ユーノ・スクライア外伝 PARALLEL STORY   作:重要大事

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プロローグ
第0話「魔導死神誕生」


 次元世界に、一人の男がいる。

 かつて時空管理局のデータベース『無限書庫』を開拓・整理し、自ら先頭に立って辣腕(らつわん)を振るった伝説の男。

 その男は、遺跡発掘を生業とする放浪の一族スクライア出身でありながら魔法学院で優秀な成績を収め、結界魔導師であり考古学者、そして無限書庫司書長の地位にまで上り詰めた。

 義に厚く命令には忠実、仲間を救う為に負傷も(いと)わず、その為ならば己の命をも賭す。

 更に、敵対した者に対する非情さも持ち合わせ、正々堂々を好みながらも、大義の為ならば自ら手を汚し闇討ちにて敵を(ほふ)り去る事ができる男だ。

 魔導死神。

 彼は魔導師であり敵に死を与える者。

 彼は二つの力で世界の邪悪を(はら)う者。

 そして彼は、次元世界に住まう人々の『絶望』を『希望』へと変える者である。

 まさしく、人々にとっての英雄の典型(テンプレート)とでも言うべき存在。

 

 その魔導死神の名は、ユーノ・スクライア。

 どの時点で彼が『魔導死神』という生き様を受け入れたのか、誰にも解らぬ事だった。

 恐らくは、道を歩み続けるユーノ・スクライア自身にさえも。

 

 これは―――スクライア一族の青年ユーノ・スクライアが、魔導死神となるまでに歩んだ壮大な誕生の物語である。

 

           ≡

 

 我がスクライア一族は遺跡発掘を生業とする放浪の民であり、歴史の足跡を追い求める探究者、言ってみれば考古学者ばかりが集まった遊牧民だ。

 ハインリヒ・スクライア―――それが私に与えられた名である。

 名付けたのは当時の族長であった私の父だ。「いずれ一族を束ねる者になってほしい」という願いを込めて付けたらしい。

 事実、私は亡き父の遺志を継いで(よわい)15の身でスクライア族の族長となった。

 世間一般的に見て、スクライア族は考古学者の共同体(コミュニティ)だと自負しているが、時に「スクライアは貴重な出土品を不当に売買している盗掘団」という根も葉もない噂が立つ事もしばしばある。

 確かに、我々は自らが生きる糧として出土品の一部を転売したりする事もある。だがそれは決して金儲けの為ではない。我々は歴史を食い荒らす盗賊とは違うのだ。

 そんな我々がこれまでに世界各地で発掘した考古学的発見は数知れない。古代ベルカ時代に当時の王族が使っていたとされる貴重な文化財、人が暮らしていない筈の世界で見つけた生物の痕跡、時には危険な古代遺物(ロストロギア)にも遭遇して死の危機に直面した事もある。

 だが、それでも我々は自らの道を―――歴史を探求する道を絶やそうとはしない。

 スクライアとは果て無き歴史へのロマンチズムを追い求めた者達が自然と集まって生じたものに違いないのだから。

 

 私が族長に選ばれてから十余年が経った頃―――・・・。

 ミッドチルダ南部の、とある遺跡調査の過程で、私達が見つけたのは古代の遺物などではなかった。

 生まれて間もない小さな命―――純白の肌に翡翠の瞳、金糸(きんし)の髪とその身に「神性」を宿らせたかの如く愛らしい男の子だった。

 なぜ遺跡の中に赤子がいるのだという疑問もさること、私の関心を引いたのは赤ん坊そのものだった。

 赤ん坊は泣くことも無ければ怖がるでもない。むしろ自らに課せられた状況を楽しんでいるかの如く満面の笑みを浮かべていた。

 私は・・・いや、私達はこの赤ん坊が醸し出す不思議な魅力に心を奪われた。

 誰が何の目的でこんな遺跡の中に赤子を一人放置したのか知らない。並々ならぬ事情があるにせよ、下衆な事情にせよ、このまま赤子を放置するわけにもいかなかった。

 

 私は一族の長としてその赤子を保護し、集落へと連れて帰り皆で育てる事にした。

 赤子に名前を付けるとき、さまざまな案が出た。

 一族の長老的存在は、「信頼厚く、才気あふれる人物になってほしい」という願いを込めて、「イオリ」という名を押した。

 集落の女性で最も魔導の才能に溢れた女性は、「力のあるリーダーになってほしい」という願いを込めて、「オースティン」という名を候補に挙げた。

 他にも、「ベンジャミン」に「ブレイデン」、「カルロス」、「チャールズ」、「ダニエル」、「ドミニク」など候補は色々上がったが、どれもこれもしっくりくるものは無かった。

 結局、一回の寄合では意見がまとまらなかった。まさか名前を決めるだけでこれほど苦労をするとは思いもよらなかった。

 だが、そんな悩みも、ある夜・・・ふとした事で解決した。

 就寝時。微睡の中にあった私の意識へある不思議な声が呼びかけてきた。

 ―――「そなた達にはすまないとは思っている」

 ―――「だが、あの子を任せられるのはそなた達を置いて他ならない」

 ―――「どうかあの子を・・・・・・そなた達の手で育てて欲しい」

 ―――「願わくばあの子に、幸せな未来が訪れる様な名前を与えて欲しい」

 戸惑う私にその声は懇願し語り続けた。

 夢から覚めた私はもう一度寄合を開き、今一度考えた。あの赤子に付ける名前をどうすべきかと。

 私は赤ん坊には「ユーノ」という名を付けるよう進言した。

 この名は光の世界、あるいは結び付けるものの象徴として描かれる異教の女神からとったものだ。ユーノは確かに男の子として生を受けたが、その美しい容姿ゆえに女の子とも見間違えるほどだった。

 そんなあの子に私が名に込めた願いはたったひとつ。「この広い世界で巡り合った生きとし生けるものと繋がっていてほしい」というものだった。

 

 ユーノはすくすくと大きく育った。そして、成長を重ねるごとに彼は私たちを常に驚かせてきた。

 2歳の頃、彼は同年代の子とは比べ物にならないスピードで読み書きが出来るようになった。そればかりか、大人でさえ難解ゆえに手を出しにくく敬遠しがちな古代ベルカ語すらも理解した。

 3歳になると、ユーノは魔法の才能を開花させた。当時、スクライアでも魔法の素養のある子供は少なった為、誰もがあの子の才能に度肝を抜いた。

 4歳になると、ユーノは魔法の才能に磨きをかけるようになった。特に結界や防御・捕縛術などの扱いに長けており、とても幼子とは思えない演算能力を有し大人顔負けの実力を保持していた。ただ一方で、攻撃魔法に関してのみあの子には才能が芽吹いていないらしく、比較的簡単な射撃魔法すら使えず、本人はその事にがっかりしていた。

 5歳の誕生日を迎えて間もなく、私はユーノに高ランク魔導師を多く輩出している事でも有名な魔法学院へ入るよう薦めた。このまま集落にいるだけではあの子の魔法の才能を腐らせるだけだと、思い切って入学を後押しした。

 ちょうど1年が経った頃だった。ユーノは帰ってきた。驚いた事に、あの子は史上最年少の若さで入学し、5年間のカリキュラムを飛び級に次ぐ飛び級を重ね、僅か1年と言う極めて短い期間で学院を首席で卒業してしまったのだ。

 卒業したあの子の魔法はより一段と洗練され、最早スクライアの集落でユーノ以上に魔法の扱いに長けた魔導師はいなくなっていた。しかし、それでもなお攻撃魔法の才能だけは開花しなかったらしい。本人は何よりもそれを悔しがっていた。

 あの子は攻撃魔法が使えない事を酷く嘆いたが、むしろ私達はあの子に攻撃魔法の才能が無い事に安堵していた。ユーノは心が優し過ぎて元来戦いには不向きだった。だからこそ、これからのスクライアの未来を背負って立つべき者に相応しい器を備えていたのだ。それから程なくして、ユーノの中の魔法の才能は尽き果ててしまった。

 

 魔法学院を卒業して間もなく、ユーノは大学で考古学を本格的に学びたいと言い始めた。小さい頃から探究心が旺盛だったあの子なら遅かれ早かれ言い出しそうな科白(せりふ)だと思っていたが、こんなにも早く言い出すとは思わなかった。

 私は嬉しく思った反面、少し戸惑いを抱いた。あまりにも早過ぎる我が子の成熟に正直私たちはまるで付いていけていなかった。だがそれでも、あの子のやりたい事を後押しするのが私たち大人の役目だと思った。少し寂しい思いはしたものの、スクライアの歴史始まって以来のギフテッド―――“神に選ばれし子供”の新たな門出を祝福した。

 大学に入学した当時のユーノの年齢は6歳。彼が入学を果たしたのは、ミッドチルダ地上で最も古い歴史を誇り、現在に至るまで次元世界を幅広い分野でリードしている【アルハンブラナスル大学】だった。政財界から数多くの著名人が多数輩出され、管理局でも有名どころは多い。しかし誰でもすぐにこの学校へ入学できる訳ではない。それこそ、選ばれた本当のエリートだけがこの学び舎に通う事ができ、ユーノは見事それに選ばれた。まさに奇跡の子だった。

 ただ一方で、才能を人より多く持つ子はいつの世も爪弾きにされる。当初ユーノは非凡な才能と年齢の低さ故に周りから浮いており校内でも孤立しがちだった。しかも悪い事に、あの子は思考能力が大人顔負けだった為、同年代で友達と呼べる者がいなかった。

 しかし、周りからの冷ややかな目や友達がいない事にも負けず、ユーノは大学の図書館と尊敬すべき教授の下に足繁く通い、博士号の試験に満点で合格。大学卒業とともに晴れて私たちと同じ土俵―――考古学者の仲間入りを果たしたのだった。

 そして9歳になった時に、私はユーノの実力を鑑みて遺跡発掘の責任者として抜擢。我々からの期待に一心に答えようとした結果、ユーノは古代遺物(ロストロギア)【ジュエルシード】を発掘した。

 

 しかし、この時の私はまだユーノの心の内に燻る思いに気付いていなかった。

 本当にあの子が心から求めているものが何なのか。あの子が抱えている切実な思いが何であったのか・・・・・・それを理解する事が出来なかった。

 

           ◇

 

十一年前―――

新暦065年 3月末

とある異世界 スクライアの集落

 

 ジュエルシードを発掘して集落に戻って来てしばらく経った頃、突然族長からの呼び出しを受けた。何やら緊急の話があるという。

 慌てて族長の元へと向かうと、テントには族長以外の集落の大人たち、それに僕と一緒に発掘調査へ同行してくれた仲間たちが集まっていた。

「ユーノ、おまえに大事な話がある。心して聞くんだ」

 いつになく真剣な眼差しで族長は僕の目を見ながらそう語りかけて来た。

 僕は若干気負った声色で「はい」とだけ答え、おもむろに族長の目の前に座った。

 やがて話す頃合いを見計らった末、族長が話をし出した。その内容は僕にとって些か信じ難い話だった。

「ジュエルシードが・・・!?」

 僕がとある世界の遺跡調査の過程で偶然に発掘したエネルギー結晶体【ジュエルシード】が輸送途中で散らばってしまったという。族長は眉間の皺を深く寄せながら、僕に事故の詳細について語り出した。

「・・・依頼された調査団とジュエルシードを積んだ時空間船が事故か、または何らかの人為的な災害を受け、計21個が管理外世界の97番と思しき場所へと散らばったとの事だ」

 話を聞いた途端、テントの中に集まっていた関係者全員がざわつき始めた。

「何とかしないと・・・」 「あれはユーノが発掘責任者となって初めて見つけた古代遺物(ロストロギア)だ」

「魔法知識の無い人間や動物が間違って使ったら大惨事を招きかねない!」 「だが、我々に何が出来る?!」

「ここは管理局に任せた方がいいんじゃなのか?」

 喧々諤々(けんけんがくがく)とする寄合。気持ちはわからなくもないし、むしろ冷静でいられる事がおかしいとさえ僕も思う。あの小さな石がどれだけ危険な物であるか、発掘した僕が解らない筈も無かった。

 周りが騒然とする中、族長は威厳に満ちた声色で「皆の衆、少し落ち着くのだ!」と一言口にし、この喧騒を瞬く間に鎮めた。

「ここは冷静にきちんと話し合うのだ。これからどうすべきか。ひとひとつを―――「僕が行きます」

 族長の言葉を遮る形で僕は端的にそう呟いた。

「僕が行って、散らばったジュエルシードをぜんぶ探し出します」

 周りからの視線が一斉に僕へと向けられる。族長は凄く険しい表情で僕を見据えていた。

「ユーノ。それはお前のすべきことじゃない」

「ですが族長! 僕があれを発掘したんです!」

「ジュエルシードが散らばったのはおまえの所為じゃない。おまえに何の責任がある?」

 確かに、族長の言う通りだ。僕はジュエルシードを発掘したが、運搬を任せたのは別の組織だ。僕に非が無いと考えるのは至極当たり前の話かもしれない。

 だけど元を正せば、僕があれを発見していなければこんな事にならなかったのかもしれない。僕の心はどうしても今回の一件を単なる事故として片付ける事が出来なかった。いや、片付けちゃいけないとさえ思えてならなかった。

「お願いです族長・・・僕は責任者としてこの事態を放っておけないんです!」

 渋い顔を浮かべたまま僕を見つめる族長を見ながら、何とか食い下がるしかなかった。今まで何度だって僕のわがままを聞いてくれた族長ならきっと今回の事も解ってくれるに違いない、そう思った矢先―――

「ならん!! お前は何も分かっていない!!」

 温厚な性格の族長から飛び出た怒声。恫喝された瞬間、あまりの迫力に僕はたじろぎ、初めて族長への畏怖を抱いた。

「管理されていない世界がどれだけ危険か知っているのか!? ただの好奇心で物を言っている様なら今すぐに子供は(ねぐら)へと戻れ!」

 僕の言葉を真っ向から否定し、突き放す態度。だけど僕にも譲れないものがある。引き下がるわけにはいかなかった。

「族長、僕だって管理外の世界で活動する事がいかに危険な事はわかってるつもりです。だけど僕には魔法が使える。デバイスだって持ってる!」

 そう言いながら、ポケットの中から真紅に輝く丸い宝石状のインテリジェントデバイス【レイジングハート】を取り出した。これを手に入れてから何度かマスター認証を試みたが、どういう訳かレイジングハートは僕をマスターとして認証しなかった。

 だけどそんな些細な事などこの際どうでもいい。最低限ストレージとしての機能さえ備わっていれば散らばったジュエルシードを封印する事が出来るんだ。

「お願いです、僕にやらせてください!」

「ユーノ・・・・・・おまえが優秀な魔導師であることは知っているし、誇りに思ってる。だがおまえはまだ9歳になったばかりの子供なんだぞ?」

 僕の主張は一貫としていた。じっと話を聞いていた族長はどこか悲しそうな表情で僕を見つめてくる。

「子供でも魔法使いなんだ!!」

 痺れを切らし、語気強く僕は周りの大人たちへと言い聞かせた。それは僕にとって初めての「反抗」であり、揺るぎない決意と覚悟の表れだった。

 使える能力があるのにそれを使わずにただじっと指を咥えている事など出来る訳が無い。この手の魔法は人を助ける為にある筈だ。少なくとも僕はそう思っていたし、これからだってその考えは変わる事は無い。

 しかし、族長は僕の言い分に首を縦に振る事は無かった。むしろ哀れみの籠った瞳で僕を見つめてから、僕に背を向け突き放すように言い放った。

「・・・・・・この一件は管理局に一任する。お前はいずれスクライアの未来を背負って立つべき人間である事を忘れるな」

 

 初めて族長と衝突して、初めて僕の意見は聞き流された。

 塒に帰ることが出来なかった僕は一人で悶々としながら、何故族長があのような態度や言葉を僕へと向けたのか、その真意をずっと考えていた。

「まさか、ハインリヒ族長の目の前であんな事を言うなんてね」

 不意に後ろから声を掛けられた。

 そこに立っていたのは、同じ発掘調査に同行していた僕よりも9つ年上の女性で、何かと僕を気に掛けてくれるエルゼ・スクライアだった。

「ジュエルシードを見つけたのは僕だ。単なる好奇心で言ったわけじゃないのに・・・・・・どうして族長はわかってくれないんだ」

「本当は行きたいんでしょ?」

 隣に座った彼女が僕の心の内に秘かに潜む未知への探求心―――本音を突いた質問をするものだから、一瞬返す言葉が浮かばなかった。

「いいユーノ。族長があなたに厳しい事を言ったのは・・・」

「何も分かってない石頭だから?」

「族長も昔あなたと同じだったからよ」

 族長が僕と同じ? それは一体どういう事なのか・・・・・・怪訝な顔を浮かべる僕を見ながら、エルゼはおもむろに語り出した。

「外の世界に心を打たれ、好奇心から集落を飛び出して行ったのよユーノ。それで未知なる世界へ繰り出したの。そして容赦ない現実の厳しさに直面した」

 エルゼの話によれば、当時今の僕よりも少し年齢が上だった族長は親友とともに未知の世界への憧れと旺盛な探究心を糧に、集落からこっそり抜け出して冒険に繰り出したという。

 でも、次元の海を越えた先で待ち受けていたのは過酷な状況だったと言う。

「行く先々で不運な事が相次いでね、やがて海で大波が襲い掛かってきた際、船から落ちた親友を助けようとしたけど、どうすることもできなかったわ」

 はじめて族長の真意を知った。

 親友を助けられなかった事を族長は今でも死ぬほど後悔していて、それゆえに僕をその親友と同じ目に遭わせたくないと思ったのだ。

 この話をした直後、エルゼは僕の目を見ながら諭すようにこう言った。

「人はね、なりたいって思っても、できるって思っても、やるべきじゃないことがある」

 エルゼはとても優しく、愛を持って、その言葉を伝えると静かに立ちあがり僕の元を離れて行った。

 彼女の言葉はひどく正しく、そして、残酷に思えた。

 どうしてそんな本当のことを言うの? そう思わずにいられなかった。

 族長の言うようにスクライアの民から求められ、彼らの幸せのために生きる。望まれ、必要とされて、自分には活躍できる自信もあった。

 でも、「みんな」じゃない。「自分」の心が求めたものは、遥かな次元を超えた先から聞こえてくる。たとえ「やるべきじゃないこと」であろうと、自分で選び、決めたのなら、もうそれはやる道しかないんだ。

 そう思ったからこそ、僕は心の声に従い、レイジングハートとともに単身スクライアの集落を飛び出して異世界渡航を敢行―――散らばったジュエルシードを回収するための旅に発った。

 

 

 このあと、僕は否が応でも思い知らされた。

 自分の無力さを。思い上がりを。非情な現実が突き付ける過酷な試練を乗り越える事の厳しさを、骨の髄に至るまで―――。

 あの頃の僕は大人のような子供に違いなかった。

 思慮分別すらつかず、いたずらに膨れ上がった自信を振りかざし、無茶と無謀をはき違えていたのだから。

 

           ◇

 

 かくして、ジュエルシードを回収する為に地球を訪れたユーノ。そこで彼は一人の少女と運命的な出会いを果たす事は周知の通りである。

 

 それから月日は流れた新暦076年7月、10年に渡る司書生活に自ら終止符を打ち、住み慣れたミッドチルダを離れたユーノは、各地で遺跡発掘を行うかたわら自分の人生について見つめ直すべく旅へと出た。

 旅の最中、ユーノが偶然に発掘したとある結晶物。

 この発掘した物こそ、のちに「悪魔の結晶」と称される古代遺物(ロストロギア)であり―――次元世界、そしてユーノ自身にとって、運命の日となる事を彼は知る由も無かった。

 

           ≡

 

四年前―――

新暦076年 8月

第145観測指定世界 スクライアの集落

 

 いつ以来だろう。僕はスクライアの集落へと里帰りした。

 皆は僕の帰りをとても歓迎してくれた。それ自体は凄く嬉しい事だし、やっぱり家族との時間は大切だと思った。

 だけど、なぜだろう。どこか心に口では言い表せない(わだかま)りのようなものが燻っているような・・・・・・そんな感覚を抱いていた。

 仕事は辞めたが、集落でもやるべき事はたくさんある。今まで家族には迷惑や心配ばかりかけてきたから、この機会に恩返しをしたかった。

 周りが僕に期待の目を向けるように、僕も周りの期待に答える為に頑張った。

 

「よしっと・・・・・・これで大丈夫だろう」

 手始めに雨漏りが収まらないという話を聞いたので、僕が直接見に行ってその原因を調べて対処した。

「とりあえずの応急処置だね。余ってた麻袋にタールをたっぷり塗って貼り付けておいたから、2、3日は持つと思うよ」

「助かったよユーノ。雨漏りがひどくで困ってたところにお前が帰って来てくれて」

「ユーノ、終わったらこっちも手伝ってくれるか?」

「わかった。今行くよ」

 次から次へ引っ切り無しにあちこちから声がかかる。こういうのを地球の言葉で「引っ張りだこ」って、言うんだっけ。前になのはから教えてもらったのを思い出した。

「馬の調子が良くないみたいなの。だから乳の出が悪くて・・・・・・」

「まずは仔馬(こうま)に乳を吸わせて親馬を安心させる事が一番だよ。あとは気候の変化に敏感な馬の為に適切な環境を用意してあげるのも必要だね。あとで馬乳が出し易くなるよう餌も調整してみるよ」

「ありがとうユーノ。立派になったものね」

 舞い込む依頼はどれもそんなに難しい事ではないから、ものの数分で片付けられる。

 幾ばくか物足りない気もするが、今の僕にとって、満足感を得るには十分過ぎるものだった。

 だけどやっぱり、どこかしっくりこない。腑に落ちないのはどうしてだろう・・・・・・。

「おまえはよくやっている」

 気落ちしていた僕を見かねて声をかけてくれたのは、ハインリヒ族長だった。

 族長は以前よりも老けていたが、何の連絡も寄越さずに突然帰って来た僕を叱咤するどころか、穏やかに笑ったのち、温かく迎え入れてくれた。

「おまえが持ち帰った例の結晶物について興味深いことが解った。一緒に来なさい」

 

 僕が集落に戻ったのは、単なる里帰りの為ではなかった。

 自らが発掘した出土品―――古代遺物(ロストロギア)と思しき紫紺の結晶物に違和感を覚え、しかるべき機関へ手渡す前に、一度スクライアの皆でこれを調査したかった。

 スクライア一族は考古学者が集まったその道のプロフェッショナルだ。僕も一応考古学者の端くれだ。皆でこれを調べて歴史に埋もれていた真実に近づきたいと思った。

「炭素年代測定で解析を進めたところ、この小さな結晶物は今からおよそ1万年に造られた物である事が解った」

「1万年前って言ったら・・・・・・次元世界の多くで人類が文明と呼べるものを手にしていなかった頃じゃないですか?」

 そんな大昔に造られた物だとは思わなかった。実際、手にして触った感じだけではどれだけ古いものなのかと言う判別はつけられない。

 僕自身も精々数百年から数千年単位の物だろうとは思っていたが、今回の結果は予想を遥かに上回るものだった。

「だからこそ興味深い。ユーノ、改めて聞くが・・・これをどこで見つけたのだ?」

「数日前、管理外世界で古代遺跡巡りをしていた折にたまたま見つけたんです。これを手にしたとき、僕はこの結晶物から確信にも似た強い力と不安を感じました。おそらく、ジュエルシードと同じあるいはそれ以上の高エネルギーを内包しているのだろうと」

「私たちの元へこれを持ち帰ったおまえの判断は正しかった。これは素人が手を出していい代物じゃない。こんな小さな欠片にこれだけのエネルギー密度と質量・・・・・・紛う事なき古代遺物(ロストロギア)だよ。我々の想像を遥かに超えている」

 計測器のあらゆる数値が「測定不能」という文字を表示させる。

 族長とともに僕は()()()()()()()()()()しかないにも関わらず、極めて高密度のエネルギーを蓄えたそれを凝視。

 このとき、僕の額からは一筋の汗が流れ、足下へと滴り落ちた。

 

 集落から少し離れた場所にある小高い丘で一人考えに耽っていた砌、族長が現れ、穏やかに笑いながら声をかけて来た。

「ユーノ」

 隣に立った族長は、暮れなずむ夕陽を眺めながら、僕に語りかけて来た。

「おまえが突然管理局を辞めて、我々の元へ戻って来たときはさすがに驚いたが、私は嬉しくもあった」

「族長・・・・・・僕は族長や皆が思ってるほど賢くはありませんでした。9歳の頃、単身ジュエルシードを追って故郷を飛び出して地球へと降り立った。でも結局僕一人の力ではどうすることもできなかった」

 自分の失敗談を語りながら、僕は拳をぎゅっと握り返す。

「族長の言う通り外の世界は危険がいっぱいでした。だからあの時、きちんと話を聞いていればよかったのかもしれないと・・・・・・時々思います」

 もしも、あのとき僕が自分の心の声に従わず、族長の言うことを聞いていれば、違う未来が待っていたのかもしれない。

 もしも、あのとき僕がなのはに助けを求める事が無ければ、今ごろ彼女も違う未来を歩んでいたのかもしれない。

 色々と頭の中で考えては見るものの、どれもしっくりこないのはどうしてだろう。そんな僕を見かねて、族長がおもむろに肩に手を乗せ、優しく笑みを浮かべた。

「おまえはスクライア一族の未来なんだユーノ。それは遠い世界や管理局ではなく、ここにある――――――皆の期待に応える時が来たんだ」

 

 その日の夜、なかなか寝付けなかった為、僕は塒を飛び出してひとり集落の外を散歩していた。

 雲一つない、澄んだ空に映える満月は太陽を光源にして夜の世界を明るく照らし出す。周りには月灯りに負けないくらいの星々が煌々としている。

 僕は今日と言う日に浮かぶ月を眺めながら、今までの人生を一度振り返ってみた。

 ―――いつからだっただろう。自分の人生が自分のものでないと思い始めるようになったのは・・・・・・。

 ―――いつからだっただろう。「誰かに選ばれる」よりも、「自分がなにを選んだか」のかが、分からなくなったのは・・・・・・。

 ―――いつからだっただろう。本当にやりたいことがあったはずなのに、それを貫き通すことが難しくなったのは・・・・・・。

「・・・・・・なのは達はすごいや。みんな自分のやりたい事をやれていて」

 自嘲するように僕はボソッと呟いた。

 勿論、考古学者という道も僕がやりたかったことではある。今でもこの仕事は誇りに感じてるし、ライフワークだと自負している。

 だけどそれとこれとはまた何かが違う。決定的に僕の中で何かが欠けているんだ。この空虚感こそ、僕が僕である事をイマイチ自覚できない証拠なのだろう。

「僕は・・・・・・。」

 自分は何者で何を望んでいるのか・・・・・・。どれだけ思考を張り巡らせても、その答えに辿り着く事が出来ないでいた、そのとき。

 

 ドカン―――ッ!!!

 

 唐突なる爆轟(ばくごう)に僕の意識は瞬時に音の方へと向けられる。

「今の音は!?」

 ここからそう遠くない。方角からして、集落の方だ。

 嫌な予感がした。不毛な思考に時間を費やすのを止め、僕はスクライアの集落へと脇目を振らず脱兎の如く駆け出した。

 

 足場の悪い大地を疾走すること数分、僕は信じ難い光景を目の当たりにした。

 ポツリポツリと点在しているスクライアの移動式住居と、その周辺一帯が、おそらく先程の爆発の影響によるものか大火災を引き起こしていた。

「これは・・・・・・!」

 まるで悪い夢を見ているようだった。生まれ育った故郷が、地獄の業火に包まれ、生きとし生ける命を老若男女の区別なく刈り取ろうとしているのだ。

 僕は矢も盾もたまらず炎の中へと飛び込んだ。

 燃え盛る集落のあちこちから悲鳴と叫喚が聞こえてくる。誰もが理性を失い、迫りくる死に気が狂っていた。

(くそ・・・何がどうなっているんだ・・・!?)

 沸々と湧き上がる此度の凄惨な事態に対する疑問。

 自然災害的な要因か、あるいは悪意ある者による人為的な要因か。いずれにせよ、穏やかな事態ではなかった。

 事態を収拾しようにも誰もが冷静さを欠いている。こうした不測の事態でこそ、冷静にとなれ―――そう諌めたところで誰もが素直に聞き入れる事は出来ない。

 爆炎はより一層勢いを増し、有毒ガスが充満するたび、僕も呼吸が苦しくなる。

 すると、幸運なことに顔見知りと出くわした。全身(すす)だらけで所どころの火傷はあったものの、五体満足でいたエルゼ・スクライアが僕の瞳に映った。

「エルゼ!!」

 慌てて彼女の下へと駆けよると、煙を大量に吸った影響で激しく咽返す彼女が僕を見るなり、切羽詰った表情で訴えた。

「ユーノッ・・・・・・ゲッホ、ゲッホ・・・大変なの!! あの結晶物の、ゲッホ・・・エネルギーが急激に増大して・・・」

「なんだって!?」

「ゲッホ!! ゲッホ!! 族長が・・・・・・まだあの中にいるの・・・・・・!!」

 彼女の口から伝え聞かされた由々しき話。

 僕が持ち帰ったあの『古代遺物(ロストロギア)』が突如として暴走を始め、この地獄のような惨状を作り出したとの事だった。

 だとすれば、皆を危険に晒したのは誰か・・・・・・。皆の平穏をぶち壊したのは誰か・・・・・・。それは目の前で苛烈に燃えている火を見るよりも明らかだ。

 気が付くと、僕は脱兎の如く駆け出し、族長の元へ直行した。

「待ってユーノ!! 行ってはダメよ!!」

 制止を求めたエルゼの声が酷く虚しく僕の耳を右から左へと流れていった。

(僕のせいだ・・・・・・。僕があれを持ち帰ったりしなければ、こんな事にはならなかったんだ・・・・・・!!)

 ―――世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばかりが起こる。

 悔しいかな、いつぞやクロノが言っていた言葉が今になって身に染みる。

 善悪の区別はともかくとして、僕があの古代遺物(ロストロギア)を持ち帰ってきたことも。図らずもそれが直接の原因となってこの度の悲劇を生み出したのも結果論ではあるが、紛れもない事実だった。

 僕の悪い癖は「自分が関わった出来事が悪い方に傾くと、何かにつけて自分が悪いと思い込んでしまうこと」らしい。らしいというのは、僕自身がそれをはっきりと自覚していないという意味合いが込められている。

 ジュエルシードが散らばった時も、族長が僕のこうしたお門違いな思考を嗜めたことがあったっけ。

 お門違い・・・・・・確かにそうかもしれないが、だからと言って完全に自分のせいだと割り切れる自信が無かった。何より周りに責任の所在を押しつける事が昔から嫌いだった。

 この悪癖を抱えたまま大人になると碌な事にならないな・・・・・・。心中自嘲をするかたわら、族長を救出すべく、調査用の機材が出そろっている炎の渦に包まれた解析用のテントの中へ躊躇なく飛び込んだ。

「族長!! ゲッホ、ゲッホ!! どこです・・・か・・・ゲッホ!!」

 凄まじい熱と摂氏数百度にも達する炎。周りの酸素を奪って激しく燃焼する勢いを止める事は出来ない。

 族長を助ける前に自分が死んでしまっては意味が無い。

 僕は印を結び、結界で自らの周りを球状に覆い囲む。これでひとまず外気温と有毒ガスは遮断できた。

「族長っ!! 今行きます、それまで耐えてください!!」

 そう意気込んだ直後、僕は不思議なものと遭遇した。

 

 燃える炎によって辺り一面灼熱色に染まっていたと思えば、不意に頭上から奇妙な光源が差した。

 恐る恐るその光源に視線を向けたとき、僕の瞳にメビウスの輪を思わせる奇妙な象徴が浮かび上がっていた。

「な、なんだあれは・・・!」

 幻覚でも見ているのかと思ったが、どうやら違っていた。

 不思議な事に、輪を見つめる度に声の様な何かが頭の中に直接流れ込んでくる。

 未知なるものが僕に対して何らかのアクションを起こし、働き掛け、明確な意図を持ってメッセージを送りつけていた。

 このときの出来事を僕は今でも鮮明に覚えている。だけど、それを気にしているだけの心の余裕は当時の僕には持ち合わせていなかった。

 

「族長ッ―――!! どこですかァ―――!!!」

 一刻も早く族長を探すして助け出す。頭の中はそれでいっぱいだった。他の事に気を回す暇など毛頭に無かった。

 魔力を練り、探査魔法を発動させ―――現在位置から族長の居る場所を特定し、位置が絞れると、僕は族長の元へと走った。

 燃える障害物を掻き分け、険しい道のりを進み続けた末、ようやく見つけ出した。瓦礫に埋もれてぐったりと地に体を伏せている族長の姿を。

「族長ッ!!」

 族長にのしかかった瓦礫を退かして意識を確かめると、呼吸は酷く衰弱していた。早く助けなければ命の危険もあった。

「今すぐに助けますからね!」

 急いで治癒の魔法を施そうとしたが、次の瞬間、辛うじて意識を取り戻した族長が僕の手を握り締めてきた。

「族長・・・?」

 訝しむ僕の顔を族長は憂いを帯びた表情で見つめ、延命処置を施そうとする僕に首を横に振ってきた。

「私のことは構うな・・・・・・おまえはゆくのだ・・・・・・」

「馬鹿な・・・・・・あなたを置いて行くなんて出来る訳ありません!」

「行くんだ・・・・・・おまえは特別だ。お前は『神』に選ばれし者なんだ・・・・・・」

「何言ってるんですか!? 気を確り持ってください!」

「どの道わたしはもう助からない・・・・・・スクライアの未来はおまえに託す・・・・・・どんなに遠く離れても、私はずっとおまえのそばにいるさ・・・・・・・・・・・・おまえは私の自慢の息子だ・・・・・・・・・・・・」

「族長・・・・・・。」

 僕と族長に血縁関係は無い。遺伝子レベルでは間違いなく赤の他人だ。

 だが、血は繋がっていなくても家族でいる事は出来る。僕にとって族長は紛れもない家族であり、僕にとっての『父親』と言って差し支えない。

 そして、族長にとっても僕が彼の『息子』であるという認識は不変のものだった。

「ユーノ・・・・・・・・・最後の最期でおまえに言えなかったことがある」

 死の間際、族長・・・もとい父は薄らいでいく意識の中、僕の目をじっと見据え、やがて双眸に涙を浮かべゆっくりと言葉を吐いた。

「おまえを・・・・・・理解したつもりでいて・・・・・・すまなかった・・・・・・」

 溜めていた涙が両頬へと流れ落ちた直後―――僕の腕に抱かれながら、族長は静かに息を引き取った。

「族長? 族長?! 族長! 族長ッ! 族長ッ!! 族長ッ!!!」

 激しく体を揺すり、語気を上げて呼びかけるも、族長が僕の呼びかけに答える事は二度となかった。

 家族を危険に晒したばかりか、父親の命をも奪ってしまうとは――――――。

 ただただ悔しい。自分の無力さが。愚かさが。このやり場の無い遣る瀬無さと、沸々と湧き上がる自分自信への怒りの念。

 この罪は何としても(あがな)わなければならない。これ以上の犠牲は沢山だ。そもそもの発端が僕である以上、後始末をつけるも僕だ。

 動かなくなった族長の遺体を比較的火の勢いが小さい場所へと退かし、火災の原因となった例の紫紺の結晶物へとゆっくりと歩み寄る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、内部から激しい勢いのエネルギーを放出し続けており、飛び出したエネルギーが解放される事で莫大な力が生まれ、周囲を一瞬にして火の海へと変貌させた。

「・・・・・・僕が火種となって起こった事はすべて僕一人で方をつける」

 暴走するエネルギーを抑えるべく、おもむろに右手を翳した僕は、足下と前方に魔法陣を展開し、封印の為の詠唱を行う。

「――――――妙なる響き 光となれ 許されざるものを封印の輪に」

 十一年前、ジュエルシードを封印し損ねた魔法を使う事に多少の戸惑いと抵抗はある。

 ずっと無限書庫にいた為、魔導師としての活動は十年のブランクがあるし、今の僕にはあの頃のような自信も無く、レイジングハートも無く、本当にただ魔法がちょっと使える程度の男でしかない。

 だけど、それでもやるしかないんだ。これは僕に課せられた『罰』なのだから。

古代遺物(ロストロギア)、封印!!」

 練られた翡翠色の魔力が紫紺の結晶全体を膜状バリアで包み込み、暴発を繰り返すエネルギーを内部に閉じ込めようとする。

「!」

 しかし、程なくして僕の魔力は内側から発生する強大なエネルギーによって崩壊を始め、膜には亀裂が生じる。

 ピキピキ・・・・・・パリン。バリアの崩壊と同時に抑えつけられた力が一気に溢れ、僕を丸ごとを呑み込んだ。

「う、うわああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 その際、紫紺の結晶は球状から無数の欠片へと砕け、空高くへと舞い上がるとともにあらゆる場所へと飛散した。

 

           *

 

 あの後、何が起こったのか分からなかった。

 気が付いたとき、僕はとても不思議な事象を経験した。

「あれ?」

 目に映るものすべてが真っ白だった。純粋な白。背景と言うものが何ひとつない、とても奇妙な空間において僕はポツリと佇んでいた。

「なんだ・・・・・・ここは一体・・・・・・」

『やあ』

 突然、目の前から声を掛けられた。

 意識が眼前に向けられると、それまで僕の意識すら認知していなかった奇妙な存在が唐突に現れた。

 それは存在していると言えるモノなのだろうか。安直に譬えるならば、透明人間のようなモノが鎮座している。

 どこか偉そう。されどどこか自分に近いものを感じられる、そんな奇妙な何かが僕を見つめている。

「君は・・・誰なんだ?」

『よくぞ聞いてくれました。僕は君たちが“世界”と呼ぶ存在。あるいは“宇宙”、あるいは“神”、あるいは“真理”、あるいは“全”、あるいは“一”、そして僕は“君”だ』

「何を・・・言って・・・」

『ユーノ君。今日は君に特別なプレゼントを用意したんだ。()()()から君への祝福だよ』

 哲学染みた自己紹介から始まったと思えば、初対面の僕に向かってプレゼントを送りつけると宣言する謎の存在。

 蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべるとともに、それは僕にこう語った。

『君はこの先、心で強く願った事はどんな事でも叶えることできる。心の底からそうありたいと願った事である限り。だけど・・・たったひとつ叶えられない願いがある。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 直後、背後から言い知れぬ物の気配を感じ取った。

『祝福を受け取るがいい。光であり闇である者よ―――」

 言われた後、恐る恐る後ろへと振り返る。僕の後ろには巨大な扉があり、その扉はギギギ・・・という重低音を響かせながら開かれていき―――

 刹那、扉の中から確固たる形状を持たない幾つもの腕や目を持ったモノが現れ、僕の体を絡め取り、扉の中に引き込んだ。

「う、うわあああああああああああああああああああ!!!!」

 抵抗する事も虚しく、僕は訳の分からないまま、誰でもない奴曰く「プレゼント」と称する恐怖体験を味わうこととなった。

「あああああああああああああああああああああ」

 底の見えない空間へと引きずり込まれ、身体の自由が利かない中、かつて経験した事のもの凄い量の情報を直接頭に叩き込まれたような―――そんな感覚に陥った。

「やめろ・・・やめてくれええええええええええええ!!!!!!!!」

 頭が割れそうだった。無限書庫で勤務していたとき、徹夜続きで検索魔法を連続行使する事で似たような経験をした事はある。

 でも、今回のそれはあの時とは比べ物にならない膨大とも言える情報量だった。

「やだぁぁぁ!!! やだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 こんな悪質なプレゼントがあってたまるか。あの誰でもない奴は僕に何の恨みがあってこんな事をするんだ?

 だけど、それは僕の勘違いだったと直ぐに気が付いた。

 ふとした瞬間、僕は頭の中に流れ込んでくる情報から唐突に理解した。

 これまでの人生で未だ知り得ずにいた『魔法』の根底にある情報体次元に存在する時間と空間を超越した概念。そしてこれから先の未来に起こり得るビジョンが。

 そして瞬時に僕は悟った。これが“真理”なんだ―――と。

 

           ◇

 

 謎の古代遺物(ロストロギア)の封印に失敗し、未知なる経験をしたユーノが本当の意識を取り戻した時、彼は元いた世界から少し時間を遡った過去の世界―――・・・第97管理外世界「地球」のとある地に辿り着いた。

 そこで彼は、今後の人生を左右するある運命的な者と出会いを果たす。

 

           ≡

 

五年前―――

新暦075年 12月

第97管理外世界「地球」

北海道 ニセコ町 某旅館一室

 

「・・・ん・・・―――あれ・・・ここは・・・?」

 見慣れぬ天井と部屋の様子を見て、不審に感じずにはいられなかった。

 あのとき、古代遺物(ロストロギア)の封印に失敗して光に呑み込まれた筈の僕がどうしてこんな旅館みたいな部屋で寝ているんだ?

 あれだけの爆発に巻き込まれたのだ。傷を負っていても不思議ではない筈なのに、体の痛みはおろか疲労すらなくなっている。

(どうなっているんだ・・・・・・―――まさかこれもあの誰でもない奴のプレゼントなのか?)

 等と思っていると、部屋の襖が開き、僕をこの場へ運んで治療をしてくれた者達が目覚めた僕へと声を掛けてきた。

「おう。ちょうどいいタイミングだな」

「あぁよかった!! 目が覚めたみたいですね!!」

 派手なオレンジ色の髪の男性。そして肩まで伸びたサラサラのロングヘアの美女。おそらく二人は夫婦か恋人なのだろうとは思った。

(もしかして、この二人が僕を介抱してくれたのか・・・・・・)

 怪訝している僕を見、男性はおもむろに近づくと、真剣な眼差しで僕を観察。やがて眉間の皺を緩め柔らかい表情で言って来た。

「後遺症も無いみたいだし、多分大丈夫だろうぜ。俺、こう見えても医者の卵でよ! お前をここまで運んできたんだ」

「じゃあやっぱりあなた方が僕を・・・?」

「ああ。俺は黒崎一護(くろさきいちご)。こっちのは井上織姫(いのうえおりひめ)だ」

「どうも初めまして! え~と・・・とりあえずあなたの名前も聞かせてくれると嬉しいんですけど・・・?」

「あ、はい・・・僕はユーノ。ユーノ・スクライアという者です」

「ユーノ・スクライアか・・・一応聞くけど、お前って男だよな?」

「え!? あぁはい・・・そうですけど・・・」

 何故だろう。この人に悪気は無いのだとは思うのだが、こういう質問をされると無性に腹が立って仕方ない。

 というか、同じ男性から男性ではないのではないかという疑問を持たれること事態が悲しかった。

 どうして僕と言う人間はこうも欠陥ばかりを抱えているのだろうか。ただただ悲嘆するよ。こんな自分自身に―――。

「織姫、アイツ急にどうしちまったんだ? なんか顔色さっきより悪くなってるみたいに見えるんだけどよ・・・」

「一護くん、ひょっとして気に障ること言っちゃったのかも」

 二人が僕を見ながらひそひそと何かを言っていた。

 やがて罰の悪そうな笑みを浮かべた一護さんが、僕の心情を察したらしく、弁明とばかり僕を見ながら言って来た。

「あー、えっと・・・その・・・! なんか気に障ること言ったなら謝るよ! 悪かった! ただあんまりにもお前が綺麗な顔してるもんだからつい!」

 

 グサッ―――!

 

 僕の心臓を射抜くには十分すぎる破壊力を持った言葉だった。

 聞いた途端、僕の理性は瞬時に吹き飛び、先の事故で元々疲弊していた精神はしばしの間肉体から切り離され、思考も生物としての機能も完全に沈黙した。

「あぁ!! ゆ、ユーノさん!?」

「おいユーノ!! しっかりしろよ!! おぉぉ―――い!!!」

 

           ◇

 

翌日―――

北海道 札幌市 某観光地

 

「ユーノさん、こっちですよ!」

「ほら早く来いよ」

「しけたつらしてんじゃねえぞ! せめて女なのか男なのかハッキリさせてろよ!」

「いやコンさん・・・・・・僕は元々男ですから・・・・・・」

 完全な成り行きではあるが、僕は一護さんと織姫さん、それに人語を解する喋るライオンのぬいぐるみ・コンさんの厚意で北の大地・北海道にて観光旅行をする事になった。

 一護さんと織姫さんは僕より3つ年上で、同じ医大に通う大学生で、卒業を間近に控えた最後の冬休みを利用してこの北海道へ旅行に来ていた。

 僕が一番驚いたのは、二人の特技が「ユウレイ」が視えるという点だった。

 僕ら魔導師は魔法は使えても、幽霊を視たりする力は備わっていない。僕らが使う魔法は地球で言えば「高度に発達した科学」と同じである為、超自然的な力の象徴―――幽霊や超常現象の類を認知し、認識すること事態が的外れた事だった。

 ちなみに、コンさんが人の言葉を話したりするのは超常現象でもなんでもなく、また別の原理らしいが・・・・・・僕にはさっぱり理解出来なかった。

 そんな僕からすればとても奇妙な特技を持つ二人に、どうも妙な具合に親切にしてもらっているはどうしてなのか。

 理由はわからないが、一護さんと言い、織姫さんと言い、気さくに僕へと接してくれる事自体は決して悪く無かった。

 

「はいみそバターラーメンお待ちッー!」

「いただきまーす!! あ~ん・・・・・・。ん~~~、この味想像以上~~~♡ 一護くんも食べてみてみて!!」

「へぇー、どれどれ・・・・・・あん・・・・・・!! おう!! たしかにこれはヤバいな!! ユーノ、こいつヤベーぞ!!」

「そうですね。僕もこんなおいしいラーメンを食べるのは初めてですよ」

 すっかり観光旅行を満喫してしまっているが、僕は生憎地球の路銀が手元にない。それを正直に一護さんに話したところ、彼はあっけらかんに「んな細かい事気にすんなよ。俺らが全部もつからよ!」と、食費まで負担してくれた。

 彼らの菩薩の如く慈悲深い親切心には正直驚いた。なぜ赤の他人にそこまでしてやれるのかと疑問に思う。だからこそ、思い切って尋ねてみた。

「あの・・・一護さん、織姫さん」

「はい?」

「なんだよユーノ、餃子でも食いたいか?」

「そうじゃなくて・・・・・・どうして僕なんかの為にこんなに優しくしてくれるんですか? 怪我を直してくれたことは感謝しています。でも、会って間もない人間・・・それも外国人である僕になぜこれだけ献身的に尽くしてくれるんですか?」

 すると、聞いた二人は顔を見合わると、訝しんだ表情で意外な答えを口にした。

「なんでって・・・・・・んなもん、ほっとけないって思ったからだよ」

「ほっとけないって・・・・・・たったそれだけの理由で?!」

「それだけって、人助けに深い理由とか必要かって俺は思うけどな。だって手が届く距離に助けを求める奴がいたら誰だって助けるだろ? あんとき・・・怪我してたお前を見たときにさ、何だかお前の顔からよ、『助けて欲しい』・・・・・・そう訴えかけていた様な気がしたんだ」

「一護くんって、こんな仏頂面だけどとても優しいんです」

「仏頂面は余計だよ!」

「昔からそうなんですよ。いろんなものを護ってきたから、特に理由とかは考えないんです」

「おい待てよ織姫。その言い方だと俺が普段から何も考えずに突っ走ってるキャラみたいに聞こえるぞ!?」

 人助けに深い理由は要らない・・・・・・。手が届く距離に助けを求める者には誰でも助ける・・・・・・。妙にずっしりと心に響く言葉だった。

 そういえば、なのはに助けてもらったときもこんな感じだったっけ。でもあのときは事情が事情だったし、何より僕らは子供だったんだ。

 なのに、どうしてこの人達はそんな子供染みた理由で・・・・・・いや、理由も無く人を救う事に一切の躊躇を抱かないんだろう。僕にはそれが不思議で仕方なかった。

 

 

 このとき、僕は一護さんの親切心を心底不気味だとも感じていた。

 だが、自らの力に目覚めていない当時の僕にとって、それを理解するまでには至らなかったのである。

 

           ◇

 

 暗く、恐ろしく、陰惨な空気に支配された闇。

 上も、下も、右も、左も全てが真っ暗な世界に、僕は立ち尽くしていた。

 

 ―――「おまえのせいだぞユーノ!」

 ―――「アンタが、なのはを危険な世界に連れ込んだりしなかったら!!」

 ―――「どうして、なのはちゃんがひどい目に遭わないといけないの?!」

 ―――「なのはの体調不良を、おまえは知ってたんだろ!? 何で止めてくれなかったんだ!!」

 ―――「ユーノ、もっと真面な情報はなかったの!?」

 ―――「ユーノくん、私はがっかりやで・・・・・・。」

 ―――「どうして私や皆の期待を裏切るんだユーノ。おまえをそんな風に育てた覚えはない!!」

 僕の耳を(つんざ)き、絶え間なく響く罵詈雑言。

 罵倒から逃れる為、僕は耳を塞ぎ、一寸先も闇の中をひたすらに走り続けた。

 やがて、微かな光を見つけ、僕は縋る様に手を伸ばした。光は、初恋の女性―――高町なのはの姿へと変わった。

「なのは!」

 僕に名を呼ばれ、振り返った彼女は―――

「ユーノ君のせいだよ」

 全身血まみれで虚ろになった眼で、僕を呪うように見つめていた。

 

 

「っ!!」

 悪夢から覚醒し、布団から跳ね起きたとき、ここが旅館の寝室であり、両隣で眠りに就く一護さんと織姫さん、それにコンさんがいる事に安堵した。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

 肩で息をする僕は、全身から冷や汗が止まらなかった。

 時計は朝の4時を示している。昨日は一護さん達の厚意で、北海道観光を満喫した後、お酒を飲んで楽しんでいたっけ。就寝前の記憶を思い出すことで、僕は混乱する頭を落ち着かせようとする。

「なのは・・・・・・・・・僕は今、どんな顔してるのかな?」

 

 気を落ち着かせる為、一度外の空気を吸いに出た。

 真冬の4時台はまだまだ日の入りが遅い。外を照らすのは銀色に輝く月がひとつだけ。僕は誰もいないロビーでポツンと座り、月明かりをボーっと眺めていると、

「ユーノさん」

 耳に入ったやや掠れた女性の声に振り返ると、月明かりに映える亜麻色の髪を靡かせる織姫さんが僕を見つめていた。

「辛そうな顔してますけど、どうかしましたか?」

「あぁ・・・いえ・・・なんでもありません」

 朝早くに起こしてしまった事への罪悪感を感じる僕を憂慮した眼差しで見つめ、織姫さんはそっと僕の隣へと座った。

「悩みがあるなら相談に乗りますよ。こう見えても私、大学ではカウンセリングも勉強してまして、せっかくの機会に美人のナース見習いになんでも言ってみて下さいね! さぁ、洗いざら何でも聞きまっせ!」

「えっと・・・それを断る権利は・・・・・・無さそうですね。むしろ罰が当たりそうだ」

 声色もさること、どこかエイミィさんと同じ雰囲気を感じた。この人になら胸中の蟠りを告白してもいいだろう・・・・・・そう思った僕はおもむろに語り出した。

「あの・・・ものすごく唐突な話ではあるんですけど・・・・・・織姫さんは自分のことが憎くて憎くて仕方ないって感じた事はありますか?」

「そうですね・・・・・・少なくとも、そう思った事が全くなかったという事は無いですね。やっぱり人間誰しも形はともかくどうしても自分のやる事が許せないって思う事は、あると思うんですよ」

「じゃあ・・・・・・自分の勝手で無思慮な判断で誰かに助けを求めた挙句、その人の人生を捻じ曲げてしまったとき、その経験も記憶の一切も全部無かった事にしたいと思ったりしますか?」

「ん~・・・そうですね。これは答えになっているかどうかわからないんですが・・・人って、それが忘れるべき事ならちゃんと忘れてしまうと思います。だって、忘れたいと思う回数が多ければ多いほどむしろその記憶は強く確かなものになっていくと思うんですよ。なら心の奥底・・・本当は忘れちゃいけないことだって思ってるんじゃないですかね」

「・・・それなら僕は、とんでもない人でなしですね」

 自分自身をとにかく嘲笑い、膝の上で拳をぎゅっと強く握りしめ、僕は震える声色で慙愧(ざんき)の念が籠った声色で告白した。

「・・・僕は子供の頃、自分の勝手で無思慮な判断で平凡な少女の運命を変えてしまったんです。たった9歳の女の子が、ある日突然戦場に駆り出されて、そして命を脅かしかねない事故の遠因を作ってしまった。今でも後悔してるんです・・・・・・あのとき、僕がもっと賢い判断をしていればなのはを危険な戦いから遠ざける事が出来たのかもしれないと。でも僕は彼女に縋ってしまった。『助けて欲しい』という声を聞いてくれた、魔法も何も知らないただの女の子を・・・・・・そして・・・・・・その彼女のことさえ真面に見られなくなって、怖くなって、僕は逃げた。つまり僕は・・・・・・この手で魔法使いにした女性のことさえ忘れようとしている人間なんです」

 自分自身への侮蔑と怒気、その他あらゆる負の感情の籠った表情で語った僕自身を、織姫さんは暫し見つめ―――やがて静かに謝罪の言葉を口にした。

「ユーノさん・・・・・・ごめんなさい。カウンセリングしてあげるなんて偉そうなこと言いましたけど、私にはあなたの抱えた重荷を取り除くことも、一緒に背負ってあげる事もできません。だって私は・・・・・・魔法使いじゃないですから」

 当然だ。織姫さんに話したところでどうする事も出来ない。百も承知と知りながら、自分の失敗談を愚痴るはけ口をあなたに求めてしまった。

 嗚呼、本当に僕はどうしようもない人間だよ・・・・・・。そう思っていた矢先、織姫さんは唐突に僕の頭を自分の肩に寄せて来た。

「ユーノさん、あなたの言っている“なのは”って人に対する重さがどれほどなのかはわかりません。でもこれだけはわかります。あなたがそうした・・・そうしなきゃならなかったのは、絶対に無思慮な判断なんかじゃなかったんですよ」

「え?」

「医療の場面でも、自分で判断しなくちゃいけない事がたくさんあるんです。もちろん、何も無かったことになんかできるわけじゃない。でも、自分で判断したからこそ生み出される良い結果や未来が必ずあるんです。あなたはその人を危険な世界に巻き込んでしまった自分の事が憎くて仕方がない、だからその責任を背負う義務があると思ってるみたいですが・・・・・・ユーノさんには同じだけ自分も助ける権利があるんですよ」

「自分を助ける権利? でも・・・・・・でも僕は! 助けてもらった彼女のことを忘れようとしてたんだ! 重荷を、義務を放り捨ててしまったんです!! だから救われる権利なんか―――」

 胸中の叫びを口にした直後、織姫さんはただ優しく僕の頭を引き寄せ、豊満な自分の胸でぎゅっと抱きしめた。

「本当に忘れようとしているなら、そんなに苦しんだりしませんよ。あなたはちゃんと救われるべき人間です。ユーノさんが守り、助けた人がいるって事を思い出してみて下さい。あとはあなたがどちらを選ぶかです」

 僕自身が守り、助けた人がいる・・・?

 わからない。僕はいつも助けられてばかりだった。守ってもらってばかりだった。そんな僕に助けられた人間なんているわけが。

 

 ―――「ユーノ君、いつもありがとう!」

 ―――「ユーノ、ありがとう。」

 ―――「おおきにな。ユーノくん。」

 

 ああそうか・・・・・・忘れていたよ。

 僕はいつの間にか心に鍵をかけて、頑迷固陋に「ありがとう」という言葉を使う機会を逸していた。いや、使うこと事態を恐れていた。

 織姫さんの言う通りだった。こんな僕でも助けた人たちの笑顔が、言葉が、温かさが確かに在ったんだ。

 

           ◇

 

翌日―――

北海道 釧路市 某観光地

 

 織姫さんに悩みを聞いてもらって、大分心が落ち着いた。

 今まで自分を責めてばかりだった自分が馬鹿みたいだ。まぁ、そう言う性分だからきっとまたどこかで自分を責める時が来るとは思う。

 でも、今は止そう。せっかく一護さん達とこうして楽しい時間を過ごしているのだから、今は思い切り楽しもうじゃないか。

「ユーノ。これなんか旨そうじゃねえか?」

「そうですね。僕もそれがいいと思います」

「ねーねー、こっちのもいいと思うよ!」

 現地で知り合った不思議な男女に命を救われ、塞ぎがちだった心を洗われ、こうしてお土産を選んでいる―――本当に実に奇妙で、幸せなひとときだ。

 

 だけど、その幸せな時間を唐突に壊す出来事が起こった。

 突然店の外から暴風でも吹き荒れたような激しい物音がし、周囲の建造物の一部が破壊され、店の外へと転がっていた。

「なんだ!?」

 妙な気配がした。慌てて店の外へと出たとき、信じ難い光景を目の当たりにした。

 周りの建物よりも大きく、重厚感あふれる鎧に包まれ、紅に染まった単眼で眼下の命を見下ろす巨人―――人はそれをポリュペモスと呼んだ。

「なんだ・・・・・・ありゃ・・・!?」

「怪物!?」

「あれは魔導生物ポリュペモス!! だけど、どうしてこんな辺境の世界に―――」

 本来ならばあり得ない光景だった。管理外世界に何の前触れも無くこのような怪物が現れるなどあってはならない事だ。

 おそらく、召喚士がいるのだろう。何の意図を持ってこんな事をしているのか分からない。きっと碌でもない事だとは思うが、今はあれこれ考えるよりも先に、まずこの脅威から周りの人達を護る必要があった。

「一護さん、織姫さん、コンさん。アイツは僕が引きつけますから、ここから離れてください」

「な・・・何言ってやがる!? あんなのに勝てる訳ねえだろ!」

「危険ですユーノさん!」

「おめー殺されちまってもいいのかよ!?」

「こう見えても僕は魔法使いなんですよ。だから、何とかします」

「魔法使いって・・・」

「ユーノさん・・・あの言葉ってもしかして・・・」

 ここまで僕に良くしてくれた事に深く感謝しています。

 一護さん達へほくそ笑んだ僕は、ポリュペモスに石を投げつけ、敵の注意を向けさせてから疾駆―――なるべく人通りの少ない場所へと誘導する。

 ある程度多少暴れても平気なところを選ぶ必要があった。町の被害を最小限に考え、ポイントを絞り、封時結界を展開する。

「これでフィールドには僕とお前だけになった。十年ぶりのブランクを取り戻すのにはちょうどいい相手だ」

 勝てる自信があるかと問われれば、100パーセント「ある」とは言えない。

 だけど、僕が魔導師である以上戦わなければならない。皆を護る為に、自分自身を生かす為に―――。

「チェーンバインド!!」

 魔法陣から幾重もの鎖を解き放ち、目の前で立ち尽くす鈍重な巨人の体を絡め取る。

「広がれ戒めの鎖。捕えて固めろ封鎖の檻。アレスター・・・チェ―――ンッ!!!」

 チェーンを手繰り寄せると同時に爆発を生じさせる、僕が考案した捕縛型封殺魔法【アレスターチェーン】。以前これでなのはに模擬戦で一回だけ勝ったことがある。結界魔導師ならではの攻撃法だ。

「よし、これなら―――」

 しかし、十年のブランクは思ったよりも深刻だった。

 煙が晴れた先に映ったのは、殆ど傷一つ負っていないポリュペモスだった。

「なっ・・・・・・」

 魔法が全く通じていないのが何よりもショックだった。長年司書業務の為だけに魔法を使っていた事がこれほどの痛手を食うとは思いもよらなかった。

 怒りに燃え、鼓膜を震わせる咆哮を上げたポリュペモスは、手にした金棒を勢いよく振り下ろしてきた。

 咄嗟に防御し『捕縛盾(バイディングシールド)』で金棒を封じ込めようとするも、やはり簡単に引き千切られてしまい、怒り狂ったポリュペモスの一撃を真面に受けた。

「ぐああああああああ」

 凄まじい力で吹っ飛ばされ、周囲の建物の外壁に激突した。

 背中に走る強烈な痛みに悶える僕を見据えたポリュペモスが一歩、また一歩と金棒片手に近づいてくる。

(こ、ここまでか・・・・・・・・・)

 死を覚悟し、眼を瞑ろうとした直後―――それは現れた。

 

「ほおおおおおおおおおおおおおお」

 威勢のいい叫びを上げながら、黒い着物に身を包んだ一護さんと思しき人が出刃包丁に良く似た大剣を掲げてポリュペモスへと斬りかかった。

 ポリュペモスは不意を突かれ、右腕を深く斬られ、あまりの痛みに甲高い声を上げる。

(あれは・・・一護さん・・・・・・しかも、あの格好は・・・!?)

「―――月牙天衝(げつがてんしょう)!!」

 技名を唱えた瞬間、手持ちの剣から青白い光が斬撃となって放たれ、ポリュペモスの体を切り裂いた。

 一護さんは僕を護るように大剣を構えて前に立った。

 僕にも分からない力、だけど不思議と()()()()()()()()()()()()。様々な疑問を浮かべながら、僕は目の前の一護さんに問う。

「一護さん・・・・・・あなた・・・」

「!」

 声を聴いた途端、一護さんは目を見開き、驚愕に満ちた顔で僕を凝視する。一体何をそんなに驚いているというのか。

「驚いたな・・・。まさかとは思ってたけど、やっぱり俺の勘違いなんかじゃなかったんだな。()()使()()()()()()姿()()()()()()()なんて思ってもみなかったぜ」

「死神? 一護さん・・・・・・それは何かの冗談ですか?」

「詳しいコトは全部後回しだ。ここは俺に任せろ。お前は俺が護ってやる」

 力強い眼差しで宣言した直後、一護さんは瞬く間にして僕の前から姿を消した。

 刹那、ポリュペモスの懐へ潜り込んだ黒衣の勇者は、勇猛果敢に獰猛なる怪物へと戦いを挑んだ。

(死神ってなんなんだろう・・・・・・少なくとも、一護さんの戦ってるあの姿がそうなんだろう。だとしたら羨ましいな・・・・・・僕にもあんな力があれば・・・・・・)

 強烈な羨望を抱いた。僕にも一護さんと同じ力があれば、こんな惨めな目には合わずに済んだのだろうか。

 だからこそ僕は願ったんだ。強くなりたい。魔法の力も、死神の力も、みんなまとめて欲しいと―――。

 

 そうこうしているうちに、戦いは終盤に差し掛かっていた。

 圧倒的とも言える一護さんの力でポリュペモスは追い詰められ、止めを刺されるのは最早時間の問題だった。

「こいつで終いだ」

 一護さんの体から滲み出す青白く発光する異能の力。魔法でない事は確かだけど、その圧は桁違いに凄かった。

 これで勝負が着いた―――かに思われたとき、予想外の事が起こった。

『うぇぇ―――ん!! ママぁ―――!!』

 僕と一護さんの注意がその声に向けられた。

「「な!!」」

 僕としたことが、結界内に子供が取り残されていた事に気付かなかったなんて・・・・・・これも十年のブランクのツケか。

 だけどその子供がただの子供とも思えなかった。何故だかはわからないが、子供の胸から奇妙な鎖が生えていたのだ。

「しまった!! まだ『(プラス)』が残ってたのか!?」

 一護さんが子供を指して『プラス』と称した理由は定かではなかったが、子供に関心を向けた事で一瞬の隙が生まれた。

 ポリュペモスはその間隙を突き、無防備だった一護さん目掛けて金棒を振り払った。

「ぐあああああああああああ」

「一護さんッ!!」

 僕の前で吹っ飛ばされた一護さん。

 彼は咄嗟に『プラス』と呼んだ子供が被害を受けないように気を配っていた為、打ち所悪く、刀を再び握る事すら困難な状況だった。

 咆哮を上げ、ポリュペモスは進路を一護さんの方へと向ける。

 今の一護さんでは真面に戦うことすら出来ない。このままでは・・・・・・このままでは・・・・・・

 

「やめろっ―――!!」

 もう・・・・・・嫌なんだ。

 僕の目の前で、誰かが傷つくのも、何も出来ずにいることも。全部・・・・・・。

「僕にだって・・・護りたい・・・! こんな僕にだって・・・役に立ちたい! みんなの為に!!」

 心の底からそう強く願ったとき、奇跡は起きた。

 体の奥から急激に力が漲って来たと思えば、僕の目の前に刀の形を翡翠色に輝く高エネルギー体が唐突に現れた。

「なんだ!?」

「この力・・・この光は!」

 おぼろげな意識の中、一護さんが僕の方を見ながら驚愕の顔を浮かべている。

 次の瞬間、ポリュペモスの金棒が一護さん目掛けて振り下ろされそうになった。だが、それを僕が咄嗟に手持ちの刀らしきもので食い止めた。

「ユーノ!!」

「僕はもう迷わない。誰も死なせない。誰も傷つけさせない。この身を賭して、大切なものを護る!! それが僕の―――覚悟だぁぁ!!」

 力強く宣言するや、僕が手に持つそれは明確に『刀』の姿へと変わり始め、それに伴い僕の姿も一護さんとよく似た黒装束へと変化した。

 全身から滾る強大な力。この力は魔力とは違う。もっと根本的なもの―――魂そのものから(ほとばし)る力であると確信した。

 

【挿絵表示】

 

 受け止めていた金棒を力で押し返すと、持っていた刀を両手で握りしめ、大地を力強く蹴って飛び上がる。

「はああああああああああああああ」

 ポリュペモスへ狙いを定め、頭部から一直線に手持ちの刀で斬り伏せた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 どうにか斃す事が出来た。それにしても、僕は一体どうなってしまったんだ? どうして僕の所に刀が現れたんだ?

「いったい・・・・・・この力は・・・・・・?」

「それは死神の力だ」

 戸惑う僕を見かねた一護さんが、端的にそう口にした。

「ユーノ。どうしてお前がそうなっちまったのかは俺にも分からねえ。だが、これだけはハッキリしてる。お前は俺と同じ力に目覚めたんだ」

「一護さんと同じ?」

 そのとき、僕の脳裏にあの夢で見た誰でもない奴が言っていた言葉が思い出した。

 

『君はこの先、心で強く願った事はどんな事でも叶えることできる。心の底からそうありたいと願った事である限り』

 

 僕が心の底から願ったからこそ、この力は発現したのか。だとしてもそんな漫画やお伽噺みたいな話が・・・・・・

 いや、変に考えるのは止そう。とにかく、この手で一護さんを護る事が出来ただけで嬉しかった。

「僕はずっとお荷物だった・・・・・・」

「え」

「挙句に自分で自分の可能性を諦めていました。でも、一護さんやみんなを守りたいと強く思った時・・・僕にも刀が」

「そいつは『斬魄刀(ざんぱくとう)』って言うんだぜ。お前だけの刀だ」

「僕だけの刀・・・・・・か」

 レイジングハートにすらマスター認証されなかった僕に、僕だけの刀が備わった。

 何だかこそばゆい気もするが、気分は最高に心地よかった。

 

           *

 

 あの後、僕たちは互いに互いの秘密を暴露し合った。

 僕が魔法使いであり、異世界からやってきた事。一護さん達からは、死神に纏わるこの世に存在する霊魂の存在を聞かされた。

 そして、僕は一護さんから死神の力を真面に使えるようにしてやるから自分の弟子にならないかという提案を受けた。

 予想だにしていなかった言葉だったが、僕は嬉しくて二つ返事で了承した。

 

           ≡

 

北海道 函館市 函館山

 

 旅の終わりに、函館へと立ち寄った僕たち。展望台の上から臨む夜景は格別であり、この旅行の締め括りには申し分ないものだった。

「一護くん、コンちゃん、ユーノさんも綺麗ですねー」

「そうっすねー」

「どうだユーノ。まだ信じられねーか?」

「一度にいろんなことがあり過ぎて、何から信じたらいいのかよくわかりません。ただ・・・ひとつ分かった事があります。一人になってみて、自分を見つめ直す機会を得た事で・・・僕には僕にしか出来ない事をやるべきなんだって思えるようになったんです」

「ユーノ・・・」

「ユーノさん・・・」

「今の僕にしか出来ない事・・・魔導師であり死神・・・―――『魔導死神』である僕にしか出来ない事をやらなくちゃいけないんです。本当の自分を決められるのは自分だけですから」

 誰かが決めてくれた自分は、自分という存在を認識する際、ひどく楽に確かめることが出来るだろう。

 誰かが決めてくれた自分のまま生きることは、決して悪いことではない。

 だが、そこから更に「自分が選んだんだ」と、心の底から思えとき―――何も怖れず、何にでも挑戦する事が出来る。そんな勇気を、僕は確かに得る事が出来た。

 

 

 

 かくして、次元世界存亡をかけた壮大な抒情詩の幕は切って落とされた。

 ユーノ・スクライアは予言者でも全知全能でもなく、当然ながら己の未来を知る術はない。

 彼は高町なのはのような不屈の心を持ち記録に残る英雄ではなく、

 フェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウンのような才能もなく、

 八神はやてのような莫大な魔力もなく、

 クロノ・ハラオウンのような技術もなく、

 シグナムのような経験もなく、

 ヴィータのような気魄もなく、

 シャマルのような治癒能力もなく、

 ザフィーラのように屈強でもない。

 そのように、『何かを目指すにしろ、続けるにしろ、僕に足りない物は数え切れない』と酒の席で自嘲するような彼が持ち合わせる、数少ない資質。

 即ち、人間としての矜持。

 ユーノ・スクライアは、まだ知らない。

 魔導師にしろ、死神にしろ、殆どの者が己の基盤として持ち合わせている、そんなありふれた物を守る為に、自分が世界の命運を背負って戦う事になるなどと。

 

 彼がその現実と向き合う事になるのは、古代遺物(ロストロギア)『アンゴルモア』による暴走事故から僅か数か月後の事だった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Can't Fear Your Own World 1』 (集英社・2017




登場人物
ハインリヒ・スクライア(Heinrich Scrya)
声:楠大典
スクライア族の族長で、ユーノにとって父親の様な存在。ユーノの名付け親であり、息子同然に大切に育てて来たが、外の世界へ出て行こうとして親友を失った過去があることから、ジュエルシードが散らばった際に単身回収に出ようとしたユーノをきつく叱るが、ユーノを誰よりも心配してのことだった。
アンゴルモアを持ち帰ったユーノに次の族長になって欲しいという期待を寄せる反面、彼の本心を理解していない自分を恥じていた。死の間際、ユーノにその事を謝罪したのち静かに息を引き取った。
エルゼ・スクライア(Else Scyra)
声:根谷美智子
スクライア族の女性。愛情と思いやりに溢れた芯の強い女性で、ユーノの9つ年上。ユーノとともにジュエルシードを回収を行い、弟のように何かと気に掛けて心配していた。
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