バリン・ザ・グレート   作:ふーじん

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蛮人は野に放たれる

 

 

 

 

 誰もがその蛮行を見過ごしてしまった。

 刹那にすら満たない振り抜きは誰かが制止する間も無く湖の乙女の首を素通りし、ベイリンが刃を収めて初めて事の成り行きを周囲が理解する。

 

 人ならざる湖の乙女が流す血は赤いのだと、呆けたように思い抱くのも束の間。

 騎士たちが我に返ったのは、静謐の奥に滾る義憤を漲らせた騎士王がベイリンの首筋に刃を添えてからであった。

 

「申し開きはあるか、ベイリン卿」

「――――」

 

 騎士たちはまず己を恥じた。

 真っ先に下手人を取り抑えるべきは配下たる我らの役目、なのにその責を果たせず王直々に刃を抜かせてしまった不明に目眩がした。

 だが一方でこうも考えた。乙女の首を刎ねた一太刀、とてもではないが我らの敵うものではない。一目見て即そう断じてしまえるほどに隔絶した力量差、束になってかかったとして一体どれほどの成果が望めたか。

 恥じ入る思い以上に、無為に屍を重ねる羽目にならず助かったと――そう騎士たちが安堵するのも無理からぬことであろう。

 

 ベイリンは首筋に添えられた白刃に一瞥すらくれず、平然と王に刃を向けられるままでいた。

 それがまるで己の命を危ぶませるに到底足りぬとばかりに不遜。王の小柄を見下ろすようにして沈黙を保つ。

 両者共に見目麗しき華であるが、間を彩る乙女の血と剣呑な白刃が棘となって周囲の介入を拒んでいた。

 

「貴公は母の仇と言ったな。それが真ならば情状酌量の余地はあろう。互いの言い分を聞かず蛮行に躍り出た咎はあれど、貴公の命を殺るまでには及ぶまい。だが――」

 

 騎士王が僅かに力を込める。

 食い込んだ刃がベイリンの薄皮を裂き、赤い血を一筋流した。

 

「貴公が沈黙を保ち、弁解をせず。私が見たままの沙汰を待つと言うのなら――是非もなし。貴公を喪うは痛恨事ではあるが、私は貴公を賊徒として処さねばならぬ」

「――――」

「――もう一度だけ問おう。申し開きはあるか」

「――――」

 

 返答は沈黙。

 騎士王は、心底から苦渋を滲ませながら、遣る瀬無い気持ちそのままに重い溜息を吐いて、決意した。

 

「アーサー王の名のもとに判決を下す。賊徒ベイリン、貴様を――」

「――待った」

 

 今にも騎士王がベイリンの首を刎ねんとしたその時、遮る声が緊張を破った。

 宮廷魔術師マーリン。これまで静観に徹していた花の魔術師その人が二人の間に進み出ると、アーサーの剣をやんわりと押し退け、ベイリンの傷を癒やし、場違いな程柔和な笑みを見せた。

 

「それには異議を唱えさせてもらうよ、アーサー王。私としては彼女を此処で死なせるのはとてもではないが惜しいからね」

「マーリン……しかしそれでは」

「収まりがつかないのだろう? わかっているとも。とはいえ死んでしまったものは仕方ない、死なせてしまった彼女のこともね。だがここでただベイリン卿を死なせるだけでは、私たちは喪うばかりで何も得るものがない。それは合理的とは言えない……そうだろう?」

「それは……その通りだが……」

 

 あまりに感情の欠如した物言いであった。

 殺してしまったベイリン、殺されてしまった乙女。双方の抱える因縁を()()()()()()()と棚に上げて、合理のみを追求したその言い分。

 ただ死なせるだけでは勿体無いと、道具を捨てる間際にふと思い立ったかのような気軽さで、ベイリンの助命を提案した。

 

「どうだろう、ここは彼女を宮廷から追放するに留めてはどうかな? 外でベイリン卿が戦果を重ね、君への貢献を果たしたなら、その功績を以て贖罪とし帰参を許す……これならば面目を保ち、何かしらの成果を期待できる。……もしベイリン卿が何も得ることなく野垂れ死ぬなら、そこまでの話さ。わざわざ君が手を下すまでもなかったというだけのことさ」

「…………マーリン。貴公の提案は常に合理的で期待性に富むが、私の神経を逆撫でしてならないな」

「おっと、それは失礼。ではここで始末するかい? 私はそれでも構わないよ」

「言っただろう、合理的であると。――ベイリン卿」

「はっ」

 

 ベイリンを他所に争議していた二人の話が纏まり、改めてアーサーがベイリンに視線を戻す。

 そこで初めて、ベイリンは王の前に傅き、畏まって答えた。

 

「今この時を以て貴公を宮廷から追放する。貴公は在野の騎士として諸国を遍歴し宮廷に貢献せよ。その成果を私が認めるに至ったならば、再び私の前に跪くことを許そう」

「……寛大なる仕置、感謝致します」

 

 或いは、ベイリンがそのまま他国へつき、アーサー王の宮廷に仇なす可能性を、騎士王は語らなかった。

 言うまでもないということか。そうなったならばいよいよもって容赦せず、攻め入ってその首を獲るだけのことだからだ。

 

 此処に結論は得られた。

 王直々の沙汰である、誰も表立って異議を唱える者はいない。例え胸中に如何なる想いを抱いていようと、それは王の決定にはなんら関係のないことである。

 

 騎士たちは揃って跪き、頭を垂れた。

 アーサーはそれを見やって頷き、解散を命じて踵を返す。

 追放に処されたベイリンに構う者は最早いない。彼女をここまで連れてきた若騎士とベイランも、他の騎士たちの流れに合わせて退散していた。

 

 謁見の間には、石畳を朱に染め屍を晒す湖の乙女と、それを造り出したベイリンのみが暫しあり……やがてベイリンも宮廷の外へ向けて場を後にした。

 いつの間にやら姿を消していた剣の乙女を顧みる者は、最早いなかった。

 

 

 

 

「やぁベイリン」

「マーリン……なにか用?」

 

 宮廷を後にし、宣告された通り野へ下ろうとしたベイリンへ、マーリンが背後から呼び掛けた。

 色香を漂わす柔和な微笑み、投げかける声には友誼が宿り、とてもではないが咎人へ向けるものではない。

 対するベイリンもまた王に見せた慇懃な騎士のそれではなく、まるで子供のような口振りで返す。

 

「いやなに、事前に取り決めていたとはいえ、少しばかりキミの悪名が高くなりすぎたからね。私も気に掛けるくらいはするとも」

「どうでもいいよ、そんなこと。悪名も名声も興味ない。……湖の乙女が首を突っ込むのも見立て通り?」

「彼女が介入するのは視えていたけれど、キミの蛮行までは考慮の外だったとも。おかげで予定よりも慌ただしくなってしまった。とはいえ……まぁ、十分修正可能な範囲だけどね。誤差だよ、誤差」

「そう。……アーサーに累が及ばないなら、それでいい」

 

 そう呟くベイリンの顔は、先までの恐るべき振る舞いからは似ても似つかぬ少女のそれ。

 敬愛すべき王への献身に満ちた、騎士たる者のそれであった。

 マーリンは、他に知るもののいないその顔を見て肩を竦める。

 

「その素直さをもっと表に出していれば、疎まれることもないだろうにね」

「それこそどうでもいい……」

「だからこそ使い勝手がいいのだけどね。キミという駒は遊撃に回すのが最も効率的だから」

 

 実のところ、マーリンとベイリンは共犯であった。

 この日ベイリンが釈放され、湖の乙女との諍いを経て宮廷を離れるという流れは、事前にマーリンが予言していた。

 マーリンは、その上でより円滑にことが進むようにと事前にベイリンへ吹き込み、蛮行を演じるようけしかけた。

 誤算だったのは湖の乙女がベイリンが殺すにたる因縁を有していたことか。さすがにそこまで個人的な因果にまでマーリンは興味を持てなかったが故の顛末である。

 

 悪びれもせずベイリンを駒と言い放つマーリンに、しかし彼女はなんら気を害する風もない。

 マーリンが極めて客観的かつ合理的に物を見るように、ベイリンもまた己の裡に秘めた真意のみを絶対とするからこその無関心。

 つまるところ、二人は似た者同士であった。

 

「さて、キミはこれから野へ下り孤軍奮闘するわけだけど……私からキミへ指示することは、実は何もないんだ。キミはキミの思うままに歩み、思うままに剣を振るうといい。それが結果としてアーサーのためになるからね」

「わかってる。私は――」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。かつて私が予言した通りだ、それは今も変わらない」

「……それがアーサー王のためになるならば、是非もなし」

 

 ベイリンは兜を被り、表情を隠した。全身を彩る黒の甲冑は、少女の本性を覆い隠す蛮人の凶相である。

 腰にはかねてよりの無銘剣と、乙女より奪いし選定の剣。結局誰も彼女から剣を取り上げることが叶わず、選定の剣は蛮行の末に彼女のものとなった。

 アーサー王への帰属を示すサーコートは今はない。野に下る今、王の威名を借りることは許されない。

 

 そして姿を現したのは身元を明かす一切の紋章を塗り潰した黒騎士。

 双剣のみが彼女を特徴づける、在野の黒騎士である。

 

「往きなさい、騎士ベイリン。キミの息災を祈っているよ」

「…………」

 

 返答は沈黙。

 少女として無為。騎士として寡黙。蛮人として凶行――それがベイリンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たれよ、ベイリン卿。いやさ蛮人ベイリン!」

 

 宮廷を離れ暫くした頃、追ってきた騎士の口上にベイリンは歩みを止めた。

 振り向けばアーサー王に傅く騎士の一人が剣を抜いて構えている。

 ベイリンは、その所作の意味するところを解せず、無防備にも剣に手をかけもせず相対した。

 その振る舞いを侮辱と捉えたのか、騎士は顔を赤くして激昂した。それでもなおベイリンは彼を脅威と捉えず立ち尽くすまま。

 

「宮廷での悪行、あの場では見過ごしてしまったが最早許せぬ。貴様が王の下を離れ在野へ下る今こそ天誅の時!」

 

 騎士は実直にして誠実な、真実騎士らしい騎士であった。

 これまでは同じ王を戴くものと、内心で侮蔑こそすれ刃を向けるまでには至らなかったものの、とうとうその所属も外れ追放される身となり、その歯止めが失われたのだろう。

 睨みつける瞳はベイリンへの義憤に輝き、王の顔に泥を塗り、不可侵たる湖の乙女すら弑した蛮人を誅殺せんという殺意に満ちていた。

 

「さぁ剣を執れ、ベイリン! 如何に蛮人相手といえ丸腰を一方的に斬り刻むは騎士の名が廃れよう。貴様も剣を抜いてこそ尋常の決闘とならん……さぁ!!」

「……飾りが多く、俄に理解し難かったが」

 

 答えるベイリンの声はどこまでも冷静で、冷徹。

 何気ない会話であるかのように、騎士の殺意をそよ風とばかりに問い返した。

 

「つまるところ貴公は、私と命を奪い合うと言うのだな?」

「ッ――!」

 

 ベイリン卿は煩わしさにほんの僅かな怒気を漏らしただけである。

 しかし騎士には、それが荒ぶる竜の吐息にすら思えた。萎えそうな心をベイリンへの怒りで奮い立たせ、どうにか息を呑むだけに留める。

 ベイリンは騎士の心が変わらぬことを悟ると、億劫そうに佩剣に手を翳し――――

 

「――――?」

「ならば貴公の命、私が貰い受けた」

 

 いざ尋常に――その句を告げる間もなく、騎士は首を刎ねられていた。

 騎士は己の敗北と死を理解できず、何事かと視線をさまよわせる。

 やがて首を失った己の胴を認めると、そこで漸く己の身に何が起こったのかを悟り――その人智及ばぬ魔技の悍ましさに表情を痛哭の極みにまで歪めた。

 

 なんのことはない、ベイリンが見せたのは単純な踏み込みと振り抜き。

 だが、並み居る騎士を押し退けて最強の名を(ほしいまま)にするベイリンの力量が、歴戦の騎士に理解すら許さなかっただけのことだ。

 傍目には、ベイリンは一歩も当初の距離を崩さぬまま、ひとりでに騎士の首が刎ね飛んだようにすら見える超高速の一撃。

 騎士は今わの際に魔技と称したが……ベイリンにとっては、単なる素振りに過ぎなかった。

 

 追手の騎士から持ちかけられた決闘は、当然のようにベイリンが勝利する。

 そのことへ何の感慨も誉れも抱かず、凪ぐ心のままに歩みを再開しようとし……転がる騎士の首に縋る貴婦人の姿を認めた。

 屍となった騎士へ一切の関心を失ったが故の見落とし。その女は騎士の恋人だったのだろう、慟哭のままに嗚咽を漏らし、はらはらと涙を流して地を濡らす。

 

「だから……あなたでは……っ、かなわないと、追わないでと、いったのに……ッ!」

「…………」

 

 女は、義憤に燃える騎士を必死に止めたのだろう。

 騎士道を知らぬ女は、騎士が蛮人を追ったところで返り討ちに遭うが関の山と冷静に見て、しかし激昂する騎士を止められず泣く泣く行かせてしまったのだろう。

 淑女たるものがはしたなくも着衣を乱して必死に追いかけて、血と泥に塗れて恋人の首を胸に抱くその有様、正視に堪えず余りある。

 

 しかしそれでも尚、蛮人の心は揺るぎなかった。凪ぐ心にさざなみ一つ立ちはしない。

 女が悲しみのあまり、恋人の剣で自ら首を掻き切り、その後を追っても――その一切が心に響くことはなかった。

 

「…………」

 

 ベイリンは踵を返し、二つの骸を捨て置いて何処とも知れぬ野へ歩を進める。

 その最中、ふと魔術師の予言が再び蘇った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 成程、やはり己はそういうものであるらしい。

 予言が確かであることを示すように、悲しみに暮れて朽ちる骸が蛮人の轍となった。

 

 

 

 

 




作風違いすぎて読者バイバイしそうな予感がバリバリと……
こういうのもピカレスク……って言うんでしょうか。

そして事件の陰にやっぱりマーリン。
実際アーサー王伝説を描く上でマーリンの存在は便利だから困る(
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