ユーノ・スクライア外伝 PARALLEL STORY 作:重要大事
新暦079年 7月14日
第1管理世界「ミッドチルダ」
ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画
機動六課 ミッドチルダ地上隊舎
「やっべー!! 寝坊したー!!」
廊下中に響き渡る焦燥の声。阿散井恋次は昨夜の飲酒が祟り、大幅に寝過ごしてしまった。今、切羽詰まった様子でオフィスを目指し、全力疾走している。
時刻は始業開始の一分前。恋次は滑り込みでオフィスに到着すると、息を切らしながらも一気に叫んだ。
「すまねー!! 遅くなったー!! 俺としたことが、昨日の晩は珍しく手に入った旨い酒についつい夢中になっちまって、そのまま爆睡しちまった!!」
周囲から非難の声が浴びせられるのは必至だ。せめて謝罪の意を示そうと、オフィスに入るなり、スライディングの要領で額を床に擦り付け、全身全霊で土下座をした。
いつもならヴィータやアギトに非難され、なのは達からも白い眼で見られ注意を受ける場面だが、今日は何故かその声が一切聞こえてこない。どれだけ待っても静寂が続いていた。
「あれ?」
妙だと思い、恐る恐る顔を上げた恋次が目にしたのは、予想外の光景だった。そこには彼を見つめている吉良、ギンガ、金太郎、浦太郎、鬼太郎の五人だけが立っており、他の主要メンバーはどこにも見当たらなかったのだ。
恋次は目を瞬(しばた)かせ、やがて不安が胸をよぎり、吉良に問いかけた。
「おい・・・・・・馬鹿に人が少なくないか? 他の連中はどうした?」
「えっと、何も聞いてないのかい?」
そう言うと、吉良は事態の理由を簡潔に説明した。
「な・・・・・・なんだとー!!!」
*
同隊舎内 部隊長室
「どういうことだチビダヌキ! あいつら、ヴィヴィオたちを連れて旅行に行ったのか!?」
吉良からの話を聞くや否や、恋次は部隊長室へと直行し、部隊長であるはやてに直接確認を求めた。そこで改めて、なのはたち主要メンバーが旅行のために四日間の休暇を申請していた事実を聞かされる。
「え、ええ・・・カルナージって言う無人の世界に」
圧迫感を感じて気圧されたはやてに、恋次はさらに問い詰める。
「他の連中もそうなのか!? ヴィータやアギトもその旅行に付いて行ったっていうのかよ!?」
「八神家の面々は別件で今は隊舎を離れているだけです。旅行に行ったのはなのはちゃんとフェイトちゃん、それにスバルとティアナ、エリオにキャロだけです」
「んだよそれッ! なんでそういう大事なことを俺に教えてくれなかったんだよ!?」
「別に教えなかったわけやないですって。単なる伝達ミスですよ。前々から計画してたんですけど、魔導虚(ホロウロギア)事件の後処理やら何やらで結構日程がズレ込んでしまって・・・・・・ほんでようやく目途がついたんで、今朝がたミッドを出発しました」
本来はヴィヴィオの学校の定期試験が終わるタイミングを見計らっての旅行の予定だったが、魔導虚(ホロウロギア)騒動でミッドチルダ全体の治安が悪化し、それに対応していた機動六課のメンバーはほぼ休みなく働いていた。そのため、旅行の日程を大幅に変更せざるを得なかったのだ。
「けどよ、はやて。アンゴルモアがいつ発見されるかもわからねーこの状況で、よくもまあ四日間も主力連中を休暇に出させたわな」
「まあ、そこは部隊長としての采配っちゅう奴です。どんなに優秀な戦士だって、ずっと戦い続けたら遅かれ早かれ体が壊れます。特になのはちゃんみたく、誰かを助けるためには命を懸けるのも惜しまないような人は。この休息期間を経て、我らがエース達は今日よりもっと、ずっと遠くに向かって羽ばたいていけると確信してます」
はやては窓越しに空を見上げ、今ごろ異世界で羽を伸ばしているであろうなのはたちに思いを馳せた。
*
みなさん、初めてまして。そうでない方は、お久しぶりです。高町なのはのひとり娘で、高町ヴィヴィオです。
魔導虚(ホロウロギア)篇ではちょくちょく登場していましたが、『アンゴルモア捜索篇』では、登場機会がめっきり減ってしまいました。作者さんには、もう少し出番を増やしてほしいと、あとで文句を言いたいところです。
さて、今日は久しぶりに、わたしやアインハルトさんを始めチームナカジマのみんなで、ママたち引率の元に無人世界カルナージへ旅行に来ています。
カルナージは、首都から臨港次元船で約四時間。標準時差は七時間。一年を通して温暖な大自然の恵み・豊かな世界です。
≒
第34無人世界「カルナージ」
アルピーノ家 併設旅館「ホテルアルピーノ」
「「みんないらっしゃ~い♪」」
現地に到着したなのは達を笑顔で迎えたのは、この世界に住むメガーヌ・アルピーノとその娘ルーテシアだった。
「こんにちはー」
「お世話になりまーすっ」
なのはとフェイトが代表してルーテシア親子に挨拶をする。
「みんな来てくれて嬉しいわ。食事もいっぱい用意したから、ゆっくりしてってね」
「ありがとうございます!」
メガーヌの言葉に、スバルは笑顔で返答した。
「ルーちゃん!」
「ルールー! 久しぶり~!」
「うん、ヴィヴィオ、コロナ」
ヴィヴィオとコロナは久しぶりの再会に喜び、ルーテシアと対面できたことを心から嬉しく感じていた。
「リオとバウラ、ミツオと直接会うのは初めてだね」
ルーテシアがそう問いかけると、リオは「いままでモニターだったもんね」と答える。
「オレがバウラだ! おうよろしく頼むぜ!」
「ば、バウラ。一応年上なんだからちゃんと敬語を使った方がいいんじゃない?」
バウラのフランクな態度に、ミツオはおどおどと注意を促す。それを見たルーテシアは、くすくすと笑った。
「ぜんぜん気にてないよ。いろんなイベントが盛りだくさんだから、三人もめいいっぱい楽しんでってね」
「あ、ルールー! こちらがメールでも話した・・・・・・」
すると、ヴィヴィオは今回の合宿に参加している唯一の上級生、アインハルトを紹介した。
「アインハルト・ストラトスです」
アインハルトは少し緊張した面持ちで、ルーテシアに対して軽く頭を下げた。
「ルーテシア・アルピーノです。ここの住人で、ヴィヴィオの友達、14歳」
「ルーちゃん、歴史とか詳しいんですよ」
コロナがルーテシアを褒めると、彼女は「えっへん」と得意げな表情を見せた。
「ルールーはエリオとキャロと同い年なんですよー」
ヴィヴィオが補足した直後、ルーテシアは意地悪そうに微笑みながら付け加えた。
「一人ちびっこがいるけど三人で同い年♪」
「なんですと!?」
身長を気にしていたキャロは酷く傷ついた様子で、「1.5センチ伸びたもん!」と強く主張した。
その時、アインハルトの背後から「ガサッ」という音が聞こえた。
音の方に振り返った瞬間、アインハルトが目にしたのは、野菜の網籠を背負った、漆黒の二足歩行をする無骨な姿の虫だった。
「!?」
人間ではない異形の存在を視認したアインハルトは、即座に警戒し、反射的に覇王流の構えを取った。
「あー! アインハルトさん、ごめんなさい! 大丈夫です!」
「あの子は・・・」
慌ててヴィヴィオとコロナが、何も知らないアインハルトに説明し、その虫に害意がないことを訴える。ネタ晴らしはルーテシアが行った。
「私の召喚獣で、大事な家族。ガリューって言うの」
「し、失礼しました」
その姿ゆえに危険と判断してしまったアインハルトは、軽率な自分の行動を恥じ、赤面しながらガリューとルーテシアに深く首(こうべ)を下げた。
「わたしも最初はビックリしましたー」と、コロナがアインハルトに同情する。
「カッケーなお前! これってやっぱ鎧なのか?」
「虫だから外骨格だと思うなー。それにしても実に興味深いイキモノだね」
アインハルトとは対照的に、バウラとミツオは好奇心旺盛な反応を示し、ガリューへの興味と好意を表した。
子どもたちの活気溢れる様子を見て、メガーヌは安堵すると同時に、辺りを見渡し、ある人物がいないことに気づいた。
「そう言えばなのはちゃん。ユーノ君は一緒じゃないの?」
「うぅ・・・・・・最後まで粘ってみたんですけど、私たちが抜けた穴を補填するのは自分しかいないって、どうしても譲らなくて。せっかくヴィヴィオも楽しみにしてたのに・・・・・・」
なのはは肩を落とし、今回ユーノを旅行に連れて来られなかったことを悔しそうに話した。
「仕方ないよ、ママ。ユーノさんお仕事なんだから」
「へぇー、ヴィヴィオってオットナー」
「へへ、それほどでも♪」
ルーテシア達の前で良い子を演じるヴィヴィオだったが、内心では――
(く~~~! わたしだってほんとはユーノさんと一緒に旅行できるの、すごく楽しみだったのに~~~!)と、悔しさでいっぱいだった。
「さて。お昼前に大人のみんなはトレーニングでしょ。子供たちはどこに遊びに行く?」
メガーヌが問いかけると、ヴィヴィオ達の引率で同伴していたノーヴェ・ナカジマが、「やっぱり川遊びかな?」とルーテシアやヴィヴィオたちを見渡して答える。
「おー! 自然の川遊び、テンション上がるぜ!!」
「アインハルトもこっち来いな」
「はい――」
本当はトレーニングに集中したいと思っていたアインハルトだが、ノーヴェの誘いを断ることができなかった。
「じゃ、大人のみんなはこのままトレーニングに入るよ。着替えてアスレチック前に集合にしよう!」
「「「「「はいッ!」」」」」
「こっちも水着に着替えてロッジ裏に集合!」
「「「「「「はーいっ!」」」」」」
「み、水着!?」
水着という言葉を聞いた瞬間、アインハルトは顔を赤らめ、恥ずかしそうにした。
彼女の初心な反応に、大人達は思わず微笑み、その表情にアインハルトはさらに恥ずかしそうにした。
――この時、まだわたしたちは知りませんでした。
――まさか、楽しいはずの旅行があんなことになるだなんて・・・・・・。
*
第1管理世界「ミッドチルダ」
機動六課 休憩スペース
『魔導虚(ホロウロギア)事件が収束してもなお、ミッドチルダ市内には不穏な影が付き纏っております。特に最近では、“半グレ”と呼ばれる若い犯罪集団による質量兵器を用いた犯罪が増加の一途をたどっており――』
その頃、恋次は物憂げな表情を浮かべ、休憩室で一人ぼんやりとテレビを見つめていた。報道の内容も耳に入らず、なのは達が家族旅行に出かけたという話を聞かされた恋次は、ふと遠く離れた故郷に残してきた家族の顔が思い浮かんだ。
「家族で旅行か・・・・・・」
特に気がかりなのは、まだ幼い一人娘のことだった。隊長である恋次は多忙を理由に娘との時間をまともに取れず、そんな自分が情けなく、父親として恥ずべき姿だと自嘲していた。
「はっ。俺はそんな当たり前のことすらしてやれてねぇな・・・・・・」
「何ができていないんですか?」
不意に背後から声がかけられ、振り返るとそこにはユーノが立っていた。彼は不思議そうな表情で恋次を見つめている。
「うおおおおお!!!」
心臓が飛び出そうなほど驚いた恋次は、一切の音も気配も感じなかったユーノの出現に、この上ない恐怖を覚えた。
「って、いつからそこにいやがったんだテメーは!?」
「注意力散漫だったのは恋次さんの方じゃないですか。何か悩みがあるなら相談に乗りますけど?」
ユーノは親切心から恋次の話を聞こうとするが、恋次は溜息を吐いて何事もなかったかのように言葉を受け流した。
「・・・・・・別になんでもねーよ。ただ、なのは達が旅行に行ったって聞いたものだからな。ちったー羨ましいなとも思っただけだ」
「そうでしたね。まあ、日頃の激務を考えれば、四日間の休息でも短いように思えますけど。とは言え、なのはには愛娘と一緒に過ごせる時間を大切にしてほしいと僕は思っています」
なのはとヴィヴィオのことを思い浮かべるユーノの表情は、ここ最近の緊張感とは異なり、とても穏やかで優しいものだった。
「つーか思ったんだが、ユーノはなのはの彼氏な訳だろ? あいつの性格からして、一緒に行こうって誘われてもおかしくなかったんじゃないか?」
何気なく恋次が問いかけ、玉露を啜りながら様子を伺う。
「誘われましたよ。でも断りました」
意外な答えに、恋次は正直肩を突かれたような気がした。
「なのは達が居ない分をフォローするのが僕の役目みたいなものですし。それに――今の僕には余暇をゆっくり堪能していられるほどのゆとりもなければ、そのための資格もないんです」
「あ? なんだって?」
引っかかる言い回しに、恋次は思わず聞き返したが、ユーノは意図的に話題を逸らした。
「おっといけない。このあと用事があるので、僕は失礼します」
そう言い残し、ユーノは足早に隊舎を後にした。
恋次は、何かを隠しているかのようなユーノの様子が気になったが、結局のところ何もわからずに終わった。
『次のニュースです。広域次元指名手配犯・サラザールの行方を追って、管理局本局は捜査を進めていますが、依然として有力な手掛かりは掴めておりません』
ふとテレビから流れたニュースが耳に入る。恋次にとってはさして気に留める内容ではなかったが、この時――事件は確実に動き出していた。
*
第34無人世界「カルナージ」
川エリア 遊泳ゾーン
水着に着替えたヴィヴィオ達は、ホテルからほど近い場所にある遊泳可能な川へとやって来た。
「あたしいっちば――ん!!」
「あー、リオずるーいっ!」
「すげー! こんなに澄んだ自然の水、オレ初めて見たぜ!」
「都会にいたらお目にかかれなかったね」
都会育ちのヴィヴィオ達は、日頃目にすることのできない自然の川に大興奮だった。
「アインハルトさんも来てくださ――いっ!
「ホレ、呼んでるぜ」
「はい・・・」
ヴィヴィオの声を受け、ノーヴェの後押しを受けたアインハルトは、もじもじとしながらパーカーを脱ぎ、水着姿になって川へと向かう。
「あ。アインハルトさん、どーぞ――!」
「気持ちいいよ~♪」
ヴィヴィオ達は緊張気味のアインハルトを迎え入れ、やがてコロナが提案した。
「じゃあ、向こう岸までの往復みんなで競争ー!!」
「お――っ。負けないぞー!」
こうして始まった水泳競争に、半ば強制的に参加させられたアインハルト。最初は戸惑っていたものの、競争が始まると――
(・・・・・・あれ)
全力で泳いでいるはずなのに、どうしてもヴィヴィオ達に追いつけない。
(みんな――速い――!?)
「お。気付いたか・・・?」
ノーヴェは川岸でヴィヴィオ達を見守りながら、アインハルトに視線を向けている。
結局、アインハルトは水泳競争でヴィヴィオ達に勝つことはできなかった。彼女自身、体力も身長も筋力も上回っているはずで、単純な運動能力では負けない自信があったのに。
(――なんというか。みなさん本当に。元気いっぱい・・・・・・というか。その、元気・・・・・・すぎるような・・・・・・?)
その後も川での遊びが続き、アインハルトはヴィヴィオ達の有り余る体力に感心しきりだった。
やがて、アインハルトは体力の限界を迎え、一旦川辺で休むことに。ヴィヴィオ達は依然としてボール遊びに興じ、楽しそうに笑っている。
「やっぱり水の中はあんまり経験ないか」
すると、ノーヴェが飲み物を手に近づいてきた。アインハルトはどこかショックを受けた様子で、正直な感想を漏らした。
「体力には少し自信があったんですが・・・」
「いや、たいしたもんだと思うぜ。あたしも救助隊の訓練で知ったんだけど。水中で瞬発力出すのはまた違った力の運用がいるんだよな」
「じゃあ、ヴィヴィオさん達は・・・」
「なんだかんだで週二くらいか? プールで遊びながらトレーニングしてっからな。柔らかくて持久力のある筋肉が自然に出来てんだ」
その話を聞いた瞬間、アインハルトは表情には出さなかったものの、内心で強い衝撃を受けた。
一方で、覇王流を極めるために孤独な修行を選び、己との対話を重んじてきた自分。もう一方で、友達と楽しい学生生活を送りながら、遊びの中でトレーニングを重ねるヴィヴィオ達。訓練の仕方が違うとはいえ、ここまでの差が現れるとは思ってもいなかった。
「どーだい。ちょっと面白い経験だろ? 何か役に立つ事がありゃさらにいい」
「はい・・・・・・」
「んじゃ、せっかくだから面白いもんを見せてやろう。ヴィヴィオ、リオ、コロナ、バウラ、ミツオ!」
ノーヴェはアインハルトに何かを見せるため、ヴィヴィオ達に声をかけた。
「ちょっと『水斬り』やってみせてくれよ!」
「「「「「はぁ――いッ!」」」」」
「水斬り・・・?」
聞き慣れない言葉にアインハルトが首を傾げると、ノーヴェは笑って答えた。
「ちょっとしたお遊びさ。おまけで打撃のチェックもできるんだけどな」
百聞は一見に如かず。ノーヴェと共に、アインハルトは横一列に並んだヴィヴィオ達を凝視する。
一様に構えを取った彼らの中で、最初に動いたのはコロナとミツオだった。
「「えいっ(やぁっ)!」」
二人は右腕で正拳突きを繰り出し、拳に乗せた魔力を前方に放った。
すると、川の水が勢いよく浮き上がり、まるで水を斬ったかのように二つに裂かれて前方へと押し出された。
「いきますっ!」
「オレも!」
続いて、ヴィヴィオ、バウラ、リオの三人が正拳突きを放ち、全員が見事に水斬りを成功させた。アインハルトは初めて見るこの技に興味津々だった。
「アインハルトも格闘技強いんでしょ? 試しにやってみる?」
ルーテシアに促され、アインハルトは一瞬迷ったものの、静かに答えた。
「――はい」
彼女は水の中へ入り、脳内で運動理論をもとにシミュレーションを行った。ヴィヴィオ達に倣い、右腕を軽く後ろに引く。
(水中じゃ大きな踏み込みは使えない。抵抗の少ない回転の力で、できるだけ柔らかく――)
ヴィヴィオ達が見守る中、アインハルトは正拳突きを放つ要領で水斬りを試みた。
刹那、水中で大きな水柱が立ち上り、アインハルトは自分の行った動作が予想外の結果を招いたことに驚愕した。
「あはは・・・! すごい天然シャワー!」
「水柱、五メートルくらい上がりましたよ!」
「・・・・・・あれ?」
思った通りの結果にならなかったアインハルトに、ノーヴェが近づき「おまえのはちょいと初速が速すぎるんだな」とアドバイスをした。
「初めはゆるっと脱力して、途中はゆっくり・・・インパクトに向けて鋭く加速」
ノーヴェは説明しながら、実際に水中で右脚を使って水斬りの動きを見せた。
「これを素早くパワー入れてやると――」
今度は力と速さを加え、完璧な水斬りを披露した。川の底まで見えるほど水が干上がり、完全に裂けた状態になった。
「――こうなる」
その完璧なデモンストレーションを見たアインハルトは、先ほどの失敗を踏まえて再び構えを取った。
(――構えは脱力。途中はゆっくりインパクトの瞬間にだけ・・・)
教えてもらったことを忠実に再現すべく、全神経を集中させ、再び水斬りに挑む。
「撃ち抜く!」
次の瞬間、今度は水柱が上がることなく、真っ直ぐに水が前方へ放たれた。
「あ! さっきりよりちょっと前に進みました!」
「すっげーや!」
「筋がいいんだね」
ヴィヴィオ達は、無事に水斬りを成功させたアインハルトを称賛した。
「も・・・もう少しやってみていいですか?」
「はいッ!」
「どんどんどうぞー!」
当初こそ水遊びに消極的だったアインハルトも、水斬りを成功させたことで気持ちが変わった様子だった。ヴィヴィオ達との交流を通して、彼女の心情に変化が生まれたことを、ノーヴェとルーテシアは温かく見守った。
しかし、そんな楽しげな様子を、何者かが陰から監視していた。
複数のモニター画面に映し出されるカルナージ全体の様子を、監視カメラが捉えている。その映像を凝視しながら、モニター係をしていた男が近くにいる人物に報告した。
「サラザールさん。妙な連中が集まってますぜ」
「ちっ・・・・・・。せっかく良い隠れ蓑を見つけたと思ったのによ。ここでのシノギは過去一上手くいってるんだ。誰にも邪魔されるわけにはいかねー」
悪態をつくその男には、サソリの刺青が左腕から頬にかけて刻まれており、見る者に威圧感を与える風貌だった。
やがて椅子から立ち上がると、男はモニター画面に映る無邪気に遊ぶヴィヴィオ達を見て、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「いいぜ。欲しいもんは力づくで奪い取る。それがこの世の理(ことわり)ってやつだ」
*
第1管理世界「ミッドチルダ」
首都クラナガン郊外 廃棄都市区画
一方、ユーノは一人、廃棄された都市区画に足を踏み入れていた。
治安が悪く、浮浪者が集うこの場所に好んで足を運ぶ者は殆どいない。それでもユーノが敢えてこの地を訪れたのには理由があった。
目的は、裏社会で暗躍する凄腕の「情報屋」と接触するためだった。ユーノは無限書庫だけでは入手が難しい情報を、複数の情報屋から買い求めており、特に裏社会の情報を扱う者は限られている。
指定された場所で待つこと数分。直接顔を見せないという条件のもと、ユーノの元へその情報屋が現れた。
「これはこれは。まさかの翡翠の魔導死神からのオファー、光栄だ」
「アストライアーさんの残した伝手を頼って来た・・・・・・手間をかけてすまない」
声の調子からして、年齢は二十代から三十代といったところだろう。煙草を吹かしながら、僅かに視界に入ったその姿は、白髪のセミロングに、左目の泣きぼくろが特徴的な黒のテーラードジャケットを纏う男だった。
「蛇の道は蛇。裏社会の情報は裏社会の人間に聞くのが一番か・・・・・・なるほど、賢明な判断だ。アストライアーの旦那は捕まったそうだが、ありゃあんたがやったんだろう?」
その男――ゴダイは、ガセ情報が飛び交う裏社会において、屈指の情報精度を誇り、表の法執行機関である管理局の情報網を遥かに凌駕していた。
ユーノがかつて逮捕したアストライアー・スカイラインも、彼の顧客の一人であり、その逮捕劇がユーノの手によるものだったことを、ゴダイはすでに掴んでいた。
「噂に違わぬ精度だ。ならば単刀直入に話そう。カルナージで薄汚い連中が不穏な動きをしていないか知りたい・・・数日前に見た予知夢がどうにも気になって仕方ないんだ」
ユーノが話を切り出すと、ゴダイは再び煙草をふかしながら語り出した。
「結論から言うと・・・そのカンはビンゴだよ。さすがは天下に名高い翡翠の魔導死神としか言いようがない。一体どんなセンサーを持ってるんだい?」
ゴダイもまた、ユーノの人間離れした直感に驚嘆していた。
やがて、ユーノの質問に応えるため、ゴダイは一枚の写真を取り出し、ユーノに見せた。
「旦那は『サラザール』・・・って男を知ってるかい?」
「広域次元指名手配されている武器商人だろ。年齢・国籍ともに不明。反管理局思想を掲げる異世界に質量兵器を流して紛争を助長した怪物・・・」
「そいつを匿ってる半グレが、カルナージに潜伏しているんだ」
ゴダイによれば、半グレ集団の名は『ギガデス』と呼ばれる新興の組織で、反管理局を掲げた過激思想を持つグループだという。
「最近、ミッド市内の半グレ界隈で出回ってる質量兵器・・・あれはその流し物だ」
「とんでもないな。しかし、そんな大物がどうしてイチ半グレ組織に紛れてるんだい?」
「管理局も奴を捕まえようと本気になってる。捕まれば100パーセント終身刑だ」
「だから、弱小半グレ組織へ身を隠しているのか」
「ああ。新興の半グレ共の中に大物がいるなんて思わないだろうからな。しかも、その状況を逆手に取って、ギガデスは大量の武器を調達している。加えて、奴らの資金の多くはネメシスへの上納金となっている」
「ネメシス、か・・・・・・」
ユーノにとっては耳障りな名前だった。アンゴルモア回収任務の際に衝突した次元世界最大の犯罪シンジケート――それが『ネメシス』である。以来、機動六課は遠い未来に渡って、その因縁に巻き込まることとなった。
「今はまだ弱小組織だが、サラザールを味方につけた『ギガデス』は急速に力を増している。いずれは、武器密売のノウハフを身に付けて、次元世界のあちこちに武器をばら撒くだろう。そうなれば、魔法に傾倒した軍事バランスは容易く崩壊するだろう」
ゴダイの言葉は決して大袈裟ではない。次元世界の仮初めの平和は、ほんの少しのきっかけで容易く崩れるほど薄氷を踏むものであり、魔法はその秩序と安寧をもたらす力であり、それ以外の力を極力排除してきた。
その秩序の外にある力――旧暦の時代に多く出回った、誰しもが簡単に扱う事ができ、世界を破壊しかねない質量兵器――は、その平衡を脅かしかねない脅威なのだ。
「ありがとう。よくわかったよ。報酬は色を付けておく。入用の際はまた連絡する」
欲しい情報を手に入れたユーノは、感謝の意を述べ、静かにその場を後にした。
(ギガデスだろうが、ネメシスだろうが関係ない・・・・・・なのは達に危害を及ぼす奴らを野放しにはさせない。僕の全存在を懸けて――この手で叩き潰す)
*
第34無人世界「カルナージ」
川エリア 遊泳ゾーン
「よーし、そろそろ戻るぞー」
「「「「「はーい!」」」」」
まもなくお昼の時間が近づいていた。川遊びに一区切りをつけ、ノーヴェはヴィヴィオ達を連れてロッジへ戻ることにした。
「うぅ・・・」
その時だった。不意にバウラが股間を押さえ、前屈みになった。
「どうしたの、バウラ?」
「悪い、みんな。急にトイレに行きたくなっちまった!」
バウラが尿意を訴えると、ミツオも苦悶の表情で手を挙げた。
「じ、実はボクも・・・!!」
「困ったなぁ。ロッジに戻らないとトイレはないし・・・・・・」
「がまんできないのか?」
ルーテシアの言葉を聞き、ノーヴェが再び二人に尋ねた。
「とてもじゃないけどムリー!」
「同じくッ!!」
膀胱が限界に近づいた二人に、これ以上我慢させるのは酷な話だった。溜息混じりに、ノーヴェは仕方なく野外で用を足すことを許可した。
「しょうがねーな。適当にその辺で済ましちまって来い。終わったら寄り道しないでまっすぐ帰ってくるんだぞ」
「「はーい!!」」
許可を得た二人は、足早に森の奥へと駆けていった。その様子を見ながら、リオが率直な感想を漏らした。
「いいなー。男の子って、いざって時は外でおしっこできるんだから」
「そこ、羨ましがるところかな?」
ヴィヴィオはリオを窘(たしな)めつつも、内心ではリオと同じことを思っていたが、それを口に出すことはできなかった。
ヴィヴィオ達が先にロッジへ戻った頃、バウラとミツオは森の中で堪えた尿意を解放し、至福の瞬間を味わっていた。
「ふーっ」
「大自然の中でのおしっこ、格別だな!」
「そうだね。ていうかバウラ・・・何もズボン全部下ろす必要はないんじゃないの?」
「わかってなーな、ミツオ! これが最高に気持ちいいんだよ! なんならお前も試してみろって!」
「嫌だよ! ボクは死んでバウラみたいにはならない!」
羞恥心を失ったバウラと、それを恥ずかしく思うミツオ。やがて用を足し終えた二人は、来た道を戻ろうとした。
「えっと・・・ロッジまでの道はたしかこっちだったような・・・」
だが、この時、二人はまだ気づいていなかった。森に仕掛けられた特殊な超音波装置によって方向感覚を失い、帰路を大きく外れていたことに――。
「あれ? おかしいな・・・・・・」
前へ進んでも、森から抜け出すどころか、どんどん奥へと進んでいるようだった。ミツオとバウラは次第に焦り始めた。
「おいミツオ! ほんとに合ってるのかよ!?」
「そのはずなんだけど・・・」
「まさか道に迷ったなんて言うなよ! あぁもう、なんでデバイス持ってこなかったんだよ!」
「水遊びしてたんだから仕方ないじゃないか! それに、すぐに戻るつもりだったし・・・」
見知らぬ異世界の見知らぬ森に取り残されるという事態は、子供の二人にとって大きなストレスであり、強い恐怖感を呼び起こした。
一刻も早く森を脱出したいと願いながら懸命に歩き続けると、やがて前方に開けた空間が現れた。
「おい、あっちになんかあるっぽいぞ!」
道なりに進んでいくと、森の奥に人の手が加えられた洞窟らしき巨大な穴を発見した。
「なんだろうこれ? この世界にはルールー家族以外はいないはずだけど・・・」
「この際なんでもいい! とにかく帰り道を教えてもらおうぜ!」
藁にも縋る思いで、バウラは危険を顧みず洞窟の中へと入っていった。
「あ、待ってよバウラ!」
ミツオも慌てて後を追った。
暗がりの中、洞窟の奥へと進むと、鉄筋やコンクリートで覆われた大部屋へたどり着いた。室内には人影はないが、全自動の機械が並び、何かを製造している様子だった。
二人は部屋を歩きながら辺りをきょろきょろと見回す。
「なぁミツオ・・・・・・ここってなんだろうな?」
「ボクが知るわけないでしょ」
「なんかの工場みたいだよな。しかも、こんな大掛かりなのがなんでこの世界にあるんだ?」
「嫌な予感しないって・・・・・・もう帰ろうよ、バウラ!!」
ミツオが本能的な危機感から引き返すことを勧めた。
「バカ! 誰のせいで帰れなくなったと思ってるんだよ!」
「それはそうだけどさ・・・・・・」
引き返すことができず、二人はなおも部屋の中を歩き続けた。
同じ頃、二人が迷い込んだことなど知る由もなく、この工場で密かに武器を製造していた半グレ集団『ギガデス』の構成員達は、忙しなく作業を続けていた。
怠けている部下がいないか厳しくチェックし、ギガデスのボスであるウルモフは、端末に届いたクライアントからの納品催促メールを見て、思わず舌打ちした。
「おぉ、お前らぁ! クライアントから注文の催促が来てるぞ、完成を急げッ!」
製造ラインに発破をかけつつ、ウルモフは忙しさとそれに見合わない収支状況に辟易していた。
「ったく・・・・・・天下の武器商人様が後ろ盾になってくれてるとはいえ、今月もカツカツかよ。ネメシスの連中も俺らの足元見やがるしよ」
弱小組織ゆえ、常に金欠状態のギガデス。シノギそのものは順調でも、ネメシスへの上納金が重荷となっていた。ウルモフは、いつか大成功を収め、ネメシスすら傘下に収めるという壮大な野望を抱いていた。
「おい、ミツオ。これなんだと思う?」
一方、バウラは工場内で何かを発見した。ミツオと共に確認すると、無造作に箱詰めされた大量のピストルが並んでいた。
「見たところ、モデルガン・・・とかじゃない?」
「そうか! ここはモデルガンの製造工場だったのか!」
合点が入った様子で、バウラは何の躊躇もなくピストルを手に取った。
「あ、バウラ! 勝手に触ったらダメだよ!」
「いいじゃんかよ、ちょっとくらい。すげー、よくできてるぜ。この質感・重さ、本物そっくりだぜ。ミツオも持ってみろって」
言うと、もう一丁のピストルを手に取り、ミツオに渡した。
「うわあああ! た、確かに、ずっしりくるね」
渡されたピストルの重さに、ミツオも驚いた。
「へへ、格闘技もいいけど、やっぱ男はこれっしょ! バーンってな!」
と、バウラが面白半分で引き金を引いた瞬間――
バンという音を上げ、銃口から鉛の弾丸が放たれた。
「「うわあああ!! ほ、本物の銃だ!!」」
二人は驚愕し、ピストルを落とした。
その音に気づいた工場の構成員達は作業を中断し、ウルモフは監視カメラで二人を確認すると部下達を引き連れて向かった。
「おい誰だ? 俺達の秘密工場に忍び込んだのは?」
「「秘密工場!?」」
「ボス、こいつらガキですぜ!」
「なんでガキがこの無人の世界にいやがるんだ?」
明らかにガラの悪い男達に囲まれ、二人は恐怖で体を震わせた。
「ぼ・・・ボクたちはバカンスでこの世界に来ただけですッ! み、み、道に迷ったらたまたまここに入って来ただけなんですッ・・・!!」
「そ、そうなんだよ! だからお願い、見逃してください!」
「ダメだな。たとえ子供でも俺らの仕事を見られちまった以上、タダで帰すわけにはいかない」
「ウルモフさん、こいつらどうします? 殺しますか?」
部下が尋ねると、ウルモフは二人を睨みつけ、下卑た笑みを浮かべた。
「いや、待て。良いこと思いついたぜ。こいつら使い用によっては、いい交渉材料になる」
ウルモフは子供達に恐怖を与える笑みを浮かべ、彼らの顔に近づいていった。
「喜べ、ガキども。俺は寛大な男だ。本来うちのシノギの邪魔をする奴は縛り上げて、なます斬りの刑にしてやってるところだが・・・・・・せっかくのバカンスを自分(てめぇ)の血で真っ赤に染めるのはあまりに残酷な最期だよな。俺だってガキを無慈悲に甚振るのは心が痛い。だからよ、もっとイイコトの為に力を貸してもらうか?」
ウルモフとギガデスの構成員達は、悪意に満ちた笑みを浮かべながら二人を囲み込んだ。
「「あああ・・・・・・!」」」
魔導虚(ホロウロギア)とはまた違う脅威に晒され、バウラとミツオは恐怖に全身の血の気が引いていくのを感じた。
*
アルピーノ家 併設旅館「ホテルアルピーノ」
その頃、トレーニングを終えたなのは達は、先に昼食の準備を進めていたが、川遊びから戻ったヴィヴィオ達から、バウラとミツオの二人がまだ戻っていないとの報告を受けた。
「じゃあ、バウラ君とミツオ君の二人だけ、まだ戻ってこないの?」
「うん・・・トイレに行くって言ったきり」
「二人の荷物もデバイスもロッジに置きっぱなしだったし、連絡の取り様がありません」
「もしかして、間違って森の奥まで入っちゃったのかもしれないわねー」
なのはは、二人の身に危険が迫っている可能性を感じ、すぐに捜索を開始しようと決断した。
「よし。手分けして探そう。私達が森の奥を探すから、ノーヴェ達はもう一度川沿い付近を探してみて」
と、直ちに捜索を開始しようとした矢先だった。
〈Flying object approaching! Please evacuate!(飛翔物体接近! 退避してください!)〉
突如、レイジングハートが警告を発した。驚くなのは達が周囲を確認すると、エリオが飛来する物体に気づいた。
「な! なんだあれは!」
高速で飛んでくる飛翔物体――それは、戦場でよく見られるロケットランチャーの弾頭だった。こんな平和な世界には不釣り合いな、殺戮のための兵器だ。
「みんな、避けて!!」
「「「「うわあああああああ」」」
何故ロケットランチャーがという疑問よりも先に、なのははヴィヴィオ達を直ちに避難させると、慌てて防御壁を展開する。
瞬時に判断したなのはは、ヴィヴィオ達を避難させると、防御魔法を展開した。
ロケットランチャーの弾頭はバリアに衝突し、爆発した。なのはは質量兵器の威力を前に、険しい表情を浮かべる。
「なのはさん!」
「大丈夫。それよりもヴィヴィオ達は?」
「ママ、わたし達は平気だよ!」
「一体、何がどうなっているんですか?」
「わからない。だけど、今のは明らかに質量兵器だった。しかもこちらを明確に狙ってた!」
「誰がそんなことを?!」
「俺達だよ」
突然、謎の声がその疑問に答えた。バギーに乗ったガラの悪い集団が現れ、その先頭に立つ男――ウルモフは、下卑た笑みを浮かべてなのは達に呼びかけた。
「手荒な挨拶ですまなかったなー。それにしても今の一撃を防ぐとは・・・あんたら只者じゃねーな。ゾクゾクするぜ」
「・・・あなた達は何者ですか?」
犯罪者であることはほぼ確実と判断し、なのはは眉間に皺を寄せ、その素性を問うた。
「俺らは武闘派の『ギガデス』だ。絶賛売り出し中だから、ヨロシク!」
「ざけんじゃーぞ! ここはお前ら腐れギャングが居ていい場所じゃねーんだよ!」
ノーヴェは理不尽な攻撃とウルモフの挑発的な態度に憤りを隠さず、強い口調で反駁した。
「ひっでぇなぁ。あんたらは優雅にバカンスして、俺達はするなってか。お高く止まりやがって。同じ人間なのに、なんでこんな不当な差別を受けなきゃならねーんだか」
部下の一人がウルモフに目配せし、話を進めるよう促した。
「おーそうだったな! いやー、実はあんたらのツレがよ、うちのシノギの邪魔をしちまってな・・・・・・ちょいとお礼参りに来たんだ」
ウルモフは言うと、部下から猿轡(さるぐつわ)をされたバウラとミツオを引き渡され、なのは達に見せつけた。
「「んんんん!!!」」
「バウラ! ミツオ!」
「今すぐ二人を解放しなさい!」
バウラとミツオの姿に、フェイトは憤怒の表情で威嚇した。しかし、ウルモフは意に介さず、へらへらと笑いながら二人の顔にナイフを突きつける。
「こいつらは人質だよ、見りゃわかんだろ? ガキどもの命を助けてほしかったら、迷惑料として3億G用意してもらうか。それとここの施設は今から俺らが自由に使わせてもらう」
「さ・・・3億!?」
「そんな無茶苦茶な要求が通るもんですかッ!」
「イヤならいいんだぜ。そんときはこいつらをなます斬りにするだけだからな」
「「んおおおおお!!!!」」
ウルモフはナイフを二人の顔にギリギリまで近づけると、猿轡で悲鳴を上げるバウラとミツオは恐怖で震えた。
「やめて!! お願いだからそれだけはやめて!!」
ヴィヴィオは友人が苦しむ姿に耐えきれず、涙を浮かべながら必死に二人を傷つけないよう懇願した。
「メガーヌさん・・・・・・どうしますか?」
なのはもまた二人に危害が及ぶのは避けたいと考えていた。メガーヌも同じ思いであり、断腸の思いで要求を受け入れることを決めた。
「・・・・・・やむを得ないわね。それであの二人が助かるなら・・・・・・」
「ママ! こんなの罠に決まってるよ! あいつら約束を守る気なんてさらさらない、ホテルアルピーノ(ここ)を明け渡す必要なんて・・・!」
「それでもあの二人の命には代えられないわ」
ルーテシアの指摘はもっともだが、メガーヌは子供達の命を優先し、彼らの要求を受け入れた。
「ここは大人しくあいつらに従おう」
「・・・・・・わかりました」
人質に取られたバウラとミツオを救うため、なのは達は屈辱的だがギガデスの要求を受け入れることにした。
「そんな・・・・・・どうしてこんなことに・・・・・・」
楽しいはずの休暇が一転し、最悪の事態に陥った現実に、ヴィヴィオはこれが悪夢であればいいと願った。
*
第1管理世界「ミッドチルダ」
機動六課 総合司令室
「緊急事態や!」
カルナージでの非常事態は即座に機動六課へと報告され、はやては全メンバーを招集し、状況を説明した。
「先ほど、レイジングハートからの緊急信号をキャッチした。カルナージで休暇中の高町隊長らが『ギガデス』と名乗る半グレ集団と遭遇。旅行に同伴していたバウラ・ウシヤマ君とミツオ・スドウ君の両名が人質となったとの事や!」
「そ、そんな!」
「くぅぅ。なんという卑劣な・・・」
「で、その半グレ共の要求はなんだよ?」
鬼太郎が問いかけると、はやてはレイジングハートから送られたギガデス側の要求を読み上げた。
「『これから二十四時間以内に以下の二つを要求する。一つは、身代金として3億Gを用意すること。もう一つは、ホテルアルピーノの経営権と施設利用の権利を譲渡すること。いずれからの条件が達成できなければ、人質として子供達を一人ずつなます斬りにして殺す』・・・と言っとるそうや」
「ほう、そりゃ絵に描いたみたいにカス共の集まりみたいだな」
「はい・・・頭が沸騰しておかしくなってしまいそうです」
ヴィータと金太郎は、あまりにも理不尽な要求に激しい怒りを覚え、今にも行動に移そうとしそうだった。
「八神部隊長! すぐに動き出しましょう!」
「ダメや」
シグナムが強く進言したが、はやては渋い表情を浮かべながら首を横に振った。その様子に、他のメンバーは驚き、戸惑いの色を隠せなかった。
「どうしてですか!? なぜ動いてはいけないんですか?」
ギンガは皆を代表して問い詰めた。はやては苦渋の表情で、重い口を開いた。
「私達が派手に動けば、相手を刺激することになる。それはすなわち、人質の身を危険に晒すのと同義や。まずは、人質の命が最優先や」
「おい、そんな悠長なこと言ってる場合かよ! 半グレ共の言いなりになったところで、あいつらが無事に帰ってくるって保証がどこにあるんだ!?」
「わかってますよ!! せやけど・・・・・・人命は惑星よりも重たいんです!!」
その言葉は、かつて日本で起こったハイジャック事件の際に、超法規的措置として犯人の要求を受け入れた当時の首相の答弁を思い起こさせた。
管理局員としての職務と、友達やその家族を救いたいという思いの間で、はやては何度も悩み、葛藤し、最終的に人質の安全を優先する判断を下した。
彼女の決断は、人としては正しい判断であったかもしれない。
しかし、それは同時に、自らの手で部隊の行動を封じる選択でもあった。前線のメンバーも内心では納得できていない様子だったが、上司の指示に従わざるを得なかった。
「クソったれが!! なにも出来ねーのか! 俺たちはよぉ!」
身動きを封じられた事に対し、恋次は抑えきれない怒りを壁に叩きつけた。
「あれ・・・? そう言えば店長は?」
その時、浦太郎がふと口を挟んだ。はやてや他のメンバーが集まっているにもかかわらず、いつも冷静に対処しているユーノの姿がどこにも見当たらなかったのだ。
はやてが反応するよりも早く、メンバーの間に一瞬の沈黙が流れる。
*
第34無人世界「カルナージ」
一方、カルナージでは、逸早く現地に乗り込んだユーノが、ホテルアルピーノの周囲で不穏な気配を感じ取っていた。
(・・・・・・妙だな。空気が張り詰めている。この平和なはずの場所で、何が起きている?)
ホテル周辺の風景に何気なく目を向けると、周囲の自然の静寂とは裏腹に、ユーノの魔力感知が異常な動きを捉えていた。
(質量兵器の反応・・・・・・まさか、もうここに・・・・・・?)
ユーノは即座に対策を講じるべく、周囲に注意を払いつつ、次の行動に移る準備を整えた。
短編:死のダイエット薬
俺の名前は浅野啓吾――どこにでもいるイケメンラーメン屋店主だ(嘘だ)。
例の新型感染症の影響で自粛が続く昨今だが、現在頭を悩ませていることがある。
「しっかし、太ったなあ・・・」
そう、日々着実にデブになっているということだ。
密ですオバさんが不要不急の外周を控えろと言っているから、その言いつけを守って俺はなるべく外に出ない生活をしてきた。
だから必然的にどうしても運動不足になってしまう。
感染リスクを承知でランニングをするのもどうか。うーん、どうするよ?
あえて気にしないって言うのも何だし健康に良くないってのは事実。アラサーとはいえ二十代のこの身としては、だらしない体型でいる訳にもいかない。そうでなくたって最近は女の子とデートできた試しがねーんだからよ!
大体、俺は学生時代から妙に凶運持ちなんだ。やっぱあれかな、知り合いの死神代行が色々ドンパチやらかして、俺自身にも霊が見えるようになってからケチが付け始めたな。
そんな訳で部屋でできるダイエット運動を検索していたら、
「ん? なんだこれ? 爆痩せサプリだと?」
ウェブサイトの脇に出た広告に目が留まった。
“一か月飲んだら30キロ痩せる”と言うトンデモない謳い文句・・・
「流石にこれは盛りすぎだろう」
飲むだけでここまで痩せられるならこの世にデブなんかいない。
とはいえ、この頃の科学の進歩は目覚ましい。
「例の感染症に有効なワクチンも案外早く出来た事だし、変異株にも有効な薬もこの数か月で出来そうな勢いだからな・・・」
これはもしかしたら、もしかするのかも・・・
この現状を打破するには騙されるリスクくらい大したことない。
「効かなくても数千円ぽっちだ。その内総理がまた10万円給付を出してくれるだろうしな」
俺は購入手続きをすることにした。
一週間ほどして届いた薬は瓶詰めのカプセル錠タイプだった。
「一日二錠ね。了解了解」
用法容量はきちんと守る。身の安全を図るために重要だ。
薬を飲んで少しすると――
「お・・・おおお! なんだか体が熱くなってきたぞ!」
汗もしっかり出てきたし、絶対に気のせいじゃない! これが脂肪の燃える感覚か!!
その効果は翌朝まで続き汗で布団のシーツを換えないといけないほどだった。
「すげぇ効き目だ。痩せ薬って本当にあるんだな」
これがあれば元の体型を取り戻すことができる!
その効果を身をもって体験した俺は次の日も痩せ薬を飲んだ。
「マジかよ・・・たった二日目で腹が凹んできたぞ」
体重が減るのは嬉しいが、この効き目はいくらなんでもヤバくないか?
汗のかき過ぎで疲れるし脱水症状になるかと思ったもんなあ。
冷静になってから気づいたけど、何か嫌な予感がする。大丈夫なんだろうな?
とはいえ家にいながら短期間で体重を落とすにはこれしかないだろう。
「もう一日使ってみて・・・ヤバそうだったらやめることにしよう」
明日で腹も凹み切るかもしれないしな。
そう考えて三日目に突入したのだが、俺の認識は甘かった。
「グアア・・・暑い・・・暑いいいいい!!」
寝ている時、身体が尋常じゃない熱を持ったんだ。
内側から体が煮られるような暑さ・・・霞がかる思考・・・
「ぐああ・・・ああ・・・」
この感覚には覚えがある。熱中症だ。
このままでは死ぬ・・・と感じた俺は最後の力を振り絞り、親友(俺は思っている)の小島水色にラブコールした。
『啓吾? こんな夜更けに何? 僕はナナミさんと合体してて忙しい・・・』
「助けてくれ・・・薬を飲ん・・・熱中症に・・・」
そこまで言って俺の意識は闇に沈んでいった。あのとき、なぜ119番ではなく水色に連絡したのかは俺もよくわからなかった。
次に眼が覚めると見覚えのある病院だった。
「気が付いたか。ったく・・・お前って奴はなにやってるんだよ」
悪態をつきながら俺に話しかけてきたのは、煌々のクラスメイトで死神代行をしながら医者をしている黒崎一護だった。どうやらあのとき状況を察した水色が情事を切り上げて一護に連絡してくれたんだろう。
水色・・・マジ卍だぜ! 同時にいつか殺してやりたかった!
「一護・・・助けてくれたのか?」
体のだるさを押して一護の方を向くと、あいつは呆れがちに俺に言って来た。
「啓吾よ、今回はまたエライもんに手を出したな」
「やっぱりあの薬はヤバかったのか・・・?」
「自覚があるならなんで止めなかったんだよ? もう少しで死ぬところだったんだぞ」
死ぬ・・・だって!?
「啓吾、今回お前の症状はDNPによる薬物中毒とそれに伴う熱中症だ」
「D・・・N・・・P・・・?」
「ジエチルフェノールつう爆薬の製造過程で作られる化学物質でな、有り体に言えば猛毒だよ」
「猛毒・・・!?」
一護の説明によると、このDNPという物質は体内の脂肪を強制的に分解するらしい。それだけ聞けばいい事だがそこには危険な落とし穴がある。
「本来脂肪の分解で生まれるのは運動の為のエネルギーだが、DNPはその代わり熱にしてしまうんだ」
「するとどうなるんだよ?」
「際限なく体温が上昇して熱中症で死ぬわな」
あっさり言ってくれるなオイ・・・!
海外にある死亡例だと体温が43度まで上がり、まさしく内部から燃やされた状態になったらしい。
「熱中症だけで済んだのはむしろ幸運だぜ。時には後遺症として脳障害が出ることもあるんだ」
「うう・・・」
さらにはこの薬、発がん性もあるという。まさしく猛毒だ。
結局俺は一週間ほど入院する羽目になった。
「毒入りダイエット薬が普通に売られてるなんて、ネット通販は怖いな・・・」
この薬はマジであるからな。みんな得体の知れないモノには手を出すなよ。
おわり