「…ねむ」
意識が浮上すると同時に、隣から聞こえる爆音に顔をしかめつつ、氷華はテントから抜け出した。
男性のいびきとはあれほどうるさいのだろうか。
「…おねえちゃんのとこで寝たかったな…」
昨晩行きたいと言ったのだが、危ないからダメだと言われてしまった。
まだ夜は明けていない。
「…っく、ぁ…あ」
「言葉すら話せなくなってきたかな?」
嗜虐心が煽られる。
最初こそ無駄な抵抗をしてきたが、数を増していくごとに目に見えて少なくなり、今は涙に塗れた顔を隠すだけで精一杯のようだ。
「でも、まだ満足してないし。」
暁角はまた彼女の頬に手を添える。
「まだ終わらないよ。」
怨嗟と怨念の篭った声で叫ばれる。
『禁忌を犯した大罪人』
『真っ当に生き永らえる事を我々は許さぬ』
『苦しみの眼差しから目を背けるな』
『憎しみの声から耳を塞ぐな』
『貴様が選んだ道をしっかりと踏みしめて歩け』
『呪われた道を1人で歩け』
体も、心も、全てが自責の念に食い尽くされ、動くことすら億劫になる。
なぜ禁忌を犯したのか。
何を護りたかったのかすら、分からないまま全てを投げ出したかった。
理解してしまったらまた動かなければいけない。
「…ん。」
彼女の腕から力が抜けた。
「おや、眠ってしまったかな。」
これで任務の八割は終了だ。
「あとは残さず頂かないと、勿体無いよね。」
彼女の体から体を起こし、1度立って伸びをする。
数時間同じ体制で居ると流石に疲労が貯まる。
今までとは打って変わって穏やかな顔で眠る彼女の顔を、月明かりの下で眺めていた。
『…だが』
硬質な声が一転する。
『生ある者が歩みを止めることを、死者である我々は望まない』
物柔らかな声に
『それが我等が同族であれば、尚更』
同胞を想う先祖の声に
『今だけは許そう』
自らの激情を抑え込んで
『お前が力を振るうのを止めるその時まで』
自らが紡いできた物を守るために
『お前がこの世界を、救うまで』
最も強き人物に希望を託して
『貴様の中には16人の生命が宿っている』
『継承されし我等が異能。存分に扱ってくれ給え』
自らの全てを彼女に捧げる。
『我々を超越せし者よ』
炎が宿るのを感じた。
手で地面を殴り付ける。
と、同時に手を支点に体を捻り起こし、男に蹴りを入れる。
「…散々やってくれたわね。」
体が軽い。
「忘れてたわ。あと16人も居るってのにね。」
「…?嘘はやめたほうがいい。16人もどこに居るってんだい?」
如何にも不思議そうにこちらの顔を除く男の顔を薄ら笑い
「あんたの『目の前』よ。」
1歩踏み込み正拳突き。
男の鳩尾に刺さる感触を受け止めながら、半歩下がって回し蹴り。
男の腕の骨が折れる感触を感じ、再び半歩下がる。
この間わずか1秒。
男は状況を読み込めないまま、崩れ落ちた。
「…ただ身体能力を強化しただけなのに、弱いわね。あんた。」
「戦闘にはあまり自信が無いだけだよ。」
手を不自然にぶら下げながら、男は立ち上がる。
慌てた様子も無い。が、それはこちらも同じ。
「笑うなら今のうちよ。餓鬼んちょ。」
「お前にだけは言われたくないね。」
唐突に繰り出される裏拳を左手で受け、右手を鋭く突き出す。
が、それは相手の払い手で阻まれる。
その動きのまま足を掛ける。が、それも阻まれる。
「…あんた、嘘ばっかりね。」
「随分余裕が無いじゃないか。もう息が上がってるよ?」
無意識のうちに浅い呼吸を繰り返していたことに気づき、息を整える。
「…ふん。あんたにはこれぐらいのハンデで丁度いいわ。」
左手を前に出し、指を曲げて挑発する。
「減らず口もその辺にしときなよ。大分辛いんだろう?」
「心配される筋合いも義理もないわね。油断したら負けるのはあんたよ。」
脇腹を蹴りつつ、あくまでも余裕の体を装って吐き捨てる。
(正直、長引くのはあんまり良くないな。)
自身の体に異変が起こっていることなど自分自身がよく知っている。が弱みを見せるわけにはいかない。特に戦闘時は。
「もう終わりよ。『裏豪核』」
手を天に掲げる。
そしてそこに現れるのは
「歴代最悪の大罪人。16人の同族喰らいがあんた如きに負けるはずが無いのよ。」
「その力……!!」
驚愕する暁角の顔を見た核炎は微笑んだ。
「『残さず頂かないと、勿体無いよね。』」
それは男が自ら発した言葉。
「あなたが望んだ結末よ。『
核炎が掲げていた手を閉じた瞬間、愚者の意識も消え去った。
「…何あれ?」
森の奥で何かが光った。
「おはよう。お嬢ちゃん。そんでもっておやすみ。けひ。」
耳元で囁かれた声を境目に、体に冷たいものが入る感触。
「っ、え…」
喉が詰まる。
呼吸ができない。
体が、言うことを聞かない。
「まず1人。けひひっ。」
不気味な男の声を最後に、意識が暗転した。