バリン・ザ・グレート   作:ふーじん

7 / 7
生前編、これにて完結です。
正直、凄まじく難産でした。


聖なる者の手向け

 

 

 

 

 アーサー王が選定の剣を抜き放ってより十年の月日が過ぎた。

 集う騎士の精鋭は極みに達し、遂に先王ウーサーの王位を簒奪せし卑王ヴォーティガーンを討つに至る。

 それを以てアーサーの王威は確固たるものとなり、妖精城キャメロットを復建し、王自身を含む最も誉ある騎士十二名を円卓に配してその威名を轟かせた。

 後世に曰く円卓の騎士。アーサー王伝説に於いて最も高名かつ華やかなりし時期であった。

 

 そしてアーサー王は後に十二の会戦と称される連戦に備え、臨み、更なる勝利を重ねていく。

 ――その礎となる犠牲もまた、更に積み重ねながら。

 俯瞰した眼で大を取り、小を切り捨てる。戦いのための物資が足りぬとあらば、末端の村を干上がらせ剪定する。

 その所業は誰にとっても必要最低限の犠牲で、王でなくともいずれ誰かが至る結論。

 王は凍てつかせた心の底で哭きながら、しかし揺れぬ鉄心にてそれを遂行し、数多の戦いを勝利に導いていく。

 

 それは国と民を想う故こその、王の差配であった。大局を見れば慈悲ですらあった。

 しかし、長年の貧困に喘ぎ、必死に今日の命を繋いでいくばかりの民。戦乱に次ぐ戦乱に剣を執って命を奪い合う騎士。彼らにとって王の決断は人の情を解せぬ冷酷な横暴としか映らず、いつしか卑王よりも尚悍ましいとすら恐れる程に、人々の心は王から離れていきつつあった。

 

 ――王は人の心が解らない。

 

 遂に、そう口に言って王を非難する者が円卓からも現れる。

 麗しき弓の名手トリスタンは、そう言い残して円卓から去った。

 取り残される円卓の騎士、また王の心の裡を知ることもなく、義憤に荒ぶる心に従って背を向ける。

 誉れ高き円卓の騎士十三名から、遂に一人が欠けた。それの示す未来を誰もが予感しながら、しかし口には出せず眉間に寄せる皺を増やす。

 

 誰もが口を噤み、次の戦いへ専念しながら束の間の休息を過ごした。

 残された者は努めて上向きを装い、同胞たる騎士と語らう。その裡に秘める暗き想いを言及することなく、今はただ王のためにと。その果てに救いは得られるのだと頑なに信じて、華と散りゆく忠心を繋ぎ止めていた。

 

「……王宮も、円卓が一人欠けただけで随分と広くなったように思えますね」

「そうだね」

 

 珍しく弱音を吐いたのはガウェイン。そんな彼へ対面のギャラハッドは一見素っ気なく応える。

 ランスロットと並んで円卓最優を誇る彼は、ギャラハッドにとって共にチェスを楽しむ間柄でもあった。

 今もまた互いに秘蔵の名酒を賭けてチェスに興じ、王宮の片隅で駒を取り合っている。

 

 しかしどうしたわけか、今日のガウェインはいつになく精彩を欠き、その打ち筋にも綻びが多く見られた。

 ギャラハッドはそんな彼にも容赦なく冷静な一手を見舞い、キングを倒すに至る。 

 参った、とガウェインは敗北を認めると共に彼へ賛辞を送りながら、取り出した葡萄酒を互いの杯に注いで一口、唇を湿らせた。

 

「いや、申し訳ない。柄にもなく弱音を吐きました。……騎士たちの噂が、どうやら毒となっていたようです」

「別にいい。ガウェイン卿、貴方はもう少し気を緩めるべきだと僕は思う」

「ははは、そうでしょうか。いえ、他ならぬ貴方の言うことです、その通りなのでしょうが……執務に没頭する王の御姿を前にしては、ね。こればかりは性分です故、我ながらどうしようもない」

「そう。……放言をそれ程までに許し難かった、と?」

 

 冷静かつ端的に、しかし正鵠を射るギャラハッドの言葉にガウェインは曖昧な笑みを浮かべる。

 誰よりも熱烈に王を信奉し、絶対の忠義を捧げる彼のことだ。王の清心を知らず一面だけを見て卑王と比べてすら悍ましいと宣う彼らの心無い言葉に、怒りに身を任せ斬り捨てずにいられたのは小さな奇跡とすら言えよう。

 トリスタンの離反より浮き彫りになりつつある騎士たちの反感を耳にする度に、ガウェインは努めて自省を促さずにはいられなかった。少なからぬその精神的な動揺が、打ち筋にも伝わっていたのだろう。

 普段は滅多に嗜まない葡萄酒の封を開けたのも、その気を紛らわすためのせめてもの抵抗だったのかもしれない。

 

 誰よりも洞察に優れるギャラハッドの眼は、彼の心の隙を正しく見抜いていた。

 そしてそれを解決に導くのは彼自身であるとして、ギャラハッドは静かに葡萄酒を口にした。

 

 暫しの沈黙が佇む。

 物静かに時の流れるを愉しむギャラハッドを前にして、ガウェインは思考を纏める余裕を得られたのか、ややもして若干振り切ったような笑みを見せる。

 盤と駒を片付け席を立つと、残った酒瓶をギャラハッドに預け、居住まいを正して背を向けて言った。

 

「……ありがとうございます、ギャラハッド卿。あなたのお陰で己を省みることができました、感謝致します」

「僕は何もしていないけれど、あなたに得るものがあったのならば、よかった」

「差し当たっては余計な口を利けぬまでに部下をしごいてやろうかと。そうですね……ランスロット卿も交えて掛かり稽古でもしましょうか」

「……加減は忘れずに。あなたは時々、加減を知らないところがある」

 

 その言葉が届いたか否か、ガウェインは爽やかな笑みを残して去っていった。

 一人取り残されたギャラハッドは杯を傾け、葡萄酒の波打つを目で愉しむ。

 その水面の先に、確かな予感を視ながら……。

 

 ギャラハッドは、己を喚ぶ声ならぬ声へ静かに耳を傾けた。

 

 

 

 

「此度の探索行も失敗、か」

「申し訳ございません、随伴した騎士は皆還らず……」

「構わぬ。貴公は暫し休養せよ、長旅の疲れを癒やすがいい」

「はっ……」

 

 謁見の間、玉座を背に佇むアーサー王の声が響く。

 跪く騎士は見るも満身創痍な全身を引き摺り、王の御前を後にした。

 

 疲弊していく国土を癒やすべく、かねてより企図していた聖杯探索行。

 これまでに数度行われた探索行は、しかしその悉くが失敗に終わり、王に朗報を齎せないでいた。

 王の苦悩は人知れず深まり、表にそうとは察せさせぬままアーサーの思考は駆け巡る。

 此度の聖杯探索は精鋭を募って最大戦力を送り出した。しかしそれでも尚成功へ至らぬというのであれば、重視すべき要素は何か。

 

「――円卓から。その上で聖杯に届き得る者を選出せねばならない、か。であれば……」

 

 王の脳裏には唯一人が思い浮かんだ。

 ギャラハッド卿――災厄の席、危難の呪いを跳ね除けた最後の円卓の騎士。

 その人格、その技量の程は言うまでもなく、聖性をも帯びたかの騎士ならば或いは――。

 

「ギャラハッド卿を此処に」

「はっ」

 

 王は傍らに控えるベディヴィエール卿へ命じると、彼を待った。

 暫くしてベディヴィエールに連れられたギャラハッドが参じると、跪く彼へ向けて命を下す。

 

 およそこれが最後の機会となろう。

 状況は逼迫し、一刻の猶予も予断も許さぬ。もし彼が失敗したのならば、最早現世に於いて聖杯の奇跡は齎されぬものと認めるしかない。

 王の心中を知ってか知らずか、ギャラハッドは常と変わらぬ涼やかな顔でその命を受けた。

 

 王国の盛衰、この探索行にあり。

 かくして最後の聖杯探索は行われる。

 ギャラハッドを喚ぶ声は、歓喜に沸いて彼を急かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからどれほどの月日が経ったのだろう。

 最早昼夜も、時の流れも判りはしない。一切が晴れることのない闇の中。

 あの日弟を手にかけてからベイリンは絶えぬ暗闇に囚われ、何処とも知れぬまま霧中を彷徨っていた。

 

 呪いはベイリンに引き継がれ彼女を苛む。

 その怨嗟、その無念は取り憑いた者の精神を侵し、原初の指令へ従事させんと心を蝕んだ。

 しかしベイリンは、それら一切を意に介せず、独立した自我を保っている。

 そこに如何なる理由が働いているのか定かではないが、結果として亡霊の呪いはベイランを最期に途絶えた。

 

 ならば彼女を囚える闇は何処から生まれてくるのか。

 それは己自身。己には無いものと高を括っていた悔恨の念、生きよと乞うた弟最期の言葉こそがベイリンを責め苛んでいく。

 如何なる枷も、如何なる鎖も。これまでベイリンにとって何の柵にも為り得なかった。しかしどうしたことか、物質的な作用を持たない心の鎖が、こんなにも重い。

 

 ベイリン卿の殺戮は、弟を最期にぱったりと止んでいた。

 王のために為した蛮行、王のために重ねた屍。そうだったはずだ。しかしベイランを手にかけてからというもの、揺るぎない筈の忠心に疑念が芽生え始めている。

 

 土塊の躯に、心を取り戻したような――

 

 前だけを見ていたはずが、いつしか振り返るようになっていた。

 王だけを見ていたはずが、いつしか己を省みるようになっていた。

 

 そして想う。

 これまで己は王のために働いてきたが、果たして一度として王がそれを望んだだろうか、と。

 

 その可能性に至ったとき、ベイリンは己の全身が燃え上がるような熱と、魂まで凍り付くような冷たさを同時に覚えた。

 それを認めてはこれまでの自分を保てなくなると本能で察し、明白な筈の答えを得ないまま彷徨い続ける。

 

 唯一己と外界を繋ぐのは、杖つくように携えた聖具の槍だった。

 朽ち果てた武装、穢れ切った衣、根まで黒く染まった髪を振り乱し、幽鬼のように当て所無く彷徨う。

 道中すれ違う魔獣も騎士もいたが、彼らは皆ベイリンを見るなり恐れを為して逃げ去った。

 彼女の武勇、纏う死臭を恐れたのではない。アレに関わっては必ずや不幸を招く――そう誰もが察して距離を置いたのだ。

 

 故にベイリンは孤独だった。

 誰もが恐れ、誰も近付かぬ。触れ得ざる者ベイリン。

 最早誰が彼女を騎士と見よう。誰もが忌避する蛮族、魔獣と比して尚惨めなその有様。

 かつて彼女の罪を哭いていた槍が、いつしか彼女自身を哭くほどまでに。

 

 ベイリンの背負った罪は、既に王でさえ罰せぬほどに重く凝り固まっていた。

 その罪を洗い流せるものがあるとするならば、最早神の慈悲、奇跡の他にあるはずもなし。

 だが、誰がその奇跡を齎そう。神の慈悲を賜われるほどの聖者が、何処に――――。

 

(――槍が、歓喜し(ない)ている――?)

 

 ベイリンは、手にした槍が歓喜に打ち震えているのを察した。

 漸く巡り会えた運命に讃歌を唄い、彼女の歩みを急かしていく。

 

 果たしてその先に待ち受けていたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれは……」

 

 王の命を受け聖杯探索に乗り出したギャラハッド。

 彼を呼び立てる声に従い放浪を重ねた先に待ち受けていたのがそれであった。

 

 心身を蝕む闇を纏い、朽ち果てた武装に身を鎧い、長槍を杖に佇む幽鬼の如き影。

 その穂先から血が滴る度、大地は豊穣を祝ぎ廃滅を呪う。歓喜と慟哭の狭間で咽ぶ声は彼に助けを求めるように、静寂を掻き乱す波紋となって響き渡る。

 

 引き連れた残影は死霊と悪霊の数々、それは最早軍勢となって幽鬼を筆頭に後塵を拝する。

 欧州に語り継がれし嵐の王(ワイルドハント)、その一つの形かとギャラハッドは考え、否定した。

 

「アーサー王……」

「あなたは彼に縁あるものなのか。いや――」

 

 ギャラハッドは幽鬼の手にした槍。そして腰に佩いた二振りを見て。

 

「そうか、あなたがベイリン卿か」

「わたしの名を――?」

 

 幽鬼の真名を口にすると、影――ベイリン卿は唸り声を止ませて鈴のような音で応えた。

 見目の悍ましさに反してあまりに軽やかな、童女のような声音のそれへ応じ、ギャラハッドも身元を明かす。

 

「僕は円卓の騎士が末席、カーボネックのエレインが子、ギャラハッド。あなたのことは母と、我が王より聞き及んでいる」

「――――!!」

 

 ベイリンの返答は、剣であった。

 刹那の間に抜き放ちギャラハッドの首を獲らんとした凶刃を、彼は大盾でいなし危なげなく防ぐ。

 ベイリンの全身には敵意があった。ここでギャラハッドの命を絶つのだという漆黒の意思が。

 しかしギャラハッドは、その蛮行の深奥に潜む彼女の真意を見抜き、うっすらと笑う。

 

 

「成程、あなたこそが聖杯の試練か」

「成程、おまえこそが私の終わりか」

 

 

 両者は同時に呟き、得物を構える。

 片や大盾。王の盾として遍く味方を守護する聖壁。

 片や双剣。王の剣として敵の悉くを鏖殺する魔剣。

 

 両名は互いを己の逃れ得ざる運命と悟り、不可避の激突を開始する。

 聖なる者と罪なる者、互いを不倶戴天の宿敵と定め、その命を曝け出す。

 

 ベイリンは、先までの幽鬼のような足取りが嘘のように、恐るべき俊足を以てギャラハッドに肉薄した。

 振るう双剣、かつて最強を恣にした荒ぶる双撃、剣の嵐。

 剣戟は驟雨の如く打ち付けてギャラハッドを捉え、その命を奪わんと殺到する。

 

 対するギャラハッドは大盾を巧みに用い、ベイリンの連撃をいなして躍る。

 隙あらば佩剣を盾の陰から突き出し、払い。極まった後の先を以てベイリンを迎え撃つ。

 守勢を最大の得手とする彼ではあるが。その剣技、父にして最強の名を誇るランスロットに勝るとも劣らぬ妙技の冴え。

 

 奇しくも共に最優を冠せられた両名。

 ベイリンは古く、ギャラハッドは最も新しきそれであるが、その武勇は世代を越えて同じ頂に並び立つ。

 瞬時距離を取ったベイリンの後退、突き出すギャラハッドの剣を紙一重で避け、そこから爪先で石を蹴り上げ剣の腹で打ち据え投擲。

 魔猪の突撃にも匹敵する衝撃の名は鉄甲作用。しかしギャラハッドは全身の駆動、堅き心を反映する盾を以て衝撃を大地に逃し、それを弩にして無拍子に突貫、接敵する。

 

 迫る勢いのまま繰り出されたパリング、その勢いはかつて戦った亡霊の化身とは比べ物にならない練度。

 ベイリンをして勢いを殺し切ること敵わず、骨身に染みる衝撃を宙空に躍ることで逃し、横向きに着地した樹から跳躍して隼の如くギャラハッドの頭上を取る。

 頭上で逆立ちにギャラハッドの首を薙ぐ双剣。しかしそれを彼は五体を崩して地に伏せ避け、構えた盾で追撃を防いだ。

 

「強い――! だからこそ惜しい、何故あなたがそうも堕ちてしまわれたのか。それが残念でならない……」

「…………」

「あなたの蛮行の数々は聞いている。他ならぬ僕の故郷も、あなたに灼かれてしまったから。だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「――あなたは最早、道を喪っている」

「…………その通りだ」

 

 初めて、ベイリンが明確な応えを返した。

 真っ向から痛烈に刺し貫くギャラハッドの言葉に、ベイリンは平坦にそれを認める。

 否、そう見えるのは表だけ。ギャラハッドの眼は変わらず彼女の真意を映し出す。

 

「私は最初から、王の剣などではなかった――――」

 

 聖なる者に真偽を問われ、ベイリンは認める。

 これまで積み重ねてきた蛮行の数々。王のために――それを免罪符に繰り返してきた凶行。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おまえが私の終わりならば、どうか聞いてほしい。私の罪、その全てを――」

 

 かつてノーサンバランドをアーサーが訪れたとき、私は一目で惹かれた。

 だが、それだけだった。結局最後まで想いを遂げることはできず、弟の手に引かれて初めて彼の下へ馳せ参じた。

 

 王となった彼の下へ参じ、忠義を誓うとき。私は剣となることを誓った。

 しかしそれは、端から意思の疎通を放棄する怠惰に過ぎず。騎士として王を仰ぐことすらしなかった。

 ただの一度も、王を理解しようとしたことはなかった。

 

 マーリンの思惑に乗ったのもそのときだ。

 彼は誰よりもアーサーの王道を導いていたから、彼の采配に従って動けば、最大の利益を王に献上できると信じて。

 事実、駒の打ち筋に間違いはなかった。しかしそれは、利益以外のものを多く損なっていたのではないか。

 

 そして宮廷を離れるとき、湖の乙女を屠る理由に母の仇を宣った。

 それは嘘だ。乙女が母の仇であったことに偽りは無い。しかし、それを理由に乙女を弑するほど、己と母の間に繋がりなどは無かった。

 全てが浅薄な嘘の上塗り。母の仇などと、よくも親愛の情をそれらしく宣ったものだ。反吐が出る。

 

 リエンス王とガーロン卿。彼らを屠ったことに悔いはない。

 しかしペラム王、彼に向けた聖具の矛先は、敵対するからといって果たして許される蛮行であっただろうか。

 激戦の果て、彼は先に矛を収め制止を呼び掛けた。しかし私は取り合わず、ただ無思慮に聖具を冒涜した。

 もしあのとき王の嘆願に応じるだけの情けがあったならば、或いは――――。

 

 そして……嗚呼、そして。

 忘れもしない、あの激闘。そうとは知らず命を奪った、私の半身。

 その代え難きを思い知ったのは、最早取り返しのつかないところに陥ってからだ。

 同じ血肉を分け、同じ時を生きた片割れ。彼を屠ったその時に、私は心を取り戻した。

 ベイラン――彼こそが私の心だったのだ。それまで私は、ただの心なき暴力でしかなかった。

 決して離れてはならない双つ。もし一方が失われるなら、もう一方もそこで命を散らすべきだったのに。

 如何なる運命の悪戯か、私は天命を逸しおめおめと生き延びた。その醜悪、筆舌に尽くし難く。

 

「もっと心を明かすべきだった。もっと、言葉を尽くすべきだった。分からぬのならば訊いて、選択肢を広げるべきだったのだ……」

「――――」

「そんな、幼子でもわかるような当たり前を棄てて…………私はッ!!」

 

 ベイリンが懺悔する間も剣戟は続く。心と身体は切り離されてちぐはぐに駆動する。

 ギャラハッドはただ静かに、彼女の心と身体の慟哭に耳を傾けていた。この哀れな魂の行く末を見届けんと、まことの慈悲深きを以て。

 

「剰え、それが王への忠義などと――――度し難いにも程がある……ッッ」

「そうか。――あなたは既に、己の罪を知っていたんだね」

「こうしておまえに――あなたに詳らかにされなければ、認めることすらできなかった愚か者だ。どうか滑稽と哂ってくれ……」

 

 本来ならば彼女は、弟と相打ちになって果てるが天命であった。

 それを以て数々の罪の贖いとすべきだったのを、しかし運命の悪戯によって機会を逸した。そうなれば最早、罪を濯ぐことは叶わず。

 心無き蛮人のままであれば、その重荷を自覚することはなかった。しかし弟を殺し心を取り戻した今、その罪はあまりに重すぎる。

 

 押し潰されそうな暗闇の中、邂逅したのが彼であった。

 ギャラハッド――彼こそがベイリンの晩鐘を鳴らす者。かつて奪い、冒涜の果てに俗世の血に塗れた聖具を清める者。

 あらゆる呪いに打ち克つ高潔を具えた聖なる者。彼こそが唯一最期の救い。

 

 ベイリンは聖具を手に構えた。

 その矛先をギャラハッドに向け、彼女は言う。

 

「誉れ高き王の騎士、聖なる者ギャラハッド。私の名はベイリン、かつて同じ王を仰ぎし無知蒙昧なる蛮人」

「――見届けよう、あなたの最期の蛮行を」

「……有り難い。どうかこの槍を受け取ってほしい、この一擲を以て天主への奉還としよう」

 

 ベイリンは身を捩り、全霊の一擲を放つべく最大の構えを取る。

 かつてカーボネックを焼き払いし聖具の一擲、嘆きの一撃。

 それを聖者ただ一人に向けて。

 

「おお、天主よ。我が蛮行、我が凶行、我が悪行の限りを見るがいい。聖具を以て血を求める我が冒涜を――」

「其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷――」

 

 対するギャラハッドも己が真髄を解放する。

 守護を最も得意とする彼の気質。穢れなく、迷いなく、折れぬ心の写し身。数多の騎士が集う誉れ高き白亜の城。

 人を病ませ、城を崩し、国を侵す神罰の矛先を受け止めるべく、奮い絶つ決意の盾を前に。

 

「故に――」

「顕現せよ――」

 

 冒涜に染まった魔槍は放たれ、妖精城は此処に顕現する。

 全ての決着を此処に、両雄は激突する。

 

「――――主は嘆かれた(ロンギヌス)

「――――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利は、穢れ無き高潔に与えられた。

 彼の心を過たず反映した白亜の城は、嘆きの一撃を真っ向から受け止め。

 呪いの悉くに打ち克って、遂に正統なる者の手に聖具は収まる。聖具は今こそ最大の歓喜を唄い、彼の勝利を祝いだ。

 

「やは、り――あなたこそ、私の終わり――――っ」

 

 ベイリンはギャラハッドの腕に抱かれながら、その胸を貫かれ今わの際を彷徨っていた。

 聖者の一撃は蛮人を蝕んでいた呪いを駆逐し、その罪を赦す。黒く染まっていた彼女の髪が、本来の姿を取り戻していく。

 

「結局――私は、最期まで王のためになれなかった……。依存――憧憬――恋慕――忠義とは程遠く、ただ王を煩わせるばかり……私は、最期まで……彼の騎士にはなれなかった……」

 

 血溜まりを成し、息も絶え絶えに心の裡をこぼすベイリンは、佩剣を手に取るとそれをギャラハッドに差し出す。

 それはかつて、乙女から奪った選定の剣。最優を見出すそれは、いつしか彼女には抜けなくなって久しい。

 

 しかし、彼は。

 ベイリンの意図を察して受け取ったギャラハッドは、苦もなく剣を抜き放ち、その輝きを魅せた。

 ベイリンにとっては誉れ無き簒奪の剣。しかしギャラハッドに託され、受け継がれし最優の剣となる。

 

 それを見届け、ベイリンは五体を投げ出した。

 最早手足を動かすだけの余力もなく、霞む視界で空を仰ぐばかり。

 

「あなたが……」

「…………」

「あなたが、王の騎士でよかった。私の、終わりでよかった……ようやく、死に逝くことができる……」

 

 己の最期を看取る少年騎士へ向け、ベイリンは感謝を述べる。

 心取り戻し、罪を自覚し、悔恨に暮れる臨終の間際に至り、ベイリンはようやく人として完成した。

 たとえそれが最早為す術も無い今わの際であろうと、だからこそそのきっかけとなった聖なる者への賛辞を贈らずにはいられない。

 

 己が罪の全てを暴き立て、呪いを受け止め、その一切を赦した聖なる少年。

 王に似た誉れを纏う、遠い遠い後進へと、愚かなる先達よりなけなしの心を込めて。

 

「さらばだ、ギャラハッド卿。どうか私のことは忘れて、あなたはあなたの道を歩まれよ」

「おさらばです、ベイリン卿。僕はあなたを忘れはしません。例え歪んだ道を歩み、罪に塗れたのだとしても――――同じ王を戴いた、同胞なのだから」

 

 ギャラハッドは、花開くような色彩を帯びて微笑む。

 自縄自縛に陥り、自罰と悔恨の果てに去り逝く女には眩しすぎるほど、美しいものを浮かべて。

 

「――――っ! あ、あぁ、ァ……」

 

 己には過ぎたる手向け、溢れ出る万感を言葉にできずベイリンは嗚咽を漏らす。

 騎士の殻は消え去り、ただ死に臨むか弱き人の子が一人あるのみ。その全てを聖騎士は見届ける。

 

 

「ごめんなさい、アーサー王……ごめんなさい、ベイラン……! 私は最期まで、愚かだった――――!」

 

 

 やがて血は失われ、かつての蛮人は息絶える。

 最期に愛した両名への詫びを哭きながら、ギャラハッドの腕の中で旅立った。

 

 ギャラハッドは墓を立て、そこに彼女を弔った。

 最早誰にも知られることのない古き騎士の最期を、彼だけが胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誉れ無き蛮人の今生は此処に幕を引く。

 歪んだ忠道、盲目のまま走った凶行。最期にその全てを悔い、嘆きながら、哀しみに暮れて彼女は逝く。

 その無念、その悔恨は、座に至っても尚晴れることなく、この世の果てでベイリンは詫び続ける。

 

 嘆きは永久に、舞台は人理焼却の特異点に移行する。

 数多の騎士が、成り果てた獅子王の下に集う第六の地平へと。

 

 

 ――――運命は、更なる奇縁を紡がん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは生前編の終わりまでご覧いただき、ありがとうございます。
前書きのとおり、恐ろしく難産だったクライマックスでした。
正直、批判の多い話だと覚悟しております。
ただ、型月世界観で描く上で、私なりに全力を尽くしたつもりです。


……さて、何はともあれ生前編はこれにて完結です。
あとは最後の一文で示した通り、続きはまたもFGO編、神聖円卓領域キャメロットでの展開を予定しております。
が、何分原作でも屈指の良ストーリーを描く舞台ですから、これまで以上に執筆の難易度が高くなるのは避けられないでしょう。
そのため今度こそ時間をいただくことになるでしょうが、何卒ご容赦ください。
……ほんとに難易度高いよぉ!


そして最後になりますが、誤字報告をしてくださった方々、まことにありがとうございます。
碌に感謝も述べられず、こうして一纏めにしてしまい恐縮ですが、本当に感謝しております。
今後も同様の誤字脱字が多々見受けられるかと思いますが、お付き合いくだされば幸いです。
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