【完結】D.Gray-man ー太陽ノ聖女ー   作:春風駘蕩

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4.黒兵の王

「ヴァアアアアアアアアアアアアア‼︎」

「うおおおおおおおおおおおおおお‼︎」

 二つの咆哮が響き渡る。翠と銀の鉤爪が宙を裂き、蟻に似た異形を次々に切り裂いては屠っていく。

 アレンとシェリーは背中を合わせ、周囲を取り囲む異形の群れを、そしてあたりに転がる人間の体の一部を見渡して顔をしかめた。

「……敵が片方になったのに、余計に手間がかかるなんて」

 アレンが事切れたアントロードの一体を打ち捨てると、シェリーは同意するように低い唸り声を漏らす。

 前回と同様、備えている爪や牙といった武器に気をつければ倒すことは難しくない。質より量といったところか、以前に遭遇した豹型のアンノウンに比べれば危険度は低いように思えた。

 だが、あまりにも多い。蟻の姿は伊達ではないのか、通路の向こう側からとめどなくわらわらと現れ、群れをなして襲いかかって来る。来る方向が定まっていることが幸いだが、そんなハンデがあっても窮地には変わりがなかった。

 次々に投入されていく敵の姿に顔をしかめ、アレンは歯を食いしばった。

「こんなところで止まっている場合じゃないのに……‼︎」

 その時、ハッと顔をあげたシェリーが何かに気づき、いきなりアレンを押し倒すように突き飛ばした。

「‼︎ ヴァアアアアア‼︎」

「うわっ⁉︎」

 シェリーが覆いかぶさった直後、頭上から飛び降りたアントロードが爪を振り下ろし、床に突き立てた。激しい火花を散らす様に、アレンはぞっと冷や汗を流す。

 敵は前後からだけではなく、上からも狙っていた。天井に張り巡らされたパイプや配線を伝い、見事に不意をついて来たのだ。

 シェリーの強化された感覚に救われたアレンだったが、アレンに覆いかぶさるシェリーの動きが鈍いことに気づく。

「シェリーさん‼︎」

 シェリーの背に刻まれた深い裂傷に、アレンは目を見開いて狼狽する。アレンを庇った際にすれ違いざまに負ったのか、血がだくだくと溢れ出してこぼれ落ちていく。

 代わりに傷を負ったシェリーを背に庇い、アレンはアントロードたちに向き直る。

 状況は最悪だった。退路も塞がれ、押し通るほどの力も残っていない。その上的の数も未知数とあれば、絶望的というほかになかった。

 一瞬死をも覚悟したアレンと、負傷しながらも立ち上がろうとしているシェリー。アントロードたちが、弱った獲物を貪ろうと一斉に動き出した、その瞬間だった。

 ズン、と轟音が響き渡り、アレンたちの前に集まっていたアントロードがまとめて宙に浮いた。

「ーーーえ?」

 木の葉のように吹き飛んでいき、次々に天使の輪を浮かべて爆散していくアントロードを呆然と見つめ、言葉を失うアレンとシェリー。

 パラパラと破片が舞い落ちていく中、一筋の光がアレンの視界を横切った。

 ハッと我に帰ったアレンの周囲を、その金の光は遊ぶように旋回し、アレンの目の前で静かに停止した。

「……ティム……キャンピー?」

 呆然と、アレンは声を漏らす。

 パタパタと翼を羽ばたかせ、獅子のような尾を揺らし、丸い金色の体を宙に浮かせている奇妙な存在。アレンの唯一の友達が、そこにいた。

「な、なんでここに。君は師匠と……」

 常に師匠と行動をともにしているはずの友人が目の前にいる理由がわからず、状況も忘れて呆然と立ち尽くすアレン。借金を押し付けて姿をくらませたはずの師がいるはずがない、いるはずがないのに、アレンの動悸は激しくなり、冷や汗がとめどなく溢れ出していく。

 その時だった。

「ーーーよう。思った通りしぶといな、馬鹿弟子」

 聞こえてきた声に、アレンの体がびくりと震えた。

 この声は、厚顔不遜さが、唯我独尊ぶりが表れたこの声は、まさか……!

 カタカタと震えながら、アレンはゆっくりと振り向いて、そこにいた男を凝視する。

 見上げるほどの巨躯にワインレッドの長い髪、顔の半分を覆う白い仮面に黒いコート、そして銃口から白煙を立ち上らせる銀色の銃を携えた、神父の格好をした男。

 片眼鏡から鋭い眼光を見せ、ニヤリと獰猛な笑みを見せるアレンの師匠ーーークロス・マリアンの登場に、アレンは完全に言葉を失っていた。

「し、師匠……? どうして、その、ここに……?」

 この人借金踏み倒して逃げたんじゃ?と理由がわからず硬直するアレンをよそに、クロスは今度は呆れたようなため息をついてアレンを見下ろした。

「お前があんまりにのろまなもんでティムが駄々をこねてな。めんどくせぇが迎えにきてやったんだよ」

 同意するようにティムキャンピーがアレンの頭の上に乗り、誇らしげに胸(?)を張る。

 アレンはとりあえず納得し、それはそれとして何も言わずに逃げた師匠に表情を引きつらせながら睨みつけた。

 するとクロスはアレンの背後に佇んでいる翠の異形に気づき、いらだたしげに眉を寄せて舌打ちした。

「おいおいなんだそこの化け物は。俺の前にのこのこやってくるたぁ、いい度胸じゃねぇか」

「わーわーわータンマ‼︎ 師匠タンマ‼︎」

 異形の姿となったシェリーを前にしたクロスが断罪者(ジャッジメント)の銃口をぐりっと押し付け、慌ててアレンが間に入って阻止する。

「違うんです、この人は違うんです‼︎ あと邪魔されたからって僕に銃口押し付けるのやめてくれませんか⁉︎」

「うるせえ。ただでさえお前のせいで明らかにめんどくせぇことに巻き込まれてイライラしてんだよ」

 シェリーは仮面の下で冷や汗を流し、弟子にも容赦がない大男を凝視する。聖職者にあるまじき言動を繰り返す、あまりにも横暴なアレンの師匠に戦慄を禁じ得ず、できるだけ逆らうまいと声を殺すことに勤めた。

 だが、こんなことをやっている場合ではない。アレンは表情を変えると、冷たい目を向ける死をまっすぐに見返した。

「……師匠、ここをお願いしていいですか」

「あ?」

 いきなり告げられた弟子の一言に、命令されて縛られることが大嫌いな男は苛立たしげな声をあげた。長年連れてきた弟子を前にしているというのに、さっきまで感じられるほどの冷たさだった。

 アレンは半ば予想通りと思いながら、それでも気圧されることなく師を見つめ返す。

「この先に、捕まっている人がいます。でも、僕らではここを突破できません。……今回だけでいいんです。師匠、力を貸してください」

「…………」

 正直言って、この人が手助けしてくれるとは思わない。だが、未熟な自分が取れる最大の賭けだ、信じるほかになかった。

 クロスも無言で弟子の顔を見つめ、静かに何かを思案して佇んでいる。無音の重圧が場を支配する中、動くことも許されずに両者は硬直していた。

 不意に、クロスはアレンの額に銃口を向けたまま銃の撃鉄を下げると、そのまま横にずらして引き金を絞った。一瞥もくれることなく放たれた銃弾は、1ミリもずれることなく近づいていたアントロードの一体の脳天を貫き、一瞬で爆散させてしまった。

 アレンはバレないように安堵の息を吐き、背後のシェリーに安心させるようにうなづいて見せた。撃鉄を下げた瞬間、シェリーの刃がわずかに動いていたのだ。

「チッ……ならさっさと行っちまえ。俺は醜い奴ものろい奴も嫌いなんだよ」

 しっしっと手を振り、クロスはアレンに背を向けるとアンノウンの方を銃口を向ける。

「……お願いします」

 アレンは小さく呟くと、それ以降振り返ることなく施設の奥へと続く道へと駆け出していった。

 シェリーもすぐその後を追うが、途中で足を止めるとクロスの方を向き、若干睨むように目を光らせてから小さく頭を下げた。

 暗闇に消えていく二つの背中を見やってから、クロスは懐から取り出したタバコに火をつけ、煙を吐いて声を漏らした。

「……まだ生き残っていたのか、アギトは」

 

 ◆ ◇ ◆

 

 鋼鉄の拳がアントロードの顔面を潰し、吹き飛ばす。一撃を受けたアントロードはそのまま壁に激突し、天使の輪を浮かべて爆散する。

「でやあああ‼︎」

 もはや銃弾の残っていない銃は邪魔だ。G3-Xは苛立ちをぶつけるように投げつけ、怯んだ隙に鋼鉄の拳で襲いかかる。いつの間にか、何故か(・・・)アントロードたちの増援が止み、残るアントロードもわずかとなっている。

 その一体の上に馬乗りになり、心臓部分に籠手を叩きつけると、アントロードは一瞬激しく身を震わせて事切れ、G3-Xが離れると同時に爆散した。

 ふらつく体で見渡せば、G4が貫手でアントロードを仕留め、乱暴に投げ捨てている姿が目に入った。わずかながらも後ずさっている様から、彼もすでに限界が近いことが伺える。

 その、命も。

「ハァッ……ハァッ……俺の命も、残り僅かか」

 G4は覚束ない足取りで立ち、同じく疲労困憊気味のG3-Xを見つめている。

「……お前は生を、俺は死を背負って戦っている……どちらが正義か……証明しようか」

「……ドッグウッドさん」

 この男は、きっと止まらない。

 自分の死を、戦場で死ぬことを己の正義と定めているこの人に、もうどんな説得も通じはしないだろう。一時とはいえともに戦ったトラッシュには、それが痛いほどによくわかった。

 そして彼は、その最後の相手に自分を選んだ。それに、応えなければならない。

「うおおおおおおおおお‼︎」

「があああああああああ‼︎」

 青と黒、生と死。

 異なる正義を背負った二人の男たちは、命の雄叫びをあげて互いの拳をぶつけ合った。

 

 ◆ ◇ ◆

 

十字架の墓(クロスグレイブ)‼︎」

 鉤爪が放つ一撃がアントロードを切り裂き、天使の輪とともに爆散させる。

「シェリーさん、ユノはどっちに⁉︎」

「……上に‼︎」

 自身の能力を発動させたシェリーが、入り組んだ道を素早く見抜き、駆け抜けていく。

 だが、すでに溜まっていた疲労が感覚を鈍らせたのか、もしくはユノの探索に力を割り振りすぎたのか、不意にヒビが入った床に踏み込んだシェリーの足が、みしりと沈み込んだ。

「ヴァッ⁉︎」

「しまっ……うわああああああ‼︎」

 途端に床に大きな穴が空き、アレンとシェリーは吸い込まれるように穴に落ちていく。アレンがイノセンスの鉤爪を伸ばすも、もろくなっていた残りの床はさらに崩れるだけで掴むことができなかった。

 二人はろくな受け身も取ることができず、真下の階の床に盛大に体を打ち付けて悶えた。シェリーは鎧のおかげでそれほどの負傷はなかったようだが、起き上がろうとしたアレンは苦痛に顔を歪めて右肩を押さえた。

「うっ……肩を」

 脱臼でもしたのか、凄まじいまでの痛覚に苦しみながら、アレンは壁を伝って立ち上がる。シェリーはアレンを案じ、手を貸そうと近寄ろうとした、が。

 シャラン。

 金属が擦れ合うような、妙に耳障りな音が閉鎖的な空間に鳴り響いた。

 シェリーはピタリと動きを止め、すぐさま負傷したアレンをかばうように音のした方へ立ちふさがる。アレンも痛みをこらえ、通路の先に感じる重圧にイノセンスを構える。

 身構えるシェリーの背後で、アレンはそれを目にした。

「……なんだ、アイツは」

 アレンたちの前に現れたもの、それは姿形はアントロードに通じるようだったが、女性に似た肉体や外套に似た外殻が別物と一目で分からせる。

 なによりも、放っている覇気が段違いだった。例えるなら、他のアントロードを従える存在ーーークイーンと称するべき重圧が、目の前の異形からは感じられていた。

 ーーーこいつは、奴らとは格が違う……⁉︎

 危険性に気づいたアレンが、表情を青く染め上げる。感覚の鋭いシェリーはアレン以上に感じているのか、構えている肩を小刻みに震わせていた。

 クイーンアントロードは蟻の牙を模した長槍を床に突き立て、アレンとシェリーを見定めるように見つめている。

 焦れたように、緊張に耐えかねたかのように、シェリーは刃を振るってクイーンアントロードに向かって突進を始めた。残った力を振り絞った一撃が、まっすぐに敵の王の首に届いた。

 はずだった。

「ッ、ヴァアアアア‼︎」

 それは、一瞬だった。

 クイーンアントロードの首を狩ろうとしたシェリーの右腕が突如消失し、赤い液体が辺りに撒き散らされた。かと思えば次の瞬間にはシェリーが体ごと吹き飛ばされ、床をバウンドして遠くまで転がっていく。

 アレンは呆然としながら、不意にぼとりと目の前に転がって来た翠色の塊を凝視する。

 ピクピクと蠢き、赤い血液を垂れ流すそれはーーー間違いなく、シェリーの右腕だったものだ。

「ヴァアアアアア‼︎」

 床に転がったシェリーが、断末魔のような悲鳴を上げて傷口を抑える。ぼたぼたと血液が溢れ出し、シェリーの足元を真っ赤に染め上げていく。その量は、すでに危険な量を超えていた。

「ーーーハァァァァ……」

 人間に似た口元を開き、クイーンアントロードはゆっくりとシェリーの方へ近づいていく。危うさを感じたアレンは、慌てて彼女の元へ駆けつけようとする。

 だがそれは、王の邪魔をさせまいと集まって来たアントロードたちによって阻まれた。

「⁉︎ まだこんなに……⁉︎ どけぇ‼︎」

 いまこの時にもシェリーの危機が近づいているというのに、アレンは全く手が出せずにいる。数の暴力の前で、完全に埋もれかけていた。

 完全にシェリーが不利で、アレンの足止めにも大した手間はかからず、雑魚の手でも倒れそうにも見えたが他のアントロードは手を出さない。まるで王が自ら行う処刑の時を、待ちわびているようにも見えた。

「ヴァアアアアアアアア⁉︎」

 ギャラリーに囲まれるようにして、シェリーは咆哮をあげるとまだ再生が終わっていないにもかかわらず再びクイーンアントロードと相対する。

 クイーンアントロードはどこか気だるげに槍を構えると、再び目にも留まらぬ速さで一閃する。振るわれた槍の穂先が、シェリーの仮面と胸元の鎧を粉々に叩き割り、血に濡れた肌を晒させた。

「ーーーがはっ……‼︎」

 仮面を、鎧を砕かれたシェリーが血を吐き、がくりと膝をつく。

 クイーンアントロードはシェリーの髪を掴むと乱暴に持ち上げ、ミシミシと嫌な音がすることも厭わずに顔を合わせる。

 シェリーは頭皮が引き剥がされるような痛みをこらえながら、目の前にある異形の顔を睨みつける。

「私が……ユノを……‼︎」

 クイーンアントロードはそんなシェリーを表情の読めない目で見下ろし、徐々に視線を落としていく。

 そして、胸の中心で光っている宝玉を目にすると、わずかに目を細めて口元をゆがめた。槍を地面に突き立てて、クイーンアントロードは素手でシェリーの喉元に触れ、徐々に下に向かって指を滑らせていく。そしてやがて、胸の谷間で輝いている宝玉に触れた。

「‼︎」

 何をされるのか気づいたシェリーが戦慄の表情を浮かべる前で、クイーンアントロードは宝玉をつまむように鋭い爪を立て。

 ズブンッ、と。

 肉が裂け、肉片が飛び散る音が響いた。

「ーーーぁ、あ」

 びくんと震えたシェリーは目を見開き、自身の胸に突き刺さっている異形の腕を凝視する。自身の命を保っていた宝玉はそこにはなく、ただ異形の腕がめり込んでいるだけ。

 主人の元から離れた無限の再生能力を誇る黄金の宝玉は、黒い異形の指の中で。

 パキン、と。

 大した抵抗もなく、砕け散った。

 

「ーーーシェリーさん‼︎」

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