バリン・ザ・グレート   作:ふーじん

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リエンス王の生け捕り

 

 

 

 

 追手は最初の騎士、ランサー卿だけに留まらなかった。

 誰もが義憤を胸に、咎人ベイリン討つべしと息巻いて決闘を挑む。

 ベイリンはその悉くを返り討ちにしたが、十を数えた頃には流石に不毛を覚え始めていた。

 

 ベイリンにとって一度歯向かった者はすべからく敵である。

 それを斬り捨て骸を積み重ねるのに一切の躊躇は無かったが、しかしそれがアーサー王の手のものであることには唯一気掛かりを抱いていた。

 考慮したのは騎士たちの命ではなく、アーサー王の手勢が失われていくことに、ではあったが。

 

 その考えに至ってから、ベイリンは何度か追手を諌めることを試みたが、蛮人が剣を収めることを申し出たところで彼らは却ってベイリンを侮るか、あるいは臆したかと挑発するばかり。

 ベイリンがこれまでの蛮行で積み上げてきた負の信頼は騎士たちから冷静を奪い、無謀な挑戦を後押ししその命を儚く散らせる。

 ベイリンもまた、斬りかかられてまで対話を望むほど温厚でもなく、已む無しの首を獲り更なる屍の山を築き上げた。

 

 その数、優に五十を超える。

 ベイリンの悪名はそれほどまでに騎士たちの心に根付き、王への奉仕を忘れさせていたのか。

 或いはベイリンが占有する最強の称号()に魅せられ、それを欲しているのか。

 いずれにせよベイリンの戦果はアーサー王の敵ではなく、味方の屍によって彩られていた。

 

「…………」

 

 そして今宵もまた一人、夜闇の静寂を破ってベイリンの行路を阻む。

 距離にして数里。およそ目も耳も届くはずのない超長距離の彼方をしかしベイリンの五感は正確に捉え、野の獣よりも鋭くその歩みを察知せしめていた。

 

 熾した火にあたるベイリンから身動きはない。

 ただ常のように悠々と待ち構え、形ばかりの言葉を飾り、それを相手が断ってその命をベイリンが奪う。

 寄せては返す波のように定まりきったやりとりを想起し、ベイリンは何の感慨も無く待ち受けた。

 

「姉上! ようやく追いつきましたぞ……」

「……ベイラン」

 

 果たして姿を現したのは、ベイリンの双子の弟ベイランであった。

 ここまで全力で走ってきたのだろう、愛馬共々滂沱の汗水を垂らし、手綱を手近な木に繋いで彼はベイリンの前にどっかと座り込んだ。

 思いがけぬ人物の登場にベイリンは騎士としての声色を忘れ、涼やかな鈴の音で彼の名を呼ぶ。

 彼は、そんな彼女の振る舞いに親しげな笑みを浮かべると、まずは一杯と革袋から酒を注いで振る舞った。

 

「そのように呼ばれるのは本当に久しぶりですな、姉上。他の者どもの前では常に猫を被っておられましたからなぁ……あなたが女人であることを思い出す心地です」

「どうしてきた? ……おまえが私を追う意味を理解できない」

「無論のこと、同行を願い出るためですとも。いや合流が遅れて申し訳ない、執務の引き継ぎに手間取りましてな……それと荷駄の用意も先日ようやっと終えたばかりでして。姉上のことですから、どうせ碌に準備もせず着の身着のままと……そう思いましてな」

「それは……そうだけど」

「ご安心くだされ、私が全て用意して参りました。そのせいで馬には無理をさせてしまいましたが……まったく、姉上が馬をお持ちならばそうさせることもなかったのですが」

「馬に乗るよりも走った方が速いから……」

「それは姉上だけですぞ」

 

 宮廷では終ぞ見せなかった身内の親しみに溢れるやりとり。

 ベイリンは兜を外し、差し出された杯の中身を一息で飲み干した。

 追ってきたベイラン、酒気を帯びたベイリン。互いに僅かに顔を赤らめるのは、何もそれと火の気に炙られたからではないだろう。

 知る者は片手で数えるほどもいない、蛮人の皮を剥いだベイリンにベイランは甲斐甲斐しく世話を焼く。

 

 改めて見比べれば――およそ男女の双子とは思えぬほど、互いに余りに似通った二人である。

 淡い白金のような髪、白雪のような肌。背の丈も全く同じで、男女の性差を区別する起伏を除けば声と瞳でしか区別を付けられまい。

 共にイングランドの最北端、ノーサンバランドを故郷とする雪国の双子は、妖精も恥じらうほどに美しかった。

 

「しかし全く無茶をなさる。ああいや、この場合は彼らが無謀なのでしょうが……追手の悉くを姉上が返り討ちにしたせいで、ケイ卿が悲鳴を上げておられましたよ。"徒に命を捨ておって馬鹿どもめ、どうせ死ぬならピクトの一人でも道連れにすればよいものを!"――ははは、今頃は部隊の再編に四苦八苦といったところでしょうな」

「私は、何度も忠告したのだけれど」

「姉上は言葉が足りず、かと思えば一言多い。まったく人付き合いの妙を母上の胎へ置き去りにしてきたかと言わんばかりの有様ですからなぁ。これではこの先も立ち行かぬだろうと、不肖私が駆けつけた次第ですよ」

「それは……助かる」

「いえいえ、なんの。姉上の手綱を執るのは私と、昔からそうでしたからな。今更改まるものでもありませんとも」

「……怒ってないの?」

 

 宮廷であれだけの凶行を働いたベイリンだ。直接の弟とはいえ、彼もまたそれに憤りを抱いているものとばかり彼女は思っていた。

 杯を両手で抱え、ちびちびと雛鳥のように二杯目を飲む姿は、母の説教を前にした幼子のよう。

 しかしベイランはそんな彼女の不安を振り払うように大きく笑声を上げ、同じく二杯目を豪快に飲み干した。

 

「何を今更、故無く何者かを斬り捨てはせぬと重々承知ですとも。他のものが何と言おうと、私は姉上のことをよぅくご存知ですからね。産まれた日が同じならば仕える王も同じ、嫌でも理解するというものです」

「そう……」

 

 三度杯に口をつけるベイリンの頬に朱が差した理由は、語るまでもないだろう。

 自己完結的なベイリンと違って、ベイランは心の機微に敏く、容易く人の好意を拐うのが得意な男だった。

 周囲に蛮人と罵られるベイリンの存在がありながら篤い人望を保てるのも、そうした手腕あってのことだろう。

 ベイリンは、同じ血を分けた弟のそうした面を、実は誇りに思っていた。

 

「さてさて、姉上。あなたはこの先どうなさるおつもりでしたかな?」

 

 一息ついて、ベイランはそう切り出した。

 ベイリンの今後の行先を問うが、彼女はぴたりと杯を傾ける手を止めて、たっぷり十秒硬直する。

 宮廷を離れて既に一ヶ月近く、やったことと言えば同胞の屍を積み上げることばかり。

 他ならぬベイランに問われ、その後ろめたさを自覚しての思考停止だった。

 

「……特に考えてなかった。追手も鬱陶しかったし……」

「だろうとは思いましたよ。ですがどうかご安心を、この愚弟めは耳寄りな情報を持ち寄ってきました!」

「耳寄りな情報?」

 

 わかっていたとばかりに苦笑を溢すベイランの言葉に、ベイリンが縋るような声音で小さく尋ねる。

 頷くベイランは、自筆の地図を広げ、手頃な枝で地理を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベイランの情報とは、北ウェールズはリエンス王の動向であった。

 かの王はアーサー王に敵対する諸侯の一人で、彼の軍勢をもってしてもこれまで攻め落とすことの敵わぬ強敵であった。

 そのリエンス王を討ち取ったならば、必ずや騎士王の赦しは得られ帰参も叶うだろうとはベイランの談である。

 加えて彼は、ベイリンに一層の箔を付けるため更なる条件を提案した。

 

「生け捕り……?」

「ええ。かの王を生け捕りにしアーサー王の前に引き立てたならば、最早誰も姉上を謗りますまい。更には王の覚えも一層めでたく、姉上は名実ともに最優の称号を得られましょう」

 

 弟の提案は、尋常の騎士にとっては無謀以外の何物でもなかった。

 しかし彼はそれこそが最善手と断じ切る表情で、姉への確かな献身を裏に自信満々でいる。

 ベイリンは彼の提案を否定しなかった。生け捕りにするという条件は、彼女にとって策の遂行を阻む障害には成り得ないがために。

 彼女が訝しんだのはそこではなく、ベイランが彼女へ冠せようとしている最優のくだりであった。

 

「生け捕りはいいけど……最優とかは別に、どうでもいい……」

「おや、その名が欲しくて剣の返還を拒んだのではないのですか?」

「わかってるくせに。私はただ、便利な道具が欲しかっただけ」

「ははは、無論承知しておりましたとも。さっきのは単純に連中の鼻を明かしてやりたいという、ただの私怨ですな! はっはっはっ」

 

 実のところベイランは、この姉が愛おしくて堪らないのである。

 本人すら気にも留めない蛮人の謗りを誰よりも怒っていたのは、他ならぬ彼であった。

 誤魔化すように一頻り笑った彼は、それはさておきと改めて居直る。

 

「ではかの王を手柄とすることに否はありませんな?」

「そこは、うん。私とおまえなら、どうとでもなるし」

「直属の六十名は頗る付きの精鋭揃いとの噂ですが、なに。私はともかく姉上が居れば何の問題もないでしょうとも」

「……」

 

 ベイランはまた、いっそ卑屈な程に謙虚であった。

 それを嫌味と感じさせぬ人徳が彼の魅力ではあったが、ベイリンは弟のそうした面を常々惜しく思っていた。

 迷惑をかけてばかりの自分が、それを直接咎めることは憚られるため、口に出したことはなかったが。

 

 

 ともあれ方針は定まり、その夜はそれで終わった。

 明くる朝、ベイリンは弟から荷駄を受け取り背負うと、馬を駆る彼に並走して北ウェールズの地を目指す。

 尤も、その道中相方の疲労を案じていたのはベイリンの方であったが。

 彼女の体力は馬と並んで尚余りあり、馬が堪らず疲弊しても汗一つ掻かず、弟を置き去りにしないよう配慮するほどであった。

 さすがは姉上、人並みどころか馬並み外れていますな――ベイランの言葉である。

 

 かくしてリエンス王の領地に辿り着くと、彼は噂通り六十名の精兵を率いて出陣せんとしていた。

 崖上から見下ろすその布陣は、少数にして千の大群に匹敵する武威のそれ。或いは蟻が人の等身を得て軍団を成せばこうなるだろうとばかりの、絶対の統率に纏められた軍勢である。

 諸侯の共通の敵たるピクト人やサクソン人――蛮族を討ちに出るのだろう、皆が皆戦意を漲らせ最大限のコンディションでいるようだった。

 

「それでは姉上、ご武運を」

「貴公もな、ベイラン卿」

 

 ベイリンは兜を被り、騎士の皮を装って崖から飛び降りた。

 ベイランもまた馬上槍を構え、その斜面を愛馬と共に駆け降りていく。

 

 姉は軍勢の只中に着地し、弟は軍勢の行先から馬上槍の矛先を彼らに向けて突貫せんとする。

 リエンス王を含み六十一の精兵たちは、思わぬ狼藉者の出現に一時踏み止まり、その間隙を突いて双子騎士が名乗りを上げた。

 

「リエンス王、貴公の身柄を貰い受ける」

「我が名はベイラン! 故あって貴公らの王を貰い受ける!!」

 

 宣告の効果は劇的であった。

 不遜にも我らが王を狙い、命を獲るでもなくその身柄を貰い受けるなど!

 それは互いの命を賭けるまでもないということか――――リエンス王の騎士たちは双子騎士の言葉を挑発と受け取り、激昂する心理とは裏腹に努めて冷静に武器を構え、この場の戦いに臨んだ。

 

「よもやこの命ではなく余そのものをとは、な……よくよく侮られたものよ。生きては帰れぬぞ、下郎!」

「目的は告げた。遂行あるのみ」

 

 ベイリンはまず、前方を阻む騎士の二人を殺した。

 重厚なる甲冑、内に着込んだ鎖帷子を葉を貫くよりも容易く、右と左、両の手に剣を握って彼らの横脇から正中線へ向けて刃を突き立てる。

 一連の所作は風が吹くよりも速く、コマ送りのように行われた。戦場に於いて瞬きと余所見は死を招く、それを重々承知する彼らが全方から注視する中行われた早業。

 目にも留まらぬどころではない、映りすらせぬほどの一撃に騎士たちは戦慄し、標的となった騎士は急所を抉られ即死する。

 

 ベイリンは突き立てたままの騎士二人の骸をそれぞれ片手で軽く持ち上げると、そのまま振り抜いて周囲の騎士たちを横薙ぎにする。

 意識亡き肉体が重いのは自明の理。それが全身甲冑を着込んでいるともなれば、その重量たるや筆舌に尽くし難い。

 なのにベイリンはそれを棒切れでも振るうかのように軽々と振り抜くと、騎士たちはその背に巨人を幻視した。

 当然ながら、ベイリンは巨人の血を引いてはいない。ベイラン共々、如何なる人外の系譜も、魔術の業も、高位存在の加護も持ち合わせてはおらぬ只人である。

 ただ単純に――極々簡潔な差異として、ベイリンの五体の前に騎士たちの肉体は軽く、脆すぎただけのこと。

 

 故に蛮人――ただ生まれ持った天性の肉体のみで、如何なる神秘も捻じ伏せる獣の騎士こそが、野蛮なるベイリンであった。

 

「そらそら! 邪魔立てはさせぬぞ、駆けよグランガル!!」

 

 戦慄に硬直した隙をベイランは見逃さなかった。

 愛馬グランガルの腹を蹴ると、その勢いのままに軍勢の只中に突っ込み、振るう馬上槍を以て彼らを散り散りに追いやる。

 無論のこと敵方にも騎兵はいたが、ベイリン程ではないにしろベイランもまた歴戦の精兵である。完全に主導権を握ったこの戦場に於いて一度に複数を相手取るなど、ましてやそれが一時で構わぬとあれば、ベイリンの道を拓くに何の問題も無かった。

 

「なんと恐るべき手練……我が愛弟子たちがこうも容易く屠られるとは……ッッ!」

 

 同じ釜の飯を食い、戦場を共にした愛すべき配下たちが一人、また一人と討ち取られる都度に、王の顔には苦渋が奔る。

 悲しみと怒りに顔を炎よりも赤く染め、いよいよ自ら剣を執ってベイリンの前に躍り出ると、地の果てまで響くような大音声を発して咆哮した。

 

「これ以上の狼藉は断じて許さぬ! 余の腹心を殺めたこと、地獄の底で悔いるがいい!!」

「――知らぬ。アーサー王の轍となれ」

 

 ベイリンはリエンス王の生け捕りを決して忘れてはいなかった。

 しかしながら容易く拘束を果たせるほど、リエンス王も弱くはなかった。

 そも、この神代臨終間際の時代に於いて、騎士とは須らく尋常を超越した逸脱者である。

 その騎士たちを統率し頂きに立つ王がそれを下回ることは断じてあり得ない。王もまた、超越者たる騎士を大きく上回る超人であるが故に。

 

 しかしながら、この場に於いてはただ不運であった。

 その不運の元凶こそは対峙するベイリン卿。彼女こそはブリテンを統べるアーサー王をしてその腕のみならば無双無比と称される、生まれついての超人である。

 その強さに理由は無い。因果も無い。只々強いことだけを結果として残し、それ故に蛮人の謗りを受け続けてきた人の形をした獣である。

 

 その本質は、騎士ではなく人ではなく、狗であった。ただアーサー王のために牙を剥く猟犬。

 蛮人。野蛮。血まみれ。呪われし。狂犬。双剣。最強。最優。――その強さと悪名を飾る言葉は数あれど、敢えてベイリンが名乗りを上げるならば狗の騎士。

 徹頭徹尾飼い慣らされた猟犬は、決して獲物を逃さない――――

 

「ヌゥ――ッ!?」

「貴公に傷はつけぬ。代わりに、剣を、鎧を、王冠を剥ごう。真なる王の前で跪かせるに、全て無用であるが故」

「グッ、う、お、ぉ、ぉおおおおおおおおおおおお――ッッ!?」

 

 リエンス王の全身からは、一切の余裕が失われていた。

 軽やかに放たれるベイリンの一撃ひとつひとつが、リエンス王の全霊を容易く凌駕する致死である。

 彼女は宣告通り、王にはかすり傷一つすら刻まず――剣を断ち、鎧を砕き、王冠を潰した。

 結果として残されたのは最低限の衣服のみを許された裸の王。一切の王威も王権も剥奪された、哀れな敗北者唯一人……。

 

「詰みだ。王の生殺与奪は我が手中にある。貴公らが騎士であるならば、潔く敗北を認め剣を収めるがいい」

「お、王よ……っ」

 

 余りに惨めなその姿に、生き残っていた騎士たちは無念の涙を呑んだ。

 命の奪い合いなら理解もできるし納得もしよう。だがかの騎士と王の戦いは、争いと呼ぶには余りに一方的に過ぎ、およそ騎士たるものの振る舞いではあり得なかった。

 蛮人――誰かがそう呟くと、彼らは口々にその名を恐れ、剣と盾を手放し膝をついた。

 ベイリンは、一切の傷も負わず、傷を負わせず。ただ犠牲となった騎士たちの血に全身を彩っていた。

 その凶相に、誰もが心折られ、再起の逡巡すら手放した。

 

 

 双子騎士、手勢二名でリエンス王を生け捕りす――――。

 

 

 

 

 




告白すると作者はTUEEEEとか大好きです!!(迫真)
そしてベイランくんも実は強いんだよアピールを忘れない……アピールできたかな(
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