結婚後しばらく忙しくてあっちの世界に行けなかったが週1回程度なら【sai】アプリで佐為と神様に会いに行けるようになった頃、子供を授かることができた。
やっぱり精神の安定は重要みたいだ。
焦ってる時は全部が空回ってるようで苦しかったが、少し心に余裕を作るとかえって全部が上手く行く。
途中あかりの体調が悪くなった時はヒヤリとし、周りにせっつかれて色々と馴れない家事をこなしたときは心底母親の偉大さと有り難みを感じた。
胎動を感じることができるくらいに大きく育ってきてからは、新たな生命の誕生に歓喜したと同時に、こんな自分が父親としてちゃんと接する事ができるのか不安が募ったのを覚えている。
アプリであっちの世界に行った時、その事を打ち明けると神様には誰しも通る事だと慰められたが、佐為は唖然としていた。
「なんで何も言わないんだよ?!」
とヒカルは魂が抜けたような状態の佐為に対して顔を赤くして怒る。
「あの小さかったヒカルが……今でも子供のヒカルが父親になるなんて信じられない、、、」
と心の声をだだ漏れで話す。
「俺はもう31才の大人だ!!」
とさらに顔を赤くして佐為に訴える。
神様はそんな2人のやりとりを笑って見ていた。
「ヒカル!! そんな事より一局打ちましょう」
と佐為が対局を持ち掛ける。
「そんな事だとぉ?! 俺は目一杯悩んでるんだから佐為も少しは励ませよ。オレの周り独身ばっかで相談できねぇんだって」
と噛み合わない会話が続いていく。
笑って聞いていた神様がふと真面目な顔になる。
「ヒカル君、君には恋愛の神の加護もある。気楽に構えなさい。ヒカル君の子供は虎次郎の生まれ変わりだから気負う必要もない」
「…え? 虎次郎の生まれ変わり?」
ーーーそう言えば虎次郎の姿がどこにも見当たらない。
驚いてキョロキョロと見渡し虎次郎を探すもやっぱりいない。
「160年前、虎次郎は佐為の為に存在し、その人生を佐為に捧げた。その人生に決して後悔はしていないが、自分の碁を打てなかったのはやはり寂しさが残る……今回の人生は虎次郎自身の為に存在する。そして、ヒカル君の為に存在する」
神様はヒカルの目をジッと見つめる。そんな神様の視線にヒカルは唾を飲み込んだ。
「……俺の……為?」
「そうだ。少し急ぎすぎていないか?」
「そんな事ないと思うけど…」
と言いかけたが、神様の視線が痛く突き刺さり言葉を引っ込める。
ーーそんな事ないと思うけど、急ぎすぎてるのか? 俺。確かに佐為とはずっと会ってたいとは思ってるけど……
等と思っているヒカルに神様は続ける。
「ヒカル君、君は上ばっかり見てるだろう? 下との戦いも必要だろうて。160年私と打ってきた虎次郎の実力、とくと見るが良い。下との戦いを楽しんでみせよ」
と少し寂しさが垣間見える笑顔で神様は言う。
ーーそっか。虎次郎がこっちに来るってことは神様の相手が減るって事だ。
一瞬の寂しさを見逃さなかったヒカル。
「分かった!」
ヒカルは目一杯の笑顔で一言だけ答えた。
きっと神様は自分がこの世界に早く来ないようにしたいんだと悟る。
ーー遠い過去と遠い未来を繋ぐために俺は虎次郎をちゃんと育てなきゃ!
育児に対して大きな決意と意気込むヒカルであったが、出産後の不眠不休には挫折したのであった。母親となったあかりの強さに感服する。