繋想(けいそう)   作:彩加

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第26話

「いらっしゃい、あかり」

「お邪魔します」

 

久美子があかりを出迎える。

今日は平日の月曜日。

 

いつもはヒカルもいるが今日はいない。あかりだけがお茶をしに来たのだった。

 

陽が高い昼下がり。

 

「こんにちは」

「咲似ちゃん! 今日は学校休みなの?」

 

咲似が顔を出してあかりに挨拶をする。

祝日でもない月曜日。普通なら学校に行ってる時間なのであかりは疑問を口にした。

 

「うん。社会見学があったからその振替なの」

「そうだったの」

 

咲似が説明してあかりは納得する。

 

「こんな所で立ち話もなんだし、入って」

 

久美子はあかりを玄関の中に入るように促す。

あかりが靴を脱ぎ、慣れた足で台所横の居間に向かう。

 

「ヒカルおじさんってプレゼントとかないんでしょ? どうして結婚したの?」

 

咲似はこの前の話が気になり唐突に質問した。

 

「え? どうしてって言われても……」

「惚れた弱味よ」

 

あかりが頬を少し赤らめて口ごもっていると、久美子が当然とでも言いたそうにさらっと答える。

 

「く、久美子~」

「そうなんだ。私もそんな恋愛したいなぁ」

 

あかりがさらに顔を赤らめて困りながら話を止めようとしているが、咲似は妙に納得してしまった。

 

「さ。座って」

「ありがとう」

 

廊下を通り居間に着くと、久美子はあかりを椅子に誘導する。

足はそのまま台所に向かい、冷蔵庫を開けてお茶を取り出す。

咲似も慣れたもので、人数分のコップを出したので、久美子はそのコップにお茶を注いだ。

 

「進藤くんも口にはしたことないけど、あかりの事ちゃんと好きなのよ。本人知らないけど、1週間くらい心の声が聞こえてた事があるの」

「心の声が聞こえた?」

 

久美子と咲似も座り話が始まる。

あかりにとっては恥ずかしいので別の話が良かったが久美子が続けてしまったので、諦めて話をすることにした。

 

「ヒカルが死にかけた時にね。不思議な力が働いたの」

 

 

 

 

 

まだ咲似が生まれる前。佐為が碁の神様の側にお仕えしてた頃。

ヒカルと結婚はしたものの、ヒカルは碁のアプリとやらに夢中で、あかりは少し不満を抱いていた。

 

「またか……」

 

ヒカルの部屋を掃除しようとドアを開けると、ヒカルがベッドに横たわっている。

 

初めての時は、起こそうと声をかけたり体を揺らしたりしたが、意識がないように感じて大騒ぎした。久美子から少し聞いていたので救急車までは呼ばなかったが、その後起きたヒカルがその騒ぎの大きさに驚いて慌てて怒りながら説明されたのを覚えている。

それからは見てる分には寝てるだけだし、時間の制限もあるらしく3時間くらいで帰ってくる。

たまに寝言で笑ってたり悔しがってたりしてるので、それなりに楽しいようだ。

 

「幸せそうな顔しちゃって! フフ」

 

あかりはヒカルの寝顔を見ながら微笑ましく思いながら窓のある方へと足を進める。

カーテンと窓を開けると、涼しい風が頬をなで、結ってない髪が優しく揺れる。

陽の光が部屋の中に差し込むと眩しさから目を細めた。

 

ヒカルも眩しいかもとベッドに近寄ると、少し顔色が悪いのに気付く。

 

「ヒカル? 大丈夫?」

 

ペチペチとヒカルの頬を軽く叩く。

少し汗の量も多い。

側に置いてある携帯画面は実行中に切り替わっているのが見える。

 

「ちょっとヒカル! 本当に大丈夫?」

 

肩を少し強めに押し体を揺らす。

反応はない。

 

「ねぇ、ヒカル! ヒカルってば! 起きて!」

 

いつもの寝てるだけとは違って血の気が失せていくようで顔色が青白くなっていく。

3時間がタイムリミットと聞いているがどれくらい前からやり始めたのかは分からない。

 

「もしかして3時間経ってるとか言わないよね?!」

 

あかりは肩だけでなく、もう片方の手を腕に置きもう一度大きく揺らす。

 

「ねぇ! ヒカルってば……お願いだから……起きて!」

 

声をかけている間もヒカルの顔は血の気が引いて触れた手の体温は少しずつ下がっていくのが分かる。

 

あかりは不安に飲み込まれそうになり小さく体を震わせ、目から大粒の涙をこぼし始めた。

 

「ヒカ……お願い……目……開けて」

 

涙が邪魔をしてヒカルが良く見えない。

泣いて声がうまく出てこなくなる。

 

 

急に部屋が明るくなった。

 

「! な、何?」

 

あかりは驚いて涙を拭くと、そこには綺麗な女性がいた。

軽いウェーブがかかっている長髪の黒髪。

着物姿でとても品の良さを感じる。

良く見れば、彼女自信が淡く光っている。

 

動揺するあかりをよそに女性はにっこり笑ってあかりへと手を伸ばす。

あかりは思わず身構えて目をつむった。

女性はお構いなしにあかりの体へと手をうずめた。

 

一体化したからか、あかりはこの女性が恋愛の神様だと分かった。

探しているのは『徳』であることも分かる。

 

あかりは恐怖を感じなくなり、目を開ける。あかりの体から小さな光る球体を取り出すと神様はヒカルの体にそれを入れた。

すると、ヒカルの顔は血色が戻り体温も上がっていくのをあかりは感じた。

 

「あ、ありがとうございました」

 

あかりは笑って女性にお礼を言うと、女性も笑い返して姿が消えていった。

 

部屋の明かりが元に戻るとあかりはヒカルを見守る。

 

「ヒカル……。戻ってきて! 目を覚まして。ヒカル!」

 

ヒカルの手を両手でぎゅっと握りしめ祈るように叫ぶ。

 

「なんだよ! 互角の対局で調子良かったのに!」

 

ヒカルが急にしゃべり出したので、あかりはビクッと体を一瞬動かしヒカルを見る。

 

「ヒカル……」

 

あかりはヒカルが戻ってきた事に安堵し、涙が流れた。

 

「あ、あかり? 何で泣くんだよ!」

「良かった……ヒカル!」

 

あかりがワンワンとわめきながらヒカルに抱きついた。

ヒカルは最初困ったが、あかりのこの尋常でない大泣きと動揺を見て、表側を向いている携帯画面に目を移すと時計は3時間を過ぎたところで、やっと状況を飲み込む。

ヒカルはあかりを抱きしめ返した。

 

「悪かったよ」

『時間、過ぎてたのか。かなり心配かけちゃったみたいだな』

 

ヒカルがあかりに謝罪する。

 

「心配どころじゃないわよ! 本当に血の気も失せて、冷たくなっていくんだもん」

 

あかりはヒカルがどんな状況にあったのかを泣きながら説明する。

 

「ほんと、悪かったよ」

『神様と夢中で対局してて時間過ぎたなんてとても言えねぇなぁ』

「あきれた! 大変だったのに碁してたなんて! 恋愛の神様が助けてくれなかったら今頃本当にヒカル、死んじゃってたかもしれないのよ!」

 

あかりは怒りをあらわにする。

3時間を過ぎたら死ぬと言うのは聞いている。

 

『そっか。あれ、方便じゃなくて本当だったんだな。恋愛の神様が助けてくれたのか。強制的に戻されたけど、本当なら死んでたんだよな。どうやって戻ってきたんだろ?』

「私の徳をヒカルに移したら戻ってきたよ」

「とく?」

「そう。良い事があるのは普段の行いが良いからだって言うでしょ?」

『じゃ、あかりが受けるはずだったラッキーをオレが貰っちゃったのか』

 

ヒカルは顔を曇らせる。

死ぬはずだった自分を生き返らせる程の善行の積み重ねを代償として貰い受ける。

それはかなりの代償が必要だと誰かに言われるまでもなく分かる。

 

「そんな風に言わないで。私でもヒカルを助ける力があるんだって知って嬉しいのよ。同時に過去の自分に感謝するわ」

「!」

 

ヒカルはあかりの言葉に胸が痛む。

同時にあかりに心配はかけまいと心に決め、ぎゅっと強くあかりを抱き締めた。

 

『ありがとう、あかり。もう心配かけない。戻ってこれたのはあかりのお陰だ。だからこれからの人生はあかりに貰ったものだと思って精一杯愛していこう』

 

あかりは顔を真っ赤にしてうつむく。

 

「私も精一杯愛していきます……」

「え? 何で思ったこと分かる……ん……だよ」

『徳のせいか』

 

ヒカルも恥ずかしくなって顔が真っ赤になり耳まで赤らめる。

全部あかりに筒抜けだったのかと思うと、余計恥ずかしく、あかりを見れなくなってしまった。

 

その後も少しの間、家の中でも会うとこの時の事が思い出されて二人とも赤面し、よそよそしかった。

 

離れても1週間ほどは心の声が聞こえてたみたいで、棋院で話した事も全部あかりに筒抜けだった。

普段面と向かって言葉を発せず素っ気ない態度の多いヒカルの気持ちを計りかねてたあかりにとって、ヒカルの気持ちを知るのは有り難かったようで、思ってた以上に自分を好いてたことが分かりあかりは嬉しかった。

 

 

 

 

 

「あかりさんが良い人なのはまたヒカルおじさんを助けられるように徳を積んでるって訳ね」

「そうなるわね」

 

咲似はあきれたように言うと、あかりは少し困ったように同意する。

 

「同時に進藤くんのダメさ加減が分かるでしょ?」

 

久美子が咲似に笑いながら付け加える。

 

「うん、お母さんが“惚れた弱味”って言ったの、良く分かったよ」

「ハハハ……」

 

咲似が遠い目をしてため息混じりに言うとあかりは苦笑するしかなかった。

 

 


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