対魔忍 マイ   作:我楽娯兵

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秋空の雨、恋の熟考

 午前の授業を終えるチャイムが校舎に鳴り響き、ゾロゾロと学生たちは昼食を仲の良い者たちとともに食べ始める昼下がり。

 啓二も持参の弁当を持ち、忍法研の三人と食事をとろうとしたが。

 

「まさか三人とも予定があるとはなぁ……」

 

 啓二は屋上に上がり、昼食をとることにした。

 校舎というのは屋上が解放されていないものらしいが、五車学園は解放されており一人寂しく弁当を広げだしていた。

 他にも屋上には生徒がいたが、グループとして確立されていてしまい啓二の入り込む余地は残されていなかった。

 

「寂し」

 

 入口の屋根、給水塔の影で涼みながらそう呟いた。

 おかずの鮭の竜田揚げを頬張りながら、グラウンドで暴れん坊女将軍こと眞田焔が火遁衆の後輩をどつき回している姿を見て戦々恐々とする。

 昼食を終りにあのオーバーワークは遠慮願いたい。

 あの先輩はこの学園きっての戦闘狂だ。戦えるのなら金を払ってでも戦いたがる手合いだ。

 イカれた奴というのが生徒間では定説だが、啓二からしてみればあれでもまだ理性はあるほうが。

 どつき回されている後輩たちはどれも動きがよく、特質すべき能力を備えた者たちばかり。眞田先輩の相手をしても死なないことが約束されている。そのことを見極めて眞田先輩は訓練と称した荒行を行っている。

 少なくとも俺はそう見える。俺もその訓練に巻き込まれる可能性はあるが……。

 

「今日は平和に過ごせますように……」

 

 他力本願な祈りを思いながら白米の美味さを噛み締めた。

 

「やっぱりここにいた」

 

 不意に声を掛けられビックっとしてしまう。

 肉体派の眞田先輩のことを考えていたため、取り巻きの火遁衆の無理強い行為かと少々及び腰だった。

 だがその心配は思い過ごしであり、現れた人物は警戒することのない者だった。

 ふわりと紙気の恩恵を受け、和紙を足場に優雅に浮いていた。

 

「七瀬か……ビックリさせんなよ」

 

「ビックリって、なにに?」

 

 視線をやり炎を巻き上げ高笑いを上げる厄介な先輩を示した。

 ああ、と納得したような顔をした舞は理解を示す。

 隣に腰を落ち着かせた七瀬の手には購買で買った昼食の紙袋を持っていた。

 

「また巻き込まれたの?」

 

「いんや! 任務前は巻き込まれた」

 

「断る勇気も世間では必要」

 

「意味の前に言葉が通じたら苦労はしてない。あの人の言葉は知性的言語じゃなくて肉体言語だ」

 

「焔さんはそこまで凶暴な人じゃありません」

 

 購買の紙袋を開け、クリームパンを一齧りする七瀬。

 啓二は疑わしそうな目で一瞬だけ七瀬を見た。啓二は知らなかったが七瀬舞と眞田焔は共通の話題を持っている為に仲はそこそこ良かったのだ。

 

「七瀬の昼飯はいつも購買だよな」

 

「そう……ね。私は一人暮らしだからどうしても購買に頼りがちになる」

 

「ここの購買は時間を問わず開いてるからな」

 

 政府の手厚い支援のあるこの町には日本全国から対魔忍の素養を持つものを移住させている。

 自立を志し単身移住してくる者もいれば、能力影響で両親に気味悪がられた者から、ただ単に貧乏な奴。四人十色の理由を抱えている。七瀬も親元を離れこの街に中学の頃に移住してきた。

 生活支援を目的として購買部は朝夜問わず開き、そこそこの量を安価で提供しテイクアウトまで出来る充実ぶりだ。たまに俺も家事に手が回らない時にお世話になっている。

 

「栄養偏らないか? 量はあるが惣菜の域は出ないだろう」

 

「夜はサラダも食べてる」

 

 ムスッとした様子で答えてパンを食べきった。

 

「更だったってここの野菜サラダってカットレタスと紫タマネギのスライスだろ。味気ねえな」

 

「お母さんみたいなこと言うのね啓二は」

 

相棒(バディ)だからな。相棒の体調管理も俺の務めだ」

 

 弁当をかっ込み、お茶で胃袋に流し込んだ。

 

「お前とつるみだしてもう五年目ぐらいか」

 

「四年と九ヶ月よ」

 

 よくよく考えれば中学入りたての頃からこいつと相棒(バディ)を組んでいる。

 基礎能力だけで上り詰め天才の俺とは違い、天稟を者とした天才少女はある意味では対極に立つ存在と言える。N極S極が引かれ合うのは自然の摂理。未だに忍法の顕現が成しえていない俺にはいい教本だった。

 

「よっしゃ決めた。今日の夕方暇か?」

 

「図書委員の仕事以外、特に予定はないけど……」

 

「そうか! 今日俺の家に来い。飯作ってやるよ」

 

「え? でも私がいたらまりちゃん先輩もご両親にも迷惑じゃ……」

 

「心配ご無用だ。親父たちは任務でいねえ。まり姉も七瀬なら大歓迎だろうよ」

 

 立ち上がった俺は献立を考えながら弁当箱を片付ける。

 

「人参とか余ってるから今日はクリームシチューな。結構大量に作るから少し持って帰れ」

 

「ちょっと、行くなんて言ってない」

 

「放課後まり姉行かすから来いよ。相棒」

 

 遠慮のし過ぎな七瀬にはこの位の強引さが円滑に進めるコツだ。

 能力はあるのに他人の影に隠れてしまうのは玉に瑕だ。もっと表に出していかないといけない。

 俺で慣らしておく必要がある。

 本気で嫌なら紙気で殴りつけてくる。殴りがないということは満更でもないということだ。

 

「篠原弟ーッ‼ 給水塔に隠れてないで降りて来い‼」

 

 ものすごい肺活量でグランドから啓二を呼びつける眞田に、肩を震わせ驚き落胆したようにため息を吐く。

 

「仕方ねえなぁ、食後の運動とするか……。じゃあ七瀬、放課後にな~」

 

「ちょっと、返事もしてない」

 

 屋上から飛び降り、訓練を始めた啓二の後ろ姿に髪を弄りながら舞は呟いた。

 僅かに髪に汗の匂いがした。

 

「……身だしなみくらい整えさせてよ」

 

 

 

 

 

 学校も終わり放課後のゆっとりとした夕刻。

 啓二の顔は綻び、足取りはまるでダンスでも踊っているようだった。

 

「あー……ドキドキする」

 

 七瀬を家飯だが誘い、少しでも共に過ごそうと画策しそれが成功した。

 本当に思い切ったことをした。誘った時は顔から火が出そうだった。

 だがのど元過ぎればなんとやらだ、過ぎたならば晴れやかだ──成功したのならばだが。

 献立の食材自体はあるし、部屋は綺麗だ。七瀬が来る時間帯を見計らって帰ればちょうどいいくらいだ。

 川沿いの土手をスキップでもしそうな足取りで歩いていると、川岸に見知った人物がいた。

 土手を下り、話しかける。

 

「虎ジイ。戻ってきてたのか」

 

 黄ばんだお遍路の白衣に、虎柄の袈裟を下げ、腰には蛇革の巾着を下げたボケ老人が大量の薬草を燃やしていた。

 本土琉子衆(りゅうこしゅう)棟梁。沙良虎二だった。

 御年百十になると風の噂に聞く不死身の翁。前大戦の真っ只中に中華連合東部で生を受け、大陸の魔族と殺り合った伝説が今でも語り継がれている。

 アサギ校長が生まれる以前ほ『最強』の名は彼が持っていたとも。

 

「ぉ………………ㇲ」

 

「え? なに?」

 

 蚊の鳴くような声で応答する虎ジイは巾着から手巻煙草を取り出し、薬草の焚火にかざして火を付ける。

 甘ったるい香りのする煙草は同時に危なっかしい香りもしたが、気に留めてはいけない。

 スーッと煙を肺いっぱいに吸い込んでぼわっと口から紫煙を吐き出す。

 焚火の煙と煙草の煙が一緒くたになって空へと昇ってゆく。

 

「……ゅ……ぃ……ぉ…………ㇳ……」

 

「お、おう」

 

 聞き取ることのできない虎ジイのモゴモゴとした声を適当に返答してしまう。

 この爺さんも対魔忍の中ではかなりの重鎮なのだが、ガキの頃の付き合いでどうにも口調が砕けてしまう。

 

「雨天祭の準備? 昔は取り巻きがいたのに今日は一人だ」

 

「…………」

 

 しゅんとした様子で、薬草を焚火に投げ入れる虎ジイは寂しい様子だった。

 明日の雨天祭の為の降雨準備。

 あたりを見ればあちこちから白煙が立ち上っている。

 名前に雨天と名の付く通り、雨の日の夜に行われる。だが秋雨ほど予想の付かないものはない。

 当日に雨を呼び寄せるためこの日の為に栽培された薬草を使い、大気の流れを知り雨を降らせる為に降雨の下準備をしているのだ。

 明日の五車の町は間違いなく土砂降りになる。

 

「俺があそこに出席して五年目だ。代替わりせず出てくれてるの虎ジイだけだ」

 

「……………………ぃ……」

 

 聞き取れない声で返事をする虎ジイ。もう耄碌(もうろく)してしまっている。

 いつ死んでも可笑しくないが、この爺さんだけは死にそうになかった。

 

「今年で俺も襲名だ。虎ジイは奥宮に行くのか?」

 

「式………………ㇲ」

 

「そうか……」

 

 式という言葉だけどうにか聞き取れたが意味は分からなかった。

 今年の雨天祭は俺にとっては人生の岐路に立っているようなものだ。

 家名を継ぐための……。

 

「じゃあ行くよ虎ジイ。雨天祭で」

 

 時間帯もいい頃合だ。軽い挨拶をして土手を登り帰り道に戻った啓二。

 虎二はモクモクと立ち上る白煙を見上げながら、手巻煙草を焚火の中に投げ捨てる。

 

「御目出とう御座います。御当主殿」

 

 

 

 

 

 大書庫と言ってもいい規模の学園地下に広がる図書室で本を読み漁る少女がいた。

 頁を一枚、また一枚と捲り内容を読み込むが少女、七瀬舞の頭に入ってこなかった。

 舞の頭は本の内容を取り込む余裕がなさげで、文字を目で追っているだけであった。

 

「……頭に入ってこない」

 

 ぱたりと本を閉じ、表紙を指でなぞり頬杖をついた。

 今読んでいるのは伊坂幸太郎著『死神の精度』という小説だった。

 業務的な地の文にも拘らずどこか小さな楽しさを一つ一つ探っていく感覚。どこかから雨音が聞こえてきそうな静寂をもたらしてくれ何度も読み返した本だった。

 しかし今の舞にはその静寂の中から浮き彫りになる小さなワクワクよりも、喧騒ただ中にいる興奮に似た昂ぶりを感じていた。

 

「…………」

 

 時間的にろくに準備もできない。

 準備する必要もないのだが、身嗜みが気になってしまった。

 

「……はぁ」

 

 吐息にも似たため息が漏れる。

 小さい声は静けさに覆われた図書室の空気に解け消える。

 啓二のアホ面が浮かんだが頭を振ってかき消した。どうしてあんな奴にこうも気苦労しなければならないのか、煩わしい、そう考えてがその根っこにある感情だけは消えそうになかった。

 篠原啓二。

 七瀬舞のパートナーにして、この町に越してきてからの初めての友達。

 11歳の時とき学生寮に一般人枠から入って馴染めなかった私にからかい半分で係わってきたであろう存在は献身的に私の面倒を見てくれた。

 親に気味悪がられ厄介払いでこの街に送られ、泣いて過ごしていた初めの頃。彼はケタケタと笑って執拗に絡んできた。

 私を苛立たせ、煩わさせ、笑わせた。

 

(七瀬暇だろ! 遊ぼうぜ!)

 

 思春期真っ盛りで男子グループから弄られながら彼はおちゃらけていた。

 きっと恥ずかしかっただろうし、私と係わっても楽しくなかっただろう。

 だがこの五年間、彼は私の近くにいた。

 

(……どうしてだろう)

 

 鶯模様の栞を指で遊び、どうしてかと考えた。きっと答えは出ないと結論は出ているが考えずにはいられなかった。

 どうしてだろうか? 客観的に考えよう。

 人間は損得で行動する人間が大概だ。彼が私と係わって得することは? 。

 

「話相手……」

 

 候補を呟いてみるがあまりにも馬鹿馬鹿しい。彼と私では毛色が違い過ぎる。

 だがそれ以外に候補は思いつかなかった。

 私は自覚のある不愛想であり、自分の趣味(フィールド)でしか活力を得られない典型だ。

 本の虫である私に、本を読まない啓二は付き合いづらい人間だろう。

 では損得抜きで考えてみよう。

 善意? まさか。自分本位の彼が? 。

 じゃあ悪意? 多分……違う。

 五年もかけての意地悪ほど根気のいるものはないだろう。

 席を立ち、返却された本を忍法の力を使い本棚に戻していく。

 七瀬舞と篠原啓二の関係性については堂々巡りだ。

 手近な本棚の埃を払いながらとある本に目が留まった。その本のセリフが頭をよぎった。

 

 ──愛の定義は与えることだ──

 

 まさか啓二は私のことが好き? 。likeではなくloveで? 。

 ポッと顔が熱くなる。まさかそんな、啓二に限ってそんなことがあり得るのか? 。

 体が熱かった。座り込んで頬に手を当てれば熱を持っている。

 なんて浅ましい、こんなのか勝手な妄想だ。……妄想だ

 

「舞ちゃん?」

 

「はいッぃ!」

 

 裏返った声で返事をしてしまい声を掛けてきた者が驚いた顔をしていた。

 啓二の姉。篠原まりだった。

 同級生であるが、対魔忍歴の長い彼女に敬意と愛称を込めてまりちゃん先輩と私は呼んでいた。

 

「蹲ってどうしたんです? 具合でも悪いの?」

 

「い、いえそう言うわけでは……」

 

 立ち上がってスカートの裾を手で払い、身を整えた。

 

「良かったー。ねぇ? 舞ちゃん、啓二ちゃんから今日の事聞いてる?」

 

「え、ええ一応」

 

「ごめんね。啓二ちゃん強引だったでしょ。啓二ちゃっは舞ちゃんの事気に掛けてるからちょっと強引なの」

 

 まりちゃん先輩の言葉にまた体温が上がりそうになる。

 駄目だ、これは私の変な妄想だ。

 

「今日のご夕食、ご一緒に構いませんか?」

 

 取り繕ったように凛として答える舞にまりは笑顔で答えた。

 

「もちろん! 一緒に食べたほうがおいしいよ」




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