ユーノ・スクライア外伝 PARALLEL STORY   作:重要大事

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新章前日譚
第51話前伝「魔都に誘われて 1」


新歴079年 7月13日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 アドバイザー室

 

 ユーノ・スクライアは、アドバイザー業務の合間に手紙の仕分け作業に追われていた。段ボール箱いっぱいに詰め込まれた膨大な量の手紙を前に、彼はただでさえ限られた時間を割いて悪戦苦闘している。

「えーっと、ユーノ・スクライア様・・・ミスタージェイド・・・」

 声に僅かな疲労が滲む。その内心を吐露するように、彼は小さくぼやいた。

「まったく。仕分けするだけでこんなに手間がかかるなんて・・・・・・不幸の手紙とかも混じっていそうだなー」

 苦笑しながらも作業を続けていると、室内のブザーが突然鳴り響く。

「はいどうぞー」と軽く声をかけると、自動扉が開き、見慣れた面々が姿を現した。

「店長ー! また届いたっすよー!」

 段ボール箱を抱えたスクライア商店のメンバーが、にこやかな表情で歩み寄る。その手には、今まさに仕分けている手紙と同じような箱が更に積み上げられている。

「お忙しいところ申し訳ないのですが、こちら今月の追加分になります」

 机の上に置かれた箱の重みが僅かに響く。その瞬間、ユーノは目の前に増えた手紙の山を見て、思わず眉を顰めた。

「げっ! また増えたの!? さすがにいい加減勘弁してほしいんだけど」

 大きな溜息を吐くその姿には、呆れと諦めが入り混じっている。そんな彼の様子を見た浦太郎が、羨望と嫉妬の交じった声音でぼやく。

「あ~あ、いいーよね人気者は。困るほどたくさんファンレターもらえるんだから。僕ちんだってカワイ子ちゃんから、キャッキャウフフってされたいよー」

 ユーノは苦笑しながらも真剣な面持ちで応じた。

「それは浦太郎の思い違いだよ。だいたい、僕はなのは一筋だ。何より彼女は字面越しですら女性と会うのは許さないと豪語してるんだよ。女性から貰うファンレターが見つかるようなものなら、即座に『お話ししようか♪』って・・・・・・世界一怖い笑顔で詰め寄ってくるのは目に見えてる」

 この発言を受け、なのはの恐ろしい笑顔とレイジングハートの起動する姿が頭をよぎり、メンバー全員に寒気が走る。その一瞬の沈黙に、ユーノの苦労がどれほどのものかが鮮明に伝わるようだった。

「そりゃータチ悪いっすねー」

「たしかに、ちょっとメンヘラ気質あるよね。なのはちゃん」

「おいたわしや店長」

 同情の声があがる中、浦太郎はふと箱の中から一通の手紙を手に取った。

「ん? これは‥‥‥」

 それは、他の手紙とは一線を画すような特別な雰囲気を漂わせていた。宛先を確認した浦太郎は、驚きの表情を浮かべながら声を上げる。

「店長、これ見てくださいよ!」

「なんだい、不幸の手紙かい? それとも殺人予告か何か?」

「そうじゃなくて、地球からです。それも香港(ホンコン)からのエアメール!」

「っ!! まさか・・・・・・」

 その地名を聞いた瞬間、ユーノの瞳が鋭く光を帯びた。彼は慌てて手紙を受け取り、裏返して差出人を確認する。そこに記された名前を見た瞬間、彼の顔にはぱっと笑みが浮かんだ。

 中国語で「李 小狼」と記された便箋。その名前に触れた瞬間、ユーノの胸には過去の記憶が蘇った。

(思えば、もう一年になるんですね・・・・・・――小狼(シャオラン)さん)

 

           ≒

 

一年前――

新歴078年 6月8日

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「香港、ですか?」

 ユーノのスマホにかかってきた一本の電話。その発信者は、彼が地球において深く尊敬する考古学の教授だった。

『ひさしぶりにきみとゆっくり話がしたいと思っていたし、何より、ぼくは考古学者としてのユーノ君のことを相当に高く評価しているからね』

 電話越しに響く穏やかな声には、温かみと親しみが溢れていた。しかし、それを正面から受け止めるユーノの心には、僅かな引け目がよぎる。

藤隆(ふじたか)さん・・・・・・お気持ちは非常にありがたいですし、是非ともそうできればと思っています。ですが、今の僕には、自分の手で果たさなければならないことがあって」

『そうか・・・・・・まあ、きみの事情を察するわけではないが、学会自体はリスナーとして参加するだけでも気軽なものだから』

 藤隆の優しい提案に、ユーノの胸の内が微かに(きし)む。かけられた信頼に応えられない自分を、自責の念が覆う。

「そうですね・・・・・・」

 言葉を繋ぐ間も、彼の脳裏には過去の記憶が鮮明に蘇っていた。炎に包まれた集落、土埃に掻き消された叫び声。

 ――スクライアの未来はおまえに託す。

 耳元に甦るその声は、冷たく鋭い刃のように胸の奥を刺す。逃れようのないその記憶は、ある少女の瞳と重なった。

 ――ユーノの住んでるところでもお星さまは見れる?

 ――みんなが平和で暮らせる世界になってほしい。

 アフリカの地で出会い、信頼を寄せ合った彼女の最期。守るべき存在を目の前で失った無力感が、今なお彼を縛り付けていた。

「・・・・・・僕なんて、藤隆さんや他のご高名な方々から見れば、小生意気な若輩でしかないのに」

『謙遜はよしてくれ。むしろ、きみのような未来ある若者が必要なんだ』

 その言葉には、揺るぎない期待が込められていた。しかし、ユーノはその重みに直面することなく、軽い笑みで流してしまう。

『それにね、ユーノ君――ぼくが香港に誘ったのは、学問探求のためだけじゃない。きみが新しい一歩を踏み出せる場所があると思ったからだよ』

「新しい一歩・・・・・・ですか」

 その響きは、ユーノにとって夢のような響きを伴っていた。いくら手を伸ばしても、過去に縛られた自分には届かないものに感じられる。

『それともう一つ、ユーノ君のことを彼に話したら、彼もすごく興味を持ってくれたんだよ』

「彼? どなたですか?」

『それは現地でのお楽しみだよ。きっと、ユーノ君も気に入ると思う。そうだ、もしよかったらご家族の方もご一緒にどうだろう?』

 藤隆からの思いがけない提案にユーノは思わず「え」と声を漏らし、少し驚きがちに返事をする。

「いいんですか? 藤隆さんにご迷惑をおかけするんじゃ?」

『ぼくは気にしてないよ。知り合いの伝手もあってね、航空券の手配や宿泊先はこちらで用意可能なんだ。きみのように若くして多くを背負っている人間には、たまには新しい景色を見てほしいと思うんだ』

 まるで自分の複雑な事情を察して理解してくれているような藤隆からの温かい気づかいに、ユーノは破顔一笑してから電話越しに感謝を述べる。

「ありがとうございます。では、日程の調整を――」

 スマホを切った後、ユーノはしばらくその場に立ち尽くした。藤隆の言葉が、静かに心の奥へと染み込んでいく。

「新しい景色か・・・・・・」

 小さな吐息を漏らし、気を取り直して茶の間へ向かった。

 

『今夜のふしぎの舞台は、ゼロからわかる香港。独特の文化を形成する東アジアの世界都市をフィーチャーしよう! 日経(ひたち)・世界でふしぎ発見!』

 茶の間に戻ると、鬼太郎達がテレビの教養クイズ番組を見入っていた。画面には「ゼロからわかる香港」と銘打たれた特集が映し出され、ナレーションが香港の歴史と文化を軽快に紹介している。

 画面の向こうに広がる異国情緒溢れる街並みを眺めながら、鬼太郎は呟いた。

「いいよなー。俺も一度でいいから海外旅行してみてーよ。あ~あ。香港の料理ってさぞウマいんだろうな!!」

 その言葉に応じるように、浦太郎が自分の妄想を膨らませる。

「料理もそうだけど、かわいい子もたくさんいるんだよねー。『東洋の魔都』って言われるほどでさ、きっと魅惑の美女がわんさかと・・・・・・♪」

 浦太郎が心の中で描く甘美な幻想に、金太郎が冷静に割り込んだ。

「香港はかつて――イギリスによる植民地支配を長らく受けていた。その影響もあってかイギリスの文化が流入し、中国古来の文化と折衷した独自の文化圏を醸し出していると聞く」

「そ。だからね。香港にはイギリスと同じく魔法使いが住んでいるんだよ」

 ユーノがさらりと付け加えると、鬼太郎が軽く驚いた様子で振り向いた。

「へー。店長以外にも魔法使いっているんっすねー」

「ちょっとちょっと。先輩ってば、魔法使いならここにあと二人いるでしょ?」

 浦太郎が不満げに指摘すると、鬼太郎は一瞬眉を顰めた後、大声で笑い出した。

「いや、亀は魔法使いっていうより詐欺師だろ? 熊にいたってはただのゴリゴリの変質者だしよっ! だっはははははは!!」

「もう一度言ってみろ」

 直後、金太郎が鬼太郎に向けて圧力をかける。その目は鋭く、声には冷たい鋼の響きが宿っていた。

「ふぎゃあああああああ!!! 今の無し!! 悪かった!!! 俺が悪かったからよ!!!」

 鬼太郎が慌てて謝罪する様子を横目に、ユーノは湯飲みを手に取り、静かに番茶を啜った。いつもの賑やかなやりとりが続く中、彼はふとテレビ画面に目を向けた。香港の街並みを映す画面を眺めながら、藤隆との電話が脳裏をよぎる。

 新しい景色――自分には無縁と思っていたその言葉が、家族同然の仲間達との賑やかなひと時の中で、少しだけ現実味を帯びて感じられた。

「香港なんだけどさ――僕ね、近々行く予定があるんだよ」

「「「!?」」」

 その言葉を聞くや否や、従業員達の視線が一斉にユーノへと向けられる。

「ま、マジで行くんすか!? 香港に!?」

「いつ? どうして? もしかして・・・・・・人には言えない秘密の取引とか?」

 浦太郎の冗談めいた言葉に、ユーノは苦笑いを浮かべながら「駄菓子屋がそんな取引するか!」と、即座に応じた。

「知り合いの考古学者さんからお誘いを受けてね。今年の世界考古フォーラムの会場が香港なんだ。普通は関係者以外参加できないんだけど、その人のコネで特別に許可してもらったんだよ。でね、その考古学者さんがとてもいい人でさ・・・・・・“ご家族も一緒に香港へ来ませんか”って言ってくれたんだけど、みんなも行く?」

「「行くに決まってます!!」」

 浦太郎と鬼太郎が興奮した様子で声を揃えた。彼らの目は輝き、まるで子供のような純粋な喜びを浮かべている。その期待に満ちた反応に、ユーノは少しだけ笑みを零す。

「よっしゃー!! 憧れの海外旅行だぜー!! 俺はこの日をどれだけ待ち望んでいたことかー!!」

「来たる香港もっこり漫遊記!! くぅ~~~、たまらないね~~~!! この世界もっこりマイスターの僕が香港美女をひとり残らず味わい尽くすんだー!!」

 鬼太郎が喜びの声を上げ、浦太郎が男性的な欲望を隠しきれずに燃え上がる。その光景は近所迷惑も顧みず、卓袱台の上で踊り始める騒がしさで溢れていた。

 その喧騒の中、金太郎は落ち着いた口調でユーノに問いかけた。

「店長、本当に我々も同行してよろしいのですか? 私はともかく・・・・・・この二人が一緒なのは正直かなり不安がつきまといます」

 冷静で責任感の強い金太郎の視線は、問題児二人に向けられていた。鬼太郎はかつて不良として名を馳せた元ヤンキー、浦太郎は管理局を辞めたのち、地球で詐欺師として活動していた。社会的にはアウトローと呼ばれる彼らを伴うことが果たして賢明なのか、金太郎の懸念はもっともだった。

「どうせ僕だけ行くって言ったらあの二人のことだ。ねちっこくあれこれ言われそうだからね。それにさ、僕らこうして一つ屋根の下で暮らしてる家族には違いないんだ。家族旅行のひとつやふたつしたって罰は当たらないだろ?」

 ユーノの言葉には、共に暮らす仲間への深い思いが込められていた。生まれも育ちも異なる四人が、紆余曲折を経て家族のような絆を築いた。その絵に描いたような関係を、ユーノは大切に思っているのだ。

「わかりました。では、御言葉に甘えさせて頂きます」

 金太郎が静かに一礼し、感謝の意を込めて答えた。その一方で、浦太郎は軽快な調子で声を上げる。

「そうと決まったらパスポートの申請しなくっちゃね!」

 言葉に弾む期待感が込められている。既に旅行への準備を考え始めた浦太郎の様子に続いて、鬼太郎が拳を振り上げて叫んだ。

「うっしゃー!!! 待ってろよー香港!! 腹いっぱいマカダミアンナッツを食ってやるからなー!!」

「それはハワイだよ」

 有頂天の鬼太郎に対し、ユーノが冷静に的確なツッコミを入れる。そのやり取りは、彼らの日常に漂う軽やかさと笑いに満ちていた。

 

           ◇

 

7月10日――

東京都 成田国際空港 国際線ターミナル

 

 香港旅行当日。

 空港に到着したユーノと金太郎は、焦燥に駆られながら未だ姿を見せない浦太郎と鬼太郎を待ち続けていた。二人分のキャリーケースが傍らに置かれ、その場にいない従業員への苛立ちが二人の表情から如実に滲み出ている。

「あ~・・・あいつら何やってるんだよ? 忘れ物があるから店に一旦帰るとか言ってもう一時間近く経つじゃないか!」

 ユーノは腕時計を頻繁に見ながら苛立たしげに吐き捨てた。

「今、二人に連絡を取っているのですが・・・・・・いくら携帯にかけても反応がありません」

 金太郎が静かに報告する。ユーノは額に手をやり、深い溜息を吐きながら辺りを見渡した。

「ったく。早くしないと搭乗時間に間に合わないだろう・・・・・・」

 その時だった。空港内にアナウンスが響く。

『パシフィックエアライン・412便――香港行の搭乗締め切りまで、あと10分です』

 アナウンスを聞いたユーノは表情をさらに険しくし、金太郎と顔を見合わせる。二人の焦りは限界に達しようとしていた。

「まずいな! 浦太郎、鬼太郎も危機感持てよっ!! 団体行動は時間厳守なんだぞー!!」

「おっ、来ましたぞ!」

 金太郎が指差した先に現れたのは、ようやく戻ってきた浦太郎だった。彼は片手に手提げバッグを掲げ、マイペースに笑みを浮かべている。

「いやー、ごめんごめん♪ お待たせ~♪」

「お待たせ~♪ じゃないよ! なんでそんなにマイペースでいられるんだよ!?」

 ユーノが怒りを抑えられず声を上げる。金太郎も浦太郎の服装を見て眉を顰めた。

「だいたい、先ほどまでとはずいぶんと格好が違うようだが・・・・・・まさか着替えのために戻ったのか?」

 浦太郎は悪びれることもなく胸を張り、高級ブランドのジャケットを広げて見せる。

「いやー。なにしろ初めての香港旅行だからさ、僕としてはオシャレには最大限気を遣いたいものなんだよねー。それで、いろいろ悩んでたらこんなに時間がかかっちゃって♪」

「いいんだよ、そういうのは現地に着いてからでも! わざわざアロマーニのジャケットやネクタイに着替える為だけに戻るなんて・・・・・・どうかしてるよ!」

 ユーノは怒鳴りながら頭を抱え、金太郎も呆れた表情を浮かべた。

「着替えだけじゃないですよ。ほら、これを忘れちゃ始まらないでしょう」

 すると、浦太郎はバッグを漁りながら、自信満々に有名なボードゲームを取り出した。

「じゃじゃーん! 『人生ゲーム』、しかも獄辛!」

「要らないよ! 香港に行くんだよ! 修学旅行か何かと勘違いしてるんじゃないの!?」

 怒りの頂点に達したユーノは、最早叫ぶような声で激しくツッコミを入れる。その様子に金太郎も呆れながら肩を竦めた。

「でもコレあったら盛り上がらない?」

 浦太郎の平然とした態度に、ユーノの感情は一気に沸点を超えた。

「盛り上がるだろうなぁ!! 盛り上がるよぜったい!!」

 怒りと諦念が交錯した奇妙な笑いを浮かべるユーノは半狂乱状態へと陥る。その姿に、金太郎は内心で憐憫(れんびん)の念を抱かずにはいられなかった。

「ところで先輩はどこ?」

 浦太郎がふと思い出したように鬼太郎の不在を口にする。ユーノは額に手を当て、怒りの余韻をなんとか抑え込みながら答えた。

「まだ戻ってきてないんだよ。お前と一緒に店に向かったにも関わらずな」

「やれやれ。何をしてるんだろうねあの人は・・・・・・ほんと、これだから元ヤンの社会不適合者は困るんだよ」

 浦太郎が肩を竦めながら口にした言葉に、ユーノの目が(すぼ)まる。その眼差しは冷たく、鋭い刃のようだった。

「詐欺で人を騙して金を巻き上げていた元・犯罪者がエラそうなこと言うな! なんなら過去の余罪全部バラして今すぐ警察署へ出頭するか!?」

 過去の罪状を引き合いに出され、浦太郎は途端に縮こまる。

「すいやせんでしたッ――!!!」

 その時、遠方から鬼太郎が全速力で駆けてくる姿が視界に入った。彼は周囲の目も気にせず、ユーノ達の目前でフライング土下座を敢行する。

「せ、先輩・・・・・・!?」

 三人は突然の行動に驚きつつ、視線を交わした。鬼太郎の手には大きな枕と紙袋が握られている。その異様な光景に、ユーノは眉間に深い皺を寄せた。

「ちょっと、ちょっと・・・・・・何の真似なのさ!?」

 鬼太郎は額を地面に擦り付けたまま、声を震わせながら説明を始める。

「すみません店長ッ!!! 俺、俺・・・・・・枕が変わるとどうしても眠れなくなっちまうんです!!!」

「それはわかったけど・・・・・・その紙袋は何なの?」

「ほんとすんません!!! 枕を持って直ぐに戻ろうとしたんっすけど、途中で馴染みのパチンコ屋が目に入って、新台入れ替えだったもので・・・・・・気付いたらドル箱積み上げてたんです!!!」

 鬼太郎の身勝手極まりない説明を聞き、ユーノは()うに怒る気力も失い、ただ呆然と目を見開いた。しばらくの沈黙の後、彼は絞り出すように静かに言葉を紡いだ。

「あ~~~もうー・・・・・・なんなんだよ、揃いも揃って・・・・・・こちとらどんな思いで待ってたと思ってるんだ!?」

「でもまぁ何とか間に合ったんだから良かったんじゃないの?」

 浦太郎が反省の欠片もない口調で軽く言い放つと、金太郎の眼鏡が怪しく光った。その瞳には冷たい怒りが宿り、静かに浦太郎に向けて歩み寄る。

「――・・・貴様、遅刻して店長に迷惑をかけたにも関わらず、反省どころか開き直りよって・・・・・・これはきついお灸を据えねばならぬようだな」

 拳を鳴らしながら浦太郎に近づく金太郎。その圧倒的な威圧感に浦太郎は顔面蒼白になり、後ずさる。

「え・・・・・・ちょっと・・・・・・金ちゃん・・・・・・やめてよ・・・・・・せっかくの楽しい旅行なんだよ・・・・・・今はそういうのは無しに・・・・・・」

「とりあえず、戒めとして貴様の左腕一本を折らせてもらおうか」

「ヤダヤダヤダ!! やめて、やめってば・・・・・・金ちゃん、人間の腕はそっちには曲がらないんだっ・・・・・・」

 必死に懇願した所で時すでに遅し。金太郎は容赦なく左腕を反対方向に折り曲げた。

「ふんっ!!」

 短い掛け声と共に鈍い音が響き、浦太郎は絶叫する。

「あああああああああああああ!!!!!」

 その悲鳴を背に、ユーノはどこか哀れみすら感じながらも荷物をまとめる。その時、再びアナウンスが響いた。

『パシフィックエアライン・412便――香港行の搭乗締め切りまで、あと5分です』

「ヤバい!! みんな、早く行かないと搭乗が締め切られる!! 走るよー!!」

 ユーノの声に続き、金太郎は浦太郎を担ぎ上げ、鬼太郎も枕と紙袋を抱えて必死に走り出した。四人がターミナル内を駆け抜ける様子は滑稽そのものだったが、彼らにとっては真剣そのものだった。

 

           *

 

『香港』

 

 中華人民共和国南部にある特別行政区であり、正式名称は中華人民共和国香港特別行政区である。

 東京、ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、上海と並ぶ世界都市の一つで、世界的に重要な国際金融センターに格付けされる。通貨の香港ドルは世界第8位の取引高を有する。

 かつては「魔都香港」とも言われるほどに怪奇性を醸し出す町並みだったが、近年の都市開発によってそのイメージは徐々に払しょくされつつある。

 しかし、近代化されてなお、この国には世界有数の力を持った魔術師・異能の使い手が息を潜めているのである。

 

           ≡

 

香港 チェクラップコク島 香港国際空港

 

 東京からのフライト時間はおよそ四時間弱――ユーノ達が香港に降り立った時、空はすでに濃密な闇に包まれていた。空港の外へ足を踏み出すと、一帯を覆う湿気が肌に纏わりつき、遠くから絶え間なく聞こえる喧騒が異国の地に来たことを実感させる。

 煌びやかなネオンの輝きが頭上を彩り、赤青黄色の光が瞬くたびに彼らの瞳を捉えて離さない。

「うっヒャー! ここが香港かぁー!」

 鬼太郎が歓声を上げ、子供のようにはしゃぎ回る。その横で浦太郎は周囲を見回し、意外そうに呟く。

「存外ビルばっかりなんだね。想像してたよりもずっと都会だよ」

 金太郎は目を細めながら、かつての香港映画を思い起こしていた。

「ここ数十年のあいだで開発がすっかり進んだようだ。『燃えよドラゴン』で見た香港の面影はすっかり鳴りを潜めてしまったか」

 空を裂くように突き出した看板の文字、通りを照らす屋台の灯火――これらが過去の「魔都」の片鱗を微かに感じさせる一方、整然と敷き詰められたタイルの硬さが現代都市の顔を示していた。

「さぁみんな、このままホテルに向かうよ」

 ユーノが声をかけると、三人はキャリーケースを引きずりながら彼の後ろに続くように歩き出した。

 

 空港から市内バスに揺られること三十分――ユーノ達が辿り着いたのは、香港屈指の高級ホテルだった。

「Have a nice stay」

 ホテルマンの流暢(りゅうちょう)な英語に迎えられ、扉が静かに開かれる。その瞬間、彼らの視界に広がる豪華な空間に、全員の胸が高鳴るのを感じた。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 特に鬼太郎の反応は群を抜いていた。年甲斐もなく声を張り上げ、窓の外に広がるオーシャンビューに目を奪われる。

「スゲー、スゲーっ、スゲーっッ!! こりゃ絶景だぜー! 語彙力が低下するくらい月並みな感想しか出ねー!!」

 その様子を見ていた金太郎が、荷物を下ろしながら皮肉めいた口調で応じた。

「お前の口から“語彙力”や“月並み”などという言葉が出てくるとはな・・・・・・私はそのことに大層驚いているさ」

「るっせーな!! 俺だってそれくらいのボキャブラリーはあるんだよ!! おっと、急に催してきやがった。トイレ、トイレ!」

 鬼太郎は一人で騒ぎ立てた後、慌ててトイレに駆け込んだ。その姿を見送りながら、ユーノはベッドに腰を下ろす浦太郎の落ち込んだ様子に目を留めた。

「さっきから何を落ち込んでるんだい?」

「だってさ。せっかく香港まで来たのにだよ・・・・・・わざわざむさくるしい男四人、同部屋だなんて。僕はてっきり一人一部屋だとばかり思ってたのに。宿泊の費用はぜんぶ店長の知り合いの考古学者さん持ちなんでしょ? いくらなんでもケチ過ぎない?」

 一人部屋で自由を謳歌する算段をしていた浦太郎にとって、まさかの全員一部屋という状況は予想外であり、深い落胆を隠せなかった。それを見たユーノは、なぜこの配置を選んだのか、その理由を静かに語り始めた。

「確かに、藤隆さんから当初一人一部屋で予約するという話を持ち掛けられた。でもね、浦太郎を一人にしたら、香港でどんな“チン騒動”を引き起こすか分からないからね。だから念には念を入れさせてもらったよ」

 ユーノは軽蔑と警戒の念を込めた視線を浦太郎に向ける。彼が最も危惧しているのは、浦太郎の性欲の強さと無分別な行動が、現地で思わぬトラブル――特にセクシャルトラブルを招きかねないという未来だった。その可能性を未然に防ぐため、敢えて同部屋にする決断を下したのだ。

 浦太郎はその意図を聞かされ、苦々しい笑みを浮かべる。彼が感じたのは、見透かされて先手を打たれた悔しさと、それ以上に、ユーノの懸念が現実となれば完全に見放されてしまうかもしれないという漠然とした恐怖だった。

「い、いやだなー・・・・・・僕は誰かれ構わず欲情するわけじゃないんだって! そりゃ僕だってパッツンパッツンのカワイイ子と仲良くできるに越したことは無いけどさ。そこはほら! 紳士として、できた大人の対応を心掛けているつもりですよ♪」

「ほうー、元・詐欺師がイッチョ前なことを言うじゃないか。そもそも真面な大人なら、三大欲求のコントロールくらいできるはずだけけどね?」

「いずれにせよ、店長や私の目が届くうちはお前を一人にするつもりはないからそのつもりでいろ」

 二人から向けられる圧の籠った言葉。浦太郎は身を縮め、不満げな顔で呟いた。

「うぅ・・・・・・普通そこまでするかな!? なんで僕だけこんなにも信用が無いわけ? 詐欺師だって、たまには嘘つかない時もあるよ!」

 言い訳じみた浦太郎の声にユーノが溜息を吐いたその時、不意にトイレから鬼太郎の声が響いた。

「店長ーっ! ここは天国っすねー!」

 三人は鬼太郎の存在をすっかり忘れていたことに気付き、慌てて声の方を向いた。トイレと浴室が一体となった部屋の扉を開けると、鬼太郎がホテルのアメニティグッズを物色している姿が目に飛び込んできた。

「見てください、日本じゃなかなか手に入らない代物ばかりです!」

 鬼太郎は歯ブラシや髭剃り、石鹸といったアメニティを一つずつ懐にしまい込みながら得意げに語る。

「この歯ブラシや髭剃り、石鹸にしてもそこらの百円ショップじゃ売ってない高級品でっせ! きれいに小分けにしてるのがまた憎いねー! これで当面買い足ししなくても済むってもんだ!」

 染み付いた貧乏性を露呈する鬼太郎の行動に、ユーノ、金太郎、そして浦太郎は顔を見合わせ、呆れた表情を浮かべる。

「鬼太郎! 香港に来てそんな臆面もなく貧乏くさいことはしないでもらえる!?」

「見ているこちらが恥ずかしいぞ」

「先輩、そういうんだから女の子にモテないんだってば」

 三人から注意されても、鬼太郎の暴走は止まらない。次に彼は浴室を出るとミニバーに興味を移した。

「おぉーすげー! ジュースに高級ワインに高級シャンパン、香港ビールまで揃ってるじゃねーか! おーし、ばあちゃんの土産にこの部屋にあるもの、片っ端からカバンに詰めてやる!」

 悪びれる様子もなく言い放つ鬼太郎に、ユーノはついに堪忍袋の緒を切らし、大声で一喝した。

「いい加減にしろ!! 僕らは泥棒家族かっ!」

 その怒声は香港中に響き渡るような勢いだった。

 

           *

 

九龍半島 旺角エリア 女人街(ノイヤンガイ) 

 

 ユーノ達は散策がてら、ホテルを一旦出て九龍の有名な名物ストリート、女人街(ノイヤンガイ)を訪れた。しかし、先ほどのホテルでの一件が尾を引いているのか、ユーノの表情にはまだ陰りが残っている。

「ったく。いくらホテルの備品が持ち帰り自由って言っても限度があるよ。うちはね、歯ブラシやシャンプーに困るほど貧乏じゃありません!」

 怒りを抑えきれず愚痴を零すユーノに、鬼太郎は反省した様子で言葉を返した。

「まぁまぁ、店長もそのくらいで勘弁してくださいよ! はるばる日本から香港まで来たんです。パーッと楽しみましょうって!」

 すると、浦太郎も同調するように言葉を添える。

「先輩を庇うわけじゃないですけど、ホテルに籠りっぱなしじゃ気が滅入ります。こうして街中を散策することこそ、旅の醍醐味ってものだよ」

 金太郎もまた落ち着いた声で助言する。

「店長、本人も反省しておりますのでどうか寛大な心で――」

「はぁ・・・・・・わかったよ。浦太郎と金太郎の言う通りだ、旅行に来てまでつまらない事で怒りたくはないよ」

 彼らの言葉に促され、ユーノはようやく怒りを静め、旅を楽しむことに意識を切り替えた。

 女人街(ノイヤンガイ)へ足を踏み入れると、一気に甘辛い屋台の香りと人々の喧騒が押し寄せてくる。赤と黄色の提灯が夜空を彩り、カラフルな看板が路地の奥行きを際立たせている。その場に満ちるエネルギーが、異国の地ならではの興奮を彼らの胸に呼び覚ました。

 この街は、正式名称「通菜街(トンチョイガイ)」と呼ばれる場所で、観光客のみならず地元の人々にも親しまれている。露店がずらりと並び、アクセサリーや衣服、雑貨、食品など、所狭しと商品が並べられている。各店から響く威勢の良い声が、この場所の活気を物語っていた。

 道中、四人はカラフルな看板や装飾で彩られた門を潜り、通りにはフリーマーケットの喧騒が溢れていた。露店には軽食や可愛らしいアクセサリーが並び、その雑多さが異国情緒を一層引き立てている。

「ん?」

 ふと、ユーノの視線がアクセサリー店に吸い寄せられるように止まった。陳列棚に並ぶ商品の中から、彼は真白い小さな花が飾られた髪飾りを手に取り、指先でそっと撫でた。

 一瞬、幼馴染(なのは)の顔が脳裏に浮かぶ。それはきっと彼女によく似合うに違いないと思いながらも、彼女にそれを手渡す場面が頭に描けず、結局髪飾りを元の場所へ戻した。

「買わなくて良かったのですか?」

 金太郎が静かに尋ねる。ユーノは自分に言い聞かせるように、「うん‥‥‥」と短く答えた。その顔には僅かな寂しさが滲んでいた。

 

 鼻を掠める甘辛い湯気と、屋台から聞こえる油が跳ねる音が耳を(くすぐ)る。その時、静寂を破るように誰かのお腹がぐうと鳴った。時計を見ると、時刻は午後六時半を過ぎており、夕餉(ゆうげ)にはうってつけの時間だ。

「あ~、もうダメだ・・・・・・店長ッ! 俺、本場の中華料理が食べたいです! ここらで夕メシにしましょうぜ!」

 鬼太郎の訴えに、浦太郎も賛同の声を上げる。

「賛成ー♪ 僕も本場の杏仁豆腐食べてみたいな♪」

 ユーノは少し考えた後、旅先での食事もまた醍醐味だと考え、彼らの願いを受け入れることにした。

「よし、せっかく香港まで来たんだ。日本じゃ食べられないとびきり美味しいものを食べようじゃないか!」

「そうと決まれば店を決めませんとな。どこかにいい店は・・・・・・お、あちらなどいかがでしょう?」

 金太郎が見つけたのは、茶色と金色の装飾が施された看板を掲げた飲食店だった。外見は古びているが、ベンガラの赤い壁がどこか中国らしさを漂わせている。その雰囲気に惹かれ、ユーノ達はその店を選ぶことにした。

 店内に足を踏み入れると、甘い香りを含んだ湯気が充満している。エアコンがよく効いており、灼熱の街を歩いた後の彼らには心地よい冷気だった。

「わあ~、いい匂いがする!」

 浦太郎は蒸籠(せいろ)から立ち上る湯気を深く吸い込みながら、期待を膨らませる。

 四人は空いているテーブルに腰掛けると、金太郎が陶器の茶器に香り高いお茶を注ぎ、次々と運ばれてくる蒸籠に目を輝かせた。

 しばらくして、蒸籠を開けると中には翡翠色や桜色をした飲茶(ヤムチャ)が美しく並んでいた。

「おぉ! 店長見てくだされ!」

「うん、これはとても綺麗で見事だ。食べるのが惜しいくらいだよ」

 湯気が四人の頬を撫で、その姿を見つめる彼らの瞳もまた、宝石のように輝いている。

「いっただきまーす!! あん・・・・・・ん!! うめぇ――!!!」

 鬼太郎の感嘆に、他の三人も続けて飲茶を堪能する。本場でしか味わえない小籠包(しょうろんぽう)回鍋肉(ホイコーロー)に八宝菜・春雨・棒棒鶏(バンバンジー)――どれもが日本のものとは一線を画す美味しさだった。

 世界三大料理の一角をなす中華料理。それは食の探求において、他国の追随を許さない中国だからこそ生まれた料理。そのこだわりは「四本足なら机以外、二本足なら親以外なんでも食べる」などと言うジョークがあるくらいだ。

 だが、彼らは知らなかった。この店が提供する料理の中には、ただの大衆料理だけではない“特別な一品”が潜んでいることを。

「お、これなんだ?」

 鬼太郎が次の料理を探してメニューに目をやると、『三聴(さんちょう)』と書かれた料理名が目に飛び込んだ。

「え・・・まさか・・・・・・これがどうして・・・・・・香港に?」

 その名を見た瞬間、ユーノの表情が険しく変わる。戦慄の色が浮かんだ彼をよそに、鬼太郎は何の気なしにそれを注文しようと手を挙げた。

「よくわかんねーけど、次はコイツにするか! すんまーせん、この『三聴』ってのを持ってきてくれ!!」

 無知ゆえの恐ろしさ――ユーノは目の前の鬼太郎を見つめながら、この後訪れるであろう地獄を想像し、気の毒さすら覚える。彼はその思いを胸に、真剣な表情で鬼太郎に忠告することにした。

「鬼太郎・・・・・・初めに言っておくけど、注文したからには残さず食べるんだよ。それがどんなにお前の期待を裏切ることになろうとも」

「え? どういう意味っすか?」

 この時、鬼太郎はまだユーノの言葉の真意を理解していなかった――それを知るのは、注文した料理が運ばれてきた瞬間だった。

 

「お待たせネ、ご注文の『三聴』ヨ」

 日本人が思い描くような典型的な中国訛りのアクセントを交えながら、店主自ら運んできた皿。その上に盛られた料理を目の当たりにした瞬間、ユーノ以外の全員が息を呑んだ。

「うおおっ!? な・・・・・・なんだこりゃ・・・・・・!」

「げっ! これって料理、なの!?」

「よもやこのような物を食べさせるとは・・・・・・」

 テーブルに現れたのは、中国屈指の寄食文化の頂点とも言える異形の料理。その皿には緑の見慣れない香草と、薄いピンク色の小さな動物が盛られていた。それは弱々しい鳴き声を上げ、ぴくぴくと動いている。

「これはネズミの赤ん坊ネ。まだ毛の無いモノを使ってるヨ」

 店主が淡々と説明するその正体に、鬼太郎は箸を持つ手を止めたまま硬直する。

「おい・・・・・・こいつらまだ動いてるように見えるんだが?」

 恐る恐る尋ねる鬼太郎に、隣のユーノが冷静に残酷な現実を告げた。

「当然だよ。この料理は生きたままそのネズミを食べる料理なんだから」

「生きたまま・・・生きたまま・・・??」

 生きた魚の踊り食いすら経験がない彼らにとって、この料理のハードルは遥かに高い。

「箸でつまんでタレに付けて、そのままパクリと行くのが一般的な食べ方ネ」

 戸惑う鬼太郎に、店主は手慣れた様子で食べ方を説明する。

「先輩・・・・・・これ、ほんとに食べられるの?」

「無理はしない方がいい。さすがの私もこれは食べたいという気がしない」

「ぐぐぐぐぐ・・・・・・」

 浦太郎と金太郎も明らかに狼狽しながら鬼太郎を気遣った。しかし、この料理を頼んでしまった以上、後悔しても時すでに遅い。

「んー、やっぱり食べられないカ? 貴重な食材だから残されると困るんだけど、日本のお客さんには無理だったあるネ」

 店主のあからさまな見下す態度が、鬼太郎のプライドに火を点けた。

「ば、バカヤロウ! 男・鬼太郎を舐めんじゃねーぞ! 踊り食いだったらな、ガキの頃にばあちゃん家の庭でミミズ食ったことがあるんだ!!」

「ミミズとネズミはだいぶ違うと思うけど」

「テメーはすっこんでろ亀公っ!! よーしわかった、上等だぜ!! 食ってやろうじゃねーか!!」

 決意を固めた鬼太郎は、割り箸で皿の上のネズミを一匹掴み上げた。

「ぬうっ!?」

 箸で挟むと、か細い鳴き声が耳に刺さるように響く。その声に戸惑いを覚えながらも、鬼太郎は店主の説明を思い出す。

「箸で掴んで一回。タレに付けて一回。そして食べて一回鳴き声が聞こえるから『三聴』っていうんだ」

 隣で語るユーノの言葉には、どこか達観した響きがあった。彼自身もかつてこの料理を食べた経験があるのだろう。その記憶が鬼太郎に無言の圧力を与える。

「ちきしょう・・・・・・まさかこんな攻め方で来るなんて。ミミズだって鳴かなかったのに!?」

 だがしかし、鬼太郎にも意地がある。食べ物を粗末にするなという京都の祖母から教わった矜持を胸に頂き、覚悟を決める。

「いただきまぁぁぁうすっっ!!」

 ネズミを素早くタレに潜らせ、気合を込めて鬼太郎は口へと放り込んだ。

 タレ自体はオーソドックスな酢醤油で、酸味のある香りが鼻を抜ける。しかし、問題はその中身――赤ん坊のネズミだった。肉も骨も柔らかく、一見すると抵抗なく噛み砕けそうだったが、それが逆に災いした。

 噛み締めた瞬間、口の中いっぱいに広がる体液の生臭さは耐え難いほど強烈だった。さらに、歯と舌に絡みつく内臓のぬめりと、肉のどこか湿った粘り気が追い打ちをかける。不快感が次々と押し寄せ、五感全てを苛むようだった。

「うぅ・・・・・・敢えて言わせてもらうぜ。ぶっちゃけマズい!!」

「お客サン、大丈夫? ダメだったら無理して食べなくてイイヨ」

 店主の気遣いと挑発が入り混じった言葉に、鬼太郎は意地と誇りをかけて反論した。

「情けは無用! 出されたモノは全部食う! それが食べ物になった食材への最大の敬意だ!!」

 その言葉にユーノが深く頷く。

「よくぞ言った! 鬼太郎、その心意気やアッパレ! 気合で放り込め!!」

「うっす!! ワッシャアアアアアアアアッッ!!」

 鬼太郎は涙と汗を流しながら、皿に残った全てのネズミを口に放り込んだ。その姿に、浦太郎と金太郎は呆然とする。

「「い、逝った――!!!」」

 狂気の沙汰を見せつけられたような光景――鬼太郎は己のプライドと矜持を懸け、この試練を見事に乗り越えたのだ。

 

「ありがとございましたヨー」

 店主の声を背に、食事を終えた一行はホテルへの道を歩み始めた。しかし、その足取りには明らかな疲労の影が色濃く漂っていた。先の「戦い」を終えた鬼太郎はすっかり戦線離脱状態となり、金太郎に背負われながら譫言めいた言葉を漏らす。

「あぁ・・・・・・ネズミが俺の腹で暴れてやがる・・・・・・」

 観光目的で香港を訪れた者が、ここまでの奇妙奇天烈な体験をすることは稀であろう。今宵の出来事が異国の記憶として語り継がれるのは間違いない。

 ユーノは浦太郎と並んで前を歩きながら、後方で揺られる鬼太郎をちらりと気に掛けた。

「それにしても、さすがは中国といったところですね。僕の想像を遥かに超えていたよ」

「日本の活き造りがあるんだから、他国の事を言えた義理はないけどね」

 ユーノの言葉には、どこか居心地の悪さが滲んでいたが、それは彼自身が料理の全貌を目撃したからこそのものだろう。ふと、浦太郎がユーノの横顔を窺いながら、恐る恐る問いを口にする。

「ところで店長、あの三聴って料理、妙に詳しそうだったけど・・・・・・ひょっとして店長も食べたことがあるんですか?」

 その問いに、ユーノは少しの間沈黙した後、肩を竦めるようにして答えた。

「私用で広東省(かんとんしょう)に足を運んだ時に好奇心から手を出してね・・・・・・戦いの翌日、お腹の方は見事に砕け散ってトイレの住人さ。ま、今となってはいい思い出だよ」

 その語り口には懐古の色が混じりつつ、どこか鬼太郎を案じるニュアンスも感じられた。ユーノは歩を進めながら、鬼太郎が遅かれ早かれ自分と同じ末路を辿るであろうことを想像し、少しばかりの同情を抱かずにはいられなかった。

 

           *

 

 ゆめ。

 夢だ。夢とわかる夢。明晰夢(めいせきむ)だ。ユーノは夢の中で意識を覚醒させる。

 見慣れない路地。自分はそこにただ一人、佇んでいた。鉄筋コンクリートの廃屋が無造作に並び、針金がむき出しのまま剥がれ落ちている。膝下ほどの水が足元を満たし、歩みを鈍らせていた。

 遠くで風の音が微かに響く。しかし、この場所は不気味なほど静まり返り、聞こえるのは水が滴る音のみ。どこからともなく垂れ落ちる水滴が、水面に小さな波紋を描く。それはじわりじわりと広がり、ユーノの身体を僅かに揺らした。

「どこだ・・・・・・ここは?」

 夢を見ること自体は、誰にとってもありふれた現象だ。しかし、強大な力を持つ者が見る夢は時としてただの夢では済まされないことがある。夢の出来事が現実を侵食し、予兆としての役割を果たす――いわゆる予知夢(よちむ)という形で。

 ユーノはこれまでに幾度となくそうした予知夢を経験してきた。そして今、またその類の夢に迷い込んでいるのかもしれない。

 廃屋の影に潜む不気味な気配に促されるように、彼はおぼつかない足取りで歩みを進めた。そして、ふと水面に目を向ける。何かが蠢いている。

 地面が水面に反射して揺らめく影。その奥に、より深く沈む黒い何かが存在していた。ユーノは意を決し、水面へ顔を近づける。

「なんだ、あれは?」

 薄闇(うすやみ)に閉ざされた水底。そこには、何か異形のものがうねるような気味の悪い音を立てながら動いていた。幾重にも絡み合う触手のようなものが、蠢く度に水を掻き回している。

 それは、ユーノをじっと見据えているようだった。まるで獲物を捕らえる瞬間を虎視眈々と待つ捕食者の如く――。

 

 

「ん・・・・・・?」

 目を覚ますと、そこはホテルのベッドだった。

 ユーノは右手を天井に向けて伸ばしたままの姿勢で、何かを掴むような仕草をしていたことに気づく。

「朝、か・・・・・・」

 奇妙な夢の余韻を振り払うように頭を振り、身体を起こした。周囲を見回すと、浦太郎と金太郎が並んで静かに寝息を立てている。しかし、鬼太郎の姿だけがベッドにない。「うぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」

 低い唸り声がトイレの方から聞こえた。昨日の「激戦」の記憶が蘇り、ユーノは予想通りの事態に苦笑する。扉越しに声を掛けた。

「鬼太郎、大丈夫かい?」

「だいじょうぶじゃ・・・・・・ないっすねー」

 覇気のない声が返ってくる。その様子にユーノは軽く肩を竦めながら、鬼太郎の早い回復を心の中で祈った。

 

           ◇

 

7月11日――

香港島 北部 香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター

 

 滞在二日目の朝。

 ユーノは従業員達に自由時間を与え、自身は旅の本来の目的を果たすべく、香港貿易発展局が運営する会議兼展示施設、超高層ビル「香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター」へ向かう。

 海に浮かんでいるかのように見えるその建物は、天を突くように聳え立ち、併設されたホテルの窓には雲が映り込んでいる。

「なかなか壮観な佇まいだ。にしても久しぶりに着たせいかな・・・・・・どうにも窮屈に感じるや」

 ユーノは緑を基調としたスーツに身を包みながら、その襟元を軽く引っ張る。

 それは彼がミッドチルダで活動していた頃によく着ていた装いだった。しかし、普段は作務衣のような動きやすい服に慣れているため、久しぶりに着るフォーマルな衣装には違和感を覚える。

 服の不快感を堪えつつ、大きな扉の前で待ち合わせ相手を待つ。しばらくして――

「ユーノ君」

 穏やかな声に振り向くと、そこには眼鏡をかけた柔和な表情の男性が立っていた。

 彼の名は木之本(きのもと)藤隆(ふじたか)。ユーノが尊敬してやまない考古学者であり、今回の旅行を手配してくれた恩人でもある。

「藤隆さん、今回はお招きいただきありがとうございます」

 ユーノは深々と頭を下げる。その礼儀正しい態度に藤隆は微笑みを返す。

「ぼくの方こそ、来てくれて嬉しいよ。さあ、入りましょう。きみにとって、きっと有意義な時間になると思います」

 二人は金色の花束を模した装飾が施された扉を通り抜け、人で賑わう広場へ足を踏み入れた。いくつかの部屋では既に発表が始まっており、壇上に立つ人物の名前には、ユーノが書籍で知る著名な研究者たちが並ぶ。

「すごい・・・・・・これだけの著名な方々が一堂に会するなんて、さすがは世界考古フォーラム! 素晴らしいですね!」

 瞳を輝かせ、心を奪われた様子で目の前の光景に見入るユーノ。その無垢な反応に、藤隆は思わずクスリと微笑む。

(よかった。きみの中で考古学への情熱は消えていないみたいだね・・・・・・)

 出会った頃のユーノは、考古学に対する情熱を惜しみなく言葉にしていた。だが、年月を経て、彼が徐々にその熱を内に隠し、自らの想いに蓋をしているように見える時があった。それでも、こうして再び目を輝かせている彼の姿を見たことで、藤隆の胸中に安堵と嬉しさが広がる。

「やっぱり、ぼくの見立てに間違いはなかったようです」

「あ・・・・・・すみません、僕としたことがつい舞い上がってしまいました・・・・・・はしたないですね」

「いいえ、ぼくも心の中はきみと同じです。さあ、参りましょう」

 藤隆はユーノの腕を軽く引き、研究発表が行われている部屋へと導いた。そっと扉を開けると、厳かな雰囲気の中でマイクを持つ研究者が発表を続けている。二人は邪魔にならないよう端の席に腰掛け、静かに耳を傾けた。

 藤隆にとって、この招待にはもう一つの意味があった。ユーノが抱えている重荷を少しでも軽くし、彼の心に溜まった圧力を抜くきっかけを与えること。いま目の前で熱心に発表を聞くその姿に、彼の探求心が完全に失われたわけではないことを確信し、改めて彼が考古学に惹かれる姿を目にできたことに、心から安堵するのだった。

 

 一時間ほど続いた発表はどれも興味深く、ユーノは時の流れを忘れて聞き入った。

「みなさん、大変素晴らしい発表でしたね」

「そうですね」

 ユーノが素直に頷くと、藤隆は少し得意げな笑みを浮かべる。

「さて、いよいよぼくのイチ押しの方のご登場です」

 その言葉に促され、ユーノも壇上に視線を向けた。

「お待たせしました。それでは、次の発表に移ります・・・・・・」

壇 上に現れた司会者が、そわそわと次の発表者についての原稿を読み始めた。ユーノと藤隆は再び壇上に視線を向け、意識を集中させた。

「次の発表は、今フォーラム初参加にして最年少の方です。香港考古学会の学士であり、香港大学で教鞭も執られている若人――()小狼(シャオラン)さんです」

 簡潔な紹介に続いて、周囲から拍手が湧き起こる。その中、壇上に上がったのは二十代前半と見える青年だった。

(あの人も考古学者なんだ・・・・・・)

 壇上に立つ小狼(シャオラン)の姿に、ユーノは驚きを覚えた。すらっと伸びた背、精悍(せいかん)で凛々しい顔立ち、大きな瞳には聡明さが宿り、その一挙一動には自信と洗練された品格が漂っている。年齢も自分とあまり変わらないだろう――そう思いながらも、ユーノは彼の発する言葉に意識を集中させた。

「紀元前四千年紀の南中国沿岸における地域間交流について、これまでの論説では――・・・・・・」

 壇上で語る小狼(シャオラン)の声は、僅かに緊張を含んでいるように聞こえる。それでも、一語一句に込められた確固たる信念が、聞く者の心を掴む。ユーノは思わずその声に引き込まれた。

(・・・すごい・・・僕とそんな歳も変わらないのに・・・僕が想像もしなかった斬新なアプローチだ。こんな凄い人が世界にはいたんだ・・・・・・!)

 小狼(シャオラン)の語る論説は、ユーノがこれまで耳にしてきたどの発表とも異なっていた。これまでの発表はどれも見事だったが、それらは自分が既に踏み込んだ範囲内に留まる内容であり、どこか既視感があった。だが、小狼(シャオラン)の示す視点は――まるでユーノ自身の目を新たに開かせるような、新鮮な驚きに満ちていた。

 壇上で資料を指し示す小狼(シャオラン)の指先、その鋭い眼差しと一瞬の躊躇もない確かな言葉――それら全てが、彼の考古学への情熱と揺るぎない自信を物語っていた。

(こんな風に、僕が知らなかった世界を明るく照らせる人がいるんだ。考古学って、まだこんなに広がりがあるんだ・・・・・・!)

 ユーノは、その場で忘れていた心の奥深くの衝動が湧き上がるのを感じていた。それは探究心、そして挑戦心だった。自分が知っていると思い込んでいた世界が、実はまだ見ぬ可能性に満ちていることを示してくれる存在――それが、()小狼(シャオラン)だった。

「以上で、発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」

 小狼(シャオラン)がマイクの電源を切り、深くお辞儀をすると、ユーノは気づかぬうちに立ち上がっていた。大きな拍手を送りながら、誰よりもその努力を称えるスタンディングオベーションを送る。

 その姿を見た藤隆が、そっとユーノの背を押した。

「さあ、参りましょうか」

「え、どちらに?」

 藤隆は柔らかい微笑みを浮かべ、先ほど発表を終えたばかりの小狼(シャオラン)の元へ歩み寄ろうとする。

「藤隆さん、彼とは知り合いなんですか?」

「ええ。何を隠そうぼくのかわいい娘の夫ですから」

「え・・・・・・えええ!?」

 突然の事実にユーノは目を丸くする。まさか、藤隆と小狼(シャオラン)が家族であるとは思いもよらず、予想外の繋がりに驚きを隠せなかった。

 

()学士、大変興味深い発表だったよ!」

「よければ、今度詳しい話をしたいものだ」

「ありがとうございます。是非ともよろしくお願いします」

 発表を終えた小狼(シャオラン)は壇上の下で年配の学者たちから称賛を受けながら、穏やかに談笑していた。その時――

小狼(シャオラン)君!」

 耳に馴染みのある声が響き、小狼(シャオラン)は振り返った。視線の先には、柔和な笑顔で手を振る義父・藤隆の姿。そしてその隣には、彼にどこか雰囲気が似ている優男が立っていた。

「藤隆さん! と・・・・・・だれだ?」

 藤隆が一緒に連れているユーノを見て、小狼(シャオラン)の眉が少し動いた。彼は義父への信頼と尊敬から目を伏せつつも、ユーノに対しては警戒するような目を向けた。

「おつかれさまでした。素晴しかったですよ。それと紹介します、このまえ話していたユーノ君です」

 藤隆に促され、小狼(シャオラン)は一瞬迷いながらも、目の前の青年に一礼した。

「・・・・・・()小狼(シャオラン)です。よろしくお願いします」

「初めまして、ユーノ・スクライアと申します。いやあ、先ほどの発表とても素晴らしいものでした! 特に、あの陶器の装飾パターンに注目された点――それが地域間交流の証拠として非常に説得力がありましたね。僕も以前、似たようなパターンを別の遺跡で見つけたことがあり、興味深く感じました」

「え――っ」

 小狼(シャオラン)は一瞬驚きの表情を浮かべた。初対面のユーノが、自分の発表について熱心に語り始めるとは思いもしなかったからだ。さらに、その内容が発表の核心を突き、深い洞察を伴っていることに気付くと、自然とその目が引き込まれる。

(この男‥‥‥ただ者じゃない。まるで藤隆さんが二人いるみたいだ)

 最初は少し距離を置いていた小狼(シャオラン)だったが、ユーノが語る具体的な知識と鋭い視点に次第に引き込まれていった。彼は、自分の発表をここまで深く理解し、的確に捉える者に初めて出会った気がした。その造詣の深さと研究への熱意に魅了されるのを感じ、気づけば自然と距離が縮まっていた。

小狼(シャオラン)さん、僕はこれまでに無かったあなたの新しい発想とアプローチの仕方は、大変素晴らしいと思いました。考古学はどちらで学ばれたのですか? やはり香港大学ですか?」

「いや、日本の塔和大学(とうわだいがく)だ。藤隆さんとは妻の父親という事情もあるが、かなり前から交流があってたくさんのことを学んだんだ。むしろ、おれの発想や研究のアプローチの仕方は、藤隆さんの影響が大きいと思う」

「そうでしたか。塔和大学といえば、藤隆さんが教鞭を執られていますもんね? いやー、納得です!」

「そういうきみはどこで? ケンブリッジか? もしくはオックスフォード?」

 小狼(シャオラン)が世界で一、ニを争う考古学の大学の名前を挙げると、ユーノは少し申し訳なさそうに笑って答える。

「いえ、僕はアマチュアです。普段は日本で駄菓子屋を経営しています」

「そんなばかな!? おれの見立てでは、きみの知識や見識、研究のアプローチに至るまで素人のそれを遥かに超えている! 生半可な学習で得られるものじゃないはずだ! それこそどこか高尚な研究機関に所属しているんじゃないか?!」

「申し訳ありませんが、ぜんぶ事実なんです」

「本当に‥‥‥?」と疑いながらも、小狼(シャオラン)の目にはユーノへの興味がさらに深まっているのが明らかだった。二人は自然と歩み寄り、考古学について夢中で語り合い始めた。

 言葉が次々と紡がれる中、二人はいつの間にか会場を出て広場を歩きながら話を続けていた。

 

「古代エジプト王朝についても興味はありますか?」と、ユーノがふと話題を変える。

「もちろんだ。特に中王国時代の行政制度には注目しているよ。それが周辺地域との交易にも影響を与えたと思うんだ」

「わかります! 中央集権化が進むにつれて、交易の規模も変わっていきましたよね。それに、中王国時代には王権の象徴としての神殿建築が進んだ。それが文化の交流にも一役買ったんじゃないかと考えています」

 ユーノの考察に小狼は目を輝かせ、熱心に頷く。

「きみは本当にすごいな。ここまで具体的に考察できる人はなかなかいない」

 その様子を少し離れたところから眺める藤隆は、穏やかな笑みを浮かべながら心の中で思う。

(思った通り、この二人を引き合わせてよかった。考古学への情熱がこんな形で新たなつながりを生むなんて、素晴らしいことだ)

 共通の情熱が次第に心の距離を縮め、まるで長年の友人同士のような気安ささえ漂わせていた。だが、頃合いを見計らい、藤隆は穏やかな声で二人に呼びかけた。

「盛り上がってるところ申し訳ないんだけど・・・・・・話はそれくらいにしましょう」

「あ、すみません!」

「おれもつい・・・・・・こんなにも考古学について同年代で話ができることが久しぶりだったもので」

「僕もですよ」

 藤隆が間に入ったことで、二人はようやく自分たちの熱中ぶりに気付き、互いに気恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

 藤隆は二人の様子を微笑ましく見つめながら、軽く首を傾げてユーノに尋ねた。

「ユーノ君、この後のご予定は?」

「はい、予定は空いています。もしよろしければ連れてきた“家族”も同行してよろしいですか? 学会が終わったら合流する予定だったので・・・・・・」

 ユーノがそう答えると、小狼(シャオラン)は瞳を輝かせ、まるで少年のような笑顔でユーノの手を取った。

「それは良かった! おれはまだ君と話しができたらうれしい・・・・・・!」

小狼(シャオラン)さん・・・・・・はい!」

 ユーノも深く頷き、小狼(シャオラン)の手をしっかりと握り返した。その手には、互いの情熱が伝わり合うような温もりが宿っていた。

 

 学会を終えた後、ユーノは金太郎たちに連絡を取り、コンベンションセンター前で合流することにした。

 しばらくすると、タクシーから三人が大荷物を片手に降りてきた。

「おまたせー店長♪」

「いやー、フリータイム最高でしたよ!! にしても、まさか熊があんなことになるなんて思わなかったぜ!!」

「余計なことは言わなくてよい」

 スクライア商店の三人が次々に賑やかに言葉を交わす中、小狼(シャオラン)と藤隆は彼らが醸し出す独特な雰囲気に思わず圧倒されたようだった。その反応を察したユーノは、苦笑いを浮かべながら二人に向き直る。

「すみません、驚かせてしまいまして。彼らが僕の店で働く従業員であり家族です」

 ユーノに紹介され、金太郎は律儀に「お初にお目にかかります」と首を垂れ、浦太郎は軽快な調子で「どうも♪」と挨拶。鬼太郎はヤンキー調で「押忍っ」と声を張り上げた。

「そ、そうか。個性的で‥‥‥楽しそうだと思うぞ」

 小狼(シャオラン)は、独特すぎる彼らに一瞬たじろぐも、咳払いをして気を引き締めた。

「はじめまして、みなさん。()小狼(シャオラン)と申します。こうして出会えたのも何かの縁です。よろしければ、このあと――我が家まで招待させて頂きたい」

 小狼(シャオラン)の丁寧な申し出に、一同は目を見合わせて頷く。彼の言葉から伝わる誠意に加え、香港ならではの生活に触れる機会に興味をそそられたのだ。

「それは素晴らしいですね! 是非、お言葉に甘えさせていただきます」と、ユーノが代表して答えた。

 こうして、小狼(シャオラン)の家での新たな交流が始まることとなった。

 

 

 

 

 

 

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