とある魔術の絶対値数(スカラオペレート)   作:Ωウエポン

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その豪雨は人を留まらせて Twins?

 

 

 

 

「ずっとここでどうするべきか悩んでいました。でも貴方が来たので安心しました、とミサカはほっと胸を撫で下ろします」

 

 そう言って雨の中、助けを求めてきたその人物は、正宗のよく知っている常盤台の制服を着ている人物? だった。

 何かいつもと違うと思いながらも……

 

「それよりもお前、ずぶ濡れじゃねえか」

 

 そういうことを考える前に、まず、彼女に向かってやるべき行動があった。

 彼女はサマーセーターを着ているので恥ずかしいところが透けるのは隠せてあるが……、ちょっと見るに見かねる服装だったので、正宗はさしている傘の中に入れてやる。

 

「そんなことをする前にあの子を助けて欲しい。とミサカは街路樹の根本を指差して教えます」

 

 最初は、何なのかよくわからなかった。

 だが、よく見ると街路樹の低木の下に茶色い子猫がうずくまり、丸まって凍えていた。

 

「…………、ちょっと傘と袋、持ってて」

 

 そう言って正宗は傘とコンビニ袋を渡して、服を濡らしながらも枝を掻き分けて子猫を抱きかかえる。

 その子猫の体は冷えきっており、力なく弱っていた。なので正宗は温度を操って腕の中で暖める。

 

「……何で早く自分で助けなかったんだよ。……コイツもう少しで死ぬかもしれなかったんだぞ」

 

 少しキツイ口調で正宗が言う。

 見ているくらいなら、抱えて、どこかで雨宿りしていた方が良いことは誰もがわかることだろう。

 

「ミサカには助けることは不可能です。と、ミサカは貴方に怒られるのにも十分な訳があるのでこう答えます」

 

……どうして? と彼は少し険しい顔をして言い返す。

 

「実はミサカの体は常に微弱な磁場を形成します。人体には感知できませんが――他の動物には影響があり避けられるようです。と、ミサカは出来なかった理由を説明します」

 

「そんなのって、あんまりじゃないのか? 言い訳にしても……」

 

 理不尽。

 納得がいかない。

 彼は知らないうちに彼女を睨んでいた。

 

「いえ、事実です。と、ミサカは――」

「じゃあ俺が来なかったら見ているだけで助けなかったのか? 見捨てたのか?」

 

「それは……」

 

 正宗が問い詰めると彼女は口ごもって何も言えなくなった。

 だが、彼女が抱えたところでその微弱な磁場により子猫が弱まるのが早まったのかもしれない、彼女なりにも考えていたのかもしれないと思った。

 それも一つの考えと頭に置いておき、

 

「まぁ、こんなところで言っていても……仕方ないか……。とりあえずこの子猫は看病するために持って帰るけど……お前はどうする?」

 

 猫を右手だけに抱き治して、左手は荷物を持つために一応空けて、彼女をもう一度見る。

 

「服がびしょびしょだし。一旦、常盤台の寮に帰ったら?」

「……この子をこの様な状態にした責任もありますし、ミサカも貴方だけに任せるのは心配なのでついて行きます。とミサカはいきなりでドキドキしながら始めて異性の部屋に行く決意をして言います」

 

 

(この前押し掛けて来たクセに……)

 

 正宗は片手だけだった抱えるのを両手に持ち直す。

 そうして2人は正宗の住む学生寮に向かう。

 男の子が子猫を抱き、傘とコンビニ袋は女の子が持って貰うという、立場上が逆な、変な相合傘だった。

 

 

 

 

「つか、そのデカいゴーグルとか何なの? しかも、いつもと口調が違うし……」

 

 彼女の頭には、某アメコミ映画で出てくるレーザービームを出す人物が着けている様なゴーグルがあった。

正式には軍用ゴーグルになるのだが、こういった例にするとわかりやすいだろう。

 

「貴方は何か勘違いをされているみたいですが、貴方の言っているのはお姉様の方です。と、ミサカは案に別人なのだということを教えます」

 

 

 ……え?

 

 

「えぇー!! あいつ……いや、お前ら双子だったの!?」

 

 物凄く少年は驚く。よーく彼女を観察するが、違いが……目の色が少し違う? と思っただけであり、そしてこの時にようやく御坂美琴とは別の人物なのだと理解した。

 

「双子、ですか。言葉の意味とは少し違いますが……、一応ミサカは妹であり血は繋がっています……。と、ミサカは本当の事を隠して言います」

 

 言った後に、あっ……とミサカは、と呟く彼女。もちろん正宗は聞いていた訳であり、

 

「……隠せてないよ……本当の事ってなに?」と聞き返す。

 

「はぁ……、この口癖はホントに迷惑ですと、ミサカは心の底から疲れを表す様にため息を吐き……それに、これはとても重要なことですので……。とミサカはこれ以上言いたくないという顔をして言います」

 

 ミサカの顔の表情はあまり変化しなかったが、俯いて言いたくないという態度をとる。

 

(――まぁ、あんまり関係ないヤツが首を突っ込んでも迷惑なだけだし、知られたくない事だってあるよな……。実際に俺だって……)

 

 正宗はそれ以上聞こうとは思わなくなった。

 もちろん御坂美琴の方にも聞かないでおこうと心の中でそう決めた。

 

 

「それで? お前のことなんて呼べばいいの? ……姉貴の呼び方を『まな板』にして、お前を『御坂(ミサカ)』って呼ぼうか?」

 

 正宗はちょっと笑って言った。

 

「む、お姉様の事を『まな板』と呼ぶのはミサカにも言っているのと同じです。まだまだ成長するはずです。とミサカは最大のコンプレックスにおける怒りを露にしながら貴方に言います」

 

 怒っているのか分からないが、正宗でもミサカは自分を睨み付けているというのはわかった。

 

「怒っているのか分かんないけど……、じゃあ『妹さん』でいいか?』

「単純……ですが、もうそれでいいです。と、ミサカは頷きながらそれ以上案は浮かばない様な気がするので了承します」

「……、遠回しに何か馬鹿にされてるような、されてないような……」

 

 うーん、といって悩んでいる間に正宗の寮に着く。

 一応ここは男子寮なのだが、別に女子が遊びに来てもいいという緩い規制の寮。

 いや、前言撤回。規制が緩いのではなくて、管理人が見回るとかそんなものはなく。何だか一般的なマンションの様である。

 

 実際にだが、土御門の義理の妹の土御門舞夏(つちみかど-まいか)をよく見かけていた。

 

「一応言っておくけど、うちの寮はペット禁止だぞ。看病するのはいいと思うけど……」

 

 通路を歩きながら正宗はこれから起こりうるであろう未来に関して言い訳じみた感じで言う。

大概の寮はペット禁止なのは普通だ。

 

「つまり飼えない。と、ミサカは薄情な貴方を非難します」

 横を歩くミサカは目をちょっと細めて正宗に向かって言ってきた。

 

「……じゃあどうしろと?」

「ずっと看病するという名目で飼えばいい。と、ミサカは思い付いた名案を言います」

「ははは……、はぁ~」

 

 正宗は溜め息を大きく吐き、ちょうど自身の部屋の前に着いたので入ることにした。

 

 

 

 

 

「お邪魔します。と、ミサカは一応頭を下げて、他人の家なので礼儀正しく言います」

 

 彼の後に言葉通り律義にお辞儀をしながら入ってくる。

 この時正宗は、姉貴と違って不思議系? 電波だったか? けど……、と彼女の方が何かお嬢様っぽいと思った。

 

「おう。……んで? お前はどうする? 制服はびしょびしょに濡れてるし……風呂場に乾燥機とかはあるから、乾かしてる間に着るTシャツやジャージとか貸そうか?」

 

 正宗はそう言いながらタオルを出して子猫に捲き、ベッドの上に置く。

 

「ありがとうございます。と、ミサカはさっきの薄情さを取り消してお礼を言います」

「それは何よりで」

 

 そうして正宗はタンスの中から黒いTシャツを、クローゼットからジャージの上下を出してミサカに渡した。

 その時にミサカはまた、ありがとうございますと律儀に言って風呂場の脱衣場に向かった。

 

 

 

 

 

 にぃ、と拾ってきた子猫が小さく鳴く。

 

「ちょっとは元気になったか?」

 

 今正宗は牛乳を少し温めてから小皿に入れて子猫にやっていた。

 頭や背中を撫でながら世話している間でも子猫はお腹が空いていたのか、コップ一杯の牛乳を美味しそうに飲む。

 

 

(しっかしあいつ、何やってんだろ?)

 

 脱衣場からは一向にミサカが出てこないのである。

 最初は服が乾き終わるまで乾燥機の前にいるつもりかなっと思っていたが、

 その乾燥機が動いている音ですら聞こえなかった。

 

 飲んでいるのを止めて子猫が正宗を見上げてきた。見られているのが気になるのか、それともこの小動物も彼女を心配しているかのようにも見える。

 

「……うーん、たぶん大丈夫だろ」

 

 そう言って正宗は子猫の頭を撫でる。するとまた牛乳を飲み始める。

 

「…………」

 

 数分たってから、ちょっと行くのを始めはためらったが、やっぱり心配なので脱衣場のドアの前に向かう。

 

 もちろん扉をコン、コン、と2回ノックする。

 

「妹さん? 乾燥機の付け方わかりますかー?」

 

 だが返事もなければ、物音ですらしなかった。

 

「? ……入りますよー……構いませんかー? 入って殴るなんてナシですよー?」

 

 ちょっと返事を正宗は待つ。だが何も彼女は言わないので、そろーっと脱衣場のドアを開ける。

 

「妹さ……、っ! おい!!」

 

 脱衣場の中を見ると壁に寄りかかって、座り込んでいるミサカの姿があった。

 正宗は驚いてミサカの肩を掴み、大丈夫かどうかを確認する。

 

「は、早めに乾かして、帰るつもりでしたが……ミサカも構造上は人間なので、風邪をひくことはあります。と、ミサカは……、何だか頭がぼーっとして……」

 

 息を切らしてミサカは言ってくる。一応着替えだけは終えていた様であり、ジャージを着てその後へたり込んだと思われる。

 

「お前、いつから公園に居たんだよ!」

「……雨が強く降り始めてからずっと居ました。かれこれ4時間ぐらい。と、ミサカは答えます」

「なんてバカなヤツなんだよ……」

「バカなんかじゃ……ありません。と、ミサカは……ッ」

 

 ゴホッゴホと彼女は反論しようとしている途中に喉に痰を詰まらせたのか、苦しそうに咳をしてしまった。彼は二度ほど彼女の背中をさすってから

 

「もう喋らなくていいから持ち上げるぞ」

 

 

 

 その後正宗はミサカを抱えてベッドに運び寝かせ、頭に着けてあるゴーグルをのけ、ジャージの上は肩が凝るから本人の許可を得て脱がした。黒いTシャツを着ているから大丈夫だろう。

 その後、何枚か、薄い掛け布団を出して彼女に掛けた。

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「はぁ~……。ほら、体温計、脇に挟んで計りな」

 溜め息をつき、そう言って正宗は体温計をミサカに渡そうとするが、

 

「ミサカの現在の体温は……38.1℃です。と、ミサカは……、自分の能力の応用で計ったことを、貴方に教えます」

 

 風邪をひいた人特有である、目が潤った感じのミサカが言ってくる。鼻水や咳き込む症状は出てないが、これからかもしれない。

 口癖はそのままに、少し喋るのも辛そうだった。

 

「そんなの信用ならねえよ。ほら、黙って挟んどけ」

 正宗は少々強引だが体温計を渡す。能力だからと言っても風邪をひいているのだから宛にならなかった。ミサカの方もしぶしぶ体温計で計る事にしたのだった。

 

 この雨で学園都市の交通機関は、今は全面的にストップしていた。

だから正宗はタクシーでも呼ぼうとしたらミサカの方が断ってきた。彼女はお金を持っていなかったらしい。それなら自分がと正宗は思ったが、タクシーの運賃を払えるほどの金額は財布になかった。

 なので一晩だけだが泊めることとなった。

 

「何から何まで申し訳ありません。と、ミサカは貴方に迷惑を掛ける事を謝ります」

「悪いと思うのなら黙って寝て早く治してくれよ。今日は大雨だし、お前も上手く歩けそうにないから……。1日くらい仕方ないか……」

 

 寝ているミサカの額に冷やしたタオルを置きながら正宗は言った。

 その時ちょうど、ピピピピッと体温計がなる。

 

「体温……計れました。と、ミサカは体温計を渡しながら言います」

 

 彼女は脇から体温計を取り出して正宗に渡す。汗で胸元は濡れているが黒いTシャツなので透けることはない。

 

「どれどれ、……38.5℃、言ってたのと違うじゃん」

「それは少し前だから違います。と、ミサカは抗議をします」

 

 寝てはいるが、『そこは』と言いたいみたいに、ちょっと怒り気味でミサカは正宗に言ってくる。能力の自信さも姉譲りなのだろうか……

 

「わかったわかった、怒った顔しないで寝とけ、余計に熱が上がる」

 そう言って正宗は台所に行く。近くにいると彼女が寝られないだろうと思ったからだ。

 

 台所で、みぃ~……、と呼ぶ様に、床の真ん中で子猫がちょこんと座って鳴いていた。だが皿にはまだ牛乳は残っており、どうやらお腹はいっぱいになった様だ。

 

「ヨシヨシ、お前は、あいつに見つけてもらって運が良かったな……。黙って飼ってやるから安心しろよ……」

 

 正宗は片手の人差し指で『内緒』のポーズをし、もう片方で子猫を撫でる。

 子猫は気持ち良さそうに目を摘むって撫でてもらっていた。

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 現在の時刻は19:26分。

 夜になり、それまで静かにマンガを読んでいた正宗はベッドで寝ている病人の為にお(カユ)を作ってやることにした。

 

 ミサカが寝ている間に正宗は乾燥機で服を乾かしたり、靴を乾かしたり、子猫とちょっと遊んだりした。

 

 余談だが乾燥機を使う時に淡い水色シマシマ模様のブラジャーがあり、正宗は顔を真っ赤にして乾燥機に放り込んだ。

 

 それと同時に、だったら黒いTシャツの下って…………と、よからぬ妄想を展開する正宗だった。

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「ホレ妹さん。お粥出来たから」

 

 そう言って正宗は寝ているミサカを起こす。起こし方は額に敷いてある濡れタオルをどかすだけ。揺する事などはしてはいけないと考えていた。このくらいの行動で彼女がまだ寝ているのならば放っておこうと思っていたが、

 彼女はムク……と静かに起きた。

 

「…………(ぽけー……)」

 

 ベッドの上で上半身だけ起きたはいいがちょっと、ぽけーっとしているミサカ。

 

「もっしも~し?」

「ふにぁ? ……ぁ!」

「大丈夫か? それに……夢の中で猫にでもなってたか?」

 

 ぷふっと正宗は軽く笑っていた。本人は面白いというより和んだのが。

 

「平気ですし気にしないで欲しいです。でもまだ37.7℃あります。とミサカはやっぱり寝起きなので目を擦りながら答えます」

 

 寝ぼけて変な声を出したミサカは隠す様に言ってくる。だがまだ熱はある感じだ。

 

「お、ちょっとは下がったか。食べられそうか?」

 作って持ってきたお粥を彼は見せながら言う。

 

「はい、せっかくなので頂きます。とミサカは貴方の行為に感謝しながら言います」

 

 そこまでヒドイ風邪ではなかったのでミサカは自分で食べる事ができた。(レンゲ)を使って少しずつ食べ進めている。正宗も、当麻じゃあるまいし、食べさせるという……、イベントなんてないか……いやいや何考えてんだ俺、と心の中で僅かな残念感と格闘していた。

 数秒の心の中の格闘が終わった後、彼もコンビニで買った晩飯を食べはじめ、ミサカが寝ているから我慢していたテレビ番組を見る。

 

「そういえば貴方はお姉様とお知り合いでしたよね。とミサカは以前聞いた事を思い出して聞きます」

 

 ベッドの上でお粥を食べながらミサカは正宗に言ってきた。

 

「あ~まぁ、そうだね。ただ単に知ってるだけなんだけどさ」

「良かったらお姉様について教えて頂けませんか? とミサカは良い機会だと思い、貴方に尋ねてみます」

「あれ? お前ら姉妹なんじゃないのかよ?」

 

 不思議そうな顔をして正宗が聞き返す。

 

「……数時間前に話した様に事情があります。とミサカは言えない事を申し訳なく思いながら応えます」

 

 それを聞いた正宗は聞いてはいけない事を思い出して少し悔いた。

そして美琴のイメージ像を考えてみる。

 

「……言うなれば、元気過ぎる、かな~……」

「元気過ぎる。ですか……具体的にどんな感じですか? とミサカは付け加えて質問します」

「うーん、お嬢様なのに超迷惑なくらいの戦闘狂(バトルジャンキー)であって、すごい負けず嫌い。そんで少年漫画が好きとか、御嬢様なのに走りまくっている変な所もあれば……ゲコ太が好きな子供っぽく女の子な所もあるかな……」

 

 一応知っていることを全部話した。これまであった出来事など。何かと美琴はうるさく、目立つヤツなのでちょっとは印象深い人だった。

 

「……そうですか、教えて頂きありがとうございます。それとお粥ごちそう様でした。とミサカはお礼を言いながらお粥の入っていたお皿を貴方に渡します」

「お粗末様でした。まだ熱はあるんだから、もう寝ておけよ」

 

 現在の時刻は21:03分。

 病人だが作って貰ったのに残すのは悪いと思ったミサカはゆっくりとだが全部食べた。

 

「あ、それと……」

 台所に行こうとした正宗をミサカが呼び止めた。

 

「? どした?」

「あの子の名前を考えたので言っても良いですか? と、ミサカは貴方が世話してもらうのに図々しく名前をつけようとします」

「あぁ……まぁ別に構わねーよ。妹さんが見つけたんだし」

 

 確かにあの時、彼女があの場所に居なかったら子猫は死んでいただろうから、と正宗は思いながら言ったのだった。それに彼は何かと選ぶ時、例えばビデオショップで借りるビデオを選ぶ、本屋で買う本を選ぶ、そんな時はかなり迷う性質(タチ)であり、猫の名前など言うまでもないので、彼女につけて貰う方がよっぽど効率が良いと考えたからでもあった。

 

「では、ミサカはその子猫を『クロ』と名付けます」

 

 彼はえ? とか、は? とか言いそうな顔をしてから、

 

「……ちょっ、待てや待てや待てや。全っ然黒くないから」

 

 正宗は手をナイナイといった感じで手を振る。

 彼女は彼に気が付くくらいに視線を動かして、子猫が床をゴロゴロと転がって遊んでいるのを見てから、

 

「では、『ブラック』と」

「うん、英語発音にしても、猫の色は違うからね」

 つーか何見て思ったんだよ! と彼の突込みが返ってきた。

 

「……イチイチうるさいな~。とミサカは愚痴を言いながら」

「そう言わず、もうちょい真面目に考えてやれよ。凄い名前をよ~」

 

 正宗は両手をあわせて懇願するポーズをとる。

 そんな姿を見てミサカは顎に手をやって、ふむ……と、ちょっと考える。その時ちょうどテレビの映像ではスポーツ用品店のCMを流していたのを見てしまった。じーっと見た彼女は突然。

 

 

 

「……ではミサカはあの子猫を『サモトラケのニケ』と名付けます。」

 

 

 サモトラケのニケ。

 ギリシア神話に登場する勝利の女神。英語では 『Nike』、ナイキと発音する。世界的スポーツ用品メーカー「ナ○キ」社の社名はこの女神に由来する。

 彼は、いきなりクオリティ変わりすぎだろ……と呟いた後

 

「……でも、長いから『ニケ』でいい? 初めのサトモラケを上の名前くらいにしてさー」

「別に構いません、飼うのは貴方なのですから。とミサカは許可をし……、それと、おやすみなさい、とミサカは布団に潜りながら言います」

「おう、じゃあおやすみ。……ってその前にカゼ薬飲んどけよ! こらこら寝たフリすんなって」

 

 正宗は薬箱から苦いことで有名なパブ○ンの粉薬をだした。

 

「に、苦いのはイヤです。と、ミサカは首を横に振りながら拒絶を……」

「はいはい、わがまま言わずに飲んどけって。これ、看病してる人からの心遣い(メーレー)ね」

「あうぅ…………」

 

 嫌がっていたが、彼女はちゃんと薬を飲んだ。

 

 

 

 ちょっと学生の時間的には寝るのが早いが、病人なら大事をとって寝ても良いぐらいでミサカは眠りについた。

 

 正宗も、リビングの電気は消して、台所でマンガを読みながら、子猫のゴハンを作ったり、遊んであげたり、ミサカの額のタオルを変えたりと働いた。

 

 まだ外は雨が降り続いていた。

 

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

…… 04:37 ……

 

 

 

 強く降っていた雨が止み静かな夜明け前となる。

 

 そんな時間にベッドで寝ていたミサカはゆっくりと起きて、自分とテーブルを挟んだ所で布団を敷いて静かに寝る正宗を見る。

 

「もう、行かなくてはなりません、とミサカは呟きます」

 

 だが正宗はその呟きを聞いて起きる事はなかった。

 

「今のミサカは貴方に何もお礼は出来ませんが、()()()()()がやってくれると思います、とミサカは貴方が聞いていなくても言います」

 

 寝ていたベッドを綺麗にして、ミサカは風呂場の脱衣場に向かい、そして正宗が昨日のうちの乾かしておいた常盤台中学の制服を着る。

 

 そんな制服も律儀に畳まれていて、どことなくいつもと違って微かに良い香りがした。

 

 それが、部屋干しなので、というちょっとした気遣いだということもミサカは気が付かなかった。

 

(まだ少し熱があるようです……)

 手を額と首筋に当てた後にそう思って、借りていたジャージや黒いTシャツを洗濯機の中に入れて玄関に向かう。

 

 頭にはあのゴーグルを着けて、いつもと変わらない感じで。

 ミサカは静かに出ていく準備をする。

 

 みぃー、と玄関で靴を履いている時 リビングからちょっと顔を出して子猫がミサカに向かって鳴いた。

 

「……あなたともお別れですね。とミサカは名残惜しく言います」

 

 ミサカが靴を履き終えて立ち上がり、玄関のドアノブに手を掛けた。

 

 だが、背後で、トテトテと本当に微かに足音が聞こえた。

 

 振り向き見ると、ミサカには近づいてくるはずのない子猫が、さっきまで靴を履くために座っていた場所に居たのだった。

 

「あなたはミサカを避けたりしないのですか? とミサカは少し驚きながら言います」

 

 

 みぃ、と弱くだが子猫は鳴いた。

 ミサカは自分でも不思議に思いながら、それに応えるようにしゃがんで子猫に手を伸ばす。

 

 段々と手を近づけるにつれて、子猫は震え始めたが……

 

 触れることができた。

 

 

「……我慢強い猫なのですね。とミサカは動物を始めて撫でながら感想を述べます」

 

 

 撫でられている間も小さく震えていたが、子猫はミサカの手の温もりを感じている様に見えた。

 まるで飼い主になついている猫の様に。

 

 そしてゆっくり手を離す。

 

 

「今度こそ本当にお別れです、と、ミサカは、…………

 

 

 

 

 

 

 

 

…… 05:25 ……

 

 空は夕方の反対だった。陽は東から昇る。それは紅いのではなく、黄色く輝き、眩しかった。

 

 

「あなたの方が早く来ていたのですね。とミサカは少々驚きながら言います」

「ケッ、昨日研究所に行って実験の内容を聞かされてェ、こっちはイラついてるっつーの」

 

 一方通行は工場の階段に座り、コーヒーを飲んでいた。昨日正宗と別れた後に研究所に行ったのも、実験の内容を知るためだ。

 

「明朝における戦闘の実験がですか? と、ミサカはわかりきった事を聞きます」

 

「ハ! どんな時間帯にしよォが俺の能力にはかンけェーねェンだよ! このまま朝方が弱いってされて、こンな朝早くからの実験を増やされても困るからな……」

 

「困るからどうするんです? と、ミサカは質問します」

「そんなコトも分かンねェのか?」

 

 ……まァそれもそうか。と一方通行は続ける。

 

「オマエにとって、たった一回の実験。調律(チューニング)や体調を万全にして来る使()()()()に分かるはずもねェか」

 

 と言った後、白く濁った様に真っ白な髪が生えた頭をボリボリとかき、

 

「わりィがこっちは休みナシで毎日永遠と殺《や》って、挙げ句の果てには明朝だァ? ふざけてンのか? 人間様ってのはよォ、睡眠とか食事とかそういう生理的欲求っつゥのが満たせれねェと不健康になるしイラつくように出来てんだ。悪りィが、実験が始まったら即効で消させて貰うからな」

 

 イライラしているというよりも、めんどくさそうに一方通行は言う。

そんな彼に向かって、彼女はコホンと咳をしてから、

 

 

「……実験開始まで、あと1分35秒です、とミサカは告げます」

 

「あァ~? よォく聞いてみるとオマエ、鼻声じゃァねェのか?」

「はい、昨日まで高熱が出ていました。今も少しですが熱があります。とミサカは風邪をひいているということを教えます」

 

「ハァ? オイオイオイ、こりゃァなンの嫌がらせですかァ? 調律(チューニング)はどォしたよ? モルモットのクセに病原菌を持って俺に感染したらどォすンだァ? こりゃァ今日は触れずに実験しねェとなァ」

「……そろそろ一方通行は所定の位置に着いて下さい」

 

「チッ、学校みてェに休めばいいのによォ……」

 

 

 その呟きはミサカには聞こえなかった。

 

 

 

「午前5時30分」

 

 少女はいつもの様に、さっきまでの出来事が偽りの様に、機械的に、表情無く、事務的に伝える

 

 

 

「これより第9812次、実験を開始します」

 

 

 

 

 

 

 

 午前5時56分。

 

 

 第9812次実験は終了。

 

 

 一方通行は相手に触れずに殺害。

 

 

 ターゲットが放った銃弾を足に反射されて動けなくなっている所を胸の心臓部目掛けて鉄パイプを突き刺した。

 

 

 

 だが最後にミサカのある言葉を、聞いた様な気がした。

簡単ながらも彼にとって理解が出来なかった。こんな場所でこんな状況で血に塗れた姿で……

そう、それは彼に言ったのではない。

 

 それはミサカがこの世から消える時、走馬灯の様に想い返している時だった。

 充実なんてしていなかった。いつか、街の歩く人々よりも早く死ぬのはわかっていた。自分の意思など二の次、そもそもそんなことを考えたことも無かった。

 でも……

少しだけ暖かく、少しだけ幸せな気持ちになれたのは事実だった。

 

 

 

 

 たった一言、彼女は呟いた。

 

 

 ありがとう…… と。

 

 

 




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