天才・涅マユリの秘密道具   作:筆先文十郎

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仏宇野は金ほしさに親友を脅すようです(前編)

 隠密機動特別地下室

月光(げっこう)大前田(おおまえだ)のように超高温のサウナ室に入るか、それとも肉と脂肪を削ぎ落とす肉抜きか。好きな方を選べ」

 先日の護廷十三隊対抗リレーで最下位に転落し、超高温サウナ室から出て骨と皮になるまで痩せ細った二番隊副隊長・大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)を背後に、二番隊隊長兼隠密機動総司令官・砕蜂(ソイフォン)は、両手首を後ろ手で縛られ正座した裏見隊分隊員・月光の首に刀を当てた。

「いや! ちょっとわかんないですよ! 何で俺がこんな目に遇わないといけないのですか!?」

 突然味方の隠密機動第一分隊・刑軍になす(すべ)もなく捕らえられ、状況が飲み込めない月光。そんな男に砕蜂は冷たく言い放つ。

「隠密機動に(くみ)する存在でありながら二番隊の最下位脱落を決定的にしたからだ。ついでに最下位になっておかしくなかった四番隊を二位に押し上げたこと。これも大罪だ!」

「いや、本当に意味わかんないし! そもそも四番隊の最下位を望むなら、一番責められるのは第2走者の虎鉄(こてつ)清音(きよね)副隊長が大きく引き離されていた距離を大幅に縮めていたとはいえ、驚異のごぼう抜きをした水城(みずき)でしょう!?」

「水城? ……ああ、あのゴミのことか?」

「え?」

 月光は砕蜂の視線をたどるように視線を移す。

 そこにいたのは

「…………」

 両手首を天井につながれた荒縄で縛られ項垂(うなだ)れている黒髪の女性がつま先立ちの状態で立たされていた。女性の服はズタボロになっており体の至る所から血が流れ出ていた。どれほど立たされていたのか、女性の足元には血の池が出来上がっていた。

音芽(おとめ)ッ!!」

 月光は四番隊十五席の一葉(いちよう)音芽(おとめ)の名前を叫びながら血相を変えて走り出す。

「……あ、あな……た……」

 月光の声に顔を上げた女性はすぐに意識を失い項垂れる。

「今助けるぞ、音芽!!」

 両手首を縛られていることを忘れ、女性を助けようとした月光を

「ウグッ!?」

 直属の上司である裏見隊分隊長の鬼撫(おになで)と檻理隊分隊長・鬼塚(おにづか)静気(しずき)、裏廷隊分隊長・逃隠(にげかくれ)才蔵(さいぞう)が取り押さえる。更には実母であり裏見隊№2の月読(つくよみ)を除く各副分隊長が三人に取り押さえられた月光を取り囲む。

「クソッ! ふざけるなっ! 離せ、離しやがれ、てめぇら!!」

 裏見隊の平隊員でありながら卍解を会得した月光といえど、無防備状態で取り押さえらえた上に大前田希千代と月読を除く、砕蜂と各分隊長&副分隊長達が相手では勝ち目はなかった。

「そうだ、月光。条件を出してやろう」

 そう言って砕蜂はとある金額が書かれた紙を、頬を床に押し付けられる月光に見せつける。

「もし近日中にこの金額に達する金を用意できれば水城を開放してやろう」

「金?」

 そう言って砕蜂は金額が書かれた紙を月光につきつける。そこには

『小学中学と塾通いをして……常に成績はクラスのトップクラス、有名中学有名進学校と受験戦争のコマを進める一流大学に入る……入って3年もすれば今度は就職戦争‥‥頭を下げ会社からの会社を歩き回り、足を棒にしてやっと取る内定……やっと入る一流企業‥‥これが一つのゴールだが‥‥‥‥‥ホッとするのも(つか)()、すぐに気が付く。レースがまだまだ終わってないことを‥‥今度は出世競争。まだまだ自制していかねばならぬ‥‥! 

 ギャンブルにも酒にも女にも(おぼ)れず、仕事を第一に考え、ケスな上司にへつらい取り引き先にはおべっか。遅れずサボらずミスもせず……毎日律儀(りちぎ)に定時に会社へ通い、残業をしひどいスケジュールの出張もこなし‥‥時期が来れば単身赴任‥‥夏休みは数日……そんな生活を10年()続けて気が付けばもう若くない。30台半ば‥‥40……そういう年になってやっと蓄えられる預金高』

 に匹敵する金額が記されていた。

「その金を用意できれば、水城を解放してくれるんだな?」

「あぁ、約束する」

「わかった。用意してやる。だが!」

 そう言って月光は砕蜂を睨みつける。

「もし水城を殺せば、砕蜂……お前を殺す!!」

 

 

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 月光が隠密機動特別地下室を後にした数分後。

「……」

 四番隊平隊士、仏宇野(ふつうの)段士(だんし)は何も言わず自宅の扉を開けるとそのまま自室へ向かう。

「お帰りなさい。珍しいわね、あなたが家に帰って『ただいまっ!』って挨拶しないなんて……!」

 夫の近寄りがたいほどの真剣な空気に、妻の仏宇野(ふつうの)音芽(おとめ)は真剣な表情でたずねる。

葛原(くずはら)の所へ行ってくるから夕飯はいらない」

「わかったわ。でも何のために?」

(とら)われのお前を救うために」

 それ以上のことは何も言わず、仏宇野は自宅を後にした。その後ろ姿を、音芽はポカーンと見ていた。

「囚われの私って……私ここにいるんだけど?」

「音芽ちゃん! お久しぶり!」

 夫の言葉に理解が追いつかない音芽の前にツインテールの可愛らしい美少女が現れる。

「お、お義母様!?」

 音芽は義理の母、仏宇野(ふつうの)八葉(やつは)の格好に驚く。彼女の服は拷問にかけられたかのようにズタズタになっていたからだ。

「お義母様! どうしたんですか、その格好は!?」

「ところでうちのバカ息子見なかった?」

「え?」

 回答ではなく夫の行方を尋ねられた音芽は数秒固まった後に質問に答える。

「お義母様と入れ替わるように家を出ていきましたが……」

「そう……」

 中学生言っても通じる女性は深いため息をついた。

「ところでお義母様……ッ!?」

 音芽は先ほどの質問を再度しようとし、大きく目を見開いた。瞬きした僅かな時間に目の前の美少女は妖艶でグラマラスな美女へと変わっていたからだ。

「あの子も本当にバカよね。嫁に化けた母親くらい見抜きなさいよ。それとも私の成りすましが域に達していたのかしら?」

「意味わからないこと言っていないで早く服を着替えてください!! 普段から男を誘惑するほど服をはだけさせている人がそんなボロボロの服……ハレンチです!!」

 そう言って音芽は周囲を確認すると、急いで月読を家へと入れた。

 

 




次回は12日に投稿予定です。

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