7月上旬、外ではザァァァァ……と雨が降っていた。
『――太平洋側にある発達した温帯低気圧の影響により学園都市上空には雨雲が広がり、明日の午前4時37分まで強い雨に見回れると予測されます。――』
よく聞いてみると普通の表現では有り得ない天気予報がテレビから流れる。だがこれが
この予報を出した、学園都市の天候を観測し予測するコンピューターの名称。
正しいデータさえ入力していれば、完全な未来予測《シミュレーション》が可能なこの世界最高のコンピューターは、弾き出す予報において完成して以来、一度も外れたことがなかった。
「ケッ、予測じゃァなくて予言だろォが」
そんな皮肉を言いながら、学園都市最強の能力者と謳われる――――白髪紅眼の
「んぐ、あれだけ時間を、(ぱくっ)、ほまきゃくひってひるほにな……(モグモグ)」
方や一方通行の目の前で、多少……下品な食べ方をして何を言っているのか分からないことを喋っているのが旧友、桐生正宗だ。彼は麦入りご飯が入った茶碗を片手に焼き肉を頬張る。そんな彼の頬には米粒が1つ付いているのはご愛嬌。
「……オマエは少し落ち着いて食いやがれ」
今日も
いわゆる再会とか、生きていたこととか御祝いの意味を正宗が一方的に考え、誘ったのだった。
なぜこんな日にするのかと言うと、一方通行の今やっている実験が今日は中止になったからだ。なかなか一方通行の日程が合わなかったのでこんな日になった。とはいうが、計画を思いついたのは約2時間ほど前であるのだが……
『――低気圧の影響により時折吹く突風にも十分にお気をつけ下さい。――』
「一枚いただきっ! (パシッ、パクリ、モグモグ)」
「オィコラァ! そいつァ俺が焼いてたハラミだァ!」
正宗が一方通行の焼いていたであろうハラミを箸で掴み取り、タレに付けて食べる。この間約1秒という早業。
「え~? 名前なんてどっかに書いてたの~?」
モグモグと食べながら、もの凄く憎たらしく正宗が一方通行に言う。
人の焼いていたものを食べるのはイケないだろうが、そんな相手に、ハラミの一枚ぐらい、ましてや食べ放題なのだから身を乗り出してワナワナと怒らなくとも……という情景で、まるで2人とも子供の様である。
「おっいし~♪」
「テメェ……」
「悪かった悪かった、肉ならすぐに焼いてやるよ、そりゃー」
そう言うとジュゥゥッ……と正宗が
「ったァく……、スカラーの値を変更、しかも遠隔で。ンな事できるっつゥのは便利な能力だよな」
椅子に改めて座り、一方通行がそう言ってくる。
「へっへー。誉めるのならば喜んで肉を焼いてしんぜよう」
皿に取ってきていた大量の肉を網に入れた後、ジュゥゥゥ……っと全ての肉が、焼き肉なった。
「カカッ、イイぞ、どんどん焼けェ!」
焼肉屋も依然として降る雨のせいで来ている客も二人を除いて2組ぐらいだった。
「そんで? 今の実験は、…………殺したり、してるのか?」
大分時間がたってからだった、唐突に正宗は一方通行に聞いてみたのは。食事時なら場違いかもしれないが、あの日に改めて会った時から心配していた。昔から一方通行の実験は人を殺めること(主にチャイルドエラー)が中心だったから。
「……少なくとも『ヒトのカラダから産まれたモノ』じゃァねェからな」
一方通行は食べる手を止めて話してくる。
「大丈夫なのか? 『ヒトのカラダから生まれたモノじゃない』って……どういう……」
「あァ? 誰も悲しまねェように
だが本当の事は一方通行にもわからなかった。
実験において、話しの掛け方に問題はあるかもしれないが、本心を聞いたことはなかった。
「そうじゃなくて、一番言いたいのは、…………“お前自身が”、だよ。お前だけが傷ついて、悩んでいるんじゃないのか?」
もし、今でもあの昔の様な表情を、涙を流しているなら、今のうちに止めて起きたいと、正宗は思っていた。
「…………ハッ、オイオイオイ、何勘違いしてンですかァ~? 機械の様なモルモットなんざァ殺して何が悲しむンだ? 現にテメェだって
この時一方通行の説明を聞いたが、正宗は少し勘違いをしていた。実験用の人工動物(ケダモノ)だと……いや、一方通行にそう思わされたのに近かった。
だが、どこか、この言葉は一方通行が彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「……そっか……、変な事を聞いて悪かったな。ほれほれ、ステーキ焼けたぞ」
そう言って正宗は焼いていたステーキの様にデカイ肉を一枚、トングを使って一方通行の皿に放り込む。
「デカ過ぎだ! 何でステーキなんざァあンだァ!? つーかいつから焼いてた!?」
「いや、棚に置いてあったからついでに持って来た。ホイ、ソース。コチジャンもいるか?」
彼はテーブルの隅に置かれてある薬味の入れ物から、真っ赤な味噌みたいなコチジャンを小さなスプーンで取り出し、自身のタレと混ぜ合わせる。一方通行はよく見ると、まだまだ皿の上には5枚くらい焼いてない生のステーキ肉が残っていた。
「どォなってンだよ、この店は……」
その後2人は時間ギリギリまでバイキングを食べ続けた。
実はこのステーキ、店の人が、腐っても勿体ないし、切るのも面倒だという理由で棚に置いていたのだった。
正宗は肉やらラーメン、カレー、デザートを食べていたが、一方通行は途中でコーヒーばかり飲むようになり、結構この店のコーヒーは美味いとのことで、15杯も飲んでいた。
………………
…………
……
「うぇっぷ……食い過ぎて……気持ち悪ぃ……」
「まァ、コーヒーはうまかったなァ」
食べ終わり、店から出てきた2人。
だがこんな温帯低気圧からの大雨だというのに一方通行は反射で雨風を防ぐことができるから傘が必要ない。
対して正宗は傘をさして帰っている。
「そっちはいいよな~、いっつも『反射』が効いてるから」
「お前も能力使えば同じ様なことぐらい出来ンじゃねェかよ」
「そうだけど、ずーっとやってると疲れるんだよ……」
一方通行の言いたい事は、正宗が能力範囲に入った雨風の速さを変更することで雨風を防ぐ事を言いたいのであろう。
だが疲れるのは意識的に演算するか、しなくてもよいかの違いだ。
「何が疲れンだよ。それなりの
「へへっ、そう言われても
「今のオマエがどうなってるか知らねェが、7人のどっかに食い込んで来る実力あるンじゃねェのか?」
能力者にとっての実力……それはつまり演算能力の高さの事だ。
演算能力が高ければ頭の回転が早い。つまりはどの道、戦闘能力にも比例する。
一方通行は知らないが、確かに正宗は美琴との勝負では勝った。しかもレールガンを止めて、攻撃もたったの『速さ』を操ったモノだけなのだから。
その気になれば一瞬にして全ての温度とエネルギーを奪うことだって可能だった。
「無理だって……まぁ言われて悪い気はしないな」
ちょっと苦笑いしながら正宗は言う。当然ながら誉められるのは嬉しいものなのだ。
「ケッ、オマエが居たらオモシロイのによォ。あとの
一応だが、一方通行は他の
「そうか? 第3位は戦闘狂だけどまだ普通の方だぜ?」
確かに戦闘狂で変な所はあるが、ゲコ太が大好きな普通の女の子である、と。そう言った。
「…………やめとけ」
「――何が?」
いきなり一方通行の言われた言葉の意味が分からず正宗は聞き返す。
「もし関わってンなら、そいつに……。……関わらねェのがいいかもしれねェ」
突然だった。
一方通行の顔に陰りを感じたのは。
「……、それは言い過ぎじゃねえのか? 確かに勝負で左手に火傷を負ったけどさ……」
今、正宗は左手に大きな火傷による赤い傷があった。手の甲が覆い被さる様な傷。もう一生消えることのない様な傷だ。
「そンなンじゃねェ……そいつは
自分が言えた義理ではないと思いながら、
「……あンまし詳しくは、話せないがなァ……」
実験のことは、機密だった。関係者以外には……。
今、この場で語っても、仕方ないと思った。
「……どうしてもか?」
再度、彼は聞いてくる。御坂美琴がそんな人、そこまで言われるほど狂っている人間などではないと心の中では思っていたからだ。
「あァ、できねェ……」
巻き込むわけにはいかない……。
やっとコイツは、夢を、叶えている途中じゃないか……と、
話すことは決してなかった。
「――じゃあ、信じられない」
キッパリと正宗は言った。
「……まァ、お前だったら、そう言うだろォな……」
一方通行は予想していた通りだった。確かにこれだけ理由を言わないで、あの時、自分に声を掛けてきたくらいだ、彼は関わらないと言う人ではないことを知っていた。
「別にさ、お前の言ってる事を信じない訳じゃない。俺もまだアイツに出会って短い。信用する、してくる以前の関係かもしれない」
けどな、と続けて、
「少なくとも、普通の女の子に見える」
正直に、思ったことをありのままに彼は話す。
「お前がなんで理由を話してくれないのか知らないけど……」
だが、半分は友を心配して、
「一度会ってみたら、あいつの良いところもわかるはずだって」
そう真っ直ぐに言ってくる事に、一方通行は何も言わず黙って聞き入れていた。
雨風を反射させようとも、雑音は反射出来ようとも、彼の話は聞いていた。
「まぁその時は、お前に向かって、『勝負勝負ーッ』とか言ってくると思うけどな」
へへっと少し笑って言ったのは、この変な空気を消したかったから。
「フン、そォかァ……。まァそん時には俺が勝つだろォな」
一方通行も少し自分なりに笑って空気を合わせ様とした。
「手加減ぐらいはしてやれよ。相手は女の子なんだからよ」
一方通行も直接、御坂美琴に会ったわけではなかった。
どんな性格かもわからないが……
会いたくなかった。
この実験のオリジナルであり、実験台の意思のある姿を見ておかしな気持ちになりそうであり、そしてもう一つの理由を聞いてしまいそうだったからである。
何故こんな実験に、自分のサンプルを提供したのか、クローンを作るのには本人の、本人だって……
だがそれ以前に自分の方が、
気が狂っているのかもしれない。
………………
…………
……
その後、帰り道が違う正宗は今日の晩飯を買うためにコンビニに寄ろうと歩いていた。
大雨の影響で大通りは人があまり居らず、店という店が台風の劣化版であろうが暴風域に入る予報があったので閉まっていたのだ。何だかいつもとは違って、とても寂しく感じられた。
(お米ぐらいなら家にあったから……、おかずになる様な唐揚げと……でもコンビニには、おつまみぐらいしかないよな~)
そう思いながら開いていたコンビニに入る。
ちなみに、今更ながら正宗は料理をするのが大っ嫌いなのである。
簡単なもの(卵焼きなど)なら作れるが、基本的に無理なのであった。
(さて、晩飯の他にマンガも買ったし。雨が強くならない内に早めに帰るか)
コンビニから出ていつもの帰り道を歩く。途中にある公園を抜けるのが一番の近道だ。
その公園にある自動販売機は金を入れてもジュースは出てこない。
しかしある方法でやると無料で、しかも自分の好きなジュースが出てくる方法を正宗は知っていた。
昼を過ぎて今は夕方ぐらいなのだろうが、雨雲のせいでよくわからなかった。そしてザアァザァァァ……と少しずつ雨脚が強くなっていく。だが風はまだ吹いていない。これから吹いてくるのだろう。
「あれ?」
しばらく歩くと、公園に植えられている低木の前でしゃがみ込む人影を見かけた。
その人は低木の茂みの中を覗いており、じーっとしていて動かない。
(こんな時にあんな所で何やってんだ? 傘もささないで……)
ホントにあながち、あいつの言ってた通り気が狂ってるんじゃねえのか? などと、そう思って正宗は近づいていくと、向こうも気がついたらしく、こっちを見てくる。
「すみませんが、手を貸してくれませんか? とミサカは貴方にずぶ濡れになりながら救助のお願いをします」