ユーノ・スクライア外伝 PARALLEL STORY   作:重要大事

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アンゴルモア捜索ときどき日常篇①
第27.5話「エグゼクティブアドバイザー業務日誌」


僕の名前はユーノ・スクライア。地球でしがない駄菓子屋をしていたこの身が忙しくなったのは、いつだったろうか。

世紀の天才科学者であり、広域次元犯罪者『ジェイル・スカリエッティ』の脱獄から始まり――アンゴルモア事件の発端ともなった【魔導虚(ホロウロギア)事件】を経て、僕の周りはずいぶんと賑やかになりました。

 

落伍者(らくごしゃ)同然の生活を送っていた僕の前に現れた、死後の世界・尸魂界(ソウル・ソサエティ)からやってきた死神たち、幼馴染の多くが在籍する機動六課の仲間たち、何より僕にとって一番大切な最愛の女性――高町なのは。

 

 今日は、機動六課エグゼクティブアドバイザーとして勤務する僕の日常や業務について、みんなに広く知ってもらう機会にしたいと思う。

 

           ≡

 

新暦079年 6月某日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 アドバイザー室

 

 キンコンカンコンと、昼休みを告げるチャイムが隊舎内に響く。軽い足取りで、高町なのはは弁当の包みを手に、ある場所へ向かっていた。

彼女がやって来たのは、ユーノが普段仕事場として使っているアドバイザー室だ。扉を開けると同時に、子どものような無邪気な笑顔でユーノに声をかける。

「ユーノ君!! お昼ごはんいっしょに食べよー♪」

「うん、この仕事終わらせたらいただくよ」

なのはは、以前から無限書庫で何十冊もの本を同時に読むユーノの姿を何度も見てきた。しかし、事務作業でキーボードを叩く彼の姿には、新鮮なものを感じていたのだろう。彼女は興味を引かれ、顔を近づける。

ユーノはその動きに気づき、少し不思議そうに「なに?」と問いかけるが、手の動きは止めない。

「あ、うんうん! なんでもないよ! お仕事の邪魔してごめんね。それにしてもアドバイザーっていうのも楽じゃないだねー。まだこんなに仕事があるだなんてー」

 そう言いながら、なのははユーノのデスクに山積みとなっている膨大な書類の山を見て口にする。

「それ、全てチェック済みのものだよ」

「え! そ、そうなの? ウソついてない?」

「疑ってるならその目で見てごらん」

 半信半疑のなのはは、ユーノの言葉通り書類を手に取る。恐る恐るページを捲ると、その内容に驚きを隠せない。

「ほんとだ・・・ぜんぶ終わってる・・・・・・しかもわかりやすい」

 事務作業に関しても人並みに熟せるようになってきたなのはだが、ユーノの手際とその完成度には、ただ驚嘆するしかなかった。まるで教科書のように精緻で模範的な仕上がりは、非の打ちどころが一切ない。圧倒的な完璧さがそこにあった。

 呆然と立ち尽くすなのはを横目に、ユーノは作業を続けながらも少し得意げな口調で話し始める。

「こういう事務仕事は慣れてるからね。無限書庫で鍛えたマルチタスクは伊達じゃないんだよー、なのは君」

「は・・・はぁ・・・・・・」

 なのはは茫然自失のまま、呆れるほどの手際の良さに言葉を失う。ユーノはそんな彼女の様子に気づきつつも、口元に微笑を浮かべ、ついにその日やるべき業務すべてを終わらせた。

「おし、今日の事務仕事これでおしまい!」

「え!? もう!? 今ので今日の分終わったの!?」

 一人では到底処理しきれないはずの膨大な作業を、たった数時間で片付けたユーノに、なのはは驚きを隠せず目を見開いた。

「いやー。さすがにちょっと張り切りすぎたかなー。肩が凝って仕方ないよー」

そう言いながら、ユーノは軽く肩を回し、凝り固まった筋肉をほぐす。

「ユーノ君・・・・・・無限書庫やめて駄菓子屋さんに転職したって聞いたけど、普通に現役バリバリだよね」

「まぁやってることは書庫の中でも店の中でも殆ど変わらないからね。それに、何かを調べたり研究したり、分析した結果をまとめたりするのは学者としての性(さが)だから。ある意味、習慣化されてるんだよ」

「そんなもんかなー」

「まぁ僕の事はいいじゃないか。それより、その手にあるのは?」

 ユーノは仕事を終え、なのはが抱えている弁当の包みに目を向ける。なのはは、その視線に気づくと、待ってましたと言わんばかりににっこりと笑みを浮かべる。

「へへ、実は今日はユーノ君にお弁当を作ってきましたー♪」

「え、僕に?」

「うん! 聞いて驚かないでよね。なんとヴィヴィオのお弁当よりも豪華なんだからねー。ユーノ君を思って朝四時起きして作ったんだからねー♪」

朝早くから自分のために手作りの弁当を甲斐甲斐しく準備してくれる、その献身にユーノは驚きながらも、柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとう。うれしいな。僕なんかのために」

その一言に、なのはがピクリと反応する。先ほどまでの笑顔が消え、少しむっとした表情で、ユーノの鼻先が当たるほど顔を近づけた。

「こーら! ユーノ君!」

「は、はい・・・!」

突然のなのはの行動にユーノはたじろぎ、心臓が高鳴るのを感じる。恋人の大胆な仕草に、彼の鼓動はさらに速くなった。

「僕なんかのために、なんて言わないの! はやてちゃんにも言われたんでしょ?」

なのはは、ユーノが無意識に自分を卑下する癖を注意する。その謙虚さは一見好感を持てるが、過剰な自己否定に対しては、彼女や幼馴染達は少し苛立ちすら感じていた。彼の言葉の裏に見え隠れする自信の欠如には、つい溜息を漏らしてしまうことも多かった。

「ごめん、つい癖で」

ユーノは自覚しないまま、幼馴染の心を無意識に傷つけていたことに気づきもせず、謝罪の言葉を口にする。頭を掻きながらの「ごめん」に、なのははわかっているとはいえ、軽く溜息を吐く。

「もう・・・・・・その癖本気で直した方がいいよ。ユーノ君はもっと自分に自信を持っていいんだから」

「努力はしてるんだけどなー」

「じゃあ、もっと努力するように心がけること! 約束だよ!」

なのはは念を押し、ユーノの手を引いて応接用のソファーへと向かう。そして弁当の包みを広げ始めた。

「それじゃあ、お楽しみのお弁当タイーム! じゃじゃーん! ・・・・・・ふぇ?」

「えーっと・・・これは?」

包みを開けた瞬間、なのはは目を丸くして絶句する。対するユーノも驚きこそ控えめだが、目の前の無骨な弁当が、どうにもなのはらしくないことに気づいていた。

「わ、私のユーノ君への溢(あふ)れる思いが詰まったお弁当が・・・・・・変なお弁当とすり替わってる――!!?」

脳天を雷(いかずち)に打たれたような衝撃が、なのはを襲った。どこで間違えたのか、弁当は見覚えのない中身となっていた。

 

一方、休憩室では金太郎が持参した弁当を、恋次や吉良、浦太郎、鬼太郎の四人が囲んでいた。彼らは、金太郎が作ったとは思えないほど繊細で彩り豊かな料理に感嘆の声を上げる。

「見かけによらずうめーな、金太郎の弁当!」

「意外だよな。熊の作った弁当だからもっとこう芋臭いのを想像してたんだが・・・」

「男金太郎、渾身の一品です」

「てか金ちゃんって、いつからこんなに女子っぽいお弁当を作るようになったの?」

「それが私自身覚えがないのだ。まぁ、美味ならばこの際何でも構わんだろう」

「ちげーねーな!」

「その黒豆、僕にも頂けるかな?」

「俺にはその卵焼きをくれ」

作った本人が弁当の中身を覚えていないという、奇妙な状況。しかし、誰も深く追及せず、ただその美味しさを堪能していた。

 

「うぅぅ~~~、せっかくユーノ君のためにがんばってつくったのに・・・・・・こんな筈では~~~!!」

なのはは、思い描いていたユーノとの楽しいランチタイムが一瞬で崩れ去ってしまったことに、嘆き悲しむ。この後、予定では弁当のおかずをひとつずつ箸で摘んで「あ~ん」とユーノに食べさせてあげるという、少し照れくさいけれど幸せなひと時を過ごすはずだった。しかし、その計画は完全にご破算となってしまった。

(この全体的な大味さ加減といい、芋臭い感じのおかずといい、間違いなく金太郎のだ。どこかで取り違えたんだとは思うけど・・・・・・なのはには言わないでおこう)

普段から金太郎の料理に慣れているユーノは、すぐにこの弁当の作り手が誰かを見抜いた。しかし、傷心のなのはにこれ以上追い打ちをかけるようなことは避けるべきだと判断する。彼女の心がさらに痛まないよう、ユーノは口を閉ざすことにした。

悔し涙をそっと隠しながらソファに腰かけるなのはを横目に、ユーノは静かに、しかし確実に金太郎の弁当を食べ進めていった。彼女の気持ちを気遣いながらも、黙々と箸を動かすユーノの姿は、どこか微笑ましくもあった。

 

「スクライア、このあと私と一戦交えてくれ」

「お断りします」

 昼食を終えたユーノがトイレから戻った折、目の前に立ちはだかるのはシグナム。彼女は開口一番、決闘を申し込んできた。しかし、ユーノはすげなくそれを拒絶する。

だが、シグナムはそんなことで引き下がるような甘い性格ではない。ユーノもそれをよく知っていた。彼女は不敵な笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねて迫ってくる。

「翡翠の魔導死神として成長したお前の剣腕を是非とも知りたい」

「知らなくていいです。シグナムさん、僕これでもやることたくさんあるんで。あなたはあなたの仕事をしませんか?」

「騎士の仕事は戦う事だ。それ以外に何がある?」

「ここは古代ベルカじゃないんです。自分の立場と状況を弁えた発言をしてください」

どれだけユーノが正論をぶつけても、シグナムの戦闘への執着は揺らがない。彼女の戦闘狂とも言える性質は、戦いを好まないユーノとは根本的に相容れない。だが、ひとたび火が点いたシグナムのしつこさは半端ではない。二人の間には、温度差が大きく横たわっていた。

遠くからそのやり取りを見守っていたアギトとヴィータは、助けに入ることなく、ただ成り行きを見守っていた。

「あいつも大変だよなー」

「ったく。シグナムの奴・・・・・・ユーノが六課(ここ)にきてからずっーとあの感じなんだ。はやても何とか言ってやってほしいぜ」

「でもしゃーないって。ここ数日、毎晩庭先でレヴァンティンの刃を研ぎながら不気味に笑ってるのを見てたらなー」

シグナムの異常なまでの執着心に、アギトは純粋に恐怖を覚えていた。彼女がユーノと戦いたくて仕方がないというその執念が、徐々に狂気じみてきていたからだ。

「シグナムさん。そこを退(ど)いてくれませんか?」

「いいや退かん。お前と一太刀交わすまではここから一歩たりとも退かん」

ユーノは早く仕事に戻りたいが、シグナムは通せん坊を決め込み、その道を頑として譲ろうとしない。これ以上、時間を無駄にするわけにはいかないと、ユーノは飽くまでも冷静に彼女を説得しようとする。

「シグナムさん・・・・・・子供じゃないんですから、そういう我がままはちょっといただけませんねー」

「この際子供にでも成り下がっても構わん! 貴様と戦うことが出来るのなら、私はどうなってもいい! さぁ、この私と心躍るまでに死合おうぞ!!」

(ちょっと何言ってるかわからないや)

心の中でそう呟き、ユーノはもはやこれ以上話しても無駄だと悟った。傍観していたヴィータとアギトが近づいてくる。

「もう、お前も折れちまえよ。知ってるだろ、こいつのしつこさ」

「一回くらいやってやれって」

ヴィータとアギトは、子供の駄々のようなシグナムの要求を、ユーノに受け入れるよう助言する。しかし、ユーノは首を横に振った。

「心遣い痛み入るよ二人とも。だけどね、彼女の自儘(じまま)には付き合うつもりは毛頭ない」

そう言うと、ユーノは咄嗟に指先から黄色い縄状の霊子を放ち、シグナムの体を捕らえた。

「な・・・!?」

不意を突かれたシグナムは、ユーノの縛道「崩輪(ほうりん)」によって完全に動きを封じられてしまった。

「そんなに動きたくないなら、そこで一生そうしててください」

「なんだこれは!? バインド・・・じゃない!! 鬼道か!!」

シグナムは霊術に囚われ、あれほどの実力を誇る古代(エンシェント)ベルカの騎士ですら、術を解くことは叶わない。身動きできない彼女を横目に、ユーノはさっさとその場を離れた。

「じゃ、僕はこれで失礼します。仕事に戻りますので」

ペコリと軽く頭を下げ、午後の業務のために、ユーノは踵を返しアドバイザー室へと戻っていく。

「ま、待てぇー! 逃げるなスクライアー!!」

シグナムの叫びも虚しく、ユーノは足早にその場を立ち去った。ヴィータとアギトは苦笑いしながら、拘束されたシグナムを見つめる。

「やられたねー、シグナム」

「完全にあっちの方が一枚上手だったな」

「黙れ! ヴィータ、すまないがこれを解いてくれないか?」

「無理だな。魔法と違ってあたしらじゃ鬼道の仕組みはよくわかんねーし、あいつの鬼道はただでさえいろいろ改変してあるんだ。どうすることもできねーよ」

「く・・・・・・私は諦めんぞスクライアぁぁ!! いつか絶対に戦ってやるからなぁぁ!!」

 

「やれやれ・・・・・・あの人の頭には『戦』って言葉しかないのかなー。一護さんが十一番隊の更木隊長から執拗に狙われた時の気持ちが何となくわかった気がする」

どうにかシグナムから解放されたユーノだが、同じ職場で働いている限り、彼女に狙われ続ける未来は避けられないだろう。そんな日々が続くのかと思うと、内心で辟易とした気持ちが湧き上がってきた。

「ですから、こちらは管理局機動六課でして・・・いえ、そんな! すみません!!」

ユーノが廊下を歩いていると、どこからか穏やかでない声が聞こえてくる。声の出所は、フォワード達が普段事務作業をしているオフィスのようだった。

気になって中に入ると、電話応対に困り果てた様子のキャロの姿が目に入った。状況に困り果てるフォワードメンバーの元へ、ユーノはおもむろ近づき何があったか尋ねる。

「どうかしたのかい?」

「あ、ユーノ先生。どうやら間違い電話みたいなんですけど、相手がそれを頑として認めようとしないんです」

「キャロかわいそう」

外部からの非通知着信。しかも、間違い電話だという。キャロは電話対応に慣れていないせいか、終始おっかなびっくりな様子で、彼女の戸惑いが電話の相手にも伝わり、会話の温度感がどんどん高まっているのが明らかだった。

スバル達も交代して助けてあげたいが、うまく説明できるか不安だし、クレーム対応そのものに抵抗があるようだった。

 そんな様子を見かねたユーノは、助けに入ることに決めた。一息吐くと、キャロに念話で指示を送る。

(キャロ。一旦保留にできる? あとは僕に任せて)

(あ、はい! じゃあお願いします!)

涙目になりながら、キャロは地獄で仏とばかりにユーノに目配せして保留ボタンを押す。そして、ユーノがキャロの座っていた場所に腰を下ろすと、すぐに保留を解除して電話応対を再開した。

「たいへんお待たせ致しました。先ほど対応させていただいた女性スタッフに代わりまして、責任者のスクライアと申します。よろしくお願いします。この度は貴重なお時間いただいたにもかかわらず、ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ありません。つきましては、ご用件をもう一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」

ユーノの流暢で柔らかな物腰に、スバル達はもちろん、その場にいた隊員達も注目していた。衆人環視の中、ユーノはまるで世間話でもしているかのように、相手の話を聞きながらスムーズに応対を進めていった。

「はい・・・・・・はい・・・・・・かしこまりました。では、この度はスクライアが対応させていただきました。お電話いただきありがとうございます。失礼いたします」

会話が始まってから、わずか五分足らず。ユーノは無事に電話を終わらせた。

「お、終わったんですか?」

あまりにも鮮やかだったため、ギンガは状況をまだ飲み込めていないようで、恐る恐る尋ねる。

「どうやら話を聞く限り、知り合いの家の番号がわからなくなったみたいだよ」

「そ、そんな事だったんですか?」

ティアナは内心、あまりにも些細な理由だと感じたが、スバルとエリオはユーノの鮮やかな対応に感嘆していた。

「でもすごいです! あっという間でしたね!!」

「どこであんなスキル身に付けたんですか?」

ユーノは軽く笑みを浮かべながら答えた。

「無限書庫で、嫌というほど質の悪いクレームを受けてたし、地球でもコールセンターのアルバイトを経験してるから慣れてただけだよ。あんなの、僕からすればまだかわいい方さ」

「だとしても今の対応はお見事でした。こういってはなんですが・・・・・・あんな不毛な話を、たった五分足らずで終わらせてしまうとは・・・・・・流石です」

少なくともティアナは、やはり内容が不毛だと感じたが、ユーノは笑いながら軽い訓示を添えた。

「たとえ不毛だとわかっていても、きちんと共感してあげることが大切なんだ。相手の話に耳を傾けずに、自分の話ばかりしてたんじゃダメだよ。特に相手の顔が見えない電話口ではなおさらだ。だからそういう時は声に表情をつけて、相手の気持ちを発散させる。それがクレーム対応のコツさ。覚えておくと便利だよ」

「「「「は、はい!」」」」」

「それからキャロ、電話対応するときに『ですから』という言葉は、不適切だから使わない方がいいよ。聞いてる側もあまりよい心象は持たないから、『そのため』みたいになるべく柔らかい表現を心掛けようね」

「はい! わかりました!」

キャロに端的なフィードバックを行い、ユーノはオフィスを後にした。

「か・・・かっこいい・・・・・・」

「さすがは元無限書庫司書長! スキルの高さが半端ないわね!」

「尊敬しちゃうなー」

その後ろ姿はとても大きく、仕事の出来る人間にフォワードの面々や隊員達は、ユーノの仕事ぶりに羨望の眼差しを向けるのだった。

 

           *

 

同隊舎 部隊長室

 

午後の仕事を片付けつつ、ユーノはチェック済みの書類を持って、部隊長であるはやての部屋を訪れた。

「いやー、相変わらず仕事が早いうえに丁寧やなーユーノくんは。ほんま助かるよ」

「クロノから嫌がらせのように毎度大量に発注が来る現場で仕事をしていたときに比べればね」

軽く皮肉を込めて返すユーノ。元々高いスペックを持つ彼のマルチタスクや事務処理能力がさらに磨かれたのは、実はその悪友であるクロノからの過剰な資料請求が原因だったとは。その話を聞き、はやては苦笑を浮かべた。

「それよりユーノくん、さっきスバル達から聞いたんやけど、なんやクレーム処理をめっちゃ鮮やかに片付けたんやってな。ほんまにコールセンターの管理職みたいやったって! やっぱしスーパーバイザーの方が良かったかなー」

「もしもーし。自分でエグゼクティブアドバイザーと決めといて、今さらそれはないんじゃないのかなー」

「冗談やって。あ、そうや。ユーノくんにはこれを渡しておかなあかんかった」

はやては、デスクの引き出しから一枚の書類を取り出し、それをユーノに手渡す。ユーノが目を通すと、それは代替用デバイス登録申請用紙だった。

「あぁそうか・・・・・・僕の斬魄刀(晩翠)はこっちの世界だと質量兵器扱いになるから、本局にデバイスとしての使用許可を取らないといけないんだっけ」

管理世界において、魔法を介さずに直接人体を傷つけるものは広義で質量兵器に分類されており、現行の管理局法ではその使用が厳しく制限されている。だからこそ所持や使用には特別な許可が必要なのだ。

「申請書を出せばだいたい数日中には審査が通ると思うよ。一応申請項目には『刀剣』と表記してもらえばええから」

「了解。あとで書いて渡すね」

そう言って頷くユーノの手にある仕込み杖――封印された彼の斬魄刀「晩翠」を見て、はやてはふとある疑問を抱いた。

「思ったんやけど・・・・・・ユーノくんって恋次さんみたく卍解とかできるん?」

「急にどうしたの?」

「いやー、何となく気になったもんやから。ぶっちゃけどうなん?」

死神である恋次たちと関わるようになって数か月。彼らと同じ力を使えるかどうか興味が湧くのは自然なことだろう。ユーノは特に隠す必要もないと考え、ありのまま答えた。

「結論から言えば、できるよ。習得までに数か月ほどかかったけどね」

「ほぇー、さすがやなー。恋次さんと吉良さんから聞いた話じゃ、卍解を使えるようになるには才能ある死神さんでも十数年から百年近くかかる事もあるって言うてたのに」

「それを言うなら、僕の師匠なんか二日で卍解を会得したんだから」

「ふ、二日っ!?」

聞き間違いではないかと思ったが、真顔のユーノを見ればそれが事実だと悟る。はやての驚愕に対し、ユーノは苦笑しつつ答える。

「まあ、世の中上には上がいるのさ。いやー、ほんと一護さんには尊敬を抱くばかりだよ」

 

           ◇

 

次元空間 時空管理局本局 無限書庫

 

後日、ユーノは本局での用事を済ませ、かつての職場・無限書庫を訪れることにした。

「直接みんなに会うのは四年ぶりか・・・・・・」

少し緊張した面持ちで、古巣へと続く道を進んでいく。

「それでね彼氏ったらね――」

「えー、うそでしょう」

無限書庫の受付に到着すると、若い受付嬢二人が職務の合間に世間話に花を咲かせていた。

「やぁ。久しぶりだね」

ふと声をかけたユーノに気づいた受付嬢達は、驚きの声を上げた。

「「ゆ、ユーノ司書長ぉぉ!!」」

その瞬間、無限書庫のスタッフたちは作業を中断し、一斉にユーノの元へ駆け寄ってくる。

「ユーノ司書長だ!」

「ほんとうだ司書長だ!!」

「本物だわー!」

アリのようにわらわらと集まってくるかつての同僚達に、さすがのユーノも少し当惑した様子を見せた。

「あはは・・・・・・み、みんな元気そうで何よりだよ。というか僕のことはいいから、ちゃんと仕事をしようよ」

「何を言ってるんですか!? 我らが無限書庫のブレーンであり、次元世界を救った英雄・翡翠の魔導死神その人が直接来られたのですよ!」

「仕事なんて二の次です! おい、何をもたもたしているんだ! 直ぐに上等なコーヒーかお茶を用意しろ! お茶請け用の菓子も忘れるなよー」

スタッフたちはユーノをまるでVIPのように扱い始め、どこか申し訳なく感じたユーノは、肩の力を抜くしかなかった。そんな中、騒ぎを聞きつけた無限書庫副司書長のアッシュール・D・ギルガメッシュが駆け寄ってきた。

「ユーノ司書長! 来てたんですね!」

「アッシュールさん、ご無沙汰しています。IRD(イルド)の件は大変でしたね」

ユーノは帽子を取り、軽く会釈する。アッシュールも礼を返しながら、ユーノと握手を交わした。

「やはり、あの一件を収拾したのはあなたでしたか。我々は全員あなたの仕業だと確信していました。洗脳されたIRDのメインシステムを正常に復旧させることができる者など、この世には一人しかいません」

数か月前に無限書庫で発生した騒動――スノッブ・フェランが魔導虚(ホロウロギア)化し、無限書庫のメインシステム「IRD」が暴走した事件だ。禁書指定された本から魔物が解放され、無限書庫は一時騒然と化した。その裏でユーノが秘密裏に事態を処理したことは、アッシュール達には見抜かれていた。

「僕はただ、無限書庫の平穏を取り戻したかった・・・・・・それだけですよ。でもよかったです。あのあと何事なくこうしてみんなが普段通りの仕事ができて」

「ははは。あなたは相変わらず謙虚な方ですねー」

スタッフ達は、翡翠の魔導死神として名を馳せながらも、昔と変わらないユーノの姿に安堵し、笑みを零した。

「それはそうとユーノ司書長、ご存知かどうかわかりませんが・・・・・・」

すると、アッシュールは少し意味深な顔をして続けた。

「実はあの事件と一連の魔導虚(ホロウロギア)事件の功績を称えて、本局が大変誉れある地位を用意してくださったんです」

「え? 地位?」

そんな話は聞いていなかった。ユーノは予想外の話に目をぱちぱちさせた。

「ユーノ司書長、あなたは無限書庫初代総合司書長改め――無限書庫永世名誉司書長となったのです」

「司書長は永久に無限書庫の司書長なんです!」

「おめでとうございます!!」

周りから栄誉を称えられ、拍手が湧き起こる。

しかし、当のユーノは話の内容がよく分からないばかりか、突飛な称号を勝手に与えた上層部の判断に激しく戸惑った。

「いやいや・・・・・・なんですか、その将棋のタイトルみたいなやつは!? ていうか、誰が付けたのその名前!?」

「クロノ・ハラオウン提督、リンディ・ハラオウン統括官並びに三提督満場一致での決定です。その様子だとご存知なかったんですね?」

「今初めて聞きましたよ!! あの腹黒提督と糖尿病ババアめ・・・・・・これまで僕に散々迷惑かけてきた分の罪滅ぼしのつもりかよ。まったく、つくずくズレてるんだからもう・・・・・・」

ユーノは知り合いだからこそ腹を立てつつも、受け入れざるを得なかった。アッシュール達も、ユーノが相変わらず大変な立場にいることを理解し、苦笑しつつ再会を喜んだ。

「ユーノ司書長。今日はいつまでこちらにいらっしゃるんですか?」

「できれば長居したいところなんですが、これでも今の立場はなにかと多忙でしてね。あと三十分くらいしかいられないんですよ」

「でしたら是非、収集書誌部を見てってください! 司書長が辞めた後に結構変わったんですよ!!」

「それを言うなら資料保存課だって負けてねー! ユーノ司書長、是非とも見てほしいものがあるんです!!

「なんなら私たちのところだって!!」

「ずるいぞ、ユーノ司書長は忙しいんだ!」

 スタッフ達は我先にと声を上げ、まるで子供が親に自分の成果を見せようとしているようだった。

「はいはい。喧嘩しないで。順番に見ていくからね」

ユーノはそんな様子に微笑みながらも、自分が来たことで職場が活気づいたことを感じ取った。彼らがどれだけ自分を慕ってくれていたのかを改めて実感し、穏やかな表情で皆に向き直った。

 

           ◇

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課隊舎 食堂ホール

 

また後日。前線メンバーの多くが昼食を摂りながら、テレビに流れるニュースに目を向けていた。

『今日の特集は――今や時の人となっている【翡翠の魔導死神】こと、ユーノ・スクライアさんの素顔にカメラが迫りました。温厚篤実なその人柄とは裏腹に内に秘めた熱い思いとは!? 稀代の天才魔工技師アニュラス・ジェイドとしての顔を持つ彼が世に送り出した数々の画期的な発明品の数々もご紹介いたします!』

 魔導虚(ホロウロギア)事件の収束後、ユーノはメディアに顔を出し、翡翠の魔導死神としての顔とアニュラス・ジェイドとしての顔の両方を公表して注目を集めていた。それ以来、メディアからの取材オファーが絶えず来ているのだ。

「あいつもすっかり有名人だよなー」

「テレビは連日、ユーノさんの話題で持ち切りだ」

恋次と吉良は食事を摂りながら、大々的に取り上げられるユーノに少し羨望を感じていた。そんな中、なのはが口を開く。

「魔導虚(ホロウロギア)事件は次元世界に与えた影響が大きかったですし。なにより、管理局の切り札的存在として再結成された機動六課ですら仕留め切れなかった『ジャガンノート』をたった一人で撃退したと言うことがセンセーショナルに報道されれば、否が応でも大手メディアはユーノ君に注目します」

「でもそれって裏を返せば、管理局の立つ瀬が無くなったって事じゃないの?」

「おうよ! おいしいところはぜんぶ店長に持ってかれちまったもんなー!」

浦太郎と鬼太郎が疑問を投げかけると、話を聞いていたフェイトとはやても意見を述べる。

「私達は公務員ですから、別にそんな事にこだわりはありません。ユーノだってきっと同じことを考えますよ」

「せやけどまぁ、上の中にはユーノくんの活躍をおもしろく思わん人たちもおるからなー。現に給料の取り決めをする際は結構揉めたってクロノくんが言うてたんです」

「え、そうなの?」

なのはは驚いて聞き返す。すると、スバルが突然口を開いた。

「そういえば八神部隊長。ユーノ先生って、アドバイザーとしてのお給料はいくらもらってるんですか?」

「ちょ、スバル! そんないやらしい質問はするべきじゃないでしょ?」

スバルの何気ない質問にティアナは窘(たしな)めるが、スバルを擁護するように、恋次が興味津々の表情で聞き返す。

「いや、俺も正直気になってるんだ。ぶっちゃけどうなんだ?」

厭らしい笑みを浮かべながら問いかける恋次。すると、はやては、周りを確認してから、小声で答えた。

「ここだけの話ですけど・・・・・・私やクロノくんよりも多いです。手取りで三桁はいってます」

その瞬間、全員が驚愕してその場を離れ、興奮した様子を見せた。

「ま、マジでか!?」

「おいおいあいつそんなに貰ってんのか!? いくらなんでも不公平だろうが!!」

天と地ほどにも隔たった給与格差に、恋次は露骨に不満を口にしたが、他のメンバーも、二十代で破格の待遇を受けているユーノに驚きを隠せなかった。はやては咳払いをして、周囲を落ち着かせる。

「たしかに言いたいことはわかります。せやけど聞いてください。最初ユーノくん、給料は要らないって言ってたんです。アニュラス・ジェイドとしてCW(カレド)から報酬は貰っとるし、パテントによる収入もあるから問題ないって。せやけどそれこそ管理局としての立つ瀬が無くなる言うことなんで、人事部のリンディ統括官やレティ提督が何度か頭を下げて説得して、司書長やっとった時と同じかもうちょい下の額でようやっと折れたんです」

「母さんやレティ提督がそんなことを?」

「あの二人って局でも割と権限の高い地位にいる人たちだよね? その二人に頭を下げさせるなんて・・・・・・」

絵面的になかなかレアなものをイメージする中、彼らが何よりも驚いたのはユーノが無償でアドバイザーの仕事をしようとしていた事だった。彼の性格を考えればそれも十分にあり得る話だが、はやての言う通り、それでは公的機関である管理局の面目は丸潰れ。現在の破格の対応にも頷ける結果なのかもしれないと思った。

「手取り三桁ってことはだよ、年収で二千万くらいかな?」

「白鳥がもしユーノだったら、きっとタワマンに引っ越して意味もなくシャンパングラス片手にバスローブ着て、下層社会を見下ろしていただろうな」

と、恋次が白鳥に目を向けながら、下卑た冗談を言う。

「失礼な! 私の品位はそこまで落ちぶれておらん!」

本人は強く否定するが、周りは思わず想像してしまう。

「あ、みんなちょうどいいところに集まってるね?」

すると、そこへ神妙な面持ちのユーノが現れ、なのは達に話しかけた。

「高町隊長、フェイト隊長、八神部隊長、恋次さんはあとで僕の部屋まで来てください」

公式な呼び方からして仕事関連で重要な話があるのは明白だった。どんな話か想像もつかないまま、四人は緊張した様子でユーノを見つめていた。

 

           *

 

同隊舎内 アドバイザー室

 

昼食を終え、なのは、フェイト、はやて、恋次の四人はユーノの部屋へとやって来た。ユーノは四人に目を向けると、静かに話し始めた。

「提出された報告書に目を通しましたが、看過できない不備や誤りが幾つか見つかりましたので、そのフィードバックを行います」

ユーノが彼らを呼び出した理由は、アドバイザーとして報告書の記述に関する指導をするためだった。

「まず高町隊長。あなたの報告書ですが、全体的に一文が長すぎます。さらに、ところどころ口語体が混じっていて、文法にも誤りが散見されます。修正点はすべて添削しておいたので、今日中にやり直して再提出してください」

「うぅ・・・・・・はい」

思いの外、歯に衣着せぬ言葉で胸に突き刺さる正論と言う名のナイフ。ユーノの指摘は的確であり、その報告書は付箋だらけだった。なのはは苦い顔をしながら、手渡された報告書を受け取る。

「次にフェイト隊長。結論は最初に持ってきていますが、細かく書きすぎて全体的にまとまりがありません。もう少し簡潔にまとめてください」

「は、はい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

執務官として文書作成に自信を持っていたフェイトも、ユーノに指摘され項垂れる。付箋だらけの報告書を受け取る彼女も、深く反省している様子だった。

「そして、恋次さん。あなたの報告書は特にひどいです。客観的事実と主観的意見の区別がついていないし、『てにをは』や言葉の使い方も滅茶苦茶です。さらに、途中で何が言いたいのかよく分からなくなっています」

恋次は戦いには強いが、元来事務仕事には不向きなタイプだった。ユーノはこの機会に彼にもしっかりと指導しようと考え、心を鬼にして指摘を続ける。

「いやー・・・俺も自分で書いててたまにわからなくなることがあってなー」

ばつが悪い恋次はユーノから露骨に目を逸らすも、見苦しい言い訳をする恋次にユーノは溜息を吐く。

「自分で分からないことを、どうして僕が分かるんですか? 報告書というのは、事実を簡潔に伝えるためのものであって、憶測や推測に基づいた不確定な情報を書くものではありません。もっと読み手のことを考えてください」

「くぅ・・・・・・わ、わかったよ」

ユーノから手渡された報告書は、なのはやフェイト以上に付箋で埋め尽くされていた。恋次は意気消沈し、深く肩を落とす。

「いいですか、三人とも。文章というのは、明確な構造を持っていなければなりません。意味の塊を一つ一つきちんと繋げて、全体のまとまりを作らないと、読み手に伝わりません。そして何より、読み手の立場になって書くことが大切です。三人はその基本からやり直しが必要です」

「「「はい・・・・・・」」」

厳しいユーノのフィードバックに、三人はすっかり委縮してしまった。事務仕事におけるユーノの実力は圧倒的であり、今まで見逃されていたミスが一気に露見した。

「あははは。みんなダメやなー。報告書の作成は社会人の必須スキルなんやで。その点私は普段から本を読んどるさかい報告書には自信があるよ」

はやては自信満々にそう言ったが、笑っていたのも束の間、ユーノは呆れた様子で書類を取り出した。

「浮かれているところ申し訳ないけど、八神部隊長には別件でフィードバックがある」

「な、なんやて!?」

はやても驚き、ユーノを見つめる。すると、ユーノは一枚の書類を差し出す。

「今期の活動予算案を見せてもらったけど・・・・・・なんだこの無駄な経費の山は? とても正気の沙汰とは思えないよ」

それは、はやてが数日前に提出した機動六課の活動予算見積もり書だった。ユーノはその内容をきっぱりと批判した。

きっぱりと無駄な経費と斬り捨てたユーノとは裏腹に、はやてはまるで言っていることが分からず動揺を隠し切れないでいた。

「む、無駄って・・・ちゃんとクロノくんにも添削してもらったし、必要なところにお金かけてる筈やけど!?」

「ほう? では聞くけど、この『文通費』という項目、具体的に何なのか説明できますか?」

言いながら、ユーノは指でその項目を指し示す。

「えーっと・・・・・・そ、それはやな・・・・・・」

明らかにはやての目が泳いでいる。この反応を見れば一目瞭然だが、彼女はよくわかっていないようだ。

案の定こんな事だろうとは思っていたのか、ユーノは深々と溜息を吐く。

「やはりわからないようだね。当然だよ。これはは君が決めたわけじゃない。本局から指示された内容がそのまま書かれているから気にも留めなかったんだろ」

言うと、ユーノは文通費について説明を始める。

「文通費っていうのは、正式名称『文章通信交通滞在費』の略で、簡単に言うと郵便代、交通費、宿泊費などに使うお金のことだ。文通費は非課税で、領収書も不要、余った費用を返還する義務もない。しかし、その原資は管理局に出資している世界の協力金、つまりは税金なんだよ」

「そ・・・そうなんや・・・・・・」

初めて文通費の意味を理解したはやては、言葉を失った。

「ちなみに、ミッド地上本部が今年採択した予算案では、機動一課から五課まで年間の文通費が全部隊合わせて千二百万G(ギルト)なのに対し、機動六課はその三倍もある。いくら六課の業務が他よりハードだとはいえ、この数字は明らかに異常だ。こんなどんぶり勘定で運営してるから、地上本部から金食い虫だと後ろ指を指されるんじゃないですか?」

ユーノの言葉に、はやても納得せざるを得なかった。本局からの潤沢な予算に甘んじていたとはいえ、実際にはその使い道が明らかに杜撰だったのだ。

「た・・・確かに、ちょいもらい過ぎな面があるのは否めんな。せやけど本局が出してくれるゆうことは、ちゃんとした機動六課の活動費なわけやろ? 使った分はきっちり帳簿もつけるさかい。いくらなんでもそこまで目くじら立てへんでも」

 はやては反論しようとしたが、ユーノは軽侮にも似た表情ではやてを見つめ、即座に彼女の勘違いを指摘する。

「あのね、活動費として認められているのは『部隊交付金』というものであって、文通費はあくまでも『経費』なんだ。民間企業、どこでもそう。最初から百万ぽんと渡され、渡しきり。帳簿さえつければいいなんて民間企業にはないんだ。八神部隊長は入局依頼ずっと公務員の仕事をされてきたので、おそらく民間の経費処理のことを知らないんでしょうね?」

「うっ・・・・・・」

 遠回しな言い方ではあるが、ユーノははやてにルールもよく知らない勉強不足な点を痛烈に批判していた。公務員は、利潤追求を第一とする民間企業に比べ、金融リテラシーが低い傾向にある。無論断言することはできないが、少なくともはやてはお世辞にも金融リテラシーが高いとは言えなかった。

「他にもツッコミどころは山ほどある。クロノに添削してもらったから大丈夫だって? 潤沢な予算が確保されている次元航行部隊の提督の意見を鵜呑みにするなんて。あの男は部隊監査ではあっても会計監査ではないんだ。とにかく、この予算案は到底容認出来るものではない。棄却だよ、棄却! 次持ってくるまでに僕を納得させる真面な予算を作り直しておくように! 以上!!」

最後に強い語気で言い放つと、ユーノははやてが提出した予算案を無造作に突き返したのだった。

 

           *

 

同隊舎内 エントランスホール

 

周囲の仲間たちが心配そうに見守る中、彼らは精神的にかなり重い説教を受けたことに大きなダメージを受け、生気を失いかけていた。

「うぅ・・・・・・この歳で国語力の無さを痛感させられちゃったよ~」

「チクショウ・・・・・・悔しいが、ぐうの音も出ねえ」

「全部事実ですからね・・・・・・まさかユーノからあんなに厳しい言葉を受けるなんて思いもしなかったなー」

「それは私も同じだよ、フェイトちゃん・・・・・・」

語気こそ荒らげなかったものの、ユーノから厳しい指摘を受けたことが、なのはとフェイトには大きなショックだった。二人とも、幼馴染であるユーノに言われた言葉が一層心に響いていたようだった。

だが、彼女達以上に打ちのめされていたのははやてだった。今にも魂が抜けそうなほどの様子を見て、なのはが心配して声を掛けた。

「はやてちゃん・・・・・・だいじょうぶ?」

「まさか、予算案であんなダメ出しを食らうとは思わんかったわ・・・・・・恐るべし、元無限書庫司書長・・・・・・」

はやてもまた、ユーノの正確な指摘を受けて、自分の力不足を痛感していた。積み上げてきた自信が一瞬で打ち砕かれたその現実を前に、彼女は深く落ち込んでいた。

そこに、追い打ちをかけるように浦太郎が口を開いた。

「今さらこれ言うと嫌味に聞こえるかもしれないけど、店長・・・・・・簿記とファイナンシャルプランナー技能士の一級資格を持ってるんだよ。たぶん、はやてちゃんがどんなにお金の管理に自信があっても、あの人はその遥か上の存在だよ」

「ぐぅ~~~!!!」

悔しさと惨めさが一気にこみ上げ、はやては何とか理性で感情を抑えたが、結果として自慢の髪の毛を掻き毟り、ボサボサにしてしまった。

 

           *

 

同隊舎内 アドバイザー室

 

日も暮れ始め、ユーノがデスクで忙しなく仕事をしていると、外部からの映像通信が入った。

「ん? クロノから?」

 発信者は悪友であり、時空管理局提督のクロノ・ハラオウンだった。通信を繋げると、クロノが軽く微笑みながら話しかけてきた。

『やぁ、仕事中失礼するよ。今、いいかな?』

「要件は手短に頼む」

ユーノは乾いた声で返し、通信画面のクロノを見ようともせず、手元の仕事に集中していた。

『そう露骨に視線を逸らさなくてもいいだろうに。まぁいいさ・・・このあとロッサと夕食の約束をしているのだが、君もどうだろう? たまには男三人つもる話をしようじゃないか。ロッサも君に会いたがってるぞ』

クロノは親友のヴェロッサ・アコースとの夕食にユーノを誘おうとしていた。誘いはありがたいが、ユーノはこれを受けるつもりはなかった。

「せっかくのお誘いだけど、今日は他に予定がある。アコース査察官にはお詫びを入れておいてくれるかい?」

『そうか・・・・・・それは残念だ。しかしユーノ、戻ってきて以来その・・・なんというか・・・どこか僕らに余所余所しくないか? それに何だか常に気を張ってるように思える。アンゴルモアの回収はたしかに一筋縄じゃいかないのはわかるが、あまり根を詰めると体に悪いぞ』

 クロノは自分なりにユーノの体調や心の状態を気にかけていた。何より、昔のユーノからは感じなかった見えない壁のような隔たりが確かにあった。四年間と言うブランクがそれを形成するには十分な期間だった事は間違いないが、数少ない男友達であるユーノが、自分の知らない人間になる事が、寂しくもあったのだ。

ユーノはその言葉に一瞬手を止めたが、すぐに仕事を再開し、しばらく間を置いてから答えた。

「別に気を張ってるつもりはないし、お前に心配されるようなことは何もないさ。それよりも今度上層部に文通費を始めとする杜撰な会計処理と、使途不明金に関しての質問状を提出しようと思ってる。そいつを見れば、経理部も真っ青になるような不都合な事実が明るみになるはずだ」

『き、君は・・・・・・それは僕に対する当てつけのつもりか? 今、次元航行部隊の予算を削られるわけにはいかない。それに僕や母さんの立場もあるし・・・・・・あまり上に波風を立てるのはやめてくれないか?』

 クロノは苦い顔をして、ユーノを制止しようとした。しかしユーノは不敵に笑いながら、困惑するクロノを一瞥した。

「僕はただ、多額の協力金を納めている各世界に対して、管理局がそれに見合う働きができる予算の使い道に見直すよう提言しているだけさ。それとも、僕の言うことに何か間違いでもあったかい?」

『それは・・・・・・』

クロノは知っていた。ユーノが言うことはいつだって筋が通っており、理路整然としていた。彼の意見に反論するのは容易ではない。

 口喧嘩では理屈っぽい性格のクロノでもユーノには勝てない。ますますばつの悪い顔を浮かべるクロノをユーノは一瞥し、やがて話を終わらせる。

「とにかく、今日はこの後大事な予定が入ってるから切るよ。また今度誘ってくれ」

 そう言ってユーノは通信を切り、デスクに向かっていた手を止めた。そして、誰もいない部屋で寂しそうに独りごとを呟いた。

「悪いねクロノ。これはお前やみんなを守る為なんだ」

 おもむろに椅子から立ち上がり、ユーノは夕暮れに染まる外を見つめ、決意を固めた表情を浮かべた。

「さてと・・・厄介な任務に行くとしますか」

 

           *

 

首都クラナガン とある高級料亭

 

 クラナガン市内にある高級料亭で、ユーノは緑色を基調としたフォーマルなスーツを着込み、ある重要な会合に出席していた。

「お待たせいたしました」

 襖(ふすま)を開け、ユーノは会食に集う者達に深々と頭を下げる。すでに談笑していた壮年の男達は一様にユーノを凝視し、その全員が高級スーツをまとい、上級階級の人間であることが一目で分かる。

「いや~スクライアくん、こっちこっち! 先生はまだ到着されてないから、座って座って!!」

 すると、陽気な声でユーノを迎えたのは、時空管理局地上本部防衛長官官房審議官、マックス・クラウン少将(49)――飄々とした性格から【ピエロ】の異名を持つ男だ。

「まぁ、一献(いっこん)」

 クラウンはユーノにビールを注ぎながら、軽薄とも取られかねない笑みを浮かべる。

「いやぁ、君や機動六課の活躍は常々拝見させてもらってるよぉ! 素晴らしい限りだねぇ! その調子でどんどん活躍してくださいよ、スクライアくん!!」

「恐縮です・・・・・・」

当たり障りのない言葉を返しつつ、ユーノは周囲を観察する。集まっているのは地上本部と強い結びつきを持つ政財界のトップたち。

(政界、官僚、財界・・・・・・そうそうたるメンバーだな。彼らすべてが『管理局法』の第2条に関する改革を秘かに推し進める勉強会・レオンハルトスタディーに属しているとはな・・・・・・)

 眉間に皺を寄せながら、ユーノは会合の主役が到着するのをじっと待った。やがて襖が再び開き、女将が深々とお辞儀をして主催者の到着を告げる。

「先生がお着きになりました」

 その瞬間、場の空気は一気に引き締まる。やがて参加者全員が入って来た人物に深々と静かに首を垂れる。

「待たせたね」

 仰々しく迎え入れられたのは、時空管理局地上本部現防衛長官であり大将――フィリップ・レオンハルトだった。

 

数時間後、会食も無事に終わりユーノは、料亭を後にしながら密かにある人物と連絡を取り合う。

通信が傍受されないよう専用端末を起動させると、画面に現れたのは背丈の低い老婆――時空管理局本局統幕議長にして、伝説の三提督の一人、ミゼット・クローベルだった。今回の会合は彼女の依頼で出席したものだった。

『内部調査ご苦労様。それで、どうだったかしら?』

「やはりフィリップ大将の最終目標は管理局法第2条の改正・・・・・・管理局の存在意義であるこの条文に、新たな一文を加え現場の判断の元で被疑者の生殺与奪を与えること。つまりは『制圧法』を作ろうとしています」

ユーノの報告に、クローベルは重い表情を浮かべた。

『そう・・・・・・フィリップ坊やは、嘗ての『アンダル事件』で理想と現実のギャップを痛感した当事者の一人。その後、奔走の末に【攻殻魔導隊(こうかくまどうたい)】の設立までこぎ付けたけど、それも道半ばで頓挫。だからこその制圧法・・・・・・彼の気持ちもわからなくはないのだけれどね』

 クローベルは、魔法を基軸とする現在の「傷つけない制圧」と「確保」をモットーとした体制が崩れることを懸念していた。もしレオンハルトの計画が進めば、魔導師と魔法の存在意義が大きく揺らぐことは避けられない。

 すると、画面越しに険しい表情を浮かべるクローベルに、ユーノは自らの考えを述べた。

「クローベル議長。僭越ですが、大切なのは力を持つことではありません。その力とどう向き合うかです。そういう意味では、魔法も質量兵器もどちらも同じ『力』なんですから」

『・・・・・・そうね。あなたの言う通りだわ。引き続き調査の方をお願いしますよ。スクライア特別検察官―――』

 それが、ユーノに与えられた特別な資格を指す言葉だった。クローベルとの通信を終えると、ユーノは夜の街を一人歩きながら心の中で呟く。

(管理局の在り方にどうこう唱えるつもりは毛頭ないし興味も無い。ただ、その先になのは達を傷つける可能が万に一つでもある場合は話は別。僕は僕のやり方でなのは達を守る・・・!! 本局上層部、レオンハルトスタディー、その為にとことん利用させてもらうさ・・・)

 翡翠の魔導死神として、特別検察官としての自分の立場から、自らが守るべきものの為に身命を賭すと心に決めるユーノ。

 彼の進む道は凡人には想像もつかない過酷な道である事は間違いない――――・・・・・・

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 1巻』 (小学館・2010)

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