【完結】D.Gray-man ー太陽ノ聖女ー   作:春風駘蕩

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第五幕 目覚メル魂
1.魂の覚醒


 その瞬間、あまりにも眩しい光が空間を照らし出した。放たれた熱と光に、迫っていたアンノウンたちは目を射抜かれ、一斉に慄いて後ずさっていく。

 地に描かれた血の紋章が淡く光り、その光の中でシェリーの体が糸に釣られたように浮き上がり、わずかに宙に浮いて止まる。

 痛々しく相手いた傷口は、光に包まれてみるみるうちにふさがっていく。時間が巻き戻るように、最初から何もなかったように傷口が消えていく。切り飛ばされた右腕も光に包まれ、血管が、筋繊維が、骨が伸びてゆき、白い肌に包まれて元どおりに修復されていく。

 血が蠢いて円を描く中で、突如彼女の腰に光が巻き付き、一本のベルトへと変わる。嵌め込まれた見たこともない宝玉を中心に、竜巻のような意匠が施されたベルトが光を放つ。

 シェリーは斜め前方に手を伸ばし、目前に上げてから腰へと引き戻す。ゆっくりと挑むように手を伸ばすと、アンノウンたちを見据えながらシェリーは金色の力を身体中に溜め込んでいく。

「ーーー変身」

 金色の輝きの中で、シェリーが小さく呟く。そしてシェリーは両手をあげ、ベルトの両側を軽く叩いた。

 流れ地に刻まれた血が、シェリーの血液に溶けたイノセンスが、ゆっくりと浮き上がって動き膜を形作っていく。雫が連なって糸を作り、織り合って布をなし、彼女の体を包む繭のように変わっていく。

 シェリーの体を覆った紅色の膜は徐々に黒く染まり、シェリーの肌に張り付いて一着の衣服へと変わっていく。スリットの入った長いスカートと黒いブーツ、手首までを守る広い袖、ケープのように肩を包み口元を覆う羽織、頭部を覆う頭巾。

 胸と二の腕、そして肘と膝には金色の光が収束して金属の光沢を放ち、鋼鉄の防具を生み出す。

 見た目は修道女の衣服を模しながら、主人を守る強靭さを有する最強の鎧へと変わっていく。

 最後に額に光が収束し、顔の上半分を覆うようにして鋼が生み出されていく。翼のような、牙と角が一体化したような奇妙な仮面が生み出され、その下でシェリーの赤い瞳が輝きを放つ。

 あまりにも神々しい、降臨の様。

 これが、シェリーの本当の姿、本当の力。不完全なギルスとは異なる、神より与えられし神秘の異能。

 魂の覚醒が生み出した、始まり(α)終わり(Ω)の意味を持つ超戦士の力。

 その名をーーー。

「……アギト……」

 シェリーの姿を目の当たりにしたアレンが、呆けたまま声を漏らす。

 あまりにもその姿は、美しかった。

「ハッ‼︎」

 低い声で吠えたシェリーが、迫ってきたアンノウンの鳩尾に拳を放つ。一瞬で懐に入ったシェリーの一撃は凄まじく、アンノウンの体がくの字に折れ曲がって宙に浮き、一瞬の滞空ののちに猛烈な勢いで吹き飛ばされていく。

 吹き飛ばされたアンノウンは壁に激突し、十字架のように磔にされる。呻き声をあげるアンノウンの頭上に天使の輪が浮き上がったかと思うと、がっくりとうなだれた後に爆散してしまった。

 一瞬のことに呆然となっていたアントロードたちはすぐに我に帰り、牙と爪を鳴らして襲いかかる。もはや目の前にいるこの存在は餌などではない、滅ぼすべき脅威であるとようやく理解した。

 だが、もうその判断は遅かった。

 シェリーの仮面の角が六本に展開し、金色の光が激流となって迸る。その光を右足に収束させると、文字通り光の速さで襲撃を放った。

 包囲していたアントロードたちの喉に光が突き刺さり、大きな穴を開けて貫かれてゆく。アントロードたちは一瞬だけ身を震わせると、うめき声をあげることもなく膝をつき、頭上に天使の輪を浮かべて次々に爆散して行った。

 一撃。その結果が、今のシェリーがこれまでとは格を違えているという証であり、形勢が逆転しつつあるという表れであった。

 アレンは笑みを浮かべると、自身に襲いかかるアンノウンにとどめを刺し、シェリーの方へ向き直った。

「ーーーシェリーさん」

 シェリーは赤い瞳でアレンを見つめ、微笑を浮かべながら小さく頷く。

「行きましょう、アレン(・・・)。あの子が待っています」

 彼女が口にした名前に、アレンは大きく目を見開き、そしてやがて嬉しそうな笑みを浮かべる。彼女の中で何かが吹っ切れた、そんな感じがした。

 シェリーはキッと表情を変えると、何もない空間に手を伸ばして何かを引く動作をする。するとどこかから鈍い破砕音が響き、ついには目の前の壁を貫いて金色の何かが飛び出してきた。

「!」

 地下の壁を貫いて現れたのは、金と紅に彩られた機械の二輪車。青い瞳を持つ竜に似た顔を持つ乗り物が、シェリーの命に従ってひとりでにこの場に突入してきたのだ。

 二輪車はブオンブオンとけたたましい音を響かせると、不意に青い瞳を光らせて宙に浮く。前後の車輪が地面と平行に横を向き、車体が前後に伸びて長くなると、後方に備えられていた鉄製の管が左右に広がる。地を走る二輪車は、一瞬のうちに宙を舞う仕様へと姿を変えた。

「……! これは」

 唖然とするアレンの前で、シェリーは軽く地を蹴って跳躍し、二輪車の上に飛び乗る。

 うまくバランスを取ると、シェリーはアレンに向けて手を差し伸べた。

「しっかりつかまっていてください。飛ばしますよ」

 アレンは戸惑いながらも頷き、シェリーの手を取って彼女の後ろに飛び乗る。

 二人を乗せた竜はうなりをあげ、青白い炎を噴き上げて天井に空いた穴を超えて爆走を開始した。

 

 ◆ ◇ ◆

 

「でやァァァァァァァァァァ‼︎」

「おおおおおおおおおおおお‼︎」

 血を吐かんばかりの咆哮を上げ、青と黒の機械戦士が拳打の応酬を繰り広げる。互いの肉体に食らいつき、互いの命を削り合う文字通り命がけの戦闘が行われた。

 G4の拳打がG3-Xの顔面をとらえ、相手はよろめいて後退する。小細工のない真っ向勝負ではスペックの差が顕著に表れていて、性能で劣っているG3-Xは劣勢に追い込まれていた。

 トラッシュはバチバチと火花を散らせる装甲を徐々に重荷に感じながら、それでもなお拳を握りしめて立ち上がる。すでに疲労は体を蝕み、荒い呼吸が思考を鈍らせ、流れ落ちる汗が禁断症状を引き起こしかけている。

 それでもトラッシュは、決して退こうとはしなかった。

 G4もまた、明らかに戦闘の続行は不可能と思える相手を前にしても拳を引かない。己の戦う意義を証明するために始めたこの戦いは、もう途中では止められなかった。

 互いの意地が、誇りが二人を戦場に縛り付けていた。

「ぐはっ……‼︎」

 互い違いに顔面に拳を叩きつけたはずだったが、膂力の差で再び吹き飛ばされる。

 地面に転がったトラッシュを、ドッグウッドは仮面の下から乾いた目で見下ろしていた。

「フッ……フッ……ぐっ⁉︎ ぐおおおおお‼︎」

 若干ふらついていたG4が突如、装甲の間から蒸気を発しながら悶え苦しみ始めた。装着者の負担が限界値に達したことを表していたが、どうにもそれだけではないようだった。

 けたたましい警戒音が鳴り響き、システムになんらかのエラーが起こったことを知らせる。技術者ではないドッグウッドには、それに対処する術は持ち合わせていなかった。

「⁉︎ ドッグウッドさん、危険です! 装着を解除して……うわっ‼︎」

「うおおおおおおおお‼︎」

 トラッシュの制止も全く聞かず、G4はあふれんばかりの力を持ってG3-Xに襲いかかる。気圧されたトラッシュはもろにその一撃をくらい、吹き飛ばされて地面に盛大に転がされる。

 G4は呻き声を上げながら悶え、頭を抱えてのたうちまわる。身体が、命が何かに食い千切られ、貪られていくような苦痛が襲いかかり、正気はすでにどこかへと吹き飛んでいた。

「ぐああああああああーーー……っ‼︎」

 その悲鳴が、不意に途切れた。

 プツリとこれまで保たれていた糸が切れたように、身悶えていたG4の動きが止まり、だらりと腕が垂れ下がる。

 仮面の青い眼がフッと光を失ったかと思うと、G4は静かにその場に仰向けに倒れ伏した。ガシャン、と金属音がこだまし、

「…………」

 トラッシュは呆然と、その最後を見届けたあと放心していた。人の最期とは思えない、まるで配線が切れて不調を起こした機械が停止するかのような光景だった。

 どこまでも命を冒涜した兵器が、ようやく停止したと思った時だった。

 G4が、動いた。

 目を見開くトラッシュの前で、見えない糸が釣り上げるように機械の戦士の体が起き上がっていく。人間の動きではない、下手くそな人形遣いが無理やり人形を操っているかのような不気味さで、G4は再び立ち上がろうとしていた。

 その時トラッシュのうちに湧き上がった感情は、恐怖ではなくーーー悲しみだった。

「もういい……………………もういいだろ⁉︎」

 悲痛な叫びをあげたトラッシュは、たった一発だけ残しておいた銃弾をG4に向けて撃った。

 放たれた銃弾はG4の装甲を貫き、すでに限界値に達していたメインシステムを破壊する。G4は一瞬だけ火花を散らせると、やがてぐらりと体を傾け、地に倒れ伏した。

 うつ伏せになったまま反応をなくしたG4をじっと警戒していたトラッシュは、ピクリとも動かなくなったことを確認してようやく息を吐いた。

「……G4システム、沈黙。任務、完了」

 セレナに向かって通信を繋ぐと、トラッシュはその場でごろりと仰向けに横になった。機動には補助がかかるはずなのだが、装甲が重くてもう動けそうにない。一歩も動ける気がしなかった。

 通信の向こう側にいるセレナは、小さく微笑みを浮かべた。

『確認したわ。……ありがとう、トラッシュくん』

 珍しく優しい彼女の労いの言葉に、トラッシュは「はい」と小さく返す。誰よりもこの結末を望んでいなかった彼女へはもう少し言いたかったが、もうこれだけでも億劫だった。

 適正反応はまだどこかに残っているはずだが、もう意識を保つだけでも精一杯だ、あとは彼らに任せる他にないだろう。

「ハッ……ハッ…………あとは頼むよ、アレンくん。シェリーさん」

 天井を仰いだトラッシュは、限界まで引き止めていた意識を手放し、ごろりとその場に横になった。

『……お疲れ様、トラッシュ君』

 かろうじて繋がっていた通信機から声が聞こえた気がしたが、残念ながらそれに反応する余裕はなかった。

 

 ◆ ◇ ◆

 

 宙を舞う竜の背に乗り、アレンとシェリーは狭い道を猛スピードで抜けて行く。途中に蔓延っているアントロードは竜の体当たりで一撃で葬り、一度も止まることなく最奥へと急ぐ。

 このまま突入しようとした時、前方の暗闇の中に見えた光にシェリーが表情を変えた。

「ッ!」

 シェリーがとっさに竜の先端を上に向け、急停止をかけて後方へと跳躍した。バランスを崩したアレンが慌てて飛び降りると、その鼻先を鈍色の閃光が掠めた。

 シェリーの元へと下がると、アレンは暗闇の中から現れた敵に顔をしかめる。

 そこにいたのは先程シェリーが相対し、抵抗も虚しく痛めつけ、一度右腕を奪ったクイーンアントロード。巨大な槍を手元に戻した黒兵の王は、ニヤリと口元を笑みに歪めた。

「……アレン、先へ。アレは、これまでの敵とはーーー格が違います」

「……はい」

 シェリーの言葉に、アレンは躊躇いながらも承諾する。目的はアンノウンの殲滅などではなく、あくまでユノの救出。余計な戦闘は避け、彼女の元へ辿り着かねばならない。

 アレンがシェリーの後ろに下がると、シェリーはクイーンアントロードを睨みながら両手を前に伸ばし、交差させる。

「……最大、解放‼︎」

 伸ばした手を勢いよく引き戻し、ベルトの両側に手のひらを叩きつける。

 直後、轟音と共にシェリーの体が爆炎に包まれ、シェリーの武装が内側から弾けて新たな武装が現れる。仮面も内側から弾けて、鋭い六本角の仮面となって纏われる。

「ハアアアアアアアアアアアアアア‼︎」

 金色の鎧の下から現れた、筋肉を模したような紅の装甲。大気さえ焼き焦がす凄まじい熱を放ち、ひび割れの間から焔がもれる業火を纏い、シェリーは燃える拳と共にクイーンアントロードに襲いかかった。

 イノセンスの最大出力を発揮する状態を保ち、シェリーは通路からクイーンアントロードを引き剥がした。

 アレンは飛んで来る火の粉から顔を守りながら、シェリーの考えを悟って道の奥へと走り出した。クイーンアントロードは抵抗していたが、アレンの方へはもう興味を失ったのかシェリーのみに敵意をみなぎらせていた。

「ッ、来い……‼︎」

 互いに互いを壁に叩きつけ、攻守を入れ替えながらシェリーはクイーンアントロードを押さえつける。一瞬の隙をついて剛力でクイーンアントロードを投げ飛ばし、シェリーは再び距離を取った。

 この状態は強力だが、どうにも制御が効かない。内から迸り燃え盛るような勢いで完全に御しきることもできず、逆に力に振り回されてしまっている。

 それにイノセンスにも自身の肉体にも負担がかかるため、あまり長時間使用することはためらわれた。

 あらゆる欠点が隙となった。急速に接近してきたクイーンアントロードが槍を振るい、シェリーの防御を抜いて強烈な突きを放ってきたのだ。

 シェリーは防ごうと拳を振るうも、弾いた槍先が首筋を掠る。クイーンアントロードはそのまま突進し、シェリーを壁まで追い詰めて押さえつけた。

「⁉︎ ぐっ……!」

 背中から叩きつけられたシェリーは、首を掠めて壁に突き刺さっている槍に押さえつけられる。梃子の原理のように突き刺さっている槍が傾けられるだけで、シェリーの首は強烈な力で締め付けられることとなった。

「ぐっ……くっ…………‼︎」

 大槍で頚動脈を決められたシェリーが押し返そうと刃を掴み、もがきながら呻き声を漏らす。ギシギシと首の骨が軋みをあげ、気道が塞がれて一瞬意識が遠のく。

 ミシミシと骨が軋む音を聞かされながら、シェリーの足が徐々に宙に浮き始めていた。バタバタともがくも、上位のアンノウンの力はそう簡単に振り払えない。

 苦痛にもがくシェリーの顔を、クイーンアントロードは嗜虐的な笑みを浮かべて見つめていた。

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