二日後、この村の珍しい訪問者たる旅人は忽然と姿を消し、アルディアも多少話題になったものの三日も経たないうちに噂は静まった。
「どこに向かってるの?」
ぱちぱちと燃える炎を見つめながら疑問を投げかける。
「バルテルってお前んとこよりちょっと大きい村だ。山賊の縄張りになってるようだから出来れば戻って村を通り過ぎる準備をしたい所なんだがな。」
「なにか準備が必要なの?」
「あー、うん。情報とかな。」
「そう。でももう出てしまったからには先に進むしかないわね。」
「戻る気はないんだな。」
リンの発言に首を傾げるアルディア。
「私、おかしなこと言ったかしら?」
「いや、俺がお前のことを少し勘違いしてただけだ。」
リンの発言に更に首を傾げるアルディア。
「お前、そんなにあの村が嫌いなのか?」
「・・・違うわ。村が私を嫌っているの。」
「村が?おいおい、話が見えないぞ。」
「私が異端者として見られた。面倒臭くて放置してたらそれが常識になってた。」
「なんだ、村で悪さでもしたのか?」
「泣かした子供の親と小一時間論争してたら相手が折れて、それから・・・。」
「それで腹いせか?子供相手に・・・あの村の連中いい性格してんな。」
「今日は野宿なの?」
「ああ、毛布がいるか?」
「・・・要らないわ。」
私は自分の服を脱ぎさり木に引っ掛けた。
「おいおい、ストリップショーはゴメンだぜ?大人しく──。」
息を思いっきり吸って【彼ら】を呼ぶ。悲しみに暮れずっと泣いている彼らを。
私が平原に響く声を上げて彼らが来るのは二秒も絶たなかった。
ガサッ!!
「っ!?しまった。ここには魔獣がいるんだったな。」
草むらから一匹、二匹と魔獣が出てくる。
「アルディア下がってろ。ここは──。」
リンが言葉を言い切る前に私は魔獣に近づき、抱きしめた。
「あなた達の子、とても勇敢だったわ。」
少女の肩に抱えられる魔獣はまるで悲しみを分かち合うように寄り添っていた。
「・・・・・・。」
呆気に取られるリン。
私は彼らにしばらく寄り添った後、彼らが何処からか集めてきた干し草を下に敷いて眠りについた。
その間、リンは立ち尽くしたままだった。
***
風に揺れる草の音で私を眠りから覚めた。
目を開けると木に生い茂る葉の天井が瞳に映し出される。起き上がると自分が干し草の上に寝ていたことを思い出す。隣には昨日の魔獣が私を囲むように眠っている。
・・・リンの姿が見当たらない。
私が立ち上がると二匹の魔獣が目覚める。
魔獣に朝の挨拶を交わし引っ掛けた服を取ろうとして、その木の上にリンが眠っている事に気がついた。
器用に足を木に引っ掛けて落ちないように体を支えている。
私は引っ掛けていた服を着て、その木の根元を蹴った。
子供の力でもゆらゆら揺れる木はリンの危機回避能力を覚醒させるには十分だった。
「うわぁぁ!?まだやるのか魔獣め!?」
「リン、何してるの?」
まだ状況の把握できないリンを他所に無理やり話を進める。
「ああ!?知らねえよ!?お前を魔獣から遠ざけようとしたらその魔獣が襲って来たんだ!ここに避難するしかないだろ!」
「・・・・・・。」
「な、なんだよその目は。」
私はリンに背を向け魔獣たちに向いた。
「いい?彼は私の恩人なの。例え彼が夜這いをしようとしても邪魔しちゃダメよ。」
「聞こえんぞ!あと、襲わねえよ!」
「いいから早く降りて来たら?」
「あいにく俺は魔獣と裸で相手する度胸は持ち合わせてないんだよ。」
「・・・・・・。」
私は彼らの頭を撫でた。
「大丈夫、あなた達は強い子よ。」
私が呟くと彼らはまるで何かを察したかのように去っていった。
その後ろ姿は、確実に新しい道へと歩みを進んでいる。
「ふぅ・・・やっと開放されたぜ。」
「リン、本当に何をしたの?」
「なにもしてねぇよ。あとお前、そんな格好で寒くないのか?」
話を逸らすリン。
「そんな?私変な格好してないわ。」
「変だよ!なんで下着履いてねぇんだ!」
し・・・たぎ?ああ、思い出した。父上が健康に悪いと言って使用人から引っぺがしたものだ。私は初めからなかったが、アレを履くのが常人の普通なのか。
アルディアは一つ賢くなった。
しかし、アルディアには疑問が残る。
「健康に悪いのに、なぜ履くのかしら?」
「はぁ、もういいや。」
私はため息を漏らし歩くリンの後ろを首をかしげながら追いかけた。
***
「・・・お!ここが丁度いいな。」
しばらく沈黙が続いたリンが立ち止まる。
「急にどうしたの?」
「この何も無い平原。魔法の練習には丁度いいだろ。」
「リン、魔法が使えるの?」
「いや・・・俺は使えるが、練習するのはアルディア、お前だ。」
「私?」
「そうだ、この旅にお前を連れてこうと考えたのはお前の魔法のセンスがピカイチだったからだ。病院でお前の魔力を調べて分かったんだお前は魔力を成人とは比べ物にならないほど溜め込んでいた。」
「魔法・・・。」
「また溜め込んで倒れない為、自己防衛の術を身につける、一石二鳥だ。」
「そうよ、そうよね。私のため。」
「よし、まずは初期の魔法からだな。まずは魔法陣を描くんだ。これは魔力から物体へ変換させるもので少しずれるだけで大きく異なる魔法が出来る。これが出来なきゃ話にならない。」
リンが素早い手つきで三つ魔法陣を描く。
「これが火、これが水、これが木の魔法陣でそれぞれ役割が違う。」
リンが描いたものは○と△と□という簡単な図形だった。
「魔法陣と言うから大きいのを想像していたけど随分簡単なのね。」
「これが基本だ。まだ土と月、金があるがまずはこの三つ、書いてみろ。」
私は素っ気ない手つきで羽を進めた。
「う・・・。」
と、思いきや、こう言った簡単な図形は手がぶれたり目線が合わなかったりで真っ直ぐ綺麗に書けない。
「図形ってこんなに難しいのね。」
「当たり前だ。だが、赤は大丈夫そうだな。・・・よし。次はこの魔法陣を出来るだけ平らなところに置く。」
「・・・置く。」
「よし、最後に魔法陣に魔力を込める。するとな・・・はっ!」
リンが魔法陣に手を振りかざすと円の書かれた紙から火柱がたった。
「・・・凄い。」
「っと、まあこんなもんだ。まずはやってみな。こういうのはイメージが大事だ。」
「うん。」
私は大きく深呼吸した。
(円に力を込める!)
「てりゃあ!!」
・・・・・・何も起こらなかった。
「て、てりゃあ!!」
もう一度手を振りかざす。
・・・が、何も起こらなかった。
「ま、まあ最初はこんなもんさ。イメージが若干違ったかもしれないしな。」
私はしばらく耳が赤いままだった。
***
結局日が暮れるまでやっても私の魔法陣は火柱どころか小さな火すら吹かなかった。
「うーん、どこかで力をセーブしてるのか?ひとまず今日は休もうか。」
「う、うん。」
私はゴロンと体を地面に転がせた。
空はもう暗くなって星が見える。絶景とまではいかないが、ヘトヘトになった私の心をそれなりに潤した。
「しまった、もうこんな時間か。すぐ作るからちょっと待っててくれ。」
「はぁ・・・はぁ・・・お願い。」
私は上がった息を整えた頃にはリンが食料を調理していた。
食材の殆どが虫だったため見た目はグロテスクだが、味は悪くはなかった。カリッとした噛みごたえに塩の味が効いている。
今まで食べてきた物とは違った感覚に私はしばし感動に浸った。
「凄く美味しかったわ。」
「だろ?ここから遠く北にある村で教わった料理なんだ。美味いうえにどこでも調達できる万能料理だぜ。」
リンは得意げな顔をする。
「リン、私を連れてきたのは何故?」
「言っただろ。お前は魔法のセンスがあった。あれだけ大量の魔力を体にため込めるとなっちゃスカウトするのは当然だろ。」
「それだけ?」
「それだけだよ。」
「本当に?」
「何疑ってるんだよ。」
「・・・ごめん。今日はもう寝るね。」
「そうか・・・っておい!」
リンがワンピースを脱ごうとした私の腕を掴む。
「・・・なに?」
「風邪ひくぞ。」
「大丈夫、あの子が守ってくれるって。」
「あの子?」
アルディアの指さす方向を向くリン。指していたのは顔のような模様の木。
「えっ?」
私はその子にありがとうの一言を呟くと木の根元に大きな穴が現れた。私はワンピースを木の枝に引っ掛けて中に入った。
リンはその時、なぜアルディアが簡単に自分の提案を受け入れたのか分かった。
常識を逸脱した彼女の思考や行動はリンにとって気味が悪かったからだ。
「あ・・・アルディア。」
「・・・なに?」
眠そうに目を擦りながら閉じられた穴から顔を出すアルディアにリンは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「すまん、何でもない。」
明らかに作り込まれた笑顔に私はリンに対して初めて気持ち悪いと感じた。
***
目が覚めて穴から出ると体がベタベタになっていた。穴に目を凝らすと上から樹液がぽたんぽたんと垂れている。体はから樹液の甘い匂いが漂っていた。
二匹の魔獣から教わった子なのだが少々癖が強いようだ。
体に滴る樹液の感覚に耐えながら木に持たれて眠っているリンの肩を揺さぶった。
「起きてリン。」
「ううん?なんだ?アルディア、なんかベトベトしてるぜ。」
まだ寝ぼけている様子のリン。
「水浴びをしたいの。この辺りに川とか池とか無いかしら?」
「それなら・・・ここから北にちょっと行った所に川がある・・・から気を付け・・・。」
言い終えるとリンは再び眠ってしまった。
リンの言う通りに進むと確かに川があった。上流なのか流れは早い。私はなるべく流れの遅そうな所に足をつける。
「つめたっ!?」
もうすぐ寒くなり始める季節。川が涼しいとは言えなくなってきた。
私はそ〜っと足を付けて体にべっとり着いた樹液を落とし始めた。
「おやおや、これは。」
声に振り向くと老婆が立っていた。
***
「リン。私、あなたを連れていけない。」
「違う!これは罠だ!スフィール、ここでお前が出れば奴の思う壷だ!!」
「罠なんて分かってる。でも私が行かなきゃダメなの。」
「どうしてそこまで!」
「私が幸せになるため。私は最愛の人に会って・・・殺される。でも私は・・・それでも不幸じゃないよ。」
「どうして・・・どうして。」
「私が死んで、あなたが不幸になってくれるから。あなたの不幸が私を幸せにしてくれるから。私はずっと私を責められる。」
俺はぐっと歯を食いしばる。
「いつもいつも・・・意味わかんねぇよ!命を粗末にしやがって!それで俺達が不幸になって・・・それで後悔は残らないってのか!?ふざけんじゃねぇよ!」
「リン、この世の幸福は必ず後悔が存在するの。真に晴れ晴れした気持ちでいられる人なんていないのよ。だから、これは当たり前。私が惚れて、私が死んで、私は後悔して幸せになる。」
彼女は優しく言い聞かせるように言った。
「そんなにアイツと幸せになりたいのか・・・。」
「ええそうよ。」
「なら、俺がお前を殺してやる!ここでお前を殺せば村は全滅。誰ひとりとして助かりやしない。そしてお前はその死にゆく様を見届けることなく死ぬ。お前の最愛の人にも会うことは出来ない!!」
「・・・リン、いい加減なこと言わないで。」
「前から思ってたんだ。お前のこと、ずっと妬ましかった!俺より魔法が上手くて俺より優しくて俺より遥かに強くて!!ずっとお前が憎かったんだ!!」
「リン・・・。」
「喜べよスフィール、俺はお前を幸福になんてさせやしない。」
「お願い・・・リン!そこをどいて!!」
「億万不幸の上に成り立つ真の幸福?馬鹿馬鹿しい!どこまで俺を蹴落とせば気が済むんだよ!!そんなワガママ、俺が許るさねぇ!人並外れたお前が人並みの幸福を得られると思うなよ!!」
「邪魔だ・・・、どけぇぇぇぇぇぇ!!!」
「はああぁぁぁぁぁぁ!!!」
***
「・・・っ!?」
目の前に緑の光景が映し出される。
どうやら悪夢を見たようだ。
俺は身体を起こして辺りを見渡す。
見たところ一面木だ。木の隙間からアルディアと魔法練習をした平原が見える。
・・・アルディア?
俺は彼女が入った穴を覗き込む。
中からは酷く甘い匂いが漂っていてその木の枝には昨日彼女が引っ掛けたままのワンピースがぶら下がっていた。
そう言えば、水浴びをしたいとか言っていたような・・・。
「確か・・・ここから北だな。」
俺はぶら下がった彼女のワンピースをカバンにしまった。
***
「なっ!?」
リンは川の小石を踏んで立ち止まる。
確かに川にアルディアはいた。しかし、謎の老婆に後退りしている。
「ほら、危ないからこっちにおいで!」
老婆は必死に呼びかけている。
俺は一目散に走り出した。
「アルディア!危ないぞ!!」
俺が叫ぶと彼女はこちらに気付いた。と同時アルディアは足を滑らせ川に流された。
「まずい!」
俺は懐から木の魔法陣が書かれた紙を取り出して川に丸太を生み出した。
すかさず川に飛び込み丸太に捕まって泳ぐ。川の流れは早く、丸太がなければ俺でも流されそうだ。
しばらく流されてようやく彼女を捕まえて岸に上がる。すると先ほどの老婆が待ち構えていた。
「大丈夫かい!?」
「はい、何とか無事です。」
「はぁぁ。」
老婆は緊張が解れたようにその場に腰を下ろした。
「その子、あんたの子かい?ちゃんと見てなきゃダメじゃない。」
「すみません。それより何か拭くものをくれませんか?」
「洗濯物で良ければあるよ。ほら。」
「ありがとうございます。」
タオルを受け取り、アルディアの体を拭いてやった。アルディアは息をするのに精一杯なのか身体を拭いている間は大きく呼吸してばかりで一言も発しない。
「あんた、旅の人かい?」
「はい。失礼ですがあなたは?」
「あたしゃ、ブラン。バルデルに住んでおるしがない老人じゃ。」
「バルデル?ここからはまだ遠いと思っていたが・・・。」
「それなんですがねぇ──。」
老婆の話は太陽が茜色になるまで続いた。