ユーノ・スクライア外伝 PARALLEL STORY   作:重要大事

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第20.5話「ディアブロス・ホリデー」

 悪魔、堕天使、妖魔―――・・・・・・。

 三大勢力と称される闇の種族が群雄割拠し、一年のほとんどを黒い厚雲がかぶさる世界《ノワール》。

 はぐれ悪魔・カルヴァドスの名を知らぬ者などこのノワールの地にはいない。

 それは、闇の生き物が蠢く魔界に巣食う恐怖と残酷の代名詞。

 

 カルヴァドス―――ノワール全土に狂気を撒き散らし、すべての闇の生き物達の生き血を啜り、自らの楽天地を建設する野望を抱く。

 カルヴァドスには腹心の四天王有り。

 パンデモニウム・ルドガー・バグラス・テルアビブ。四人の『暗黒大元帥』、東西南北の大陸を攻める。

 

 だがそこに一人の魔王が打倒カルヴァドスを旗に掲げ立ちあがる。

 魔王ヴァンデイン・ベリアル―――仲間達と共に西のルドガー軍を迫る。

 さらに北のパンデモニウム、南のテルアビブを倒し、魔王を筆頭とした悪魔と堕天使、妖魔の連合軍団、大陸の果てに居を構えるカルヴァドス城に攻め入る。

 

 戦いは熾烈を極めたが、やがて魔王軍はカルヴァドス率いる異形のテロ集団「カルヴァドス派」の一掃に成功する。

 およそ一年にも渡るテロ集団との戦いに終止符が打たれ、ヴァンデイン・ベリアルはノワール全土に念願の【パクス・ディアブロ】を実現させた。

 

 

 

 それから間もなく―――魔王は異界より現れた《翡翠の魔導死神》と出会った。

 

           ≡

 

新歴079年 5月30日

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

『都内で相次いでいる連続路上強盗事件ですが・・・・・・未だ犯人は捕まっておらず、付近の防犯カメラにはそれらしき人物も映っていないことから警察の捜査は難航しています―――』

 テレビから流れる報道を耳に入れながら、ユーノは様々な事を並行して行っていた。

 帳簿の計算から論文の作成、果ては新型カートリッジの改良など多岐に渡る事柄を備え持った極めて精度の高い並列処理(マルチタスク)によってこなす。

 二つ以上のことを同時に思考・進行させるマルチタスクは戦闘魔導師において必須のスキルであり好むと好まざるとに関わらず身につけなければならない技術である。

 だが、人間の脳はコンピューターと異なり同時に行う作業が増えるとともにその処理能力は著しく低下し、十分なパフォーマンスを発揮できなくなる。ゆえに魔導師の多くは処理軽減の為のデバイスを使用する。

 しかし、ユーノは一般的な魔導師のようにマルチタスクにおけるパフォーマンスレベルの低下が殆ど見られない。デバイスを必要としないのもそういった点が挙げられる為であり、何事も彼は自力でこなしてしまうのである。

「これでよしっと・・・・・・あとはマギオン自動反応炉の調節さえすれば」

 作業に取り掛かってから数時間と経たないうちに課題を終えようとしていた矢先、店の外からドンドン、と戸を叩く音がした。

「あ、はーい! 今行きまーす」

 呼ばれたユーノが来店者を出迎えるべく戸を開いたとき、そこに立ち尽くしていたのは――――――。

 

「ふははははは!!!!! 元気だったか我が心の友よ!!! ヴァンデイン・ベリアルが遥々ノワールより尋ねてきたぞ!!!」

 白皙(はくせき)の中性的な容姿、黒と紅色のツートンカラーで構成された重力を無視した独特の髪型、革の赤いロングコートに身を包んだ男はユーノを前に両手を広げ最高潮に達したテンションで笑いあげる。

 見た瞬間、ユーノは茫然とした表情で眼前の男を見―――しばらくしてから現実を拒否するかのように、店の戸をおもむろに閉め始める。

 その行動を目の当たりにするや、尋ね人―――ヴァンデイン・ベリアルは焦燥を滲みだし、戸の間に脚を挟みユーノの行動を制止させようとする。

「ま、待ってくれ!! なぜ急に扉を閉めるのだ!!! ユーノ!?」

「いきなり過ぎるんだよ!! 来るなら来るって事前に連絡したらどうなんだ、ディアブロス・ブラッドヴァンデイン・ベリアル!!」

「そこは“ヴァン”でいい!! サプライズなんだよユーノ!! なんでもいいからこの扉を開けてくれ心の友よ!!!」

 

 店先での一悶着を経て、ユーノは地球とは異なる世界・ノワールで魔王として君臨する友人を自宅兼店へと迎え入れる。

 茶の間にてヴァンデインは出された番茶をおもむろに啜り、舌先より伝わる独特の風味と苦みを好意的に捕らえる。

「うむ。これが()()()()()という飲み物か。なるほど・・・実に興味深い」

 独特なイントネーションで番茶を飲み進めるヴァンデインを見ながら、ユーノはやや気の緩んだ表情で語りかける。

「やれやれ・・・一国の魔王様が遠路遥々この辺境の異世界までご足労なことだよ。それにしても何だいその格好は? いま5月だよ。季節感ってものを考えなかったのかい?」

 改めてユーノは季節感を度外視したヴァンデインの格好を指摘。これを受け、本人は自信に満ちた表情で語りかける。

「フフフ・・・大事なのは外見ではなく機能性だ。このコートは私が無意識に垂れ流す魔の波動を完全にシャットアウトしてくれる優れものでな。人間達が私の波動に充てられおかしくならない様に細心の注意が払われている」

「なるほど。で、今日は単なる休暇ってわけじゃないんだろ?」

「そのとおりだ。今日はお前に会うとともにこの世界の文化を見学しにきた。そしてここで見て感じた事を帰ってからノワールでも活かすつもりなのだ」

「つまりは視察旅行というわけだ。前にノワールを訪問してからずいぶん経つけど、今はどんな感じなの?」

「やるべき事は山積しているさ。ただ、手付かずだった領地の開拓とインフラの整備、異なる部族同士による和平調停は極めて順調に進んでいる」

「そう言えば前の和平交渉ではとんだ目に遭わされたよね。カルヴァドス・・・だっけか? ノワール史上最悪のはぐれ悪魔の息のかかった残党と堕天使のお陰で一時はどうなるかと思ったよ」

「あのとき・・・・・・暴走した私を必死で止めようとしてくれたお前には感謝してもし切れないよ。改めて良い友を持ったと実感している」

「こそばゆい言葉だね。ま、嬉しいっちゃ嬉しいけど」

 魔王とそれにまつわる同時の記憶を思い返しながら、ユーノは表情金を緩め―――やがておもむろに立ち上がる。

「わかったよ。今日は僕がヴァンを町まで案内する。これからのノワールの国作りに少しでも役立てるよう協力する。行きたい場所のリクエストがあれば何でも言ってよ」

「では、お言葉に甘えさせてもらう」

 

「ユーノ・・・・・・ひとまず腹を満たしたい。私を旨い食事処に連れてってくれ」

 

           *

 

松前市 商店街 そば処閻魔

 

「へい、お待ち!」

 ヴァンデインのリクエストに答え、ユーノは行きつけの蕎麦屋へ連れてきた。

 ユーノの目の前でヴァンデインは熱々のかつ丼を慣れない箸を使って夢中でかぶりつく。

「うまい!! ユーノ、この獣肉に穀類を纏わせ高温の油に浸し、鳥類の卵をぐちゃぐちゃにしてそれを上にかけ、魚汁もってそれをさらに加熱したこの食べ物はなんだ!?」

「身も蓋もない質問をありがとう。かつ丼と言ってね、この国じゃ一般的な食べ物だよ」

「カツ・ドゥーンか! なるほど力強い響きだ。興味深い・・・・・・よし決めたぞ。これを我が国の国民食としよう!」

「大袈裟だな。まぁ気に入ってもらえたのならいいけどさ・・・ひとつ言わせてくれるかい? かつ丼であってカツ・ドゥーンじゃないからね」

「細かい事は気にするな。カツ・ドゥーン・・・・・・ノワールへ帰還したら真っ先にこれを全土にも広く伝えていかなければ」

(かつ丼よりもっと美味しい食べ物他にもあるんだけどなー。ま、本人が気に入ってるみたいだしいいか)

 心の中で思いながら、ユーノは温かい目でかつ丼を貪るヴァンデインを見守った。

 

「ふぅー。満腹だ」

 小一時間後、食事を終えた二人は店を出る。

 たらふく平らげた事を顕著に表すヴァンデインの膨れた腹を見、ユーノはやや呆れた様子で呟いた。

「やれやれ・・・・・・かつ丼だけで六杯も食べれるなんて。いい魔王が聞いて呆れる」

「なぜ呆れる必要がある? 美味いものは腹いっぱい食べたいと思うのが自然だろう」

「そうだね。その悪魔染みた欲望こそ魔王と呼ぶのにふさわしいよね」

 欲望に忠実でありながら他人に迷惑をかける事を好まないヴァンデインの魔王らしからぬ態度。当初こそ困惑していたユーノだったが、今となっては羨望にも似た感情を抱くようになった。

 その魔王をふと見れば、まるで子供のように目の前から次々と飛び込む目新しいものに瞳を輝かせていた。何より彼が強烈に驚き感動したのは、天上の青空と真上から燦燦と照り付ける太陽だった。

「それにしてもこの世界の空は美しいな。こんなにも明るい空を私は見た事がない。ノワールではいつだって赤黒く淀んでいるからな」

 ノワールでは何百年もの間―――太陽というものがほとんど顔を出さず、極夜に近い気候が大陸全土を支配している。ゆえに鮮やかな春夏秋冬を彩る地球の気候そのものに衝撃を抱いたのだ。

 すると、ユーノが不意に疑問に感じたことをヴァンデインに問いかける。

「今さらだけどさ・・・悪魔が太陽の下で肌を晒しても問題ないの?」

 悪魔=闇の世界の住人というイメージが強いため、ユーノはコートを着ているとはいえ直に紫外線と太陽光を浴び続けるヴァンデインの体を気遣った。

「愚問だな。私のような純潔の上位悪魔ともなればどの世界のどの環境にも即時適用できるようになっている。よって、紫外線などと言うものに私の肌が侵されるという心配は無いのだ」

「世の女性が聞いたら泣いて羨ましがるような話だね」

「そういうお前の肌も綺麗じゃないか。一体どうやってスキンケアをしてるんだ?」

 男性とは思えぬきめ細かい肌を持つユーノを逆に問い質すヴァンデイン。これに対し、当人は「単に家に籠りがちなだけだよ。」、と自虐的に答える。

「さてと・・・・・・お腹も膨れたことだし、ぼちぼち都内を見学するとしよう。どこに行きたい?」

「ん~・・・、色々あって目移りするな。成る丈おもしろそうな場所がいいのだが・・・・・・お!」

 ふと周りを見渡していた砌、ヴァンデインの瞳に映った建物。

 見た瞬間に強い興味を抱いた様子の彼は眼前に佇む施設を指さしながらユーノへ問い質す。

「ユーノ! あれはなんだ!?」

 ヴァンデインの指さす方に目を転じれば、ボウリングのピンを模した巨大なオブジェが特徴的な大型施設があった。

「アラウンドワンだよ。簡単にいうとアミューズメント施設かな」

「アミューズメント施設! それはいい。ちょうど食後の運動がてら体を動かしたいと思っていた所だ。よし。ここへ入ろう!」

「え!? ヴァン、それ本気で言ってる?」

「そうだが・・・なんだその微妙な反応は? 男同士で入るのに何か不都合でもあるのか?」

「いやそういうわけじゃないんだけど・・・・・・ただ何となく気が引けると言うか」

「ふむ。お前も意外と小心者のようだな。そんなことでは好きな女子をモノにするなど一生かかっても出来んぞ」

「大きなお世話だよ! だいたいなんで急にそう言う話になるんだよ!」

「はははは。まったくお前と言う奴は相も変わらず奥手みたいだな。実に分かりやすい。よし・・・ここは私が一肌脱ごう。奥手なお前を鍛え直してやる。付いてこい!」

「あ、ちょっと!! ヴァン!! 言い忘れたけど、ここは『リア充』と呼ばれる若者が多く集まる場所であって・・・・・・ちょっとぉぉぉ―――!!」

 気乗りしないユーノの制止を振り切り、ヴァンデインはやや強引にユーノの手を引っ張り意気揚々と店内へと入っていった。

 

           *

 

東京都内 アラウンドワン

 

 土曜日の昼間ということもあり、店内は多くの若者が溢れていた。

 店に入ったユーノ達は十代から二十代を中心とする客層の目から見ても非常に浮いており、やや不審がられた目で見られていた。

「ほう。いろいろあるんだなー」

「あぁそうだね」

 周りからの痛い視線にも動じないヴァンデインとは裏腹に、こうなる事を予期していた為、ユーノは居心地悪そうに表情が強張らせる。

(かぁ~~~完全に場違いなところ来ちゃったよー。なんで男二人こんなリア充御用達施設に入らなきゃならないんだよ)

 入る前からユーノの中でのアラウンドワンの曲解されたイメージも先行していたが、いずれにしても自分が好んで来るような場所ではないことは明白だった。

「よし決めた。ユーノ、まずはこのボウ・リーングとやらからやってみよう」

「ボウ・リーングじゃなくてボウリングだからね。ノワールの発音はいろいろと訛りすぎだろ」

「細かいことは気にするな。さぁ受付に行くぞ!」

 

 言われるがままボウリング場へやってきたユーノ。

 受付の為に列に並んでいた折、ふとヴァンデインが近くで幸せそうにしている一組のカップルを発見―――その際女性の服装に目を光らせる。

「ユーノ。あの女子だが・・・」

「え?」

「あの服、洗濯を失敗したようだな」

「失敗って?」

「見てみろ。襟元が伸び切ってブラジャーのホッグが見えているではないか。あんな格好を男の前で平然と晒すなどどうかしているぞ」

 率直に思ったことを口にするヴァンデイン。

 聞いた瞬間、ユーノは正しいようでズレた事を指摘した魔王の発言に唖然。気恥ずかしそうに頬をやや紅潮させ、誤解の無いように説明する。

「あのねヴァン・・・あれはオフショルダーっていって元々ネックラインが大きく開いているんだ。それに肩から見えてるのは見せブラだから別段問題ない」

「な・・・・・・なんだと・・・・・・あれは他人にわざと見せるために着用する事を許容したこの世界独自のファッションだというのか?!」

 つい大声をあげて吃驚するヴァンデイン。周りの目が一斉に向けられると、ユーノはこの上もなく恥ずかしい心地となる。

「ヴぁ、ヴァン! 人前でそんな大きな声で何言ってるんだ!? 見られてるよ僕ら!」

「うむ・・・実に興味深い。やはりこの世界は素晴らしいぞ!! そう思わんかユーノ!!」

「わかったから!! だから少しは僕の立場もわかってくれ!!」

 一重にユーノがヴァンデインに求めたのはひとつ―――「空気を読んでほしい」というある種無理な願いだった。

 

 受付を終えゲームで使用する球を選んでいた時だった。ヴァンデインはボウリングの球を持ちながら何故か神妙な面持ちで沈黙を貫いている。

 不思議に思うユーノだったが、不意に彼の方から質問が飛んできた

「この遊びは・・・・・・この球を転がしてあのピンを倒すのか?」

「そうだよ」

「やはりそうだったか。地球人は何と恐ろしい遊びを考えるんだ!!」

「恐ろしいって何が?」

「だってそうじゃないか!! タマを転がすんだぞ!? 男の勲章ともあろうべきものをよもやピンを倒す為に転がすなど・・・明らかに普通ではない!! どんな時でもタマは大切にするべきだ。あとで嫁に慰めてもらう男がこの世界にはどれくらいいるか知らんがな!」

「お前の中の球転がしのイメージはどうなってるんだ!? ほとんど睾丸(・・)の話しかしてないじゃないか!!」

 まさかこのような猥談になるとはさすがのユーノも思っていなかった。

 兎に角、ヴァンデインにはボウリングの間違ったイメージを払拭してもらうしかなかった。

 ユーノはボウリング初心者の彼にもわかりやすく実演。一回の投球でストライクを取って見せてから説明を交える。

「とまぁこんな感じに最終的により多くのピンを倒した方が勝ちね。1ゲームで10本のピンを全て倒すとストライクとなる」

「なるほど。よし!」

 ゲームのルールを概ね理解し、ヴァンデインは選りすぐった球を持つとおもむろにレーンの前に立つ。

 呼吸を整え、ユーノの投球法を真似て手に力を入れる。

「とりゃああ」

 と、声をあげたのが重大な誤りだった。

 結果として脚に余計な力が加わり、ヴァンデインは体勢を崩すやレーンの上を転がった。

「のあああああ」

「ヴァン!?」

 滑った際に手元から離れた球と自身の睾丸が思い切るぶつかった。その想像を絶する痛みによってヴァンデインの顔から忽ち血の気が引いた。

「ヴァン、だいじょうぶかい?」

「あぁ・・・・・・これくらい・・・・・・なんともないぞ・・・・・・///」

 明らかにやせ我慢をする魔王の姿が痛々しかった。

(この男は・・・ほんとうにノワールを統べる魔王なのか?)

 魔王であっても所詮は男。その痛みは世界共通である事をユーノは知るとともに、目の前の男が魔王であるということを心底疑った。

 

 二人はその後、目ぼしいアトラクションを一通り楽しんだ。

 ヴァンデインは様々な失敗と経験を重ねていきながら、誰よりもこの施設を満喫した様子だった。

「ユーノ! ここはスゴく楽しいな! 是非ともノワールにも同じ施設を作って家族や大勢の悪魔や魔族を楽しませてやりたい」

「それはそれは・・・楽しんでもらえて良かったよ」

「にしても不思議なものだな。武芸の稽古でもここまで高揚したことは無かったのに、何故こんなにも心が湧き立つのだろうか」

 疑念を抱くヴァンデインの問いかけに、ユーノは達観した意見を述べる。

「義務や責任感から解放されて自発的にやるかの違いじゃないかな。魔王としてではなく友人同士でこうして談笑しながらね」

「なるほど。確かにそれは言えてるな。よし! ならばもっとこの施設を楽しもうじゃないか!」

「でもスポーツアトラクション系の目ぼしい所は大体・・・」

「何を言っている。むしろ本番はここからだ。これを見ろ!!」

 そう言うと、ヴァンデインはユーノに館内の見取り図を見せ―――この時とばかりにとっておきのものを嬉々として見せる。

「プールがあるじゃないか!!」

「へ?」

 一瞬呆けてしまったユーノだったが、この後否が応でも非情な現実と向き合わされる事となる。

 

           *

 

アラウンドワン別館 屋内プール施設

 

 結局水着をレンタルし本館の隣に建造された屋内プール場へとやってきたユーノ達。

 屋内プールだというのに、ユーノは人目を酷く気にした様子で帽子と羽織だけは常に着込んでヴァンデインの到着を待ち続ける。

(僕はさっきから何をしているのだろう。何が悲しくて男同士二人きりでプールに来ているのだろうか)

 周りを見れば家族連れよりも若いカップルばかり目に付く。ユーノからすれば居心地の良い空間と言えず気が引けてしまう。

「はぁ・・・・・・独身男には肩身が狭い。いっそのこと女性として生まれた方が良かったのかな・・・・・・」

「待たせてなユーノ。着替えに手間取ってしまった」

 本気で生まれた性別について思い悩んでいたユーノの元へ性別はおろか細かい事を一切気にしない男、もとい悪魔が満面の笑みで現れた。

「ん? 何を困った顔をしているのだ?」

「いやね・・・自分の性別についていろいろとね」

 言っている意味がイマイチ分かりかねたものの、ヴァンデインは純粋に今まで経験したことのないプールの広さに驚きを抱く。

「しかし驚いたな。こんな屋内にこれだけ壮大なプールがあるとは流石に思わなかった。我が家でもこうはいかんぞ」

「ここは公共施設だからね。私有地のプールとは訳が違う」

「時にユーノ。なぜ上着を脱ごうとしない? 裸を見られるのがそんなに嫌か?」

「ある意味では正解だよ。ちょっとこう言う人目の多い場所では都合が悪いんだ。ていうか前に一緒に風呂に入ったんだから知ってるだろう。僕の背中には・・・」

「あぁそうだったな! しかしアレくらいの()()()()なら誰でもしているだろう」

「公共施設っていうのはいろいろとうるさいんだよ。それに、僕のはタトゥーじゃない。好きで刻んでるわけじゃないんだ」

「冗談だよユーノ。まぁ何にせよ、お前はまだまだ女々しい。男ならもっと堂々と振る舞えばいい。そんなんだからいつまで経っても奥手のままなんだ」

「だから大きなお世話なんだよ! 悪かったな女っぽくて・・・・・・僕だって本気で気にしてるんだ」

 事あるごとに女々しさを痛感させられるユーノ。そんな彼に更なる追い打ちがかかる。

 

「へーい。彼女!」

「オレらと遊ばなーい?」

 ユーノの外見から女と勘違いした若い男二人が声をかけてきた。

 顔を見なくてもこの手の男の事は概ね予想がつく。派手に髪を染めてピアスをつけているチャラ男の軽はずみな言動に、ユーノは振り返るなり鬼面を向ける。

「誰が女だって・・・・・・あぁ?」

「「ひやあぁぁぁああああああああああああああ!」」

 女性とばかりに思っていたチャラ男達の悲鳴が響き渡る。

 男であると思い知らされ、なおかつヤクザ顔負けの形相で睨みつけられた瞬間、命を惜しむかのように彼らは即時撤退を決め込んだ。

「ったく・・・どいつもこいつも人のこと馬鹿にして!」

 かたわらで先ほどのやり取りを見ていたヴァンデインもユーノが色々苦労している事を暗に理解し、内心同情を寄せる。

 何とか彼の機嫌を直してやろうと辺りを見渡していた折、ふと瞳にプールではしゃぐ一組のカップルの姿が映った。

 楽しそうに水をかきあっている男女。それを見たヴァンデインはユーノに提案する。

「どうだろうユーノ。あれでもやって日頃のストレスを発散しないか?」

「その提案は全力で却下させてもらう! ヴァンは無意識に独身男の傷口を抉るのが好きと見れるねー。あ~あ、これだから既婚者は嫌なんだ。どいつもこいつも独身者を蔑んだり哀れんだ目で見てさ!」

「わ、悪かった。私が悪かったよ。そんな風にささくれないでくれ!」

 機嫌を直してもらうはずが余計にこじらせてしまった事を猛省。

 何とかしなければとより注意深く周りを見渡す。すると今度は飛び込み台が見えたのを見、ヴァンデインはパっと閃いた。

「あれなんか面白そうだぞ。ちょっと行ってみるか?」

「あれって・・・・・・飛び込み台じゃないか! 危ないよ」

「そうか。ならお前はここで見ていろ。私一人で行ってくる」

「いや、人の話聞いてた? 危ないんだってば!」

「心配はいらん。何かあったらすべて私の責任だ。お前が気負う事などない」

「あ! ヴァン!」

 ユーノの制止を振り切り、ヴァンデインは一人で飛び込み台へと向かった。

 飛び込み台を利用する者は早々に居ない。ゆえに自然と利用者の視線がヴァンデインへと向けられる。

(果てしなく嫌な予感しかない・・・・・・)

 ユーノの憂慮が最高潮に達した瞬間―――

「いーくぞー!! とう!!」

 助走をつけると飛び込み台に脚をかけ、勢いよく飛び降りる。

 直後、ユーノの懸念は的中―――強い力で水に体を叩きつけられたヴァンデインの体は水に浮かんだまま暫し動くことはなかった。

「あぁ・・・・・・もろ腹打ちしちゃったよ」

 

「べええええええええええええ!」

 盛大に飛び込みに失敗した結果、ヴァンデインはユーノの元へ戻ってくるなり昼食にがっつり食べたカツ丼を全て戻すという醜態を晒す羽目になった。

 バケツに吐しゃ物を入れる魔王の隣で、ユーノはほとほと呆れていた。

「やれやれ・・・。腹打ちした挙句に昼間食べたかつ丼を戻すのはやめてほしいよ」

「私としたことが・・・不覚だった・・・///」

「こんなこと言うのも申し訳ないけど・・・本当にヴァンって魔王なの? ど天然キャラ前面に押されてもこっちもリアクションに困るんだよね」

「失敬な男だな・・・・・・私はこう見えてもベリアル家第999代当主にして・・・・・・ヴぇええええええええええええええ!」

 少なくとも、ユーノの中での魔王は人前で嘔吐するイメージは無かった。

 ありとあらゆる事で期待を裏切る結果を伴う魔王を甲斐甲斐しく世話をする魔法使い、もとい魔導死神とは何なのか・・・・・・内心そう思っていると、またしても耳元から痛い言葉が聞こえてきた。

 

「おねーさん一人? 俺らと遊ばない?」

 聞いた瞬間、ユーノは露骨に形相を浮かべ怒りの炎を燃やす。

「だーかーら・・・・・・おどれらぁ今が何世紀なのか知ってるのかオラァ!?」

 振り返るなりドスの利いた声で驚かせたつもりだったが、視線の先には誰もいなかった。

「あれ・・・・・・僕じゃない?」

「あっちみたいだぞ・・・」

 げっそりとしたヴァンデインが指さす方を注視。

 すると、意外過ぎる人物を目の当たりにした。若い男達にナンパされていたのは紫のビキニ姿を披露する幼馴染の女性―――月村すずかだった。

「すずか!?」

「ユーノ君!」

 困り果てていたすずかにとって地獄で仏とでもいうシチュエーションだった。

 ユーノを見つけるや駆け足で近づき、縋るように彼の腕にしがみ付く。この行動にユーノは思わずきょとんとする。

「えと・・・そこの青髪の美人さんや」

「なんですか金髪の美人さん?」

 親し気な二人の関係を見た男達は白けた様子で立ち去って行った。

 安堵したすずかは溜息を吐く。その直後、ユーノは気恥ずかしそうに咳払いをする。

「す・・・すずか。そろそろいいかな?」

「え?」

 言われて、すずかは自分の行動を顧みる。

 ユーノの腕にしがみついた際、彼女は自分の豊満な胸をユーノの腕に惜しげもなく当てていたことに今更ながら気が付いた。

 奥手なユーノからすれば嬉し恥ずかしいシチュエーション。そしてすずかにとっても羞恥心を隠し切れない事だった。

「うわあああ!!! ご、ごめんなさい!! 迷惑だったよね!!」

「い、いや。別にすずかが困ってるなら仕方ないけど・・・///」

 どこかぎこちない二人の会話が初々しさを醸し出す。

 すると、傍で見ていたヴァンデインはユーノを見―――下卑た笑みを浮かべながら下顎に手を添えていた。

「な、なんだよその顔は!? 違うからね! すずかとは別にそういう関係じゃなくて、ただの幼馴染であって!!」

「いや~、てっきり奥手だとばかり思っていたのだが・・・・・・なんだ。お前もやることはきちんとやってるんじゃないか」

「だから誤解なんだよ!! 少しは人の話をきちんと聞け!!」

「えっと・・・ユーノ君、この人は?」

 素性を知らないすずかがおもむろに尋ねると、ヴァンデイン自らすずかに対し魔王としての礼節を踏まえた自己紹介をする。

「お初にお目にかかる。私はディアブロス・ブラッドヴァンデイン・ベリアル―――ユーノの友だちだ」

「そうなんですか。初めまして、月村すずかです。同じくユーノ君の友だちです。でもできればその・・・・・・///」

 と、唐突に赤面したすずかはユーノの方を一瞥。

 怪訝そうにすずかを見るユーノだったが、彼女は気恥ずかしそう目を逸らすと、しばらく目を合わせようとはしなかった。

 

 その後、プールから出た三人は休憩スペースで飲み物を飲みながら話をする。

「ごめんなさい。事情が事情とはいえユーノ君に迷惑を掛けちゃって」

「別にいいよ。それよりすずかはどうしてここに?」

「あ、そうだった! 実はファリン達と一緒に来たんだけど・・・途中ではぐれちゃって。あの子とてもおっちょこちょいだから心配なんだ」

 日本の基幹産業―――重工業・月村建設の跡取り娘であるすずかには専属のメイドがおり、彼女はその一人であるファリン・K・エーアリヒカイトの事を心配していた。

 話を聞いたユーノ達は顔を見合わせ―――やがて柔らかい表情を浮かべてからすずかに言う。

「ならば我々も一緒に探そう。そのファリンというメイドも一緒に君を探されてると思うし・・・」

「え!? そ、それは嬉しいですけど・・・ユーノ君やヴァンさんのご迷惑じゃ?」

「別に僕ら急ぐ予定もないし。すずかも心配でしょ?」

「ユーノ君・・・・・・ありがとう!」

 他人想いなユーノの性格にすずかは心から感謝を抱く。同時にそんな彼のそばに居られる事をこの上ない幸運と捕らえた。

 

 ―――ドカーン!!!

 

 刹那、ユーノ達の耳に突如鳴り響く爆発音。

 地面を伝わる猛烈な振動にバランスを崩しかける中、彼らが見たのは爆煙をあげて崩れ落ちる陸橋だった。

「なんだあれは・・・!?」

「一体どうなってるの?」

 ユーノとすずかが不審に思っていたとき―――ヴァンデインの瞳に信じ難いものが映った。

「!」

 煙の中から風を切り裂き現れる飛翔体。

 目を凝らすと、美しい容姿の少年の背中にコウモリと酷似した悪魔特有の翼が生えており、不遜な笑みを浮かべて眼下の大地を見下ろしていた。

「フフフ・・・・・・これはこれは大魔王ヴァンデイン・ベリアル様。その説はどうも。ボクの顔覚えてるよね?」

「ば、馬鹿な!! なぜ貴様が・・・・・!?」

 見間違いかと一瞬思ったヴァンデイン。だが、それは幻でも人違いでも無かった。

 紛れも無く人々に恐怖を植え付けているのは嘗てヴァンデインによって滅ぼされた筈のはぐれ悪魔―――カルヴァドスだったのだ。

「カルヴァドス、生きていたのか!?」

「あいつが、カルヴァドス!」

 話には伺っていたユーノもその姿を実際に見るのは初めてだった。

 目を見開き天上に佇むカルヴァドスをヴァンデインは険しい表情で見上げるのに対し、カルヴァドスは終始不敵な笑みを浮かべていた。

「何故だ・・・・・・私の魔剣は確かに貴様の心臓を貫いたはずだ!?」

「そうだよね~。なんでボクはここにいるんだろうね?」

 とぼけた態度を取るカルヴァドスに苛立ちを募らせるヴァンデイン。

 すると、不意にユーノがある事に気が付き頭上のカルヴァドスに問いかける。

「そこに隠れているのは君のトモダチかい? 隠れてないで出てきなよ。僕から言わせれば、もう少し霊圧を抑えるよう躾けるべきだね」

 ユーノに指摘され、カルヴァドスの背後で姿を魔法で隠していたもう一人の援軍がおもむろに姿を現す。

 外見はキンシコウの姿に様々な怪物のパーツを掛け合わせたような姿の魔導虚(ホロウロギア)・スグリーがいた。

「なんなの・・・あれ・・・!?」

 すずかは初めて見る魔導虚(ホロウロギア)のおどろおどろしい姿に終始口元を抑え恐怖する。

「その魔導虚(ホロウロギア)はどうした?」

 眼光鋭く問いかけるユーノに、カルヴァドスは飄々とした態度で答える。

「これかい? 魔王との戦いで受けた傷を癒す為にバグラスとこの世界まで流れ、ぷらぷらしていたら紫色の髪の女がオモシロそうなのを持ってたからそれを奪ったんだ。で、それをバグラスに使ったらこうなったってわけ!」

「まさか・・・自分の部下を!?」

「カルヴァドス貴様っ!!」

 仲間の命すらも玩具のように弄んでしまうその心は残虐非道。だがカルヴァドスにとっては些細なことであり、彼にとって享楽の一部でしかなかった。

「カルヴァドス、用があるのはこの私の筈だ! 何故この世界に危害を及ぼす!?」

 頭上のはぐれ悪魔へ怒号を放つ魔王。

 すると、その言葉を聞いたはぐれ悪魔から返ってきたのは信じ難いものだった。

「どうして・・・だって? 魔王様はボクがどういう悪魔なのかを嫌というほど知ってる筈だよ。ボクの目的はいつだって一つさ。世界に狂気と絶望をまき散らすこと! そしてボクは今度こそ野望を成就させるんだよ。生き物の悲鳴と叫喚が絶えることのない暗黒郷(ディストピア)を作るんだ!!」

 生き延びたカルヴァドスの口から語られた背筋も凍りつくような野望―――ノワールで実現できなかった事を地球でそっくりそのまま実現させる気でいた。

 ユーノとすずかは目を見開き呆然と立ち尽くす。そしてヴァンデインは明確に怒りの籠った眼差しでカルヴァドスを見、拳を握り締める。

「そんなことのために・・・そんなことのために・・・私の友だちやこの世界の人々の生活を脅かすなどとは・・・・・・断じて許さん!!」

 刹那、ヴァンデインの全身から紅色に帯びた魔の波動が一気に解放される。

 魔法陣を展開し、亜空間から【魔剣ディスカリバー】を召喚し、背中には左右6枚、合計12枚から成る黒い翼を広げ―――空へ舞い上がる。

「カルヴァドス。今度こそ貴様の根を止める」

「はっ・・・おもしろいね!! いいよ、この前の続きと行こうや!!」

 向かい合った二人の悪魔は刺すような魔の波動を解き放ちけん制。

 やがて、両者はタイミングを見計らうと一斉に飛び出し、空の上で文字通りの死闘を開始した。

「きゃああああああああ!」

 膨大なエネルギーの衝突に伴う余波が周囲に拡散。その被害からすずかを守る為、ユーノは彼女を抱きかかえ安全圏へと避難する。

「だいじょうぶ?」

「うん・・・ユーノ君、ありがとう」

「それにしてもカルヴァドスの奴、好き勝手なことばかりしてくれる。ヴァンの言う通り・・・最低な悪魔みたいだな」

 ヴァンデインの事も気がかかりだが、カルヴァドスが連れていた魔導虚(ホロウロギア)の事も気になるユーノはおもむろに両手の掌を回転させるように擦り合わせると、何もない所から斬魄刀を取り出した。

 始解した晩翠を手にユーノはすずかに一声かける。

「すずか。すぐに戻ってくるから絶対にここから動かないで」

「ユーノ君! ダメだよ!」

 すずかの制止も空しく、ユーノは己の果たすべき役目を全うする為―――魔王と同じ戦場(そら)へと上がった。

 

 空に浮かび上がる紫色の巨大魔法陣。

 その魔法陣を通じて降り注ぐ破壊の驟雨に晒される町に飛び交う悲鳴、叫び、その他様々な声という声。

 カルヴァドスにとって人間の発する悲鳴は何よりも心地よい音楽だった。

「フハハハハハハハハハ!! 魔王ヴァンデイン・ベリアルに敗北して以来の破壊の味! まさかこれほどの美味とは!」

「ダークネススラッシュ!」

 宙ぶらりんとなって町を破壊するカルヴァドスに狙いを定め、ヴァンデインは手持ちの魔剣にため込み増幅させた斬撃のエネルギーをX字状に放つ。

 飛来する斬撃を素早い動きで躱し、カルヴァドスは亜空間から身の丈を遥に超える大型の【魔戦斧アドラメレク】を取り出し、魔剣に対抗する。

 両者一歩も引かずに空中で衝突を繰り返す。現役の魔王の力がはぐれ悪魔の力と拮抗し合うという由々しき事態にヴァンデインは苦い表情を浮かべる。

「カルヴァドス貴様、この世界でどうやってこれほどまでの魔力を!?」

「フフフハハハハ。魔王ともあろう者がそんな簡単なことにも気づかないとはね。君が魔王だっていう事実に本気で疑念を抱いちゃうよ」

 鍔迫り合いを中断し、カルヴァドスは魔力補給の種明かしをする。

「なぜ瀕死の状態だったボクがこの世界で魔力を回復できたのか。その答えは単純にしてひとつ・・・・・・人間の負の感情を糧にしているから」

「なんだと?」

「ノワールにはいつの頃か人間っていう生き物が一人もいなくなってしまったから知らないのも無理はないかもね。絶望、恐怖、悲しみ・・・・・・極限状態に追い込まれた人間の負の感情からボクら悪魔は上質な魔力を吸収できるのさ。だから闇夜に紛れて強盗行為して少しずつ力を蓄えていった。人間は精神ともに脆い。この姿になってちょっと襲っただけですぐチビっちゃう。それがボクら悪魔の魔力の元になる。ふふ・・・・・・フハハハハハハ」

「貴様、どこまでも下種め!」

 事あるごとに怒りを助長するカルヴァドスの言葉。

 内側から沸々と湧いてくる怒りを刃に乗せ―――ヴァンデインは眼前のはぐれ悪魔へと斬りかかる。

 

双児晩翠(ふたごばんすい)―――」

 二人の悪魔が死闘を繰り広げるかたわら、翡翠の魔導死神ユーノ・スクライアは魔導虚(ホロウロギア)・スグリーを一人で相手にしていた。

 本体から出現するもう一本の刀を持ち、二刀流となったユーノはスグリーと高高度での衝突を繰り返す。

 カルヴァドスが自らの部下だった悪魔を元にして生み出されたスグリーの潜在能力はこれまでユーノが相手にしてきたどの魔導虚(ホロウロギア)よりも強力で、敵から向けられる攻撃を二本の刀で受け止め険しい表情を浮かべる。

(思ったよりも手強いな。早くこいつを倒してヴァンの援護に回らないと!)

 しかし、一瞬の思考が命取りとなる。

 敵の瞳が不気味に光った次の瞬間―――如意棒を彷彿とさせる武器【ヴァナラ】を操るスグリーの強烈な一撃が間隙を突いたユーノの腹部を直撃。

「ぐあああぁぁぁあああ」

「ユーノっ!!」

 友のピンチを瞬時に悟り、ヴァンデインはユーノを救う為にカルヴァドスから離れる。

 敵に背を向け戦線を離脱した魔王の行動を軽はずみだと思いつつ、カルヴァドスは不敵に笑みを浮かべる。

 

 真昼の空から人が落ちてくるという異常事態に周囲は騒然。

 ユーノはビル壁にめり込んだ状態から、おもむろに体を起こし―――苦虫を踏み潰したよう表情を浮かべる。

「ち・・・・・・なめた真似してくれるよあの魔導虚(ホロウロギア)

「ユーノ!!」

 ちょうどそこへ、ヴァンデインが人目を憚ることなく空から降りてきた。

「怪我はないか!?」

「問題ない。それよりカルヴァドスから離れて良かったの?」

「彼の言う通りだよ。魔王ヴァンデイン・ベリアル」

 頭上を見上れば、カルヴァドスはスグリーを伴い空の上から語りかける。

「味方を気遣うあまり敵に背を向けるなんて愚の骨頂。ボクが相手じゃなかったら真っ先に死んでいた所だ」

「たとえそうだとしても、私は私の友だちを決して見捨てたりはしない。ユーノが私を見捨てなかったように。私は最後までユーノの味方だ」

「ヴァン・・・・・・」

「それに私としてもこの世界が壊れるのは忍びない。ここには私の知らないこと、楽しいこと、興味の尽きないものが数多くある。貴様のつまらぬ狂気や欲望の糧となるなど断じてあってはならぬ!」

 たとえ住む世界が違っても、はぐれ悪魔の凶行によって平和に暮らす人々や町が壊れていくなどゆめゆめ見たくはない。自分が目指す平和な世―――パクス・ディアブロの実現の為にはヴァンデインは命を懸けて戦う事を決意する。

「やれやれ・・・相も変わらず甘い男だよ。その甘さが君自身とお友だちの命、そしてこの世界の命運を分かつものだということを自覚してほしいね」

 パチンと指を鳴らした瞬間、カルヴァドスが魔法陣より召喚したのはいつの間にか捕らわれの身となったすずかだった。

「「な・・・!」」

 我が目を疑う二人にカルヴァドスは嬉々として口にする。

「フフフ・・・この()から恐怖と絶望のエネルギーをたっぷりともらって! 君らのその歪んだ顔を拝ませてもらうとするよ!!」

「すずか!!」

「カルヴァドス、まさかすずか殿を!!」

「フフフ・・・若さとは罪だね。些細なことで人に絶望し、悲しみを増大させるとは!」

 すずかから得られる絶望、悲しみ、負の感情から得られる上質な魔力を吸収―――カルヴァドスはより強大となった力でユーノ達に襲い掛かる。

「逃げるぞ!」

 負傷したユーノを抱きかかえヴァンデインは即座に飛翔。

 カルヴァドスは飛んで逃げる魔王をスグリーとともに追いかけ、後ろから魔力の光弾を乱れ撃つ。

「しかも! 特定の負の感情はとても御しやすい!」

 にたりと笑い、紫色に輝く閃光を発射。射線上に存在するヴァンデインの翼を射抜く。

「ぐあああああ」

「ヴァン!!」

 飛翔能力を奪われ高所から落下する。

 咄嗟にユーノはホールディングネットを張って地面との衝突からヴァンデインを守る。

「だいじょうぶかい?」

「すまない・・・・・・ユーノ・・・・・・」

 刹那、二人の体にバインドらしきものが絡みつく。

「なんだ!?」

「これは、ストラグルバインドか!」

 スグリーが使用したストラグルバインドで身動きを封じられ、強化魔法を打ち消された二人は逃げる手段を失う。

 さらに、正面に回り込んだスグリーが放つ虚閃(セロ)の一撃を受け―――二人は勢いよく吹き飛ばされる。

「「ぐあああああああ」」

 虚閃(セロ)の一撃を受け、ビル壁に深く体がめり込む。

 カルヴァドスは捕らえたすずかから魔力を吸収し続けるかたわら、容易に傷つく二人に些か落胆し始める。

「弱いなー。これが嘗てこのボクを追い詰めた魔王ヴァンデイン・ベリアルか・・・なんだか興ざめだよ。おい、あとはお前の好きにしていいよ」

 すっかり興が削がれたカルヴァドスはスグリーに止めを刺すよう命令。

 絶体絶命のピンチに追い詰められるヴァンデイン。

 と、そのとき―――ユーノが額から汗を拭きだしながらヴァンデインの手を握りしめる。

「ヴァン・・・捕まってて」

 刹那、ユーノの足元に翡翠の魔法陣が展開。強制転移魔法によって二人は辛うじて戦線を離脱する。

「へぇー。空間転移ができる術も持ち合わせているとは。なかなか興味深い人間だよ・・・・・・でも、ボクからは決して逃げられない」

 

           *

 

松前町 松前駅周辺

 

 強制転移で何とかカルヴァドスから離れることに成功したユーノだったが、これまでに蓄積されたダメージで既に息も切れ切れ。

 人目が付かない場所を選んで転移したつもりが座長軸を誤り、駅前の公衆街道に出てしまった。

 しかし、当人はそれを気にしているだけの余力があまり残っていない。ヴァンデインも状況はユーノとほとんど変わらなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・かなり危ない状況だよ」

「くそ。何とか魔力供給の元であるすずか殿をカルヴァドスから引き離れねば・・・「おい、なんだあれ!!」

 直後、人々の驚愕に満ちた声を聴き状況を察して天を見上げる。

 案の定、注目の的となったカルヴァドスがすずかを脇に抱きかかえながら眼下のユーノ達を見下ろしていた。

「すずか!」

 声高に叫んだ瞬間、カルヴァドスの手から放たれた光線がユーノの胸を貫通。

 (ホロウ)のように体の中心に空いた孔から血が噴き出す。ユーノは自身に起きた出来事に驚く間もなく、そのまま力なく倒れる。

「ユーノ・・・・・・ユーノぉぉぉ!!!」

「ユーノ・・・・・・くん・・・・・・?」

 ヴァンデインの叫びによって意識を取り戻したすずかが瞳に光を入れたとき―――見えてきたものは。

「!!」

 目覚めた直後、彼女が目撃したのは胸を貫かれ、夥しい血を流して屍と化して倒れるユーノの変わり果てた姿だった。

「ユーノ君ッツ!!!」

 目を背けたくなる凄惨で絶望的な情景にすずかは涙し悲痛な叫びをあげる。

 カルヴァドスはまるで頑是ない子供の如く、自らが手にかけた相手を見ながら声高に笑いあげる。

「フハハハハハハ!! 魔王ヴァンデイン・ベリアルよ、君の甘さが招いた結果がこれだよ! 君の大事なものを目の前で壊してやったよ! あぁそうだ・・・ついでにこれも壊しちゃえ」

 悪魔染みた笑みを浮かべた途端、カルヴァドスはその手に抱えていたすずかを用済みとばかり無造作に放り投げる。

「きゃああああああ」

「すずか殿!!」

 放たれたすずかを助ける為、傷んだ体に鞭打ち―――ヴァンデインは全力疾走。間一髪のところでキャッチする。

「魔王よ!! 今ここにボクは宣言する!! ここを最初の暗黒郷(ディストピア)として最後まで破壊の音と絶望の叫びで美しいコーラスを奏でてあげるよ!!」

「やめろぉ!!! カルヴァドス!!!」

 魔王の悲痛な叫びを聞き、カルヴァドスはよりそそられた様子で、ひと際歪んだ笑みを浮かべ―――

「いい声だ」

 と言って、天空に無数に出現させた魔法陣から衝撃波を放ち、眼下の建物から高架に至るまで全てを徹底的に破壊する。

 人々は突然の事態に悲鳴を上げて逃げ惑う。

 ヴァンデインは自分に向かって落ちてくる破壊された高架の破片からすずかを守ろうと翼を折り畳む。

 魔王に守られながら、すずかはカルヴァドスによって倒されたユーノの事を考え―――相貌に涙を溜める。

(ユーノ君・・・・・・助けて!!)

 切実なる願いが一滴の涙となって零れ落ちる。

 

 崩れた高架が勢いよく降り注ぐ。

 豪快に破壊された高架下を見ながら中空を舞うカルヴァドス。当初こそ不敵に笑っていたが、すぐさま周囲の異変に気が付き顔色を変える。

「!? まさか・・・・・・」

 猛烈な()()のような感覚に襲われる。カルヴァドスは自身の手が小刻みに震えているのを確かめる。

 この寒気はいわば生物が備え持つ危機察知能力が伝えるもの。ひと言で言えば主に対する防衛本能からくる感情―――“恐怖”である。

 同じ頃、ヴァンデインもカルヴァドスと似た感覚を抱きながらいつまで立っても真上からの重さが加わらない事を不思議に思い、恐る恐る翼を広げる。

 直後、彼はすずかとともに信じ難い光景を目の当たりにし唖然とした。

 崩壊した高架は寸でのところで停止しており、その他の物体も同様に重力を無視した静止状態を保っていた。

「―――これは・・・・・・」

 現実離れした状況に却ってリアクションに困り果てていた折、二人の耳に聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。

 

「まったく――――――・・・はぐれ悪魔ってのはとことん始末が悪い。まさかあんなふざけた奴に()()()()()()()()()()()()()()

 言いながら、崩れた高架や建物を魔力で押さえつける男―――目元や腕などに黒い鱗のようなアザが現れた銀髪のユーノが右手を翳し立ち尽くす。

「ユーノ・・・か・・・!」

「ユーノ君! よかった・・・生きてる///」

「馬鹿な!! 確かにあのときボクは君の心臓を射抜いた! 人間如きが生きてる筈がない!」

 何事も無かったかの如く胸に空いた孔は綺麗に塞がり、悠然と立ち尽くすユーノの生存を本気で疑い動揺を隠し切れないカルヴァドス。

 すると、先ほどまでとは明らかに雰囲気の異なるユーノが口元を緩めるなりカルヴァドスの疑問に答える。

「確かに・・・・・・あのとき一度は死んださ。だが、生憎と今の()はただの人間ではない―――そう、今の俺は翡翠の魔導死神だ」

 言うや、フィンガースナップによってユーノは周囲20キロ圏内に対し封時結界を実施。被害を最小限に抑えるための準備を整える。

「ユーノ君、なにしたの?」

「魔力結界を張った。これで誰にも迷惑かけず存分に戦える」

 すずかの不安を取り除き、魔力で抑えつけていた高架をそっと元の場所へ下ろす。

 少し汗を掻き、安堵した様子で溜息を吐くと―――ユーノは身を呈してすずかを守ろうとしたヴァンデインに感謝の言葉をかける。

「すまないヴァン。すずかを守ってくれて」

「いや。当然の事をしたまでだ。お前こそ、本当に大丈夫なのか?」

 著しく変化したユーノの外見とそれが醸し出す禍々しい霊圧を肌で感じ、憂慮したヴァンデインが恐る恐る問いかける。

 すると、ユーノはやや威圧感を抱かせるものの純粋な笑みを浮かべる。

「俺の事は気にするな。それより、これ以上奴の思い通りにはさせない。早々に決着をつけるぞ」

「ああ――――――そうだな」

 ユーノの言葉に同意した途端、ヴァンデインの全身から無意識に抑えられていた魔の力が解放され、今までとは比べ物にならない殺気だったものへ変化する。

「“滅びの力(ルイン・フォース)”か・・・・・・!」

 魔王自身が醸し出す雰囲気と周囲へと広がる魔の波動、そして背後に浮かぶ人型のオーラを見、カルヴァドスは確信を抱く。

 この力こそ魔王だけが持つ理屈に関係なく全てを滅ぼすとされる力―――【ルイン・フォース】であると。

「ユーノ君・・・・・・あの!」

 いつもとは口調も雰囲気も大きく異なるユーノに戸惑うすずかだったが、そんな彼女に対しユーノは強壮型の結界を張り、やがて申し訳なさそうに呼びかける。

「・・・すまない。できれば今の俺の姿をすずかにはあまり見せたくないんだ」

 いつにも増して低い声で懇願した際、ユーノの目線はすずかの方を向いていなかった。彼自身も今の容姿を幼馴染の前に見せるのは本意ではなかった。

 すずかは当惑しつつも彼の言葉を聞き入れることにした。

 彼女が自身の願いを聞き入れた事に深い感謝をするとともに、ユーノは改めて頭上に佇むカルヴァドスに対し、斬魄刀を突きつける。

「―――はぐれ悪魔カルヴァドス。お前のふざけた蛮行もここまでだ。お前はどうしようもなく愚かで独りよがりな悪魔だ。そして心から感謝する。()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()事を後悔させてやる!」

「―――いくぞ、ユーノ!」

 その合図を皮切りにユーノは魔王と勢いよく大地を離れる。

 空中において両者はカルヴァドスへと衝突。すずかは戦況を結界の中から静観し、只管に二人の勝利を祈る事しかできなかった。

「ユーノ君・・・ヴァンさん・・・・絶対に勝って」

 

「ベリアルスラッシャー!」

 12枚ある翼から放たれる紅色に輝くエネルギー体を、無数の手裏剣として撃ち出すヴァンデイン。

 全身の肌を切り裂き、鋭い痛みを伴う魔王の攻撃を受けるカルヴァドスはどこか嬉しそうに口元を歪める。

「“規格外悪魔(アブノーマル・デビル)”の神髄たる滅亡の力(ルイン・フォース)・・・・・・ヘヘヘヘヘ、そうだよ。そうこなくっちゃ。ボクだって本気の君を倒さないと勝った気がしない。いいよ。ここからはボクも全力を出させてもらう!!」

 100パーセントに近い力を解放したヴァンデインに対する敬意とばかり、それまで弄びがちたった態度を改め、カルヴァドスは目の前の獲物を屠る為に全身全霊の力で臨む。

 強大な力と力をぶつけ合う悪魔同士の死闘のかたわら、同じく異能の力を解放したユーノは魔導虚(ホロウロギア)スグリーと対峙していた。

 

 真正面から飛んでくるスグリーの虚閃(セロ)

 だが、ユーノは防御の構えを敢えて取らない。取らずとも今の彼にはどのような攻撃も無意味だと悟っていたからだ。

 爆煙が晴れた先、スグリーが見たのは鬼のような形相で自身を見据える全身無傷で立ち尽くすユーノだった。

「お前の命運もここで尽きる」

 次の瞬間、スグリーの足元の影から無数の黒い鎖が伸びて来て―――全身を貫きながら縛り付ける。

 捕縛に成功したユーノは、シャマルが使う「旅の鏡」に似せた黒ずんだ亜空間の中へおもむろに手を突っ込んだ。

「“奪魂十界封神(だっこんじゅっかいふうじん)”」

 亜空間より現れるユーノの腕がスグリーの体内に入り込む。

 生々しい叫喚を発しながら、肉体から強制的に素体となった悪魔ルドガーの魂が強い力で抜き取られる。

 ユーノは抜き取った魂をすかさず晩翠で斬り捨てる。それにより、魂を抜き取られた魔導虚(ホロウロギア)の肉体はたままち腐食し、砂となって消滅した。

 

「ヘヘヘヘヘ! ハハハハハハ!」

 未だ衝突を繰り返す魔王とはぐれ悪魔。

 一瞬の隙を突いたカルヴァドスの仕掛けた羽根型爆弾がヴァンデインを襲撃。周囲に凄まじい爆風と衝撃が広がった。

「フハハハハハハ。残念でしたー! ボクはここまで八割の力しか出していないんだよー!  フハハハハハ」

「何がそんなにおかしい?」

 声に反応し勢いよく振り返るカルヴァドス。

 背後には紙一重でヴァンデインを窮地から救ったユーノが立ち尽くしていた。

「・・・一度攻撃を加えた相手に対して気を抜きすぎなんだよお前は。『残心』という武道の言葉を知らないのか?」

「き、君は・・・・・・!」

「お前の魔導虚(おもちゃ)は俺が斃した。残るはお前だけだ・・・カルヴァドス」

「くっ・・・まだだ!」

 魔戦斧アドラメレクを振りかざし怒涛の衝撃波を作り出す。

 ユーノはヴァンデインとともに攻撃を避けると、二人がかりでカルヴァドス目掛けて突進する。

「うおおおおおおおお!」

 自分のペースが崩れ始めたことにカルヴァドスは露骨なまでに焦り、攻撃の手が単調なものへ変化する。

 ヴァンデインは飛来するカルヴァドスの魔力光弾を弾き、すかさずユーノが前に出て赤銅色に燃え滾る晩翠の刀身から業火を放つ。

 

「―――()けろ、分荼離晩翠(ぶんだりばんすい)!」

 

 カルヴァドスを対象に周囲を焼き焦がす大爆炎が発生。

 地獄の業火に呑まれたカルヴァドスは辛うじてその熱量に耐えるも、一気に体力と魔力を削られたが―――何故か興奮した様子だった。

「へへ・・・今のはさすがに効いたね。その刀の力かな? イイもの持ってるよ。ボクもほしいなー」

「お前には無理だ。暗黒系最強にして最悪の斬魄刀『晩翠』はこの俺・・・・・・翡翠の魔導死神ユーノ・スクライアにしか操れない」

 

 グサッ―――!

 唐突だった。

 カルヴァドスは身体を貫く鋭い感触に目をも開いた。

 恐る恐る腹部を見れば、漆黒に染まった刃が確かに背中から突き刺さっていた。

「・・・な・・・何だ・・・これは・・・!?」

 吐血するカルヴァドス。険しい顔で自らに気づかれる事なく離れた場所から攻撃を仕掛けた相手―――ユーノに対し問いかける。

「“闇討晩翠・縛魄鬼(ばくはくき)”―――お前の魂は今、俺が完全に掌握した。最早指一本自分の意思で動かすことはできない」。

 はぐれ悪魔の束縛に成功した直後、動けないカルヴァドスの前にこれまで見たことのない形相を浮かべるヴァンデインが瞬時に移動する。

「あ・・・あれ・・・・・・こんなの聞いてない・・・///」

 嘗て経験したことのない恐怖に額から汗が噴き出るカルヴァドス。

 普段滅多に怒りを面に出さない魔王の本気の怒りを目の当たりにした身体は竦み、全身の筋肉が萎縮する。

「・・・なぁユーノ。こいつどうしたらいいと思う?」

「そうだな。とりあえず、町を滅茶苦茶にした罰を与えるというのは?」

「賛成だ。あとユーノやその友だちを傷つけた事に対しても相応の罰を与えんとな。何せ私は魔王だ。魔王たるもの規律を乱す悪魔には制裁を下すこともまた使命なのでな」

「や・・・やめてよ・・・・・・わかったよ・・・ボクの負けでいいよ・・・・・・だからやめようよ!!」

「この期に及んで命乞いとは見苦しいぞ。貴様も悪魔の端くれならば、潔く覚悟を決めることだ」

 静かに口にした魔王は右拳を構え―――魔法陣を複数展開しながら、眼前のカルヴァドスに向けて拳撃を与える。

「歯を食いしばれ――――――」

 瞬間、結界を破壊しかねないほどの強大な魔力爆発が発生。カルヴァドスはヴァンデインの一撃によって遠い異界の彼方へと殴り飛ばされた。

 

「あの・・・今更こんなことを聞くのもおかしな気がするんですが・・・ヴァンさんはその・・・なんなんですか?」

 戦いが終わった後、すずかから向けられる質問にやや羞恥心を抱いた様子のヴァンデイン。

 逡巡した末、下手な嘘をつくことはせず赤裸々に告白した。

「いやー・・・改めて聞かれると恥ずかしいんだが、私は余所の世界で魔王をやらせてもらっている」

 魔王という単語をどう捕らえられるか内心不安だったが、すずかの反応は当初想定していた「怖い」といったものではなく「疑い」そのものに思えてならなかった。

「あ・・・やっぱり信じていないか!?」

「そ、そんなことないですよ! こう見えても私も9歳の頃から魔法使いやってるお友だちがいますし、現にユーノ君だって」

「確かにそれもそうだ。だけど正直この男は魔王として如何なものかと思うんだ。かつ丼くらいで大喜びするわ、ボウリングを卑猥なスポーツと勘違いするわ」

「駄菓子屋を営んでる魔導死神に言われたくないぞ」

「でも今日はほんとにごめんね。すずかを危険な目に合わせちゃって」

「ううん。私は信じてるもん。ユーノ君のこと」

 頬を紅潮させながら自分を信じると口にしたすずかの反応を見―――やや気恥ずかしいもののユーノは彼女の言葉に笑みを浮かべる。

「さて・・・最後の後始末と行くとしようか」

 壊れた高架や周囲の建物などを見ながら、ヴァンデインはおもむろに手を翳す。

「いいのかいヴァン?」

「たとえどんな言い訳をしたところで我々の世界の者がこちら側の世界に迷惑をかけたことは変わりない。支配者たるものその責任は負わねばならん」

 きっぱりと口にし、魔力を練りあげ―――魔王はカルヴァドスとの戦いで破壊された建造物のすべて元通りに復元するのだった。

 

           ◇

 

5月31日―――

松前町 スクライア商店 地下訓練場

 

 ノワールへ帰還するヴァンデインを見送る為、ユーノは店の地下に設置されたあらゆる世界と繋がるゲート―――《幻魔の扉》の前に立つ。

「世話になったな」

「こっちこそ色々ありがとう」

 固く握手を交わす。二人は今回の件を通じてより深く繋がれた事を実感し合った。

「ところでカルヴァドスの事だけど・・・」

 気がかりなのは消えたはぐれ悪魔の事。一抹の不安を抱えるユーノにヴァンデインは難しい表情で答える。

「あのとき、私の魔力で此処とは異なる世界の彼方へと飛ばしてやった。だが奴のことだ。ハイエナのように死肉を啜ってでもしぶとく生き延びているやもしれぬ」

「できればあまり考えたくない話だけどね」

「だが私は今回の件でひとつ確信した」

 そう口にした魔王の言葉に耳を傾けるユーノ。やがて、ヴァンデインはおもむろに語り出す。

「戦場において戦士は常に孤独だ。だが、私はあのとき確かに温もりを感じた。ユーノ・・・・・・お前ほど心強い者はいない。お前がいたから安心して戦えたんだ」

「っ!!」

 その言葉を聞き、ユーノは目を見開き、はっとする。

 

 ―――「ユーノくん、いつもわたしと一緒にいてくれて守っててくれたよね」

 ―――「だから戦えるんだよ。背中がいつもあったかいから」

 

 今は華麗さと強さを兼ね備えた女性がまだ少女だった頃、同じく少年だったユーノに放った言葉。

 随分と昔の事だが、今でも彼の心の中で大事にしてある思い出。

 ヴァンデインはユーノの反応を見、「今こそ一歩を生み出すべきだ」と、心の中で思いながら―――本人には敢えて言葉は送らないことにした。

 おもむろに背を向け、自分が与えた幻魔の扉を潜り―――暗闇の向こうに消えながらユーノに最後の言葉を贈る。

「今度は私の世界へ来い。むろん、ユーノの友だちや家族も大歓迎だ。魔王として、家族ともども心から歓迎する」

 やがて完全に姿が見えなくなり、開かれた扉はゆっくりと閉まる。

 ヴァンデインがノワールへと帰還したのを見送った後、ユーノは沈黙の中で自問自答する。

 ―――「僕は一体、いつまで彼女から目を背け続けるのだろう。」

 今はもう、少女と共に戦ったあの日のようにはいかない。

 分かりきっているのに、それを自覚したのももう随分と前なのに、やはり寂寥を覚える。

 彼女は既に自分の手を借りず、歩き出しているのだ。

 だけどそれでも、この手で彼女を守りたい。彼女に降りかかるあらゆる災厄から彼女とその身の回りの幸せを守りたい。

 そんな呟きは誰にも聞こえる事無く暗闇に消えていく。

 だがいい加減、彼女に目を背け続けることにも自分の臆病さにもうんざりしていた。

 臆病な自分を変える為には、覚悟を決めるしかない。

 もう二度と、大切なものを見失わない為に――――――ユーノは決心する。

「―――ヴァン、お前のお陰で決心がついた」

 

「僕はもう、彼女から逃げることも目を背けることからきっぱり卒業するよ」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 26、43巻』 (集英社・2007、2010)




登場人物
ヴァンデイン・ベリアル
声:梅原裕一郎
20代相当の外見(年齢不詳)。魔界ノワールを統治する魔王であり、上級悪魔「ベリアル家」の現当主。全体で3割しかいない純潔悪魔の一人。黒と紅色のツートンカラーで構成された重力を無視した独特の髪型した白皙の中性的な容姿の男性。一人称は「私」。
本名は「ディアブロス・ブラッドヴァンデイン・オブ・ザ・ベリアル(Diablos Blood Vandein of the Belial)」と名前が長すぎるため、普段は「ヴァン」と略称で呼ぶよう促している
ベリアル家の魔力に加え、「滅びの力(ルイン・フォース)」と呼ばれる強力な力を持つ。あまりに他者とは違う桁違いの能力を持つイレギュラーな存在ゆえに、周囲から「規格外悪魔(アブノーマル・デビル)」と呼ばれており、本人はこの仇名を好んでいない。
細かいことを気にしない豪放磊落な性格。悪魔に対しては純潔悪魔も混血悪魔も等しく慈しみは深く、不戦と平和、繁栄を良しとし、自らが「友だち」と認めた者は、種族の垣根を超えた友好関係を築いている。
カルヴァドス
声:園崎未恵
嘗て「カルヴァドス派」と称される異能のテロリスト集団を率いてノワールを手中に収めようとしたはぐれ悪魔。一人称は「ボク」。
見た目はあどけない雰囲気の美少年だが、外見とは裏腹に自らの欲望を満たす事を目的に人間ばかりか仲間の悪魔すらも騙し、たらしこみ、搾取し利用する外道にして鬼畜。子供のような無邪気さと残酷さを併せ持ち、命を軽視する発言が多く、遊びのように相手を手に掛ける。非常に計算高く人心掌握術と洞察力に長けており、笑顔の裏に残忍で凶悪な裏の顔と狡猾な本性を持つ。



登場魔導虚
スグリー
はぐれ悪魔カルヴァドスが暗黒大元帥であるルドガーを素体に、ウーノから奪った幼生虚と融合させ誕生させた魔導虚。
キンシコウの外見に様々な怪物のパーツを掛け合わせたような姿をしている。
魔力が高い悪魔を素体としている為、戦闘力はこれまでユーノが戦ってきた中でもトップクラスの実力を持つ。
使用する技も実に多彩であり「ストラグルバインド」や「オプティックハイド」を始め、如意棒型の武器「ヴァナラ」を用いて攻撃したり、更には虚閃を放って攻撃するなどして当初はユーノだけでなくヴァンデインも苦しめた。
その後はユーノが解放した能力によって捕らえられ、最期は肉体から魂を抜き取られ、晩翠で斬られた事で消滅の道をたどった。
名前の由来は、インドの叙事詩『ラーマヤーナ』に登場する猿の王の一体である「スグリーヴァ」から。
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