私、魔王の娘である私は、勇者が魔王に倒されるその時を目にしていた。
「ぐぁぁぁぁあ!!!お、おのれ!!勇者めぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「・・・勝った、勝った!!!遂に魔王を倒したぞ!!」
王座に転がる父上の遺体の首を勇者はなんの躊躇もなく、あっさりと切り落とす。
「・・・ん?」
「ひっ!!?」
目が、合ってしまった。
私に気づいて、ゆっくりと歩み寄る勇者。一歩、一歩と近づいてくる。
(殺される!殺される!!)
目の前に迫る『死』の文字。
腰が抜けた足をバタバタさせ必死に後退りをする。しかし、勇者の歩みの方が早い。
「ひっ!?ひいっ!?」
遂に、私まであと一歩。
必死にもがく私を他所に、勇者は明るい口調で口を開いた。
「女の子?なんでこんな所に。」
「魔王に攫われた人じゃないか?もしかして脱走してきたのかもしれない。」
とローブ着た男。
「だとしたら姫の居場所を知ってるかもしれないな。」
大きな剣を担いだ男が続く。
「ねえ?お嬢ちゃん、王冠を被った女の人知らないかな?」
私は完全に腰が抜けてしまって話すことすらできなかった。
「おいグラッド!王座の後ろに隠し通路があるぞ!!」
剣を担いだ男が勇者を呼ぶ。
「おう!わかった。なあローズ、済まないがこの子を・・・。」
「分かったわ、任せて。」
「なら俺は転移の魔法陣を準備する。」
「ああ!姫を助けに行こう!!」
勇者は駆け出して行った。
「もう大丈夫だからね。」
「ひいっ!?」
女に腕を捕まれ、私は咄嗟にその腕を振り払った。
「はは、嫌われてやんの。」
女は走り出しそのままローブの男の頭を殴った。
「いってぇ!?」
「余計なこと言ってないでさっさと魔法陣描きなさい!!」
「はいはい。」
(・・・今なら!!)
私は全力を振り絞って走り出した。
「おっと!」
が、女の操るムチに足を絡め取られ、あっさりと捕まってしまった。
「イヤ!!離して!!殺される!!」
「ぷっ、あはははは!!めっちゃ嫌われてんじゃん!!」
「笑ってないで、この子抑えるの手伝ってくれない!?この子、力が強い!?」
「離して!離して!!」
手の中でもがく。しかし、子供の力では振りほどくことが出来ない。
「へいへい、ちょっと手抑えてくれ。」
ローブの男が私の腕に泥を塗る。
「この!この!!」
力いっぱいに体を掴まれている手を殴る。
「痛い!?ちょっと早く。」
「よし、出来た。これでぐっすり眠る。」
「う・・・。」
力が出せない、視界が歪む。
「は・・・離して。」
「・・・眠ってないじゃない。」
「あ、あれ?おかしいな、耐性がない限りすぐに眠るんだけど。」
「まあ、大人しくなるならいいわ。」
「うっ・・・。」
朦朧とする私は、女の手の中でぐったりしてしまった。
「っと、そっちはどうだ?」
剣を担いだ筋肉質な男が隠し通路から出てきた。
「こっちのセリフよ、姫はどうしたの?」
「俺は邪魔者らしいからな。それより、そのガキどうした?」
「ああ、カナルがこの子に嫌われちゃったから睡眠魔法を掛けたんだ。」
「は・・・離して。」
「・・・の割には眠ってねーじゃねえか。流石は大魔法使い様だな。」
「黙れよ筋肉バカ!」
「ああん?」
私を下ろして女は二人の頭を殴った。
「「なにすんだ!!」」
「喧嘩両成敗。」
「うっ・・・くっ・・・。」
体中の力を振り絞って地面を這う。
「ちょっと嫌われすぎじゃねぇか?」
「スリー、まだ言うの?」
扉まであと少しの所で男に片手で持ち上げられしまった。
「おい。」
「ひ、ひいっ!?」
男の強面を目の前に腰が抜けてしまう。
「おい、こいつ怯えてんぞ、ほんとに何したんだよお前ら。」
「何もしてないわよ。」
「・・・・・・。」
強面にじっと睨みつけられる。
(なに?私、何をされるの?)
「・・・すまんな。」
バシッ、と手刀が首に入る。
それと同時、私の意識は完全に消失した。
***
私が目覚めたのは小さな孤児院。
勇者達は捕えられていた身寄りのない子供をここに預けたらしく、父上が連れてきた玩具もここでニンマリと汚い笑みを浮かべていた。
やはりというべきか、彼らとの会話にはついていけなかった。別に女王様気取りしていた訳では無い。
ただ、そこに価値観の違いがあった。
彼らの信じる友情なる信仰は私は全く理解出来なかったのだ。
私が十歳になると私を取り囲んでいた子供達はまるで玩具に飽きた子供のように勉強や剣術紛いのチャンバラごっこに嗜んでいた。
なんでも、父上の残した魔物を狩り尽くすそうだ。
「くだらない。」
「あん?なんだと?また言ったか。」
「そんな奴に、構ってないで行こーぜ。」
「あ、待ってくれよ!」
「くすくす、男子ったらひっどーい。」
「でも仕方ないんじゃない?そう言われても仕方ないし。」
「それもそうだね。あっはは。」
どうして私はここにいるのだろうか。
類は友を呼ぶ、という言葉がある。確かに彼らは同じような趣味嗜好を持った者が集まっている。
しかし、それなら私も彼ら彼女らの輪の中に入れていたはず。彼らが学んでいる学問や、彼らの遊びも私は知っているのだ。
私が同じ類、人間なら彼らと少なくとも一言ぐらいは言葉を通わせることが出来るはずなのだ。
結果、私は彼らに馴染めなかった。
恐らく、それは私が異端であるからだ。
私の【魔王の娘】としての価値観が私の中にまだ残っている。その時点で私と周囲の常識が食い違っている。
彼女らは集団としての自分たちの安全を確保しようという考えとは裏腹に、私は一個体の特質した人物が集団を統治すると考えている。
現に、彼らのまとめ役、中心人物が彼女らの中で存在する。
集団で生き、集団で死ぬのなら、そもそも私を集団の一部として扱っていないという時点で彼女らは集団でいようとする気は無いのだ。
しかし、周囲はそれを否定する。私を異端として見たから。邪魔者なのだ。
私が周囲に対して第三者目線なのが私が異端たる証拠だろう。
「本当にくだらない。」
これが勇者の守りたかった世界なのかと思うと反吐が出る。
人間は自由だ?いや違う、自由なのは生物であって人間じゃない。
時間の徘徊の自由は生物に等しく与えられた自由だ。だからこそこの生物の進化戦争で人間は有限の環境を獲得した。ありとあらゆるものに名称を付け、現象に【名前】を与えた。
今、人間は自分で自分の首を絞めている。
それが集団であってしまったが故に。
つまり何が言いたいのかと言うと、父上の目指していた夢は、もしかしたら人々を幸福にするものだったのかもしれないという事、そしてその夢を、皮肉にも勇者が最悪の形で壊してしまった事。
勇者が父上と対峙した時の目が恐ろしい。
あれは勇気に満ちたとか、希望に溢れたとか、そんな物じゃない。もっと純粋な。
そう、例えるなら、子供の目だった。
私よりも背が高い、なのに、私よりもはるかに幼い青年が、持て余した力を四方八方に振り回していた。
彼は目は私の記憶にトラウマとして焼き付けられていた。
今日もまた、彼の夢を見るだろう。
***
体を起こし、ボロボロの布切れを体から避けてカーテンを開ける。
どうやらこれをやると普通に見えるそうだ。
普通らしくしていれば見てくれで私を無害と認識し、最終的に輪の中に居ないが外にもいない、という丁度いいポジションに立てる。
もうすぐ十二歳になる私が理解できた数少ない一般常識だ。
とりあえず窓から射す日差しに向かって伸びをする。気持ちがいい訳ではないが、不思議と気力が湧いてくる。
「・・・?。」
おかしい、いつもなら自称友達のライラがノックもせずに朝の挨拶を強要してくるが今日は来ない。
久方ぶりに自分で扉を開けると人気のない廊下に掃除用のバケツが転がっていた。
もしかして寝過ごしてしまったのか。
とりあえず外に出て来てみたがやはり誰もいない。
ガサッ!
「・・・。」
いや、いた。いたと言っても魔獣だが。
草の影から赤い瞳を覗かせている。
なるほど、あらかたこの魔獣が出て皆私を置いて避難したと言ったところか。
「おいで。」
私が手を差し出すと魔獣はゆっくりと歩み寄って来た。
「よしよし。」
私は魔獣のそっと頭を撫でる。
魔獣特有のトゲトゲとした毛の感触が伝わってくる。不思議と心地よい痛みに暫くその頭を撫でていた。
***
ザッザッザッ、という土を蹴る音が近づいてくる。振り向くと五人の屈強な男達が歩いてきた。皆各々に剣や斧を構えている。
「子供?避難が出てるんじゃないか?」
「おいそれより、あの子の後ろにいるの例の魔獣じゃないか?」
「何だって!?嬢ちゃん早く逃げろ!」
「・・・どうして?」
「どうしてって、食われちまうぞ!」
「それはおじさん達がこの子を喰らおうとしてるからでしょ?この子、おじさんが思ってるよりずぅっといい子だよ。」
「魔獣にいいも悪いもあるかよ!いいから早く逃げるんだ!」
「・・・。」
私は魔獣を胸に抱いて「がんばって。」と一言残して魔獣から離れた。
「今だ!殺せ!」
私は無理やり抱き抱えられて遠のいていく魔獣が四人の男に囲まれる姿を見ていた。
***
その夜、孤児院では魔獣の肉が振る舞われた。その肉は脂がのって美味しいらしい。
無論、私は食べられなかった。
別に、食に対して悲しみが湧いたとかではない。単純に他の子が肉を取り合って、私にその取り合いに混ざる術が無かっただけである。
「お肉、食べられなかったね。」
隣に座るライラ。
こちらを見ているが、こいつは私と会話していない。私の見てくれと会話している。
世間的に言われる【こじらせた子】だがこいつのお陰で【輪】の立ち位置が確立できている。わざわざ突き返す必要は無い。
それに、たまに面白い話を持ってくる。
彼女の話の内容はとても濃厚だ。性格はねじ曲がっているのに妙に博識なのがいかにも残念という言葉がお似合いである。
今日は魔獣について語っている。
私は話を右から左に受け流して本を読んでいた。魔獣の本だ。
私の知っている魔獣と本の魔獣は随分と違っていて根掘り葉掘り適当な倒し方やありもしない弱点が綴られていた。
私は読みかけの本を閉じ、地面に投げた。
「あ、もういいの?返してくるね。」
そう言って捨てられた本を拾ってライラは廊下をかけていった。
私は『入っちゃダメ』と縦書きされたプレートを外側のドアノブに引っ掛けて扉を閉めた。
この孤児院には、このプレートのかかった部屋には入らないというルールがある。
夕食を食べた後、彼女は必ず私の部屋にいるのでいつもこうやって追い返している。
悪い意味で憎めない奴。
***
それから月日は流れ、私が十三歳の誕生日を迎える頃。小さな孤児院に一人の来客が来た。
黒いフードを纏った旅人見習いだそで子供からの人気は非常に高く、文字通り輪になって囲まれていた。
「おいおい、どこさわってるんだ。」
その様はまさに着ぐるみに群がる子供。
子供たちは憧れの旅人に目を輝かせた。
「・・・・・・。」
「どうしたの?難しい顔して。」
ライラがどこからともなく現れた。
私はいつもと同じようにライラを無視した。が、その時のライラはいつものライラでは無かった。
「ホントに顔色悪いわよ?大丈夫?」
素直に言うと、大丈夫ではない。
私はあの旅人に群がる子供の目。好奇心に塗れた目が勇者の瞳を思い出させるのだ。
思い出すと手が震えてくる。
しかし、私はライラに自分の体調を気にされたのが気に食わずに強がってその場にとどまった。
「・・・無理しちゃダメよ?」
「・・・・・・。」
私が意識を失う十分前の出来事だった。
***
結果から言うと、私は旅人に看病された。
私が倒れた原因は魔力だ。
医師いわく私の中に溜めこんだ魔力が循環が悪くなり体を蝕んだ、ということらしい。
そこで旅人が私の魔力を多少抜いてくれたらしく私をずっと看病していた。
私が意識を取り戻したのは一度日が沈んだ後の事だった。
***
「ん・・・。」
気だるい体を起こし部屋知らない場所にいるのがわかったと同時、私の隣でベットに体を預けるように寝ているライラに服を掴まれた。
「まだ・・・起きちゃ・・・むにゃ。」
(・・・・・・。)
この時の私はまだ状況が把握出来ないでいた。それこそ、私は自分が倒れてしまったことさえも分からなかった。
「目が覚めたかい。」
黒いフードを取り割と爽やかな旅人が声を掛けた。
「・・・・・・。」
「そう警戒しないで。倒れてたんだよ?」
「・・・?」
無言のまま経過する私に男はそれまでの経緯を話した。
「どう?ここは町の病院。納得してくれたかな?」
「・・・助けてくれてありがとう。」
「ホント、大変だったんだから。キミの魔力、全然抜けないんだもの。もしかして魔法の才能あったりしてね。」
「要らない。私はいつまでここに入ればいいの?」
「あと二日は安静だって。」
「・・・そう。」
「ねえキミ、旅人に興味はあるかい?」
「・・・無きにしも非ずですが。」
「よかったら一緒に旅をしないか?」
「・・・いいわ、付いていきますわ。」
この時の私は一刻も早くこの状況から逃れたいが故に何の迷いもなくあまりにもあっさりと決断した。
「ずいぶんとまぁ。いや、一応孤児院の連中に挨拶は──。」
「要らないわ。あの人たち、私の事なんとも思ってないはずだもの。それより出発はいつにするの?私としては二日後すぐに出たいのだけれど。」
「おいおい、気が早いぜ。今は安静にしてろよ。そこまで言うんだったら二日後出てやるから。」
前のめりになった体を男に押し倒された。
「そう言えば名前を聞いてなかったな。俺はリン。これからよろしく。」
「私は・・・アルディア。アルディアよ。」
混じり合う手のひらを目に風が吹く。