凍てつく華は可憐に消える   作:乃依

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第32話

「おねーぇーさん?どこに行くの?」

超高速で飛び出した風弓と天癒に1つの声が投げかけられた。

声の主は

「まだ終わってないのにー。あわてんぼさんなの?」

「なっ…!」

 

2人は今、空を飛んでいる。

なのに彼女の声が聞こえるのは何故か。

飛べない彼女の声が、聞こえるのは。

「…おっそいなぁ!」

唐突に変わった口調と、風弓の腕に走る赤い線。

おじいちゃん如き(・・・・・・・・)の能力で撹乱できるなんて、おねーさんたち弱いのね。残念だわ。」

声は聞こえているが姿が全く見えない。

「…天癒、盾。」

「無論。『天聖(ヘヴンズ)━━」

光の粒子が彼女の手のひらに集まろうとした刹那、

「遅い━━って!」

本当の光が彼女の脇腹を通り抜ける。

1本の切り傷を作り、駆け抜けていく。

「なんなの、あれは。」

落ち着き払った━━しかし、内心は穏やかではない━━表情で、天癒はパートナーに問いかける。

もちろん貰った傷などとうに癒えている。

「さぁ…見たところ『加速』かな?」

 

 

 

「…弱い。師匠の足元にも…及ばない。」

夏に相応しくない装いをした少女は、ゆっくりと赤い向日葵に向かって歩き始める。

余裕を超え、油断とも見える歩き方で、悠然と進む。

1歩を踏み出せば地面の草木は白く凍てつき、また背後で鋭利に尖っていた草木は元の緑を取り戻す。

バキン、バキンと凍り、溶ける音だけを響かせながら、少女はゆっくりと歩いていた。

『…なんじゃあ、お主は。』

偶然か━━必然か。

たった1人生き残った彼に、彼女は会ってしまった。

『遠慮も配慮も無く魔力を解き放ちよって…まるで彼奴のような…』

黒い体を軋ませ、彼はゆっくりと振り返る。

「━━誰のような、って?」

透き通った声、しかし、凍りついたように感情の抜け落ちた声で、彼女は問う。

『お主の師匠と、よう似ておるわ。…浅はかで、考えの無い能無しなところも、な!!』

振り向き終えると同時に、影は腱を振り絞り彼女に襲い掛かる。

「…あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。」

しかし彼女はその殺意を受け流し、両腕を広げる。

「私の目標は師匠…たった1人だもの。」

そして勢い付いた彼を抱き締めた。

「あの人のこと、教えて頂戴?」

 

「…それで、どこまですれば答えてくれるの?」

彼女の手が触れた部分から、彼の黒い体が白く染まっていく。

「肺?心臓かしら…?それとも、脳まで凍らされてから無理やり頭を開かれたい…?」

そう問う間にも氷はその体を包んでいく。

「答えて…師匠のことを…」

足先が崩れていく。

『━この老害に、問いたい事があるなら早く問え。我の命の灯火などとうに消え去った。体が朽ち果てれば消える身だ…』

「そうね…時間も無いことだし、あの人の能力だけでいいわ。今私に必要なのはそれだけ。」

その言葉を切っ掛けに、彼は小さな声で語り始めた。

 

……彼女は、何度も、何度も禁忌を犯した。

それを我は監視し、時に止めようとした。

しかし彼女は止まらなかった。

血に飢えた狼のように、ただひたすら力に溺れ、殺戮を繰り返した。

その度に強さを増して、な。

生まれ落ちた頃に持っていた能力はたったふたつ。

『狂咲』と『核炎』のみ。

『狂咲』は先代からの継承であったから、実質炎の能力だけだったのだ。

 

村を焼かれた彼女は当初『剛力』や『剛瞬』『剛技』などの、どこの部族にも1人は居たような、ただの身体強化の能力のみを狙って殺戮を繰り返した。

だが━━10人目と11人目が、不味かった。

狂戦士(バーサーク)』━━『剛力』を更に高めた能力。

彼女の村の長老が保持していた、強力な能力だ。

身体能力を大幅に増強し、狂ったように戦う凶暴性も伴わせた。

この能力を得てから、彼女の殺戮は限度を越した。

更に11人目の能力『融炎』。

温度の違った炎を一定に保つだけの能力が彼女に渡った瞬間、恐ろしい事が起きた。

能力が、1つに収束された。

本来はメリットや、デメリットを伴い、能力同士の制約がある12の能力全てのメリットのみを引き出し、自分の力にする。

『元来の才能もあったんじゃろう。その力を得た彼女は、好んで身内の能力を吸収していった。』

彼女の、伴侶の能力さえ。

 

『そして、ある2人の能力者が彼女を止めるまで、彼女は力を欲し続けた。その後、正常に戻ったと見せかけて、奴は2度、力を奪っている。』

 

まずは『狂歌』。彼女の伴侶のモノだ。いつ奪ったのかは知らないが、奪われた当人が生きていることを見るに、強引に奪った訳では無いのだろう。

そして次に『天癒』。彼女の『融炎』を組み合わせた技に、触れた相手の能力を掠めとる副効果がある。その時に奪ったのだろう。

 

『この2つはごく最近に起こったものだ。』

「長ったらしい説明ありがとう、おじいさん。」

皮肉混じりの笑顔で、彼女は微笑みかける。

「まだ説明は終わってないよね?『狂咲』ってなぁに?」

笑顔だが、目は笑っていない。

『…彼女の祖父…黒華から継承された能力だ。…お前にも継承されて…やはり消えておるな。』

ちらりと視線を向けた━━顔は真っ黒で変化など感じられないが━━彼の表情が変化する。

「で、結局はなんなのかしら?」

『魔力を暴走させ、自らの命と残りの魔力を代償に大爆発を起こす━━いわゆる最終手段という奴だ。』

「それが?あのジジイと師匠の能力?はっ、バカバカしい…」

氷華が鼻で嗤い、一蹴しようとした時

『最後まで話を聞け。奴らの能力が特殊なのは、『自らの意思』で爆発を起こせること。本来ならば死に際にしか不可能なこの爆発を自らの意思で起こせるのが、この力の利点なのだ。』

そこまで語ったところで、影はゆっくりと手を挙げ

『…そして、その意志が無かった彼女が死んだ理由は』

長く細い指を彼女に突きつけ

『お前だ。』

 

僅かに氷華は目を見開く。

「私…?」

『そう。お前が、1度『開花』しそうになった時のことを覚えているか。』

体が凍てつき、体の中身を一つ一つ停止させられたあの恐怖は昨日のことのように思い出せる。

そして、そこから救ってくれた彼女の温かみも━━

『あの時、奴はお前の『狂咲』の能力を奪い取った。元来彼女に備わっているモノとまた別のモノを。』

「…消えたって言うのは、そう言う…」

『そうだ。そして、その力は代々受け継がれてきた強大なもの。いくら『融炎』ですら統合は出来なかった…』

そこで静かに影は手を下ろし

『今、お前の後ろに咲いている巨大な向日葵。本来、あんな強大に成長するはずがない。間違いなくふたつの『狂咲』のせいだ。』

「ま、待ってよ。」

 

影が話し終える頃には、彼女の鋭い目つきはその光を潜めていた。

「私が、あんな風に能力を…『狂咲』を暴走させなかったら、まだ師匠は生きていたの?」

『それは、分からん。コアをも破壊していた…だが、死なずに済む道もあっただろうな。』

「そん、な…そんな……」

先程までの凍てつくような雰囲気は消え去り、見た目相応の不安定な精神状態の子供へと、退行していた。

「私が、師匠を、殺した…?嘘、嘘よ…」

『嘘だ、と言い切られれば我もどんなに気が楽だろうか。しかし、事実は変えられないもの。甘んじて受け入れろ。』

 

ピシ、ピシと音が鳴る。

「師匠が、死んだ、なんて。」

彼女の左手に白霧が集まっていく。

「私に、温かさを教えてくれた、あの人が」

彼女の体を霜が覆っていく。

「あの人が居なくちゃ、私は」

 

「しみったれた顔すんなよ。クリアが泣くだろ。」

影と氷華の間を、赤い炎が駆け抜ける。

「弟子がしょんぼりしてんのを、あいつがほっとくと思うか?氷華。」

黒いローブと短い金髪が炎の中から現れる。

「そんな、そんな…これは…おねえちゃんの…!」

「こっちは、苦手なんだけどな。」

狂歌は歯を見せて笑った。

 

 

 







色々設定がごちゃ混ぜになってきたので、また説明回入れます。

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