激ウマ…いや、激マズ日和   作:黒鋼

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遅くなってすみません。態々メッセージまで頂いたこともあり、急いで仕上げさせていただきました。その分、少々荒い仕上がりとなっておりますが、何卒ご勘弁を……


13品目 跳んで、駆けて、また跳んで

 自身の眼前で雄叫びを上げるヴァジュラに軽く絶望を感じながら、

 

ガリガリ

 

 俺は所持品を入れてあるポーチを漁り、回復錠を2、3個取り出し口に含んだ。含んだ瞬間に口を勢い良く閉じ、音を立てて咀嚼、それらを纏めて一息で呑みこむ。それだけで元々オラクル細胞によって高められている新陳代謝がさらに活性化し、徐々に塞がりつつあった火傷が急速に治っていく。

 

「ぐっ!!」

 

 無理矢理新陳代謝を高め、人体では本来あり得ない速度で怪我を治癒させているのだ。どうしたって痛みは発生してしまう。意図せず呻き声が漏れてしまうが、それを気に留めず、雄叫びを上げたヴァジュラに視線を向け直す。

 俺の視線の先には、バックジャンプを使い一息で俺から距離を取ったヴァジュラが電気の混ざった吐息を吐きながら双眸に一際強い怒りを纏わせ、俺達を見ていた。

 そして、

 

「オオオオォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」

 

 大地を震わせる程に大きな雄叫びを再度平原中に響き渡らせる。大気が震え、先程放たれた咆哮とは比べ物にならない衝撃が平原を駆け抜けていく。

 

「クウヤ、大丈夫!?」

 

「あ、サクヤさん……ええ、なんとか」

 

 ヴァジュラが上げた咆哮と体の痛みで固まる俺にサクヤさんが後ろから駆け寄りながら声を掛けてくれた。

 

「連続で雷球を受けてたんだから大丈夫な訳ないでしょ。いくらゴッドイーター(わたしたち)がオラクル細胞のおかげで治癒力が上がっているからって、あれだけの雷撃を受けて無事な訳ないわ」

 

「いえ、シールドで防御もしましたし、回復錠も食いましたから大丈夫ですって。

 ほら、こんなふうに」

 

 ぐるぐると腕を回し、飛び跳ね、自身の体が正常であることをサクヤさんに示す。それでも治りたてなのでまだ少し痛かったりする。

 

「うそ……回復錠を使ったからっていくらなんでも治るの速すぎるわよ」

 

 が、逆にそれがサクヤさんからしてみれば信じられなかったようで、驚きに目を見開いていた。あれー?ゴッドイーターの治癒力ってこんなもんじゃないの?小説版でもギースの奴がアマテラスの熱線を受けて炭化してもかなり早く回復していたからこの回復力でもさして異常じゃないと思っていたんだけれど……サクヤさんの反応を見る限りでは、普通とは言えないようである。

 このまま呆けている美人の先輩を眺めているのもそれはそれで楽しいのだけれど、残念ながら今の俺たちにそんな余裕はない。咆哮を上げたヴァジュラの全身の毛を逆立て、遠目から見ても分かるほどに両前足に力を籠め始めているのだ。

 素人に毛が生えた程度の俺でも分かる。

 今すぐあいつは俺たちに襲いかかろうとしているのだと。

 ヴァジュラの一挙手一投足を見逃さないつもりであいてのことを真剣に眺めながら、なにやらぶつぶつと呟いているサクヤさんに声をかける。

 

「サクヤさん、あいつがスタングレネードの効果範囲まで来たらあいつに向かってスタングレネードを投げてもらって良いですか?」

 

「それは別に構わないけれど……」

 

「お願いします。あいつが怯んだら逃げようと思うんですけど良いですか?」

 

 今更だけれど、俺が指示を出してしまっていいのだろうか。指示を出している俺はあくまで新兵であり、受けているサクヤさんは曹長だ。どう考えたって階級差がありまくりなのだ。経験でいえば俺も(ゲーム内で得た経験を考えれば)それなりのものだとは思うけれど、実戦の経験など皆無と言って良いのに。

 ……まぁ、当のサクヤさん自身が特に何も不平や不満を言っていないし、反対もしていないから気にしないようにしよう。今はそんな些事より何より生き残ってアナグラに帰ることが先決なのだから。

 

「了解。

 ……なんでそこまで的確な指示を新人のあなたが出せるのか非常に気になるとこだけど……」

 

 ギクッ!!

 

 サクヤさんの言葉を受けて背筋が震え、冷や汗が軽く頬を伝う。俺が転生してこの世界に来たことなんて普通は考えもしないことだからばれる心配はないが……流石に、指示を出したのはやり過ぎだったか。動きが良い程度なら訓練の成果だと誤魔化すこともできただろうが、指示となるとまた別の経験が必要なのだから。……なんか、変なフラグが立った気もするが気にせずに。

 

「今は目の前のことが先決。気にしないようにしましょう。

 クウヤ(あなた)が役に立つならこの際何でも良いわ」

 

 それだけ言ってサクヤさんは自身のポーチに収められていたスタングレネードを取出し、左手で握りしめた。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺が誤魔化したわけではない。ただ、保留になっただけだ。それでも、今は行動してくれるだけで十分。

 

「来ます!!」

 

「グルァァーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 まるで待ってくれていたかのように、僕たちが会話を終えるタイミングと同時にヴァジュラは叫び声を上げながら大地を蹴った。平原一体に地響きを轟かせ、周囲に土飛沫を撒き散らし、全身に紫電を棚引かせながら俺とサクヤさん目掛けて驀進する様は誰にも止められない。一歩踏み出せば大地が弾け、また一歩踏み出せば空気が破裂する。嵐を伴った進撃は自身を邪魔するもの全てを破壊しながら前進を続ける。

 そんな砲弾のような進撃を、

 

「それっ!!」

 

 一筋の閃光と爆音が遮った。

 

「ギャウッ!?」

 

 誰も遮ることの出来ないと思われた怒りに満ちた突進は、向う先に投げ込まれたスタングレネードによって強制停止させられている。ゲーム通りにヴァジュラが停止してくれているのであれば、ヴァジュラの巨躯は平原の地面に倒れ伏しているはずである。

 だがその成果を確認している余裕なんて俺達にはない。

 

「失礼します!!」

 

 サクヤさんがスタングレネードを投げ込むと同時にヴァジュラから背を向けていたため、幸いにも閃光は俺の眼に影響を与えていない。が、耳栓を着けていたわけではないので、音による影響は全くないわけではない。それでも直近でくらったヴァジュラに比べればまるで問題はない。少々耳鳴りがするが、その程度だ。動くことになんら支障はない。

 神機を持っていない左手でサクヤさんの胴体に腕を回し、サクヤさんの肢体を肩の上に担ぎ上げる。

 

「へ……きゃ!!

 ちょ、ちょっとクウヤ!?」

 

 当然、突然担ぎ上げられたサクヤさんは戸惑いの声と悲鳴を上げる。おお、さっきまでの凛とした張りつめた神機使い(ゴッドイーター)としての声でも、戦闘前の先輩としての意識が強かった優しいお姉さんとしての声でもない。可愛らしい女性としての悲鳴。ああ、もう。こんな生死を分ける戦場だというのについ頬が緩んでしまうじゃないか。

 

「行きます。落ちないように気を付けてくださいね!!」

 

 背後で巨躯が派手に地面に転がり、転倒する音を聞きながら地面を勢い良く蹴る。走るのではなく、跳ぶ。滑るように地面と平行して平原を突き抜けていく。

 

ヴァジュラ(あいつ)が起きたらまたスタングレネードをお願いします!!」

 

 着地と同時に神機を振り、再度地面を力強く蹴る。地面を蹴った感触は先程の蹴りより軽かったのだが、勢いと飛翔距離はまるで変わらない。

 再度地面に足を着け、神機を振るい、再び跳ぶ。今度は直前の跳躍より地面を蹴る感触が重かった。

 

≪ちっ、今のは失敗か……!!≫

 

 諦めず、同じ行程を繰り返し、再度チャレンジ。今度は確かに大地を蹴る感触が軽かった。

 

 アドバンスステップ

 

 ショートブレードを使う神機使いにのみ許された特殊行動。ゲーム内ではスタミナ消費は通常と変わらないが、通常のステップよりも早く次の行動に移ることが可能となる。本来は手数でアラガミと戦闘を行うショートブレード使いを助けるものなのだろうが、ゲーム内では最速の移動方法でもあったので、戦闘以上に、戦闘を仕切り直すためや、威嚇中の敵に一瞬で近づく時など、遠距離を移動する際によく使われていたりする。

 アスリートやステップマスターなど、スキルでスタミナ消費量を軽減することはできないが、幸いにも今の俺の状態はリンクバーストLv3+神機解放(バースト)モードであり、スタミナの消費量は本来のそれとは比べ物にならないほど格段に減っている。

 ゲームではなく、実際にアドバンスステップを行うとなるとどうなるのか分からなかったが、足や体に負担が掛かる量が本来のステップよりも非常に少なかった。その負担の減少が次の動きを速めているのだろう。何がどうしてこんな現象が起きているのかは知らないが、助かるから今は気にしない。知りたいなら後で榊博士にでも聞けばいいさ。

 そんなもろもろの理由があるから、逃げるだけならこれが一番良いのだ。

 最も、

 

「っ、あ……!!」

 

 ゲームとは違って、自身の体捌きが一瞬を分けるとあって下手なマネは出来ない。

 跳ぶ最中にサクヤさんに声をかけ、次にあいつが襲いかかって来た時のための準備を促す。活性化時のヴァジュラのダウン時間は精々8秒程だったはずなので、平原から離脱する前にまた何度か襲いかかられることになるだろう。なので、俺が逃げに徹することができるように、サクヤさんにはスタングレネード投げに徹してもらうことにする。幸い、まだ神機解放(バースト)モードの効果が切れていないのでスタミナに問題はないだろうし、筋力も上がっているから、サクヤさんもまるで重くない。サクヤさんに関しては、精々俺が神機に触れないように気をつければ良いだけのこと。

 ……まぁ、サクヤさんを肩にうつ伏せの格好で担いでいるせいで、背中と肩にサクヤさんの柔らかなその双丘が当たっていたり、背中ががら空きのせいで手にサクヤさんの柔肌の感触がもろに感じられたりと、思春期男子としては色々興奮せざるを得ない状況になってはいるのだが……うん、無事生きて帰れたら今夜は楽しめそうだ。

 

「え、なに!?」

 

 聴こえなかったのか、サクヤさんが大声で尋ね返してくる。

 

「ですから、次のスタングレネードの準備を」

 

 そんな彼女にも聴こえるよう大声で次の指示を出そうとしたところで、

 

「ギァァーーーッ!!」

 

 向かう先から予想もしていなかった唸り声が聞こえてきた。視線を肩に担いだサクヤさんから前方に戻すと、

 

「ガァァァァッ!!」

 

 一匹のオウガテイルが俺たちに向かって尻尾を振りながら突進してきていた。

 

「っ、残りのもう一匹がこんな時に……」

 

「え、なに?どうしたのクウヤ?」

 

「本来の討伐対象です。一気に突破しますから、サクヤさんはヴァジュラの方をお願いします!!」

 

「討伐対象って……オウガテイルか。それなら、お願い」

 

「はい!!」

 

 簡単な会話を跳びながら交わし、スピードを落とすことなく前進。一瞬でサクヤさんを担いだ俺と悪鬼の尾(オウガテイル)の距離が縮んでいく。

 右手に握った神機を大きく後方に振り上げる。意識を前方に。後方から聞こえる復活したであろうヴァジュラの咆哮も、肩に担いだサクヤさんがごそごそとポーチを漁る動作も今は気にしない。ただ前へ。高く振り上げられた鬼の尾とその持主に意識を向ける。

 再度、跳躍。人一人余裕で咀嚼出来るであろうオウガテイルの頭部が顔面一杯に広がる。腹部が重くなったかのような恐怖を抑え込み、着地。

 

「ギュアァァーーーーーーーーーッ!!」

 

 着地と同時に振るわれる鬼の尾を体の右側面に展開した神機のシールドで受け流す。そして、尾の回転の勢いを殺さない様、更にオウガテイルの体を神機で押す。

 

「ギッ?」

 

 止まりかけていた回転を一押しすることでもう半回転させ、こちらを向いたオウガテイルの顔面に、

 

「喰らえ」

 

 ガシャン

 

 銃形態に変形した神機を押し付け、バレットを発射。銃口から発射されるのは、先刻ヴァジュラが俺に向かって放ってきた雷球にも似た雷球。

 見事オウガテイルの顔面で炸裂した雷球は、爆音を響かせて爆発し、俺とオウガテイルの双方を大きく吹き飛ばした。

 俺たちは元々の進行方向へ。

 オウガテイルは元々俺たちが進んできた方へ。

 

「ひゃあっ!?」

 

 吹き飛ばされながらも、サクヤさんを落とさない様に担ぐ腕に力を籠め、両足から着地。地面にのめり込みかけたけれど足に力を入れて大きく跳躍。跳びながら神機を銃形態から剣形態に変形し、着地してすぐにステップを使い逃走に移る。

 

「グゥゥーーー」

 

 吹き飛ばされたオウガテイルが俺たちの後からこっちに向かって唸り声を上げているが気にしない。というか、気にする必要なんてない。どうせ……

 

「グルァァーーーーーーッ!!」

 

「ギィィィーーーーーーッ!!」

 

 俺たちを追い掛けて来ていたヴァジュラの餌食になるのだから。

 ヴァジュラの巨大な足が一撃でオウガテイルの頭を踏み抜き、身体を崩壊させる。それでオウガテイルを喰うために立ち止まってくれれば良かったのだが、残念ながら、オウガテイルの残骸に頭部をまるで近付けず、俺たちを追い掛けてきた。

 

「ああ、もう」

 

 苛立った様子のサクヤさんがスタングレネードを後方に投げ込む。一拍おいて閃光と爆音が周囲を包む。が……

 

「うそ、効いてない!?」

 

 投げ込む位置が悪かったのか、はたまた耐性が付いたのか、理由は不明だがヴァジュラの猛進が止まることはなかった。土を蹴り、空気を弾けさせながら追いかけてくる音が加速度的に近付いてくる。

 

≪くそっ、あと少しなのに……!!≫

 

 視線の先には既に平原に突き出したコンクリートの建造物があるのに。

 

「もう一発!!」

 

 再度サクヤさんがスタングレネードを投げる。今度は投げ込む位置を間違えないようにやや自分たちに近めの位置へ。間違っても移動速度で狂わない様に俺もステップの速度を一定にする。

 再度平原を染める閃光と爆音。

 

「ギュァァーーーーーーーーーッ!!」

 

「よし、今度は効いたわ!!」

 

 耳を打つアラガミの悲鳴と転倒音。跳び進む横を大きな泥の塊が飛んでいく。

 

「これなら!!」

 

 足の動きをステップから疾走に変え、勢いを付ける。その勢いのまま、全力で上方へと跳躍。建造物の中程までやや上あたりの位置まで来たところで、宙を蹴る。

 本来なら何も出来ずにそのまま落ちることになるであろうが、俺の脚は確かに宙に足場を捕え再度上空へ跳躍した。体一つ分上空へ進んだが、まだ届かない。

 

≪もう一回!!≫

 

 本来なら無理な三回目の空中ジャンプ。だけど、

 

「今の俺なら……!!」

 

 リンクバーストLv3と神機解放(バースト)の掛け合わせなら、もう一段階上に行けるはず!!

 宙を力一杯蹴ると、確かな感触と共に体が上昇し、目の前が一気に拓けた。無機物な建造物が視界一杯に移っていたのに、それらが無くなり確かな一本の道が見える。

 上昇した体は建造物の少し上を舞い、無事、俺たちはスタート地点に戻って来ることができた。

 そのまま、姿勢を低くして、出来るだけ道の奥に進む。

 

「ふへ~」

 

 サクヤさんを肩からおろし、一息吐く。流石に平原の半分を大人の女性一人を担いで一気に走り抜けると少し疲れるな。

 崩れ落ちそうになる身体を無理矢理奮い立たせ、サクヤさんに顔を向ける。

 

「こら、クウヤ。まだ近くにヴァジュラ(あいつ)が近くにいるんだから、すぐにここから離れるわよ」

 

 やや乱れた服を気にしながらそう指示してくるサクヤさんに、

 

「了解しました」

 

 出来るだけ疲れを見せない様に返事を返す。

 道の奥に向かっていくサクヤさんに付いて行く前に、一度平原に視線を移すと、

 

「うわ……」

 

 俺たちを探しているのか荒い呼吸のヴァジュラが視線をあちこちに向けながら平原を闊歩していた。今の所、建物の上にいる俺たちに気付いた様子はない。

 

≪……うし、次会うのは『蒼穹の月』だろうから、その時にリベンジだ≫

 

 忘れない様、大型アラガミの脅威をしっかりとその眼に焼き付け、決意を新たに俺もサクヤさんの後を追うのだった。

 何はともあれ、無事に生きて帰れそうでよかった……

 


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