凍てつく華は可憐に消える   作:乃依

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第30話

「…何をした!!」

『別に私は何もしてないよ。知りたいなら外を見ればいいじゃない。』

核炎をひと睨みした後、窓を覗くと、

そこには火災と見間違う程の大量の黒煙と、その中心で吼える奇怪な生物が居た。

『直ぐに貴女が判断して、私と手を結んでいればあっちに住んでた人達は死ななかったかもね?』

喜劇でも観ているかのように、くすくすと口元を隠しながら笑う彼女に殺意を抱く。

が、返り討ちにされる事ぐらいは目に見えている。今必要なのは激情に流されることではなく、感情を抑制し、現実と向き合うこと。

「…あれは何。」

『分からない?その子の能力で進化した動物よ。私にはもうすっかり何だったのか分からないけどね。』

長ったらしい返答と、考えたくなかった現実。

「『あれ』は人間に殺せる?」

『…どうだろうね?1億人居れば1匹ぐらいは殺れるんじゃないかしら?』

「1億…!?」

全国民の1/3を動員するなど、出来る訳が

『それぐらい異常なのよ、その子の能力はね…2匹目のお出ましかしら。』

再び轟音が辺りに響き渡り、窓ガラスが破裂する。

今度は先程のがっしりとした形状の獣とは違い、細長い体を持つ蛇のような形状だった。

『…さて、もう1回だけチャンスを上げるわ。』

 

『どうする?その子を殺す?私に頼む?』

微笑む彼女は、実体も無い癖に、妙に生き生きとしていた。

 

 

 

 

『…我のみか。』

核炎━━殲撃の起こした爆発に巻き込まれ、当初4人居た影達は次々と数を減らし、残りは1人となっていた。

『『七二ノ魔神柱(レメゲトン)』の起動は……不可か。』

唯一の戦闘手段を失った彼は、これからどう行動するべきか模索する。

自爆した彼とて、すぐには行動出来ないだろう。

ならばその内に離脱し、黒華の加勢に行った方が良いのではないか。

いや━━彼ならば、勝利するだろう。

あの能力はただの能力者には対抗すら許さない。

ならば自分は、確実に任務を遂行するべきだ。

『…居るのだろう。老爺。』

「ふむ。勘だけは良い様じゃな。」

物陰から滅創が姿を現す。

「戦闘手段を失ったお前が、儂に何をする気だ?」

『変わらぬよ。何も。ただ貴様を殺す。それが我の任務なのでな。』

どこに隠していたのか小太刀を取り出すと、すぐさま重心を落とし、戦闘態勢に入る。

「言葉よりは行動で示せ、という事か。悪くない。」

滅創も瞬時に武器を作り出し、構える。

武器の形状は小刀に近く、超近接戦闘に特化している。

「2分で終わりだ。老いぼれにそう戦わせるでない。」

『なぁに、2分も掛からんよ。』

その声を切っ掛けに、それぞれの鈍色が交差する。

 

 

 

 

 

加速と、加速が更にその速さを増し、もう人間では視認できないスピードの境地に達していた頃、ようやくその戦いにも決着が付きそうになっていた。

「(クソっ、だんだん追いつけなくなってきた…ッ!!)」

黒華の敗北という形で。

 

 

理由は単純。

僅かな身体能力と能力行使の差。

この2日間戦い続けていた狂歌と、数百年影に潜んでいた黒華では、やはり黒華の方が不利だった。

そこを能力で無理やり補い、加速する事で優勢に経っていたのだが体に負荷が掛かりすぎるため、更に加速することはほぼ不可能になっていた。

更に狂歌は体全体を加速させるのではなく、腕や足だけを加速させることも可能なようで、その点においても戦闘面では狂歌の方が1枚上手だった。

その小さな溝は時間が経つほどに大きくなって行き、今や勝敗を決する程に巨大な穴と化していた。

 

 

相手の攻撃は当たらない。

こちらの攻撃は当たる。

その回数が増せば増すほどに勝利を思う心は強くなっていった。

「オラ…ッ!!」

烈帛の気合いと共に繰り出した回し蹴りは相手の脇腹に刺さり、一時的に加速し続けていた時も通常のモノへと巻き戻る。

肩で息をしながら倒れ伏した黒華を見下ろす。

「…お前の負けだ。大人しく命を差し出せ。」

「か…ッハ…差し出す、って、何をする気だい…嫁と同じ道でも…辿る気か…」

口から血を吐きながら無様に呟く彼の頭を持ち上げ、

「勘違いするな。お前に最高で最悪な鎮魂歌(レクイエム)でも歌ってやろうか?」

「…フ、ッ甘い…な。」

「何?」

「すぐに…殺さなかったことを、キミはすぐにでも後悔するよ…じゃあね。」

掴んでいた頭がビキビキと音を立てて壊れる。

その頭に中身など無く、散乱する内臓などありはしなかった。

「………生き延びていいのはお前じゃねぇんだよ…ッ!!」

残った残骸を踏み砕きながら、狂歌は叫んだ。

 

 

 

 

「おっそいなぁ。不意をついたつもり?」

光の速度で放たれた矢を欠伸をしながら避けた十色は、反転した体を着地させる。

「…えぇ。実はそうなのよ。驚いて貰えたかしら?」

「ぜんぜん。不意をつくならこうでなくちゃ。『雷爪』」

少女の掌に光が集まり、5本の細い雷が出来上がる。

そしてその光を脳が認識した時には、既に光は眼前にまで迫っており━━━

「『天聖盾(ヘヴンズシールド)』」

無機質な盾によって防がれた。

「おぉ?すごいねー。今の防いじゃうんだ。」

「お褒め頂き光栄だわ。」

盾を消しながら天癒が返答する。

「さて、小手調べはこの辺りにしましょう。」

白い翼をはためかせ、空へと飛び立つ。

「やっばい奴と戦うのも、だんだん慣れてきたなー。」

風弓も黒い翼を用いて天癒より更に上空に飛び出す。

「むー。ずるいずるい。私は飛べないのにー。」

頬を膨らませながらそう呟く幼女を見下ろしながら

「大人はずるいものよ。『破壊ノ矢(ガーンデヴァ)』」

ミシミシと弓弦が呻く程の力で弦を引き絞りながら、風弓はそう返答する。

「さようなら。お嬢さん。」

小さな声と同時に瞬時に風弓の背丈よりも肥大化した矢が打ち出され、辺り一面を破壊し尽くす。

黒炎が森を焼き、その炎を凍てつかせ、雷撃の雨を降らせ、突風が全てを吹き飛ばす。

1本の雑草すら、1匹の羽虫すら生存を許されない攻撃は慈悲も手加減も無い、ただの殺戮の権化であった。

 

 

 

 

 

『━━よく出来ました。じゃあ、あと10分だけ待ってあげる…!』

満足の行く返答を受け取った核炎は恍惚とした表情で弱者達に猶予を与える。

これから彼女が行うのは、弱者を助ける行為ではない。

一方的で、圧倒的な、ただの殺戮。

そこに人間と獣の差など有りはしない。

彼女にとっては等しく刈り取られる魂の1粒に相違ないのだ。

 

 

 

電子パネルを叩きながら練融は停止しようとする頭を無理やり回す。

━━私情が混じっていたなど露にも思わず、自分の言葉を正当化する。

放置したところであのバケモノ達は都市部を破壊し尽くし、世界すら呑み込むかもしれないのだ。

ならば、今この場で殲滅した方が大きな目で見たところでは有用なように思えた。

━━雪鈴を殺せばその目的は容易に果たせたというのに。

「サティラです。もうお気づきだと思います。東京都内全域への避難指示の発令、及び自衛隊員を招集してください。」

もう一般兵では無く、幹部にすら昇進しようとしている彼女の焦った声に、電話の向こう側の人物は敬語を使わずに答える。

『了解した。お前もすぐにこちらに向かえ。』

低い海堂の声は普段と変わらなかった。

「勿論です。失礼します。」

手荒くスマートフォンをポケットに突っ込むと、空に漂う彼女を一瞥し、

「…頼む。」

短く一言だけを伝え、雪鈴を抱えると部屋を飛び出した。

 

『こちらこそ。頼んだよ。』

可憐な死神は愉悦に満ちた笑顔を作った。

 

 

 

 

突如災害に見舞われた東京23区のひとつ、新宿区。

人々の動揺と混乱は苛烈を極め、恐慌状態に陥っていた。

『皆さん。よく聞いてください。その場から、一刻も早く逃げてください。』

唐突にビル街のモニターから聞こえた、落ち着き払った声に人々の視線が集中する。

『現在、謎の生物によって破壊の限りが尽くされていると思います。しかし、対抗策はあります。恐れずに、落ち着いて行動してくださいもう一度繰り返します。その場から一刻も早く逃げてください。』

放置され、破壊された車が燃え盛る音と、巨大生物によってビルのガラスが破壊される音が響いている中でも、その低くよく通る男性の声は人々に少しの安堵感を与えた。

『警察部隊が貴方達を誘導します。それに従って逃げてください。従わなかった場合、待つのは死です。我々にも余裕はありません。必ず、指示に従ってください。以上です。』

そのアナウンスが途切れた頃に、パトカーのサイレン音がけたたましく鳴り響き始めた。

「現在より、都内全住民の避難を始めます!!必ず!!必ず指示に従ってください!!」

そしてその音は唐突に止まり、拡声器を通して伝えられる指示を人々は必死に聞き入った。

「パトカーの1台が、貴方達を誘導します!!それについて行ってください!!老人や、幼児などの手助けが必要な方に手を貸してあげてください!!時間がありません!!進みます!!」

白と黒の警察車両が再びサイレン音を発する頃には、恐慌も少し収まりが見えていた。

 

 

 

『あと5分。』

積乱雲が連なる上空で、彼女は静かにタイムリミットを数える。

 

 

 

「彼女の爆発の範囲がどれ程広いか分かりません。ですので避難は決して停止させず、続行してください。」

新宿区を抜けた人々たちは、急がず、焦らずにただひたすら進み続けた。

巨大生物達にモヤが掛かり、見えなくなっても、人々は進み続けた。

『死にたくない』の一心で。

平和な時を過ごしてきた彼らに、あの生物達は大きなトラウマを残した。

恐らくそれは決して癒えることの無い、深い傷になるだろう。

しかし、それも生きてこそだと、練融は思った。

「あと3分。可能な限り都内から離れてください。」

携帯電話のタイマーが刻々とその針を進める間、この後の事を考えていた。

彼女との交渉の際に約束した、『氷華』の捜索。

手掛かりも何も無い、絶望的な確率の中での捜索。

 

 

間違いなくあの場で雪鈴を殺した方が良い判断だったのだろう。

自分が手を汚すだけで、人々はその平和な生活を脅かされることなくただ『動物園から猛獣が脱走した』と新聞の1面を眺めるだけで済んだはずだ。

だが結果として、自分はこちらを選んでしまった。

私情に身を任せ、冷静な判断が出来なかった。

多くの命を背に、これから自分は生きていかねばならないのだろう。

「あと1分。」

罪人が罪を償う方法など、この世にありはしないのだから。

 

 

 

 

『頃合かな?』

風が彼女の茶髪を揺らす。

視界の端に写るこの髪も、もう随分前に見慣れた。

唯一女らしく生きることが出来た証を指に絡ませる。

『長い方が好きだ』と言われ、ずっと切らずに伸ばし続けた長髪もそろそろ切らなければ、と意味もない事を考えた。

もう会うことも会えることも無いのに。

 

 

 

 

「時間です。」

「そう。」

10分という時間を与えられただけでも幸運だったのだろう。

彼女は、民間人を巻き込むことなど厭わないはずだから。

「これで終わればいいのだけど。」

「本当に信用していいのでしょうか。私にはどうも…」

「あら、じゃあ私たちに何が出来るのかしら。指を咥えて見ているだけよりはマシのはずよ。」

不安が無いと言えば嘘になる。

未だに姿の見えない彼女は、約束通り動いてくれるのだろうか。

 

 

 

彼女の右手に赤が集結する。

超高熱の光は空気を歪め、陽炎を発生させた。

熱風が腕を焼き、激痛が走る時でも彼女は静かに微笑んでいた。

『さようなら。『裏陽華(ヒマワリ)』』

意識と心臓を、赤が食い潰した。

 

 

 

10分と50秒が経った時に、観測機器が認識したのは1輪の華だった。

巨大な、深紅の向日葵。

「…なんだ、あれは。」

「表面温度、観測不可。物質調査、解析不可。何もわかりません。」

「何も分からない…?という事は、あの子の能力?」

「そうとしか…」

そしてその巨大な花弁の1つが宙に浮かぶ。

周囲の視界はぼやけ、陽炎が起こっていることがわかる。

それだけでもそれが超高温の物質であることは間違いないだろう。

浮かび上がった花びらはゆっくりと下降を始め、その光景に人々は魅入られていた。

 

 

地面に触れた花びらは、その表面を液体に変化させていく。

黒いコンクリートを赤く染め、溶かす。

白いガラスや、タイルを赤く染め、溶かす。

灰色の獣達の表皮や鱗を赤く染め、その命を奪う。

木々などは存在していたことすら許されず、静かに溶けていった。

新宿区一帯が赤に染まり、存在を消されていく。

炎が音を立てて燃え盛ることも、金属が溶けるような音も立てず。

破滅は静かに始まった。

 

 

それだけでは破壊は終わらずまた1枚、次に1枚と、花びらは下降を始めていた。

 

 

「…は…?何が…起こって…」

手の震えを抑えることは出来ず、うわ言を呟く。

ひとひらの花びらが、東京の街を破壊した。

1分も経たないうちに、都市はただのクレーターと化した。

生命の輝きなど微塵も感じられない死地へと。

「確かに…倒せとは…殺せとは言ったが…!!」

違う。自分が求めたのはあの化け物たちを殺すことだけで、決して。

 

━━いや、彼女の力をもってしても、これほどの被害が出てしまうものなのだろう。

そうだ。そうとしか考えられない。

少なくとも人々はまだ生きている。

その命を救えただけでも、儲け物と考えるべきで

「おい。あれはなんだ。」

背後から海堂とは違う男の声が聞こえた。

「『あの華』は、なんだ!!」

その男は、いつも彼女の傍に居た━━━

 

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