繋想(けいそう)   作:彩加

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第1話

11年後、ヒカルは7冠を達成した。26才という若さで達成した偉業は囲碁界のみならず大きくメディアに取り上げられた。

その後過労が祟り数日間の入院をした時、色々な人がお見舞いに来てくれた。ほぼ囲碁関係者だった中、あかりが来てくれたのは素直に嬉しかったのを覚えている。

その翌年、一度全てのタイトルで防衛を果たしたものの疲れを取りきれなかったのが原因か次々とタイトルを奪われる。

悔しさを胸に、ひたむきに上を目指すヒカルをあかりは心配そうに見ていたのだった。

 

 

さらに4年後。ヒカル30才。現4冠。

森下9段の研究会にいつもと変わらず出席するヒカル。

まだ始まるには時間があるが、既に検討は始まっている様子。

数人が考え混んでいる中、和谷がヒカルに気付く。

スマホを見せ、

 

「よ! 進藤。お前ならこれ分かるだろ?」

 

と画面をヒョイと見せてきた。

画面には途中になってる対局に対し、次の一手を応えよと書かれていた。

しばらく考え込んで、ヒカルが11-8と言うと和谷はニカッと笑みを浮かべて入力する。

ログインボタンを押し、ワクワクしているとドサッと倒れ込んだのはヒカルで周りはギョッとする。

 

「おい、進藤! 大丈夫か?!」

 

と駆け寄る和谷と冴木。

寝息を立てているヒカルを確認してホッと一安心し、なんて人騒がせなやつだと愚痴る。

 

「こ、これって…」

 

と別の人間が口にした目線の先には、和谷が駆け寄る前に放った畳の上のスマホが実行中に切り替わっている画面だった。

 

「…ということは…」

 

と全員が静まり返りヒカルを見る。

 

「そういう事だろうな」と溜め息混じりに冴木が言い「見た目寝てるだけだから端で寝かせておこう。和谷、手伝え」

 

はい! と和谷はこたえ冴木と和谷で部屋の片隅にヒカルを移動させる

 

──意識のない人間ってこんなに重いのか

 

と頭側にいた和谷が思いながら移動し終えると、

 

「佐…為…」

 

とヒカルが涙を流し寝言を言うのを聞いた。

凍りつく和谷。

 

「こいつ、今saiって言ったぞ」

 

涙を流している事よりもその名前に反応し、部屋にいた全員も凍りついた。

 

「マジでsaiに会えるのか? 俺もダウンロードしよう」

 

と次々とスマホを出して【sai】と書かれたアプリをダウンロードし始める。

 

 

 

「おー、全員そろっとるか」

 

と言いながら森下が部屋に入ってくる。

 

「…進藤は来とらんのか?」

 

と言うと一斉に部屋の隅を見る。

 

「寝とるのか?」

「いや、寝てるというか…」

 

と和谷が実行中のスマホを見せながらはっきりしない態度と困惑し続ける周りを見て

 

「まぁ、良い。始めようか」

 

と森下は答える。

この20年弱の付き合いの中、ヒカルがずっと何かに取り付かれたように上を目指しているのを知っている。いつ倒れてもおかしくないと内心心配していたが、どうやら倒れた訳ではないと知り安心した。

と同時に、たまには寝かせてそっとしておこうと思った。

 

研究会が始まって3時間くらい経った頃だろうか。

検討中、良い次の一手はないものだろうかと全員が考え込んでいると

 

「…あかり……結婚」

 

とヒカルが言った。

 

「お…女の名前…言ったぞ、こいつ」

 

とヒカルが放ったその名前に絶望と驚きが部屋中を駆け巡る。

今までそんな浮いた話を一度もしたことがなかった上、異常とも言える程高みを目指して頑張るヒカルを見てきた和谷にとってヒカルは一生独身なんだと勝手に思っていたから、まさかヒカルから女性の名前、しかも名字でなく、下の名前が出ることに動揺を隠せなかった。

検討中にも関わらず、ヒカルに本当は彼女がいたのかどうかという話題に切り替わってしまった。

珍し過ぎる状況にため息を付く森下。

そのままお開きにしようかと口をあけようとしたとき、ヒカルが目を覚ました。

 

 

「……」

 

無言のまま起き上がりまっすぐ見つめる。

無言のまま周りもヒカルを見ている。

数分経っただろうか、ヒカルは無言のまま起き上がり、碁盤の前に腰を下ろす。

検討中の碁石を片付け、おもむろに打っていく。

静けさの中、碁石を打つ音だけが響いていた。

 

「s…saiだ。この打ち筋はsaiだ!」

 

と口火を切ったのは和谷だった。

 

「相手は誰だ?! saiが負けてる??」

 

騒然とする周りをよそにヒカルはどんどん石を並べていく。

並べ終わるとヒカルは

 

「この棋譜は土産代わりだってさ…saiと碁の神様の対局」

 

と言うとあまりの名局・美しさに皆一同に碁盤を見つめる。

見つめたまま言葉が見つからない状態が続いたが少しすると大興奮して騒々しいほどの検討が始まる。

 

「和谷、オレに付き合え」

 

と言って1人テンションの低いヒカルは和谷を連れて部屋を出る。着いたのは携帯ショップだった。

和谷と同じスマホを買い、アプリまでダウンロードして貰って、使い方を和谷に聞いた。

 

 

 

 

和谷に見せられた対局は見覚えがあった。

しばらく考えて思い出したのは、中学囲碁大会で、ヒカルが塔矢にぼろ負けした一戦だ。

 

───だとすると、この対局は佐為が長考していたのをオレが勝手に打ち始める所だ。

「11-8」

 

とだけ答えた。

 

───こんな問題、問題にすらなってないじゃないか

 

と詰め碁でもない大昔の棋譜にヒカルは疑問を持つ。

和谷が11-8と入力し、ログインボタンを押した瞬間、一瞬体が浮き上がったような感覚になった。と同時に目の前が眩しくなり思わず目をつむる。

目を開けると、そこは大きな門だけがある何もない世界だった。門の前で立ちすくむヒカル。

すると、ゆっくりと門が開き人影が見えたので近寄っていく。

烏帽子と綺麗な長髪、端整な顔立ち。

そこには佐為がいた。

 

「 佐…為… 」

 

思わず涙がこぼれ落ちる。言葉にならない言葉を発しながら佐為に向かって駆け寄って肩に腕を回し抱き付いた。

 

「ヒカル。やっと会えましたね」

 

と佐為が言いながら、自分と変わらぬ背丈になったヒカルを佐為も同じように腰に手を回し抱きしめた。

10数分経って、ようやくヒカルが落ちつくのを見計らい、佐為は

 

「大きくなりましたね。奥に行きましょう」

 

と微笑み奥へ誘導する。

門の中に入ると、青々とした草木に色とりどりな花、雲一つない真っ青な空が広がる不思議な世界。

足元には光ってるような綺麗な砂が一本道に続いている。

最初こそ周りの景色に見とれヒカルもキョロキョロと辺りを見渡していたが、すぐに慣れた後は思い出したように勝手にいなくなった事を怒り、扇子を渡してくれた事にお礼を言い、本因坊のタイトルはずいぶん前に取った、今は4冠…など佐為がいなくなってからの事を全てヒカルは一方的に話し続けた。

 

「毎年秀策の墓前で話してる内容と一緒ですね」

 

と佐為は少しウンザリした様子で、けれど突然消えて寂しい思いをさせてしまった罪悪感からヒカルの話を一から聞いたのだった。

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