倒れたシェリーを廃墟の中に運び込んだアレンは、誰もいないことを確認してシェリーの手当てに入る。
開いた傷口と新しくできた傷口を綺麗な水で洗うと包帯を巻き、溢れ出す血をまず止める。銃弾によって受けた傷は全身に刻まれていて、アレンは今度は自分一人の手で彼女の衣服を引き剝がさねばならなくなった。しかし今度は恥ずかしがっているほどの余裕はなく、ただ黙々と彼女の傷口を塞ごうと努める。
どうにか傷口を押さえ、シェリーに服を着せた頃には、夕暮れの空はすっかり更けて真っ暗になっている。アレンはひたいに浮いた汗を拭うと、呼吸の乱れたシェリーに布団をかぶせた。
「……ユノ」
連れ去られた少女を思い、アレンは悔しさに歯をくいしばる。シェリーの眠るベッドから離れると、壁に拳をぶつけて額に当てる。
また、何もできなかった。泣き叫ぶ少女を前にして、自分はまた手も足も出せずに好き勝手を許してしまった。
AKUMAのために戦い、AKUMAのために生きると決めた。だが優しく接してくれた、守りたいと強く願った人に恩も返すこともできずにいることが、たまらなく悔しくて情けなかった。
「……僕は、どうしてこんなにも弱い……」
自らの及ばなさを嘆き、悲痛な表情で俯くアレン。
その時、衣擦れの音とともに何か重いものが落ちる音が聞こえ、アレンはハッと我に帰って振り向いた。
「ーーーシェリーさん⁉︎」
音の方に目を向けたアレンが、悲鳴のような声を漏らす。
ベッドに横になっていたはずのシェリーは、いつのまにかベッドの下で呻き声を上げていた。ベッドから這いずって降りたらしく、ぶるぶると震える四肢で立ち上がろうとしている。
慌てて彼女の元に駆け寄ったアレンはシェリーの肩を支え、優しく抱き起こしてベッドの支柱にもたれ掛けさせる。シェリーは荒い呼吸を繰り返しながら、それでも立ち上がろうと膝に力を込める。
「無茶ですシェリーさん! このあいだの傷もまだふさがっていないのに……‼︎」
「……離して……ください……」
押しとどめようとするアレンの手を押しのけ、シェリーはなおも妹を救い出そうと抗う。だが、肉体の疲労、苦痛はそうそう押し殺せるほどではなく、何度も床に膝をついてしまう。そのうち無理が祟ったのか、体に巻いた包帯に赤黒い染みが滲み始めていた。
このままでは危険だ、そう判断したアレンは仕方なく彼女を気絶させようと右腕に力を込める。だが、シェリーはそれよりも前にアレンに目を向けてそれを止めた。
「……ここは、黙って行かせていただけませんか? こんなところで、立ち止まっている場合ではないんです」
「でも……」
「あの女は、何をするかわかったものじゃありません。人の命をあまりにも軽くみすぎています……ユノにだって、何をするか」
アレンは顔をしかめ、その通りだと内心で同意する。あんな人が同じ人間だとは思いたくはない。
だが、シェリーは不意に苦笑すると、自らの腕をきつく握りしめた。
「……いえ、それは私も同じですね。散々命を奪って来た私に、そんなことを言う資格など……」
「…………それは」
「同じこと……いいえ、むしろ私の方があの女よりもタチが悪い」
自らを卑下するように吐き捨てると、自身の胸に爪を突き立てるように力を込め、虚空を見つめる。その表情は、見たことがないほど荒んで見えた。
「ユノのため……家族のためと免罪符を得て、他の誰かの命を奪って、傷つけて……。私は本当の意味で、怪物になってしまったようです」
シェリーの心はすでに、度重なる後悔と懺悔の負荷で擦り切れてしまっていた。自分のことも、愛せないほどに。
「……どんなに高尚なことを言ったって、人殺しには変わりない。私の手は……血に汚れすぎました」
「…………」
自分の手を見下ろすシェリーにはきっと、その手にこびりついたどす黒いシミが見えているのだろう。手のひらを突き破るほどに握りしめられた拳は、ブルブルと震えていた。
「……それでもあなたは、行くんですね」
アレンの言葉に、シェリーは小さくため息をついた。
彼女の脳裏に浮かんでいるのは、痛々しく泣き叫んでいたのに最後まで姉のことを案じていた少女の姿だ。
「ユノには逃げろと言われてしまいましたけど。ですが、やっぱり私は、あの子の笑顔を見たいんです。あの子は私にとって……自分が生きてもいいと思える、最後の希望なんですから」
これはただの自己満足。逃げろという願いに応えたところで、その先にあるのは果てし無い後悔の残る道だ。あとでどんなに怒られても、嫌われても構わない。
あの子が姉の幸せを願うのなら、姉は自らの後悔しない生き方のために戦うだけだ。
自分は最後まで足掻く道を選ぶ、と彼女は確固たる意志を込めて答えた。
「……なら、僕も行きます」
そんな声にシェリーは顔を上げ、シェリーの手をそっと包み込むアレンを凝視する。アレンはシェリーの目を見つめ、確固たる意志があることをシェリーに伝える。
「あなたが止まらないと言うのなら、僕も引きません。僕は僕の意志で、あなたについて行きます」
真っ直ぐな目で、アレンはシェリーに告げる。
そんな彼の目をじっと見つめ返していたシェリーは、やがてその口元に呆れたような笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆
朝もやの中、アレンとシェリーは草むらの中に身を潜めていた。
その視線の先にあるのは、軍服の男二人に守られた鋼鉄のバリケード。そしてその奥に広がる、広大な研究施設らしき建物。
「……ここに、本当にユノがいるんですか?」
見張りに気取られないように声を抑えたアレンが、いつもより殺気に満ちているシェリーに尋ねる。シェリーは見張りから目を離さないまま、こくんと小さく頷いた。
「ユノほどではありませんが、私にも感応系の能力が宿っています。ユノほどの力を持つものがいれば、どこにいても感じ取ることができます」
シェリーはギッと目を細め、同時に自身の能力を高めていく。望まず与えられ、苦労の原因であったとも言える力に、こんなにも感謝したことはなかった。
「……どうやって侵入しましょう? 流石に二人ではできることも限られますよ」
「……私が表で暴れます。あなたはその隙に、内部に潜り込んでユノを救い出してください」
「!」
シェリーの提案にアレンは目を見開く。
確かに二手に分かれ、片方が敵の注意を引くのは有効かもしれないが、囮のリスクは高く危険に思えた。
「で、でも……」
「間違えないでください。あなたの左腕はAKUMAのためのもの。……人を傷つけるためのものじゃない。わかっているでしょう」
「…………」
実を言うとアレンは迷っていた。この力は確かに、並の人間であれば太刀打ちできない頑丈さを誇る。だが、その目的はAKUMAを破壊することだ。
それを人に向けることへの迷いも、シェリーには見抜かれていたらしい。
「大丈夫。私たちは女の子を助けに来ただけ、それさえできれば、あとは逃げるだけでいいのです」
「……はい」
安心させるように微笑みを向けられ、アレンは不安げな表情で引き下がる。
最良の策ではなく、最低限の策。人間を相手にできないアレンと攻撃力の乏しいシェリーにできる、数少ない一手なのだ。
単純ゆえに、何も深く考えずに全力を尽くせばいいと、彼女は言った。
「……必ず、みんなで帰りましょう」
「……ええ」
アレンは目をそらしたシェリーにならい、覚悟を決めて研究所に目を向ける。
その時だった。ズンッ‼︎と凄まじい音がして、研究所の一角で激しい炎が噴き上がったのは。
「⁉︎」
けたたましい警報音が響き渡り、施設が一気に騒がしくなる。
見つかったのかと表情をこわばらせるアレンとシェリーだったが、一向に二人の元へ兵士たちが近寄ってくる様子はない。何かトラブルが起きているようだ。
「……一体何が……いや、そんな場合じゃない」
あっけにとられるアレンだったが、かぶりを振って意識を切り替えると、隣にいるシェリーに声をかける。
「けど……これは千載一遇のチャンスです‼︎ いまのうちに見張りをかいくぐってユノを探しに行きましょう‼︎」
「……待ってください」
シェリーはアレンを制し、研究所の方に意識を集中させる。
その目に宿った緑色の光が、彼女の中で目を覚ました本能の荒ぶりを示していた。
「……この騒ぎの原因は、アンノウンです」
「⁉︎」
◆ ◇ ◆
「アンノウン、第一防衛ラインを……いや、第三防衛ラインを突破‼︎」
「侵入した個体数、確認不能‼︎ 次々に湧いて来ます‼︎」
研究施設の職員たちが慌てて監視カメラや通信を確認するが、なんの前触れもなく現れた異形の集団にまともな思考が働いていなかった。
「……いいタイミングだわ」
そんな中でただ一人、マリエはニヤリと笑い、G4のバイタルの数値とモニターのの両方に目を向ける。
「G4の真の力を試すいい機会だわ。システムを起動させなさい」
その言葉に部下は目を剥いた。
「し、しかし試運転もなしにいきなり実行するのはリスクが高すぎます‼︎」
「何を言っているの? 研究成果を世に見せる絶好の機会よ。それにね……」
媚びるようにゆっくりと、しかし爪が食い込むほどに力を込め、マリエが部下の肩に手をかける。その仕草に肩を掴まれた部下はおろか、他の部下たちもゾッと背筋に寒気を感じた。
「私が失敗するわけないじゃない」
なんの迷いもなく、そう言い放つ女性研究者に恐怖を感じる。
ただでさえ命を弄び、消耗品とする禁忌の研究。研究者とはいえど倫理観が継承を鳴らしているというのに、この女は全くそのそぶりを見せていない。
改めてこの女が、壊れていることを実感した。
「はじめなさい」
「は……ハッ‼︎」
逆らうことは許されず、部下達は直ちにその指示に従った。
装置を操作し、背後に鎮座している巨大な機械に莫大なエネルギーを供給していく。エンジンが稼働し、ウィィィィンと耳障りな音があたりに響き渡った。
その機械には、一人の少女ーーーユノが磔にされていた。ぐったりと両手を広げて拘束された彼女の頭にはヘルメットのような装置が取り付けられ、無数の管が繋がっている。
すると、今まで項垂れていたユノが不意にビクンと痙攣し、ガタガタと震え始めた。見開かれた目は焦点があっておらず、ピクピクと痙攣していてその異常さを物語っていた。
「ひっ…………⁉︎」
ユノは未知の感覚に恐怖し、悲鳴を漏らす。身体中から大切なものも力も、あらゆるものが引き剥がされていくような感覚に襲われ、幼い少女の心は、早々に限界を迎えた。
「いやあああああああああああああああああ‼︎」
空気をつんざくような、絶叫。
悪魔のような笑みを浮かべる女の背後で、幼子はたった一人の家族の姿を求めていた。
「いやあああ……いやあああああ……姉様……‼︎」
ぽろぽろと涙を流し、ユノはただただ姉の姿を求める。
マリエがG4を映すモニターに夢中になっている間に、ユノの余地を計測する機器の画面には、時折ノイズが発生していた。
◆ ◇ ◆
研究所の内部は、まさに阿鼻叫喚の地獄と化していた。
どこから現れたのか、次から次へと蟻に似たアンノウン・アントロードが湧き出し、鋭い牙を以って研究者達に襲いかかっていく。衛兵が銃で応戦するもアントロードたちの皮膚には一向に効かず、ろくに抗うことも叶わずにバリバリと捕食されていった。
同業者達が目の前で惨殺され、惨たらしく生きたまま食われていく姿を目にして、逃れていたもの達は完全に腰を抜かしていた。
「た……たすけっ……ひぎぃい⁉︎」
「うわぁああ‼︎ 来るなぁぁぁぁ‼︎」
そんな彼らもわずかな延命しかできず、見つかったものから順に惨たらしく捕食されていく。
この場で生き残っているのは、たった一人しかいなかった。
牙を鳴らすアントロードに拳が振るわれ、顔面がひしゃげて体液が噴出する。すぐそばにいた個体には回し蹴りが放たれ、急所を貫かれて一撃で絶命する。
背後から襲ってきたアントロードは見ることもなく回避し、一瞥もくれずに迎撃する。まるで、どこから攻撃がくるのか予測しているような機動で、G4は鬼神のごとき暴れようを見せていた。
予知能力を用いて敵の行動を予測し、AIに完璧な機動を行わせる。それがマリエの考え出したG4の能力を最大限に発揮させる計画であり、そのために能力者を消耗品として潰してしまう悪魔の産物であった。
だが同時に、ただでさえ負担の大きいG4を全力で使用させるものであり、使用者への負担も大幅に上昇するものであった。
「……鬱陶しい」
思わず呟き、近づいてきたアントロードの一体の首に腕を回して拘束する。
もとより自分は平気として使われるつもりの使い捨ての命、生き延びたいなどとは思わない。ただ、雑魚を相手にすることであまりに無駄に自分の時間を使われることに対しては、遺憾に思っていた。
その時だった。凄まじい爆発とともに研究所の壁が吹き飛び、アントロード達をも巻き込んだのだ。
G4は拘束したアントロードの首をねじ切ると、爆発が起きた方向に目を向ける。そこに見えたシルエットの正体に気がつくと、仮面の下で鋭く目を細めた。
G4とほぼ同じ形状の装甲に身を包み、大口径のガトリングガンを両手で構えた機械の戦士の姿が、そこにはあった。
立ち尽くすG4の元へ、G3-Xの無線から拡張された声が響き渡ってきた。
『マリエ・レゾン‼︎ 非合法な人体研究に関わっていた容疑で、あんたを拘束するわ‼︎ ……と言うわけで行きなさいトラッシュくん‼︎』
「……相変わらず人使い荒いっすね、姐さん」
鬼の首でもとったかのようなテンションで通信機越しに命じるセレナと、若干げんなりしながらもやる気満々にガトリングガンを構えるG3-X。
かつてぶつかり合った戦士達が、いま再び集おうとしていた。
評価がっ……欲しいです……‼︎