夜の川辺を長身の男が歩く。その時
「んぉ?」
少女の命を刈り取った太刀が月の光にも負けぬほど輝く。
鉄色だった刀身は赤橙に染まり、熱を持っているかのように刀身から陽炎が起こっている。
「へぇ…良い業物になったんじゃねぇの。けひひ。」
男━━宵角は遺体を川辺に放り投げ、もう片方の腕で氷華を抱え上げると瞬時に姿を消した。
「いい収穫だったな。けひひっ。」
「あ〜…よく寝た。」
「寝すぎじゃろう。もう昼じゃぞ。」
欠伸をしながら寝床から出てくる殲撃に滅創は冷たい視線を送る。
「へいへい。すんませんでした。」
心の全く篭っていない返事をした殲撃はこの場に居ない3人に対して
「あれ?氷華たちは?」
「んー…それがなぁ。」
氷華が「核炎の元に行く」という書き置きを残して、明け方に姿をくらました。
そしてまだ核炎が戻ってこないので道に迷ったのかと思った狂歌が捜索に行った、というのが真実らしい。
「こーゆー事があるから一緒に寝ろって言ってんのになぁ。」
「酔ってる時以外は堅く阻んでくるものなぁ。」
(見た目はともかく)成人の女性だ。伴侶でも無い男性と共に寝ることに抵抗があるのは当然だろう。
「んじゃ待ちましょうかねぇ。」
「飯作るのを手伝え。人手が足りん。」
「応ともよ。」
滅創に命じられたので、水を汲みに行こうと容器を持ち、川に向かう。
すると彼女がうつ伏せで寝ていた。
「ん?なんでこんな所で寝てんだ?」
ぴくりとも動かない所を見るに、木の上から落ちて気絶しているか、はたまた熟睡しているか。
どちらにせよもう昼だ。今まで寝ていた自分が言うのもなんだが、睡眠時間は十分だろう。
「おーい。核炎。起きろ……?」
体が冷たい。昨晩も暑いほどの気温だったし、今の気温もそう低くない。
嫌な予感と不安を感じ、彼女の体に手を掛ける。
「おい?核炎?」
肩を掴んで体を揺らしても何の反応も無い。
「お、い。待て。なんでお前」
服が赤いんだ?
核炎は青い服を来ていた。
陽の光に照らされたところで一向に変わることがない程明るい青い服を。
それが赤く染まっている。
自身の手を恐る恐る覗く。
「…っ、おい!核炎!!」
手に血が付着することなど厭わずに、彼女の体を揺らし続ける。
「核炎!!目を覚ませ!!!」
体を仰向けにした時、一層赤く━━いや、寧ろ黒く染まっている部分があった。
胸の近く。ちょうど心臓がある辺り。
背筋に寒気が走る。
彼女の目はまだ閉じられたまま。
「ん、の…バカ!!」
少し軽くなった彼女の体を持ち上げ、走る。
「………」
何も言わずに滅創が脈を取っている。
先程戻った狂歌は口を開かずに、目を閉じて反応を待っている。
重い空気の中、口を開く。
「ど、どうなんだ。核炎は」
「……何も触れん。脈も、鼓動も。」
ただ眠っているようにしか見えない彼女の顔から一気に生気が抜け落ちた様な気がした。
「死んでいる、と見て間違いは無いだろう。」
「原因は。」
意外にも冷静に狂歌が口を開く。
「胸を何かで刺されておる。それが原因と見て間違いないだろうな。傷は心臓にまで達している。」
淡々と説明する滅創の顔にも苦悶の表情が刻まれていた。
「…そうか。」
核炎の━━遺体の傍にしゃがみこむ。
黙って彼女を見つめる彼の肩は震えていた。
「…俺さぁ」
少し時間が経って、唐突に。
「何となく分かってたんだよ。もうこいつは永く無いんだな、ってこと。」
核炎の顔に手を伸ばしながら、独り言のように
「『コア』は俺らにとって心臓みたいなもんだろ。無くてはならない魔力巡回路。」
淡々と胸の内を明かす。
「それをさ、握り潰した奴がさ…」
「…もういい。辞めろ。」
滅創の静止も聞かず
「く、食った奴がさ、永く生きて、てられるはずないのにさ。」
嗚咽が混じる。
「なんで、それを先にこ、いつに言って、言ってやんなかったんだろって。」
涙が滴る。
「なぁ、核っ、クリアっ…ごめんな、ぁ…!ごめんな……」
嗚咽混じりの謝罪が彼女に届くはずもないのに、ただただ謝罪を口にし、繰り返す。
だが知ったところで彼女は
「…知ったとてあいつが戦うのをやめたとも思えん。寧ろ最期に、と考えたかもしれん。」
お前のせいではない、と素直に言えばいいのに、言えない老人は妙な慰め方をしていた。
「何せ自己強化の為に心臓を喰うような奴だ。それぐらいでは怯まんだろう。」
肩に手を置き、隣に座り、
「だから、もう泣くのはやめろ。伴侶の前で格好の悪い。」
「…ふ、っ。お前が言えた、事かよ。」
共に涙を流していた。
二つ名に「炎」が付いているように、底抜けに明るい少女だった。
いつも場の空気を明るくし、時には悪辣な空気すらも和ませた。
正に太陽の様な、好感を持てる少女であり、女性だった。
ただ戦闘狂、という欠点を除いては、それはもう嫁の引手が多々あっただろう。
その欠点さえなければ。
ガラの悪い男を見つけるとすぐ喧嘩を吹っかけ、無傷で帰ってくる。
子供が攫われたと騒げばどこからともなく現れ、解決して戻ってくる。
本人も理解しているのであろう圧倒的な強さは、辺りでは長老を除いて敵無しだった。
だから長老達は次期の長老の1人として推薦する気だった。
そしてそれは、元々長老長の黒華の子孫ということもあり、すんなりと承諾された。
だが今はまだ幼く、経験も浅いだろうからという理由で、野放しにされていた。
だがその長老達の思惑は叶うこと無く、集落は炎に包まれた。
何としてでも核炎だけは、と。
一族で最強の彼女だけは、自らの子孫だけは、と。
何としてでも逃がさないと一族が滅びると考えた黒華は、最期に敵も味方も森も集落も全てを巻き込み、『咲いた』。
巨大な薔薇だったそうだ。
その中から逃げ切った3人の長老と、極小数の大人達。
その者達が核炎を必死に保護し、大人達が一人残らず事切れたとしても、彼女を活かすことで次の世代に引き継ぐと。
その粋は間違っていなかった。
だがひとつ彼らが間違えたとするなら。
それは「彼女」を救わなかったことだろう。
「自らの弟子を見捨てられた」と思い込んだ彼女に、逃げた大人達の3/4━━14人は食われた。
喰えば喰う度に力が増すことを覚えた彼女は止まらなかった。
元来大人達より強い彼女が、更に力を増した時、止められるのは長老しか居なかった。
が、その長老達も2人が彼女の贄となった。
一定数を食い尽くした彼女が去るまで、大人達は震えて隠れるしかなかった。
滅創と突如覚醒した男が核炎を打ち負かすまでは。