『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第八拾九話

 利根川沿いに点在する田畑を踏み躙り、百姓宅を吹き飛ばし、進路上の屋敷森も薙ぎ倒しながら、バイオヴォルケーノは肉薄してきた。

 河原を目指して右寄りに身体を傾ける村雨ライガーの行く手を、赤い骸骨竜が遮る。振り下ろされるブレイズハッキングクローと、跳ね上がるムラサメブレードが切り結び火花を散らす。重心低く四肢を踏み締める村雨ライガーが競り勝ち、ヴォルケーノの鉤爪は弾かれた。僅かに仰け反る瞬間を狙い、碧い獅子が前肢のストライクレーザークローを横殴りに叩き込む。だが次の瞬間、赤い竜の姿が掻き消えた。

〝上です〟

 ソウルタイガーの遂高が絶叫する。回避のため横殴りの勢いを借り、ムラサメブレードを突き立てたまま横転した。天空より降り注ぐブレイズスパイク。再び竜の爪がムラサメブレードと火花を散らし、押し返された反動を利用し空中で一回転すると、互いに体勢を整え睨み合う。

 小次郎の予想は完全に裏切られていた。

――上野権介たる者が操るゾイドが、牒も送らず矢合わせもせず、況してや領地領民を害してまで戦うことはないだろう――

 だが敵は知行地が荒れることなど歯牙にもかけず、只管に小次郎達を狙って来たのだ。

 ヴォルケーノは頭部を緩慢に巡らせ両腕ごと鉤爪を突き出した。村雨ライガーの頭部を襲う素振りで、切っ先を向けていたムラサメブレードを頑強に抑え込む。白刃を掴んだ骸骨竜の身体が僅かに宙吊りになった直後、間髪入れずブレイズスパイクを頭部操縦席に叩き込む。

「見せかけか」

 村雨ライガー頭部のカウルブレードが一斉に逆立ち、辛うじて脚部の鉤爪を刎ね返す。しかし赤い骸骨竜は碧い獅子の抗いを嘲笑うかの如く、ブースターの加速を伴う重い足蹴りで村雨ライガーを投げ飛ばした。

 激しい振動に小次郎の顔が歪む。悲鳴のような軋みを上げて、村雨ライガーは横臥した。

 無防備に脇腹を晒す碧い獅子に、赤い竜が止めの一撃を加えようと接近する。間隙に、白虎が強引に割り込んだ。ソウルバグナウとブレイズハッキングクローが噛みあい、ヴォルケーノとソウルタイガーの押し合いの構えとなって留まる。

〝将門殿、早く、早く立ち上がってくれ。長くは持たぬ〟

 村雨ライガーの身を起こした小次郎は、碧い獅子の全身が田圃の泥濘で塗れていることに気付いた。踏み(にじ)られた稲穂が哀れに絡まり、掘り返された耕地は無残に下土(したつち)を露呈している。

――これ以上田畑を荒らすことは許せぬ――

 小次郎の怒りが頂点に達した。

「将門ライガー!」

 霰石色の輝きを纏い、無限なる力を有する獅子が降臨した。

 

 ドラグーンネストの艦橋で映し出される映像に、二振の太刀を(かざ)す煌めく獅子が現れた。平貞盛にとってエヴォルトを見るのは三度目だった。一度目は結城の夜襲、二度目は他田真樹を失った信州千曲川の戦い。エヴォルトの度に村雨ライガーは卓越した戦闘力を発揮し、仇為すゾイドを悉く打ち破って来た。

「小次郎よ、その強さが己を滅ぼすことにまだ気付かぬのか」

 竹馬の友であり父の仇、そして数多くの部下を殺された。それでもまだ小次郎を心底から責める気持ちに成らないのは、自分自身の未練なのかと自問する。

小鴉丸(こがらすまる)唐皮(からかわ)を背部射出口に移動せよ。私も出撃する」

 貞盛は映像に背を向け、惑溺を断ち切るかの如く格納庫へと続く扉に消えて行った。

 

 小次郎はヴォルケーノの背後に朧気(おぼろけ)に浮かぶ、憤怒の明王の姿を捉えていた。六面六臂六足(ろくめんろっぴろくそく)にして髑髏の瓔珞(ようらく)をかけ水牛に乗り、手には剣、弓、棍棒などの凶悪な武具を構えている。聞き取れぬものの、遥か遠くで唱えられる真言が耳朶の奥で韻韻と反響している。紛れもなく、呪詛が小次郎自身を狙っているのだ。

――神が悪を守るのであれば、俺は迷わず神を討つ――

 霰石色の獅子は、組みあったままのソウルタイガーとバイオヴォルケーノに向け突貫していた。小次郎の呼吸を読んだ遂高が絶妙の間合いでソウルバグナウを解く。勢いを削がれ前傾姿勢で白虎のレーザーネストに斬り込む赤い竜の腕に、将門ライガーのムゲンブレードが振り下ろされた。玻璃の飛び散る音が響き、利根の水面に紫水晶の破片が飛散する。

〝リーオの太刀を防いだだと!〟

 ヴォルケーノ上腕より生えた紫水晶の角、クリスタルスパインは、ムゲンブレードの斬撃に破砕されたが、白刃がクリムゾンヘルアーマーに達することはなかった。爆裂装甲(リアクティブアーマー)、クリスタルスパインは流体金属装甲への直接の斬撃を防ぐ鎧となっていたのである。数十に亘ってずらりと並ぶ紫水晶の峰を全て打ち砕くのは容易ではない。

「ここは俺がやる。遂高はドラグーンネストからの増援を防げ」

〝ネプチューンは隔壁を閉じました。増援はおりません〟

 疾駆する将門ライガーの風防より、遂高の言葉を確かめるべく僅かに振り向いた。小次郎の眼にも隔壁を閉鎖し防御態勢を整える巨大喇蛄の姿が映る。子飼や堀越での戦と異なり、単機出撃の独断専行なのだ。小次郎がドラグーンネストに心を奪われた一瞬の隙を突き、これまで目にした事の無い閃光が飛来していた。

 光圧が大気を切り裂き、衝撃波が将門ライガーに迫る。バイオヴォルケーノ胸部より突き出た紫水晶の峰が分かれ、露出した銃身から赤黒い蛇の如き光の帯が延々と伸びていた。小次郎は天賦の才により、寸での処で赤黒い光を回避する。だが閃光が伸びる先に、薄紅色の集光板を輝かすソウルタイガーが残されていた。

「逃げろ遂高、それは荷電粒子砲ではない」

 咄嗟に集光板が閃光を無力化できないのを看破する。しかし、白虎に身を(かわ)す猶予はなく、赤黒い毒蛇が薄紅色の集光板に殺到して行った。

 粉塵を撒き散らし、ソウルタイガーが水飛沫(みずしぶき)を上げて叩き付けられる。立ち上る蒸気の壁の奥に、レーザーネストから伸びるエネルギーチューブを荒々しく切断され、右の集光板が醜く(えぐ)られた白虎が横たわっていた。

「遂高!」

 小次郎の問い掛けに応えは無く、利根の流れが白虎と同じ色の波涛を立てるばかりであった。

 許さぬ。

 ヴォルケーノは小次郎の逆鱗に触れてしまった。

 獅子が獰猛な叫びを上げる。双眸に怒りを湛え、バイオヴォルケーノを中心に緩やかな歩調で回転を始めた。

 河岸丘陵から河原へ、そして川面へ。揺蕩(たゆた)う流れの飛沫を散らし、霰石色の煌めきが赤い骸骨竜を閉じ込めていく。獅子の動きの変化に、当初首を巡らし睥睨していた竜が獅子の影に向けテイルアックスを叩き込む。緩慢に歩む獅子の影は、しかし竜の凶悪な斧を素通りさせ、虚空を刻む響きを残しただけだった。影は次第に数を増し、七色の幻影となって竜を取り囲んで行く。

 取り囲む獅子の群れから強烈な斬撃がヴォルケーノ頭部に打ち込まれる。三つのクリスタルスパインが同時に崩壊し、竜は堪らず二三歩身を退く。後退した機体の反対側から同様の斬撃が放たれ、後肢付け根のバーニングジェットと腰中央の紫水晶が飛散した。

 クリムゾンヘルアーマーに次々と刀傷が刻まれていく。取り囲む円環の中心から逃れようと、ブレイズハッキングクローを振り上げ獅子の影に斬り込んでも、次の瞬間死角方向から鋭い斬撃が加えられる。バイオヴォルケーノはその度によろめき紫水晶の峰を失う。

 度重なる斬撃に紫水晶の峰が砕かれ、ヴォルケーノは見窄(みすぼ)らしい姿に成り果てていく。美しくも冷徹な戦いの一部始終を、周囲の百姓衆は固唾を呑んで見守っていた。傍から見れば、それは虹色の檻に閉じ込められ(もてあそ)ばれる哀れな獣であった。苦し紛れに前屈姿勢となり、胸の紫水晶より銃身が突出し光を宿す。しかし将門ライガーは斬撃を情け容赦なく叩き込み続ける。

 竜は狙いを定めぬまま、虹色の壁に閃光を放った。

 メタルZiの鎧が光を拡散させる。大輪の菊花が花弁を散らし、赤黒い帯は黄橙色の火花と化して利根の河原と川面に乱れ飛ぶ。大地を穿(うが)ち、屋敷森を焼き払い、下草を焦がす燎原の炎となって燃え広がり、炎の中央で悲痛な咆哮を上げる骸骨竜の首が(もた)げていた。

 虹色の旋風となった将門ライガーの白刃が一斉に振り下ろされた。流体金属装甲が鮮血が(ほとばし)るように飛び散る。

 将門ライガーの歩みが停まり、再び影が一つとなった時、バイオヴォルケーノは骨格だけの文字通り骸骨となって立尽くしていた。

 赤い流体の飛沫に塗れ、二振の太刀に竜の表皮を纏う将門ライガーは鬼神さながらの容貌であった。だが容貌とは裏腹に、小次郎の呼吸は穏やかな脈動を取り戻していた。

 蛮勇に任せた野盗の如き襲撃とはいえ、操るは公儀上野権介だ。ここで息の根を止めるのは簡単だが、後の申し開きに面倒が掛かる。既に将門ライガーの威力を示すこともできた、そして。

〝思わぬ不覚を取りました。面目次第も御座らぬ〟

 飛び込んできた声から、遂高の無事を確認出来たからでもあった。

 怒りの昇華と共にエヴォルトが解除され、再び碧い獅子へと姿を戻す。ムラサメソードを背部に戻し、満身創痍で(うずくま)る竜を見下ろしていた時であった。

 頭上に翼を持つ黒い獅子が現れた。

 そのゾイドに見覚えがあった。石田荘で叔父平国香(たいらのくにか)が自慢げに語った記憶が呼び起される。貞盛が左馬允(さまのじょう)就任に際し、ソラに献上したと聞いた漆黒のライガー零である。

「太郎なのか」

 国香が供した具足(チェインジングアーマー)に翼を持つ鎧など無い。だが紛れもなく貞盛だとわかる。戦を終えてから飛来する鮮やかな手際、ドラグーンネストを率いる武将、そして零。

 一瞬であった。村雨の前に翼を(すぼ)めて着地したかと思うと、(うずくま)る竜の骸を四肢と顎とで抱え込み、目にも留まらぬ早さでドラグーンネストの潜む方向へ飛び去っていく。

「お前はいつもそうだ。正面から衝突するのを避け俺を嘲笑うのだ」

 村雨の跳躍力では空を舞う零に達し難く、小次郎は無為に歯噛みをして蒼空を見上げるほか手立ては無い。

「太郎貞盛、お前は、お前という奴は……」

 その具足がソラより下賜された唐皮、鳳凰(フェニックス)と小次郎が知るのは、後の事である。

 

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