「サキュバス・・・ですか。」
「そうです。村のみんな街を覆い尽くす霧に惑わされて・・・逃げてきたんです。」
「霧?サキュバスにそんな力なんてありましたっけ?」
「あたしも初めてなのよあんな事。今までサキュバスが霧を出すなんて聞いたことないし、それで街は占領されちゃって。」
「なるほど、それは災難でしたね。」
「あんた、旅の人だったね。サキュバスを追い払ってくれとは言わんで、バルテルの先を行った所に王国騎士団がおる。彼らに助けを呼んでくれないかね?」
「そうしたいところですが、バルテルを通り過ぎると食料が持たなくて。」
「ごめんなさいね。あたしらも急いで街を出てったもんだから食料は少なくて、分けられそうにないんよ。その代わりと言ったらなんだけど馬車なら貸してあげるよ。」
「ありがとうございます。あ、でも馬だけでいいです。」
「おや、乗馬が出来るのかい?」
「昔に色々ありましてね。」
「それなら話は早いね。その子は歩いても大丈夫そうかい?」
振り返りアルディアを見やると先程までのかなり荒い息がだいぶ落ち着いていた。
「歩けるか?」
「・・・うん。」
返事はとても小さかった。
***
ブランさんに付いていくとそこは洞窟だった。洞窟内はバルテルから逃れてきた民衆でいっぱいだ。その中でリンはあることに気づいた。
「女性ばかりですね。」
「ええ、男どもはサキュバスの餌食に。生き残った何人かが討伐に向かったのですが未だ帰りません。」
「事態は相当に切迫している様ですね。」
と、ブランさんは洞窟の一角で止まった。
「これがうちの子です。頭はいいんですが遅いもんで気をつけてね。あの霧がどこまで広がっているかここから見えません。霧が近づいたら警戒した方がいいよ。」
「ありがとうございます。」
「あと、これを持っていきなさい。」
何かの入った袋を渡された。
「これは?」
「傷薬だよ。怪我をしたら塗るんだよ。」
「はい、ではそろそろ行きますね。」
「頼んだよ。」
俺は見送る老婆を背に馬を洞窟の外まで引いた。
「アルディア、お前乗馬は?」
「いいえ、魔獣ならあるけど。」
「そっちの方が難しいから大丈夫だな。」
俺はアルディアを持ち上げ馬に乗せた。
「た、高い・・・。」
「俺にしがみついておけば大丈夫だ。それに、そんなにスピードは出さない。」
「・・・うん。」
俺は馬を走らせた。すると、背中が強く締め付けられる。
彼女に対する不安が少し和らいだ。
(なんだ・・・ちゃんと信用されてるんだな。)
俺は強すぎる締め付けに耐えながら馬を更に加速させた。
***
三時間ほどたった頃、山道の景色は巨大で濃い霧が森の一部を白色で染めていた。
あまりにも不自然すぎる霧、街は遠くからは一切見えない。
その様はまるで街が雲海に沈んでいるのかと錯覚させる。
俺は手綱を少しずつ小刻みに引っ張った。頭を上げられた馬はバランスを崩さないようにゆっくりと速度を下げる。
馬の足が止まると背中の締め付けから開放される。ようやく解き放たれた背中はまだ痛みがじわじわと残っている。
「どうしたの?」
先程まで背中を締め付けていた人物が首を傾げている。ずっと目をつぶっていたのか眉間にはまだシワが寄っていた。
「馬を休憩させる、近くには川もあるし今日はここで野宿だな。」
「まだ日は出てるけど?」
「馬のケアがいるんだ。そうするとだいたい四時間はかかる。」
言いながらアルディアを馬から下ろした。
「・・・リンはいつから馬に?」
地についた少女の突然の質問に頭を搔く。
「昔、王国騎士団に入ってた。その時の上官に叩き込まれたよ。もっとも、馬の扱いだけで戦闘の技術なんて無かったがな。」
「王国騎士団?なんで旅人になったの?」
「色々あってな・・・魔王が死んだ後の騎士団はただのお飾りになったからってのが一番でかい。旅をしながら用心をやった方が稼げるんだよ。」
「・・・本当は?」
アルディアが俺をじっと見つめていた。
女の勘というやつか、俺の嘘はすっかり見透かされていた。
「あんまりいい話じゃないぜ?」
「話すだけでも楽になるでしょう。」
アルディアが魔獣に向けていた微笑がこちらに向いた。まるで子供に向けるような微笑は俺より遥かに大人に感じた。微笑を向けられた子供はいったいどんな反応をするのか。小さい体なのにやけに大人びた雰囲気、なのに知識は見た目通り。
俺は三日間アルディアと共にしても、彼女をイマイチ捉えきれていなかった。
「・・・そうだな、あと五年たった頃には話してやるよ。」
「別に恥ずかしがらくてもいいのに。」
「子供に聞かせる話じゃないんだよ。」
そう言って、俺は馬具を取り外した。
***
二日目の朝、ブランさんから借りた馬は言われた通りの賢さで水をやろうと川に汲みに行ったら既に川の水を飲んでいて、草を刈ってきたら道端の草を食べていて持ってきた草の半分程しか食べなかった。挙句の果てには糞を一箇所にまとめてしており火を焚いても逃げたすどころか一切ひるまないどころか体を木に擦り付けて自分でマッサージし始めた。
一体どんな育てかたをしたらこうも賢くなるのか、実はブランさんはとんでもない大物だったりするのかと内心たじろぐ。
馬を走らせながらブランさんに弟子入りしようかと悩んでいると、アルディアがローブの裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「なんで旅をしているの?」
「言っただろ、金のためさ。あっちこっち飛び回ると困り人なんて沢山いる。依頼主は減らないから安定する。」
「・・・金で人を殺せるの?」
「っ・・・。」
「知ってる?血の匂いってなかなか取れないんだよ。こうやって顔を近づければ嫌でも臭ってくるの。」
「何言ってんだか、魔獣退治の返り血に決まってるだろ。」
「私ね、あの街から連れ出してくれた事は感謝してる。面倒な事ばっかだし、何をやらされても気持ちは晴れなかったから。」
「・・・・・・。」
「私を連れ出したのは単なる人助けじゃないんでしょ?」
「当たり前だ、お前はそこいらの奴よりとんでもない量の魔力を──。」
「私に・・・同情したんでしょ。」
その言葉に、俺は次に言うべき言葉を見失った。
「私が不幸だったから、私が街から嫌われていたから、私が他の子供と明らかに違った立ち位置に居たから、どんな理由かは分からないけど、やめた方がいいわ。」
「・・・深読みしすぎだ。」
「こころは理解出来るものじゃない、それがたとえどんな感情であっても私達はこころを通じ合わせる事なんてできない。通じ合えたと思った瞬間にそれは偏見に変わってしまう。それを基準にしてでしかその人を見れなくなる。その先はどこまで行ってもまっくらなままよ。」
一つ一つの言葉が胸に刺さる。刺さった傷口からドロドロとした感情が漏れ出す。
「お前だって俺のこと決めつけてるじゃねぇか、いい加減にしろよ。」
そしてついに、鋭い言葉を言ってしまう。
「そうよ、私のお先はまっくらだもの。」
優しく諭すような声にはしかし、真っ直ぐとした覚悟があった。しかし、一度漏れだした感情は止まらない。
「それでよく人のこと言えるな。」
「ええ、私は人の道を歩いていないからあなたには化物に見えることでしょうね。」
「はっ!悲劇のヒロイン気取りかよ。そんなんだから村に嫌われたんじゃねぇか?自業自得じゃねぇか。」
「いいのよ、私の不幸は誰かが幸せになれる糧なんだから。」
「っ・・・!?」
昔の知人と酷似した意見に俺の感情は破裂を迎えようとしていた。
「何だってんだよ!!お前も!スフィールも!一丁前なこと言いやがって!!」
「リン!前!!」
遂に破裂した感情は目の前に現れた霧によって意識と共に消えていった。
***
霧に突っ込んだ瞬間、リンの体はだらりと走る馬からずり落ちた。リンの体を掴んでいたアルディアも例外ではなくリンの体と共に地面に叩きつけられた。
「うぐっ!?」
リンの体は三回ほど転り続けてようやく止まった。回転が止まると打ち付けた肩が痛み打ち付けられた衝撃で呼吸が覚束無い。
「ゲホッ!ゴホッ!」
大きく二回咳をする。霧が濃く一寸先までしか見通せない。衝撃のせいなのか先程からキーンという音が止まない。
私は辛うじて視界に捉えられるリンに這い寄って行く。
息はしている、出血もしていない。
「よ、よかった。」
思わず胸を撫で下ろす。リンの意識は依然として無く、石畳に寝そべったままだ。
石畳?
はっとして辺りを見渡す、が、時既に遅くそこは先程まで走っていた山道ではなく街道、バルテルにいた。
「魔力の霧・・・?」
私はこの霧を知っていた、覚えていた。
父上がこの魔法・・・否、現象について調べていたからだ。
この霧は自然に出来た魔力が何らかの原因で一箇所に集中することがある。一箇所に押し固められた魔力は自然界にあるあらゆる物質に対してでさえ魔法陣と見なしてしまう。自然が生み出す魔法なのだ。
つまり、この霧の中では絶えず自然界が生み出した魔法が飛び交っている。この霧の中では何が起こっても不思議じゃない。
私の耳が先程から何も聞こえないのももしかしたらそれが原因なのかもしれない。
私は急いでリンを引きずる。
「お、重い・・・。」
無駄だと分かっていても動かずにはいられない。リンを無性に引っ張ると私は障害物に背を打ち付けた。
・・・扉だ。誰かの家なのか近くには花壇が彩を見せている。
私は外にいるよりかはマシと扉の奥へとリンを引っ張った。
***
扉をくぐると先ほどの真っ白な景色が嘘のように、建物の全貌が見える。
赤い絨毯、黒いゴシックな壁紙。正面に佇む大きな噴水の先には劇で登場するような階段、家と言うよりかは屋敷だった。
「うっ・・・。」
体を打ち付けたせいなのか体がだるい。
「へぇ、あの霧を抜けてきたの。」
階段から声。一目でサキュバスと分かるような変な露出度の服を着た子が階段を一段一段、手を叩いて降りてくる。
「私でもあの霧の侵入を防ぐので精一杯だったのに。あんなデマカセの情報を頼りにここまで来るなんてどんな屈強な御仁かと思ったら、随分可愛らしいじゃない。」
アルディアは沈黙した。今までの【話が通じる子】じゃない・・・と。
「ここまで来たことは賞賛する。でも動かない彼を連れてどうするの?」
「・・・・・・。」
「見た感じただの旅人だけど、まさか迷っちゃったの?それは大変ねぇ。」
「・・・・・・。」
沈黙を貫くアルディア、次にサキュバスから言葉が出たのは五秒後だった。
「そう・・・あなたには効かないのね。」
言葉を言い終わると共にアルディアを一瞬で押し倒した。
「うがっ!?」
「フフ、知ってる?この体制は騎乗位って言ってね、上に乗られた相手のなすがままにされてしまうのよ。フフフ、アハハハハハハハハハハ!!」
お腹に指を当てられる。抵抗しようと手を動かそうとしても足でがっちり固定されて身動きが取れない。
絶体絶命の危機の中、炎の槍がサキュバスを私の体から飛びのかせた。
「あら?もっと寝てても良かったのに。」
「懐かしい笑い声が聞こえたもんでな。」
「リン!?」
むっくりと起き上がるリン。頭を抱えながら魔法陣の描かれた紙を構える。
「へぇ、随分と器用なのね。」
「丁度いい、イライラしてた所なんだ。」
「積極的な人は好きよ。」
「俺はお前みたいな奴は嫌いだね。」
睨み合う二人。
「アルディア、下がってろ。」
身体が疼く。
「・・・・・・ぁ。」
「フフ、フフフフ。」
「・・・アルディア?」
身体の疼きが止まらない。お腹から何かに蝕まれていく。
「効いてきたわね。」
「お前アルディアに何をした!?」
「淫魔の刻印を押してあげたのよ。これで彼女は私たちと同じ、精を搾り取る者となるの。フフ、フフフフ。」
「おいアルディア!しっかりしろ!」
微かに聞こえるリンの声。鼓動の音でよく聞こえない。自然と息が荒くなる。熱い。
「ぅ・・・あぁ、イ・・・だイ。」
遂に立っていられなくなる。口は独りでに動き始める。
「おいアルディア!」
「アき・・・らめル・・・あなたハ・・・ソう。」
私の意識は完全に消失した。
***
「アルディア!アルディア!!」
必死に呼びかけるも心ここに在らずといった様子で座り込むアルディア。
「無駄よ、もう理性なんてない。私の忠実な下僕。さあ、二人で乱れなさい!」
サキュバスが命令を下すとアルディアの体がピンク色の光を放つ。
思わず飛び退いて距離を取る。が、アルディアは依然そこに座ったままだ。
「・・・あら?早く立ちなさい!」
再び命令を下すサキュバス。しかしアルディアは動かない。
バリン!!
屋敷の窓が割れて霧が入ってくる。
「・・・これは、まずいわね。」
驚きを隠せないサキュバス。
窓は次々と割れていき入ってきた霧はアルディアに一点に吸い込まれていた。
「おい!お前一体何をした!?」
「知らないわ。こんなこと初めてよ。」
顔は笑っているが足をガクガクと震わせるサキュバス。本当のようだ。
その間にも霧を吸い続けるアルディア。
街中の霧を吸い付くしたのか窓からは暖かい日が差し込む。赤い絨毯の上に座り込む汚れたワンピースのアルディア。
森で野宿した時に感じた気持ち悪さが体を伝って来る。爽やかな景色の中に立ち込めるドロドロとした空気にリンとサキュバスはその場から一歩も動けない。
まるであの異形から生える氷が自分たちの足を凍らせているようだ。
しかし、俺は目の前に放たれる強力な力に意識を落すことしか出来なかった。
***
「う・・・ん。」
目が覚めると私は絨毯の上にいた。目を擦り眠る前の記憶を思い出す。
たしか、変わった子にお腹に何か植え付けられたような。確認のためにワンピースを捲ってみてもそのような刻印はなかった。
ふと、辺りを見渡すとリンと例の子がだらしなく眠っていた。
曖昧とした記憶の中、私はひとまずリンを起こすことにした。
「リン、起きてリン。」
ぐっすり眠っていて起きる気配がない。
「ぐっ、姫様。」
頭を抱えながらサキュバスが起き上がる。
まだ意識が朦朧としているのかフラフラな状態だ。
「その男はしばらく起きないでしょう。」
「どうして?」
「私の魔法を霧の魔力で跳ね返したことを覚えておられますか?」
「私が・・・跳ね返した・・・。」
「その時に上級催淫魔法である【ナイトメア】が発生したのでしょう。・・・ぐっ!?」
その場に膝を着くサキュバス。
「無理しちゃダメ。」
「フフ、噂通りお優しいのですね。」
「どうすれば起こせるの?」
「霧の魔法と言っても所詮は魔法、魔法陣を崩せば魔法は消えます。私が何とかしましょう。・・・うっ!?」
「わっ!?」
また倒れそうになるサキュバスの体を慌てて受け止める。
「う・・・申し訳ありません。」
「このままでいい、リンを起こして。」
「・・・かしこまりました。」
私はサキュバスの身体を引きずってリンの元まで辿り着いた。
「すぐ取り掛かります。」
サキュバスの手が淡く光る。するとまるで子供が描いたようなぐちゃぐちゃな線が空中に浮かび上がる。
その一つ一つを素早く引きちぎってゆく。
「姫様。」
「なに?」
「お父様の後を継ぎませんか?」
「・・・・・・。」
「私はあの御方に人類のこの先行くべき道を未来を見たのです。だからサキュバスになりました。だから今があります、姫様はお父様の夢を、道半ばで果てた夢を叶えさせようとは思いませんか?」
「・・・ごめんなさい、分からないの。何をしていいのかも、何をするべきなのかも、父上が目指した夢も。」
「姫様はお父様の夢を壊すのですか?」
「父上の夢を壊したのは伝説の勇者。私じゃないわ。」
「あなたが唯一の後継なのです。」
「・・・そうですか。」
サキュバスは大きく息を付き、ぐちゃぐちゃなの線の一本をつつくとリンにまとわりついていた線は塵となって消えた。
「これでひとまずは無事でしょう。」
「そっか。」
「姫様、なぜこのような男と旅をしているのですか?」
「他の子に頼る理由にも行かないし・・・ちょうど良かったから。」
「私でも呼んでくだされば──。」
「父上の部下ではなく、私を姫扱いしない人がよかったの。」
私の反応に歯ぎしりをするサキュバス。
「もうすぐこの男が起きます。私はしばし姿をくらましますが、姫様は?」
「分からない。だって、旅だもん。」
アルディアは微笑を浮かべた。
サキュバスは自分の考えが如何に浅はかであったか、そしてその器の広さにまだ密かな期待を胸に体を引きずって行った。
「頑張ってね。」
静かに見送ると、私はリンに振り返る。
(リン・・・)
ふと、リンの罵声を思い出す。
スフィール、彼が口にした名前。別に嫉妬している訳では無い。心配なのだ。
彼は私とそのスフィールという人を重ねてしまっているかもしれないのだ。
私にはどうすることも出来ない。
「う・・・うぅ。」
リンが私の膝から起きるのを阻止した。
「おわっ!?」
「まだ動いちゃダメ。」
私の膝の上で呆気に取られるリン。質問が飛んできたのは二秒後だった。
「お前・・・正気に戻ったか。」
「うん、もう大丈夫。」
私は頷きリンの頭を撫でた。カチカチとした感触、よほど緊張しているのか髪がベタベタしている。
「水浴びした方がいいよ。」
「うるせぇ、ガキのくせに母親みたいなこと言うんじゃねぇよ。」
そういいながらリンは私の膝から動こうとしない。
「サキュバスはどうした?」
「しばらく隠れるって。追っかけない方がいいよ。あの子、リンのこと気に入ってたみたいだし。」
「・・・冗談だよな?」
「私達も街から離れた方がいいかも。」
「あ、ああ。」
リンはようやく私の膝から頭をあげた。
「アルディア。」
リンが真剣な話をしようとしているのは声だけで分かった。
「何?」
「お前はこの街に残れ。」
「・・・へ?」
数秒遅れて声が出てくる。
「俺はお前を制御出来ない。さっきのを見てわかった。お前を連れて歩くには俺のレベルが足りなさ過ぎる。」
「・・・・・・。」
「大丈夫だ。今回の騒ぎ、お前を匿ってくれるようにこの街の人にいってやる。」
「そんなに私が不気味なの?」
初めて、ストレートな疑問をぶつけた。
「・・・ああ。正直、不気味で仕方ない。一緒にいたくない。」
リンは答えてくれた。
私はその返答に心底安心した。
いままでの嘘を並べたものでは無かった。
「うん、そうだよね。よかった。」
「アルディア・・・。」
「私なら大丈夫。あの村から出してくれる約束は守ってくれたし、悪気が無いことも分かってる。無理をするのは十分だよ。」
そう、リンはもう自分が勘違いしていることに気づいているのだ。
「・・・なに笑ってんだよ。」
「だって、私のせいでずっと無理してたの分かってたから。」
「っ・・・。」
リンは口を開くが言葉は出なかった。私に向けようとした言葉(やいば)を収めそのままトボトボと去っていった。
その後ろ姿は、ずっと私を鋭く睨みつけていた。まるで恨み人を目に焼き付けるかのように、その背中は痛かった。
そこでようやく、私はまた一人になってしまったと気づいた。
***
しばらく時間が経ち、私の腹が悲鳴をあげた頃、ようやく屋敷の外に出た。そこは街の天辺地なのか、黄昏に光る瓦の町並みを一望できた。そこにはちらほらと破壊された街を修復する村人が見え、その中に混じって村人を観察している魔物も見えた。
私はあの子達に街の安全を伝えるべく屋敷から伸びる長い階段を駆け下りた。
「・・・おい、あれ。」
「ねぇ、あれってもしかして・・・。」
すれ違う住民の目線が何故かこっちに向いていることに気づく。
なんだか気持ち悪い。
視線から逃れるように、私は人気のない路地裏に入った。
「きゃっ!?」
路地裏に入ってすぐ、何かを足に引っ掛けて豪快に転んでしまった。
「うっ、臭っ!?」
強烈な異臭に私は引っ掛けたものから距離を取る。
・・・人の骸だ。
霧の魔法のせいなのか腕が無い。
特に驚くことは無かったが死が目の前に転がっていると思うと、私はその場にはいられなかった。
路地裏をかけているとぐちゃ、ぐちゃ、という物音が聞こえてきた。
物音の方向に行ってみると二人の死体に群がる五匹の魔物が一所懸命肉を食いちぎっていた。
食事の邪魔をしてしまったらしい。
「初めまして。」
私の挨拶に犬型の魔獣たちは肉を引きちぎるのを止めた。
「そんな急いで食べなくても大丈夫。この街の脅威は取り払ったわ。」
霧がなくなったことを伝えると魔獣たちは再び死体を食い始めた。
「他のみんなにも伝えて欲しいの。」
私がお願いすると、死体を漁っていた一匹が路地裏の角を曲がって行った。
残った四匹は見つかりにくい場所に死体を引きずる。
霧への恐怖は無くなったようだ。
「あの男の言っていたことは本当だったようですね。」
背後からの声に私は冷や汗を流す。
怪しげな格好をした男が路地裏の影からのっそりと姿を表した。
「淫魔と会話し、これを追い払う。どんな凄腕の魔術師かと思えば、さかこんな小さな子とは。」
「グルルルルル!!」
私の前に二匹の魔獣が出た。しかし男は魔獣に驚くこと無く、それどころか余裕そうな表情も見せた。
「まあまあ、落ち着いて。私はあなたに導かれて来たのです。危害を加えるつもりなどありません。」
「・・・・・・?」
この男は一体何を言っているのだろうか。
私は少なくともこの男は普通の人間じゃないと確信した。
だからこそ、慎重に当たらなければ。
「貴女が魔獣という脅威から我々を解き放ってくれる唯一の希望になる!そうなれば人々は平穏を──。」
「取り戻せないよ。私はこの子達と会話できるだけ、この子達の意思を挫く事は出来ない、しちゃいけない。」
「なら何故魔獣は貴女を襲わないどころか貴女を守っているのです?」
「この子達の意思は紛れもないこの子達の意思。私はそれにあやかっているだけ。」
「魔獣をも取り込むカリスマ・・・という訳ですか。」
「違う、私にそんなものはない。私はこの子達を受け入れただけ。あなたのような人間に忌み嫌われたこの子達を。」
「受け入れる・・・ですか。やはり貴女しか出来そうにないか。」
「何を言っているの?」
「いえいえ、貴方には魔獣と我々人間の橋渡しとなって欲しいのです。」
「無理。私が静止を促してなかったらこの子達はもうあなたを食っている。」
「おやおや、随分と憎まれたものだ。」
「一方的な恨みを向けたのは人間が先。」
「では、貴女は魔獣なのですか?私には人間に見えますが。」
「言ったでしょ、私はこの子達の話を面と向かって効いただけ。」
「・・・これ以上は時間の無駄ですね。」
交渉の決裂。
男は大きく振りかぶり。男との戦闘に構える一瞬が遅く感じる。
もしや、魔獣三匹を追い払う術でも持っていたのか。そう考えると魔獣を見ても堂々としていた理由が分かった。
男の攻撃に身構える一同に。
「どうか!我々をお救い下さい!」
男は地に頭を付けていた。