『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第八拾六話

「鬼火とは面妖な」

 純友より小次郎へと託された親書を携えた、藤原三辰(ふじわらのみたつ)の操るストームソーダージェットは、駿河を越えた足柄関上空付近よりの急激な出力低下に苦闘していた。ふと見た翼端ウィングソードの切っ先に、青白い燐光が浮かび上がっている。しかし次第に視界は閉ざされ、翼端さえも雲に遮られていく。

 讃岐の空を自在に舞ってきた手練れの海賊衆の魁師は、積乱雲と見なし突入した雲塊の正体が、実際は高高度上空にまで湧き上がった微細な火山灰(テフラ)の粉塵と察知した。燐光の正体は、ストームソーダージェットの機体との擦れ合いにより発生した静電気による発光現象である。一刻も早く雲塊から脱出する必要を感じた瞬間、鋼鉄の怪鳥の動力が咳き込むように異音を放った。

 火山灰(テフラ)は、吸気口に具された薄手の刃(タービンブレード)に次々と擦過傷を刻んでいるに違いない。やむを得ず動力を停止し、雲塊を抜けるまで滑空飛行を試みる。閉ざされた視界の中、高度計だけが機体の降下を示していく。

 突如として視界が開ける。火山灰(テフラ)の雲塊を抜けたのだ。地表に広がる原生林が赤い月光に浮かぶ。三辰が再び動力に火入れを行おうとした時であった。

「あの閃光、荷電粒子砲か」

 眼下の原生林に、妖しく光る紫水晶と黄金色に煌めく集光板の光が乱舞していた。

 

 巨大な爪ブレイズハッキングクローと尾部に具されたテイルアックスは、キラークローやバイトファングのリーチを遥かに超える。青い竜は、両腕のAZアサルトライフルと4門のビームバルカンの牽制射撃によって、繰り出される赤い竜の鋼鉄の爪を躱していくのがやっとである。格闘戦に特化するバイオゾイドには、対光学兵器戦に特化した凱龍輝では分が悪いと判断した平良文は、膠着状況突破のため、青い竜最大の特徴である攻撃方法を行った。

 飛躍的に機動性を増した凱龍輝スピードは、猛襲するバイオゾイドから驚異的な瞬発力で間合いを取り身構える。凱龍輝脚部の装甲が弾け飛ぶ。細い集光パネルを持つ背部イオンブースターと尾部先端が同時に剥脱し、瞬時に青い飛行ブロックス、飛燕へとチェンジマイズを行う。

「まだだ」

 飛燕は、ウネンラギア同然の形態となり原生林に潜んでいた飛竜エヴォフライヤーの上空を過る。エヴォフライヤーの脚部が飛燕の発する磁力線に導かれ、機体中央のブロックスコアを挟みこんで装着される。

「攻めろ飛燕、樹海の切れ目にまで誘き寄せるのだ」

 自律思考機能を有する青い飛行ブロックスゾイドは、凱龍輝本体に乗る良文の音声指示により効率的な攻撃方法を瞬時に分析した。小型とはいえストライククローと6枚の翼を持ち、凱龍輝両腕にあったアサルトライフル二門を主翼に装備した強化型飛燕が、赤い竜目掛けて突入していく。飛燕は、敵が横殴りに薙ぎ払う巨大な爪を翻弄し、低空を錐揉みで赤い竜の頸部下方に潜り込み、エヴォフライヤーより借り受けた脚部のストライククローで加速を付けて蹴り上げた。翻筋斗(もんどり)打って倒れ込む骸骨竜の彼方、充分に間合いを空けた凱龍輝本体に再び飛燕は合体し、凱龍輝スピードへとユニゾンする。

「荷電粒子砲を撃つ。忠頼、射線上より回避せよ」

 頸部と尾部の装甲板を逆立て、黄金の集光板が輝く。口蓋より迫り出した砲身先端に、次第に光が集中して行く。

 良文は、照準器の中央に映る標的も立ち上がり、凱龍輝同様に前傾姿勢で静止しているのを認識した。

「奴も荷電粒子砲を装備しているのか」

 赤い竜の胸部中央の紫水晶の刃が縦真っ二つに分かれ、中央に砲身らしき装置が出現している。だが荷電粒子砲であるならば、凱龍輝にとっては好都合である。良文は敵が射撃体勢を取ることを構わず、口蓋から充ち満ちた光の奔流を撃ち放った。

 光の速さを、人の視力で追うことなど出来るはずもない。だが良文は驚異的な瞬発力で、荷電粒子砲発射直後の凱龍輝を僅かに逸らした。百戦錬磨の相模武士団の棟梁は、正体の判らない光学兵器に対し、無闇に集光板に頼るべきではないと判断したのだ。

 推察は的確であった。飛来した閃光の衝撃に、機体が激しく揺さぶられる。

「レイ・エナジー・アキュムレーターが作動しない」

 敵の放った閃光は、凱龍輝の右脚部装甲合体ブロックス月甲の最外殻にあたる集光パネルを易々と貫く。機体を僅かに逸らしておかなければ、重大な損傷を受けたに違いない貫通力であった。再度凱龍輝の射線上に捉えていた赤い竜の姿を確認する。そこには、荷電粒子砲の直撃を受け、陽炎を上げて溶解する骸骨竜の姿があった。嗤い声の如き叫びが悲鳴へと変わり、苦悶のまま背筋を弓形に撓らせ、焼き払われた不死樹海の炎の密林に沈んで行く。

〝刻限です。ユニゾンを解除致します〟

 放熱板を閉じ、忠頼のエヴォフライヤーと分離した凱龍輝の中で、良文は被弾した右装甲損傷個所を確認していた。

 敵が撃ってきた光弾は何だったのか。荷電粒子砲やビーム兵器の類の被弾とは、損傷状況が異なっている。凱龍輝が回避できたのも、僅かに荷電粒子砲より射速が遅い武器であったからだ。光より遅いとすれば、一種の運動能力兵器である可能性も否定できない。

〝目標の鎮圧を確認。父上、討ち取りました〟

 飛行し先行して目標の制圧を目視したエヴォフライヤーが報告する。凱龍輝もイオンブースターを噴射し、制圧地点へと向かう。そこには、黒焦げの流体金属装甲と金属骨格を晒す骸骨竜が横たわっていた。その時良文と忠頼は、何処ともなく真言の咒が聞こえて来るのに気付いた。

 

――ノウボウ タリツ ボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ――

 

「此奴、まだ息があるぞ」

 接近した凱龍輝とエヴォフライヤーの眼前で、赤い金属装甲クリムゾンヘルアーマーが漣を立てて蠢いていた。真言(マントラ)を称える(ぬし)の正体を探るべく、凱龍輝集光パネルに動力を逆流させ周囲を照らすと、照らし出された溶岩台地の上で、沈黙した筈の赤い竜が称名に合せ、見る間に再生を遂げていく様子が際立つ。

生物冶金(バイオリーチング)か」

 良文が思わず呟く。

〝父上、バイオリーチングとは如何なる事で〟

山窩(サンカ)の民に伝わる冶金術だ。超高熱性化学合成無機独立栄養生物を利用し、特殊な金属を精錬する技と伝え聞いたことがあるが……此奴め立ち上がるぞ」

 骸骨竜が左腕を支えに半身を起し、緩慢に左脚の膝立てを試みている。ザワザワと流体金属装甲が波紋を描いて這い上り、紫水晶の刃さえも再形成していく。但し平衡感覚の回復は不充分らしく、脚を(もつ)らし右に倒れ込んでいく。

 止めの必要を感じ、凱龍輝が口蓋を開きバイトファングを剥き出しにした時であった。

〝腹部より人が降りてきます〟

 倒れ込んだ竜の胴体部、長大な紫水晶の真下に位置する区画から、古代の土偶にも似た具足を纏う人影が降り立った。搭乗員の離脱と共に、骸骨竜の蠢動も止まる。無機質な仮面を脱いだ下に、やつれ切った兵の顔が見えた。突然、凱龍輝の操作盤に緊急伝が入電する。

「なんだこれは、どういうことだ」

 操作盤の情報画面に、狂ったように文字情報が表示されていく。

 

搭乗者姓名;橘是茂(たちばなのこれもち) 

   除目;相模権介(ごんのすけ)・押領使・追捕官符受領

   赴任;相模国

   乗機;バイオヴォルケーノ

      土魂(つちだま)具足を装着、碓井関より足柄関へ本バイオゾイドを移送。 

最終目的地;上野国衙・守・藤原尚範(ひさのり)

  受領者;上野権介・藤原惟条(これつな)、平将門鎮撫を任とす。

〝バイオヴォルケーノだと! この奇怪なゾイドが、追捕官符を持つ公儀の押領使なのか〟

「抗う意志はなさそうだ。詰問する」

 仮面を脱いだ兵は、既にその場に倒れ込んでいる。疑念を一刻も早く掃いたいが如く、良文は言うと同時に凱龍輝の頭部を下げ、操縦席に備えられていた蕨手(わらびて)刀を手に土偶兵の元に駆け寄るのであった。

 

 高木兼弘(たかぎかねひろ)の療養所は、下野(しもつけ)に近い上野国(こうずけのくに)の入り口に当たる只上(ただかみ)宿に門を構えている。古くは大隅国(おおすみのくに)より渡って来たという医学者は、療養所にも東方大陸最高水準の技術と知識と設備を有していた。優秀な医術の名声を聞きつけ、遠方から訪れる患者も多いが、療養所の門前に、村雨ライガーとソウルタイガー、レインボージャーク、そしてバンブリアンが立ち並ぶ姿はこれまで見られたことのなかった光景であった。

 鼻を衝く消毒薬の臭いと複雑な機器に囲まれた一室。純白の布が敷かれた寝台に、乙女が真白な裸身を晒し横たわっている。

 乙女の瞳は忙しく天井の模様を追っていた。射干玉(ぬばたま)色の髪が小振りな肩と青い乳房にほつれて掛かり、不規則な呼吸に時折胸が波打つ。一本の細い光の帯が、白い素肌の上を頭部から素足の先に向かいゆっくりと動き、やがて爪先を越えて寝台に光の線を落としていく。

〝これにて検査は終りです。衣服を着てくだされ〟

 玻璃の壁の向こう側、乙女の裸身を見下ろしていた白衣の医術者が合図していた。

 

「脚病の兆候は皆無です」

 衣服を纏う乙女と異なる部屋で、小次郎は命の恩人たる医術者からの断定的な言葉を聞き、深い安堵の溜息をつく。

「それを聞き安心しました。私の杞憂でしたか」

 思わず笑みが零れそうになるが、兼弘は未だ表情を崩さず小次郎を見つめている。

「脚病ではありませんが、もっと重篤な病に罹患している。いや、生来のものとも言えるやも知れません。あの乙女は、遺伝的な疾患を持っておられるのです」

 聞き慣れぬ言葉と只ならぬ様子に、小次郎は再度問う。

「遺伝病、とは如何なる病か。それにそれほどまでに悪性のものなのですか」

 兼弘が頷き、手にした資料に目を落とす。

「桔梗様は、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群と呼ばれる病を患っておられる。手短に申せば、あの方の余命は幾許もありません」

「余命、幾許もない。兼弘殿、それは真の事か。間違いないのか」

「残念ながら、間違いではありません。検査の結果、桔梗様の第一染色体のラミンA遺伝子の異常を確認しました。もって数年、悪くすればあと半年ほどの命と思われます」

 扉の向こう側で、多岐が桔梗に飛び付き歓声をあげている。

「桔梗が、また死ぬ」

 小次郎は火山灰に覆われる如く、視界が白く閉ざされていく幻覚を見ていた。

 

 

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