお任せください。女には女の役割がございます。どうか村雨ライガーにお戻りください」

「……村雨ライガー」

 無意識に伸びた腕が蕨手刀の血を拭う。刀身を鞘に収め見上げる先、金色の鬣を逆立てる碧き獅子の姿があった。己の分身とも呼べるゾイドは、小次郎を気遣い見守っていた。

 茫然としている猶予はない。

 俺には俺の役割がある。平小次郎将門、坂東下総の武士の棟梁として為すべき俺の役割が。

「良子、そして村雨ライガーよ、俺は俺の為すべきことをする。

 悩むのも悔やむのもその後だ」

「御武運を」

〝オマエ、ソレデイイ〟

 良子に続き、村雨ライガーの声が聞こえた気がした。

 頭部を下げた獅子の操縦席に駆け登り、小次郎は再び前を見る。

「秀郷、貞盛。決着を付ける」

 咆哮する碧き獅子に、不死山の火映が浮かび上がる。

 

 宿世の敵を求め、村雨ライガーが坂東の野を疾駆していった。

 

 

           第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」了

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。