【完結】D.Gray-man ー太陽ノ聖女ー   作:春風駘蕩

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閑話との同時投稿となっております。
ご注意ください。


第四幕 終ワリノ始マリ
1.重なる手


 まどろみの中から、アレンはゆっくりと浮上していく。

 視線を周囲に向ければ、寂れた小汚い部屋の壁が目に入る。ついで昨晩、ユノとともに傷ついたシェリーを運び込んだことを思い出す。

 聞こえてくる声の方に目を向ければ、ベッドの上で規則正しい呼吸を繰り返すシェリーの顔が目に入る。どうやら自分は、シェリーの看病をしながらいつの間にかベッドに突っ伏して寝てしまっていたらしい。

 シェリーの顔を見て、最後に見たときよりも格段に顔色が良くなっているのを目にしてひとまず安心する。最悪の結末も覚悟していたが、そんな心配は必要ないようだった。

 等間隔で胸を上下させるシェリーの横顔を見つめていると、ふと先ほど見ていた夢の内容が蘇ってくる。

 かつて旅したどこかの街で、養父が生きていた頃に訪れた街で出会った、紅眼に金髪の少女。アレンの左腕を機にすることもなく、綺麗な笑顔で笑いかけてくれた、心優しい少女。その名は確か、シェリー。

「…………まさかね」

 脳裏に沸いた考えに、苦笑するアレン。

 今頃どこにいるのだろうと気にはなっていたが、そんな偶然があるわけがない。偶然訪れた街で、偶然出会った女性が、偶然昔に仲良くなった女の子だっただなんて。

 物語でも見かけないような御都合主義な想像に、自嘲気味に頭を掻く。この街に来てから、どうにも夢見がちなことばかり考えてしまう気がする。

 そんなふうに考えながら、もしそうならどんなにいいか、などと心のどこかで考えるアレンは、眠り続けるシェリーの布団をかけ直そうとする。

 その時だった。シェリーの右袖に、違和感を覚えたのは。

「…………え?」

 それに気づいたアレンは、眠っている本人には悪いと思いながらも彼女の袖を捲ってみる。そして、大きく目を見開いた。

 シェリーの右腕に刻まれていたのは、稲妻のように走る醜く赤黒い傷痕。右腕の肘あたりを中心に広がる、決して小さくはない火傷の痕だった。ちょうど夢の中に現れた少女と同じ位置に、その傷跡は刻まれていた。

「……これって、でも、……え?」

 困惑しながら、アレンはそれから目を離せなかった。まさか、とあまりにも現実味のないことばかり考え、まともに思考が定まらない。

 そんな混乱の中、ふと静かな声がアレンの耳に届いた。

「…………やっと気付いたのですか。鈍感な方ですね」

 はっと顔を上げれば、いつの間にか目を開けていたシェリーが呆れたようなジト目でアレンを睨んでいる。

 恩人の無事に喜ぶところだが、思わぬ真実を知ったアレンにはそんな余裕はなかった。気だるげに体を起こすシェリーを凝視し、パクパクと何度も口を開いて返答しようとして、何をいうべきか迷って結局何もいえなくなる。

 シェリーはそんな彼を見つめ、微笑を浮かべながら嘆息した。

「ずっと覚えていましたよ。この街で出会ったときから、ずっと」

 アレンは息を呑み、恥ずかしそうに視線をそらす。自分は今の今までずっと忘れていたというのに、この人は覚えていてくれたなんて。それにお互い随分大きくなって、自分などはかなり見た目も雰囲気も変わったと思うのに。

「どうしようかと思いました。ユノのこともあって、後先も考えずについ連れ込んでしまいましたけど」

 シェリーたちは別に、見ず知らずの男を救ったわけではなかったのだ。ユノはシェリーの過去を見て、居候することに同意してくれたのだろう。

 ありがたくはあったが、アレンには若干の不満があった。

「でも……、どうして教えてくれなかったんですか? 僕、さっきまで全然わからなくて……」

「……だって、悔しいじゃないですか」

 プイと視線を外しながら、シェリーはアレンをなじるように声を漏らす。

「私だけ覚えているのに、あなたには忘れられているなんて……」

 そんな事をいわれてしまえば、これ以上の不満も言えるわけがない。照れ臭そうに頭をかいたアレンと頬を赤く染めるシェリーは、そのまま長い間口を開く事なく無言のまま佇む。

 どこか居心地が悪いようで、けど嫌じゃない空気の中で過ごしていた。

「……マナ様の姓を、名乗っているんですね。良い名です」

「ハイ…、自慢の、父です」

「……見事でしたね、あの方の道化は」

「……ハイ……っ、僕なんか、まだまだで……!」

 少しずつ、少しずつ語り合い、語れなかった思い出を共有していく。

 失った時間は決して戻りはしない。だがそれを全て飛び越えて、かつて出会った少年と少女は、淡く切ない時間を味わっていた。

 そんな姉たちの姿を、扉の陰から覗いていた少女は小さく微笑み、邪魔をしないようにそっと離れていった。

 

 

「……聞いても、いいですか? あなたに、何があったのか」

 夜も更け、しばらくの間離れていた時間を埋めるように語っていたアレンとシェリーは、

「構いませんよ。ユノからは、なんと?」

「どこかの研究所で、力に覚醒したということぐらいを……。それと、種族的には、人間ではないというとか」

 シェリーは小さく息を吐き、目を閉じてアレンから視線を外す。数分黙って答えを考え込んでから、アレンに答え始めた。

「……そう、私たちは何者かから力を授けられ、ある意味で“進化”した人間なんです。そのほとんどが周りからは異端として映るようで、あまり表沙汰になることはありませんが」

「僕のような、エクソシストみたいなものですかね?」

「感覚的にはそうでしょう。力を他から与えられたという意味では」

 神から与えられた力と、超常の存在から授かった力。どちらもあやふやな出自であり、それを以って邪悪な存在を滅するという点では確かに似ている。

 力を作った存在はもしかしたら、同じなのかもしれないとアレンは思った。

「生まれつき力が強かった私は、覚醒する前からその片鱗を見せていたようです。常人よりも力が強く、回復も早い。そんな子供が異端扱いされるのに、時間はかかりませんでした」

 シェリーの痛みを察し、アレンは表情を歪ませる。誰だってあの痛みは、孤独の冷たさは辛い。

 この世界で自分一人、誰も味方がいないという寂しさは、誰だってもう二度と味わいたくはないだろう。

「人間離れした私たちはいつしか肉親からも疎まれ始め、気付いた時には若干の金銭だけを持たされて追い出されました。捨てられたということは、……その頃の私にはすぐわかりました」

「…………」

「その後、身寄りのないものを引き取る組織だという集団に招かれ、例の研究所へと連れていかれました。……そして、3年の歳月を、そこで過ごしました」

 アレンはぎゅっと胸を掴み、心の痛みに耐える。

 3年。果たしてその長い時間に受けた傷は、この人にどれほどの痛みを与えたのだろう。

 自分はまだ良かっただろう。あの師匠の元にいたとはいえ、五体満足(?)で過ごせていたのだから。だが、来る日も来る日も実験を受けさせられていた彼女は、心身ともに苦しんだはずだ。その苦痛たるや、想像さえできない。

「……ユノと出会ったのは、その時です。二人とも騙されていることに気づかず、そこで多くのものを……」

 アレンはそこでシェリーの口に指を当て、話を中断させる。十分だという意思を伝えると、シェリーは小さく頷いて素直にそれに従った。

 もう聞きたくはなかった。アレンも、自分も。

 これ以上の話は、二人とも痛いだけだ。

「アンノウンに関しては何か?」

「……あくまで、相対している私が個人的に感じていることなのですが」

 僅かに考え込んでから、シェリーは小さな声で答える。偶発的に能力が発現したためか、あまり自身のことには理解が及んでいないようだ。

 それでもいいとアレンは頷き、続きを促す。

「アンノウンは、どうやら私たちと似て非なる存在のようです。というか、私たちに力を与えた存在と相反する存在によって創造された、天敵……のような存在のように思えるんです」

「……どうして、そう感じたんですか?」

「本能……でしょうか。私に宿った力が、アンノウンを討とうと私自身を動かすんです。AKUMAに対する、イノセンスと同じように」

 アレンは身に覚えを感じ、自分の左腕をつかんだ。自身も初めてAKUMAを破壊した時、AKUMAを求めて腕が勝手に動いていた。戦い方も何もない、天敵としてイノセンスが悲しき兵器に牙をむいたのだ。

 本人の意志とは、相反して。

「……本来、アンノウンは普通の人間は襲いません。私が間に合わず、殺された人はほとんど、私やユノと同じあの場所に監禁されていた子達です」

「……じゃあ、僕は……?」

「おそらくですが、あなたがエクソシストだからでしょう。自分を害する危険性のある存在として、排除しようとしたのではないかと」

 シェリーはそういうが、はっきりした根拠があるわけではないらしい。

「……この世界にアンノウンが残っている限り、私はきっと戦い続けるでしょう。果たして私に力を与えた存在が何者なのか、この戦いの果てに、きっとわかると思います」

 

 ◆ ◇ ◆

 

「……よかったのですよ、姉様」

 廃墟の外に出たユノが、中にいる姉に向かって聞こえない声を向ける。

 シェリーがアレンを招いた時から、彼女がほのかな思いを抱いていることは気づいていた。旗からみればいつもと変わらない冷たい目に見えただろうが、ユノには少しの表情の変化は見逃さない。長年妹をやっていることは伊達ではないのだ。

「さて、これからどうするですかね? 前よりこの街にいづらくなったどころか、逃げるのにも苦労しそうなのです」

 もちろんそのことでアレンに文句を言うつもりはない。少し予定が早くなっただけだ。

 アンノウンに対して体が勝手に動いてしまうシェリーは、いつ傷つき倒れるともしれなかった。最近では警察も技術を上げてきたため、例の武装を開発してシェリーに挑み始めた頃から逃亡も考えてはいた。

 そのために、今まで寝る間も惜しんで路銀を稼いできたのだ。まだ心許ないが、足りない分は次に訪れた街で補充すればいい。今回はアレンもいるため効率も上がるだろう。

「姉様は意外と考えなしですからね」

 つても先立つものもないというのがこの街から出られなかった理由ではあるが、やはり最も大きな要因は愛着だった。

 両親から捨てられ、路頭をさまよっていた二人を迎え入れてくれたマザー。彼女のいたこの教会は、確かに居心地が良かった。

 異端の力を持つシェリーたちを忌避することなく受け入れ、

「……こうなった以上、アレンに頑張ってもらう他にないのです。私の姉様の心を奪った罪は重いのですよ。……まぁ、アレンなら別にいい気がするですけど」

 パタパタと靴を鳴らし、苦笑したユノは彷徨いながら歩く。

 だがその時、無人のはずのその場所に気配を感じた。優れた感応能力を持つ彼女だが、ほとんど勝手に発動する力はまだ制御しきれず、肝心な時に発動しないことが多々あった。

「……? 誰なのですか?」

 周囲に感じる、徐々に増えていく気配に、警戒しながらユノは思わずそう尋ねる。この辺の地理は完全に頭に叩き込んであり、逃げようと思えば簡単にまくことができるはずだ。

 あくまで敵が何者かを確認するため、ユノは挑発するように潜んでいるものに呼びかける。

 しかし、その余裕は建物の影から姿を見せた人物を目にしたことで、一瞬にして崩れた。

 月光の弱い光を背に受け、悠々と歩いてくる一人の女の顔を目にした瞬間、ユノの表情が凍りついた。

「……ようやく見つけたわ。私の可愛い実験動物(モルモット)ちゃん♡」

「ーーー⁉︎」

 ユノは逃げるべきだった。

 この、蛇よりも執着が強く、醜い欲望を内に宿した狂者から。

 

 ◆ ◇ ◆

 

「これから、どうしましょうか?」

 シェリーが包帯を外し、治りかけた自分の傷跡を首を回して確認していると、背を向けていたアレンがそう尋ねてきた。

 なぜ目を合わせないのかといえば、今シェリーは上着を全て脱ぎ捨てた状態で、白い素肌をさらしているからだ。当の本人は全く恥ずかしがっている様子はなく、豊かに実った柔肌を隠すこともなくアレンを見つめる。

「……そうですね。警察に軍。二つの組織に追われた今の状態では、教会に戻るのは悪手でしかありませんし。かと行って身を隠せる場所もありませんし……。ダメですね、思いつきません」

「こ、この際、僕と一緒に黒の教団に行きませんか? シェリーさんもエクソシストなんですし、ユノのことだって話さえできれば……」

「え……」

 驚いた表情で振り向いたシェリーに、アレンは背を向けたまま名案だというように続ける。

「そ、そうですよ! 僕と一緒に行きましょう! 師匠からの紹介状も向こうにあるはずですし、きっと……」

 どもりながら、アレンは顔を赤くして提案する。いってから、やはり悪くない手なのではないかと自画自賛する。

 忘れていたがもともとこの街には、借金取りの手を免れるために逃げ込んで来たのだ。むしろ、自分がこの街に来てしまったために、シェリー達の秘密が明らかになってしまったようなものだ。そう考えると、自分こそが責任を果たさねばならないはずだという気がしてくる。

 今度こそ自分が彼女達を守る番だ、そうアレンが一人で意気込んでると、その首にそっと白い腕が回されてキュッと巻きついて来た。

「…………!」

 アレンはさらに顔を真っ赤に染め、ひゅっと息を吸い込んで凍りつく。背中には凄まじく柔らかい感覚が襲いかかり、ふにゅんとひしゃげて心地よさが広がる。

 アレンに抱きついたシェリーは少年の後ろ髪に鼻を押し付け、ただじっとその体勢で佇む。動悸が激しくなっているアレンには気付かず、シェリーはさらに腕の力を強めていく。肌着を一応纏っているとはいえ、シェリーの鼓動も直接アレンの体に伝わっていた。

「……もう、いいんですよ。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんです。あなたが気にする必要なんてないんですよ」

「…………‼︎」

 シェリーの言葉に、アレンは言葉を失って表情を歪める。

 この女性は、アレンの後悔に気づいていたようだ。自分のせいだと自分を責めていることに気づき、真っ向からそれを否定してくれたのだ。

 シェリーは微笑み、赤くなった顔をアレンの背に隠しながら思う。

 ーーーもう少しだけ、このままでいたい。

 今や多くの人間に顔が割れ、逃亡すらも困難な身。それでも生を諦めきれないのは、この時間があまりにも甘美に感じられるからだ。

 これまではただ、自分の小さな世界さえ守れればよかった。ユノという大切な宝を守ることで、自分の存在が意義のあるものだと思えていた。

 でも、今は違う。

 かつて出会った、初めての友人。立場も種も、なんの隔たりも気にすることなく誰かのそばで戦うこの青年と一緒に、初めて“生きたい”と思えた。

 アレンと、ユノとともに。

「アレン、私はーーー」

 僅かな幸せを夢見たシェリーが、アレンに自分の意思を伝えようとしたときだった。

「ーーーキャアアアアアア‼︎」

「⁉︎」

 耳に届いた妹分の悲鳴に、アレンとシェリーはハッと表情を変え、すぐさま部屋から飛び出していった。

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