相変わらず多忙な日々を送るヒカルだったが、定期的に佐為とも会えて、囲碁サロンでアキラと活発な意見交換を交わし、和谷家での研究会でも楽しい時間を過ごす。
家に帰ればあかりが笑顔で出迎えてくれて、3才になる秀輝も囲碁にのめり込み、本当に充実した日々である。
年が明けてタイトル戦が始まる頃には更に多忙を極めるが心身ともに安定しているヒカルにとっては何でもなく、タイトル防衛を果たし更に5冠への挑戦権を得たのだった。
ある日塔矢と対局の約束をしていたので囲碁サロンに行くと、そこにいた多くの客にタイトル挑戦権を得たヒカルに対して祝福と期待の言葉が送られた。
普段大勢に囲まれる事のないヒカルは戸惑いながらアキラがいる奥の部屋を目指す。
「あ、緒方先生」
「よう、進藤。絶好調じゃないか」
アキラと対局中の緒方は、ヒカルの言葉に反応する。
あれだけ隣で騒がれていたからヒカルが来たのはすぐに分かったのに、なぜアキラが助けに来ないと不満を覚えたが、緒方がいたのでは仕方ないとヒカルは納得する。
「神様が最近お前が全然来ないと嘆いているぞ。お前も忙しいだろうがたまには向こうにも行ってやれ」
「うん、分かった」
ヒカルは緒方の言葉に相づちを打つ。
虎次郎も佐為も居なくなって、神様だけになった神様の世界。1人では囲碁は打てない。どんなに寂しいだろうとヒカルは思い、神様の所にも定期的に行ってあげようと思うのだった。
その日の夜、囲碁サロンを早めに切り上げて帰宅したヒカルはアプリを起動して神様に会いに行く。
「神様! ごめん。久しぶり」
「ヒカル君か。来てくれたんだね」
パタパタと神様に駆け寄りながらヒカルは軽く挨拶をする。
神様もヒカルの元気そうな姿に一安心し笑顔で挨拶を返す。
周りに誰もいない。時の流れが永遠にあるこの世界で、ただ独りを過ごし続けるかと思うとヒカルは少し寂しさを感じると同時に、神様がなんだか小さく見えた。そして、自分の周りの賑やかさに幸福を感じざるを得なかった。
「神様はどうして虎次郎と佐為を送り出したの?」
ヒカルは疑問を口にする。1人くらい残しておいた方が寂しくないはず。
「どうして送り出したかって? ……どうしてだろうねぇ」
神様は苦笑いしながら答えるが、答えになっていない。
「すぐに分かるよ」
と言うとヒカルの肩にポンと手を乗せ碁盤を指差して打とうと誘う。
ヒカルはこれ以上話してもきっと自分には分からないだろうと思い、神様の指導碁を受け始める。
「ヒカル君は私が寂しいと思ってるかね?」
打ち始めて少しすると、神様はふとヒカルに聞く。
「う、うん」
ヒカルは図星だっただけにバツの悪い顔をする。
「私は寂しくなんかないよ。今は恋愛の神のおかげで君が会いに来てくれるだろう。完全な独りじゃないからね」
神様は笑いながらヒカルにそう言うと、ヒカルはなるほどと納得する。
ここにはヒカル以外にも行洋、アキラ、緒方の4人が制限があるとはいえ遊びに来ることが出来る。
完全な独りではなかった。
「じゃ何とか定期的に来れるように時間作るよ。そしたら神様も寂しくないもんな」
とヒカルは笑顔で神様と約束する。
指導碁が終わって碁石を碁笥に戻す。
「進藤!」
声のする方にヒカルが視線を向けるとアキラだった。
「お前も来たのか。俺、もう時間だから戻るよ。塔矢、後よろしくな」
ヒカルはアキラにそう言うと戻っていった。
戻るとあかりと秀輝が横で寝ていた。
あかりと秀輝の頭を優しく撫でる。
「俺、幸せ者だな」
「私も幸せ者よ」
ボソッと小声で言ったつもりだったが、あかりが目を覚ましこちらを見つめている。
「!」
「フフ、遅くなったけどご飯食べる?」
まさか聞かれてたとは思わなかったので急に恥ずかしくなって顔が赤くなるヒカル。
照れてるヒカルを微笑ましく思うあかりだったが、からかう事はしなかった。
ヒカルはバレてないと思っているようだが、【sai】というアプリで意識がどこかに飛んでいる事は久美子を通して知っている。
アキラがアプリを使っている時に起こそうとして、全く意識が無かったのを久美子が勘違いし、救急車を呼ぼうとしたことがあった。
幸い、呼ぶ前にアキラの意識は戻ってきたため大事にはならなかったが、後日同じ事がないようにと、アキラからアプリの説明を受けていた。詳しい事は久美子も教えて貰えなかったらしいが、取りあえずアプリ起動中は寝ているのと変わらないと言うことだけは分かった。そして、saiというアプリ名と咲似に何らかの繋がりがあるのだろうと久美子と話している。
帰宅後すぐ、ヒカルは食事もしないうちにアプリを起動してしまい話しかける間もなかった為あかりは仕方なく秀輝と食事を済ませお風呂に入る。
秀輝が寝入ったのを確認し、自分も寝ようとしたときにヒカルが目を覚ましたようだ。
「そういや、腹減ったな」
お腹を押さえてヒカルがそう言ったので、あかりは起き上がって冷蔵庫に入れていた夕飯の残りを温め直す。
何でもない日常の1コマ。
神様は寂しくないって言ってたけど、きっとただのやせ我慢だろう。
この何でもない日常が急に変わったら、分かってても戸惑うはずだ。
ヒカルは神様の計らいに感謝しつつも、改めて定期的に神様に会いに行こうと決心するのだった。