対魔忍 マイ   作:我楽娯兵

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雨天の祭

 土砂降り雨に先生の声もろくすっぽ聞こえない。

 皆、放課後の雨天祭にそわそわとしている中で一人、憂鬱な気分の蛇子。

 窓際に二席並んで誰も座ってない席を眺めた。その席は啓二と、そしてふうまの席だった。

 クラスの不真面目どころの二人がいないと、このクラスが唐突に火の消えた蝋燭のように物悲しく、退屈に感じられた。

 

(啓二ちゃん、いつもこの時期一回休むんだよね……)

 

 授業は不真面目で興味のない科目は寝るか、ふうまと雑談するかであった啓二だがこの一回を除けば無遅刻無欠席の皆勤賞であるはずだった。

 しかし啓二は毎年、この時期に一度だけ休み、行方知れずになる。

 話を聞けば家の用事とはぐらかし、けらけらと笑うばかりで取り止めがない。

 

(毎年何してるんだろう……)

 

 上の空で窓を望む蛇子の脳天に紫の拳骨が降ったのはこの二秒後だった。

 

 

 

 

 

 軒先でごろ寝を決め込み、うるさいぐらいまで降る雨音に耳を傾けながら、庭先の鹿威しを眺める啓二の表情は弛緩していた。

 早朝に担任の紫先生に連絡を入れ、家を出た俺は五車町北部の山に建てられた寺の離れでくつろいでいた。実家の行事、雨天祭の準備に来たはいいものの宗家の人間に働かせては悪いと分家の人間たちが世話しなく走り回り、沙流鳶(さるとび)屋敷に続く山道は騒がしく人で溢れかえっていた。

 暇を持て余し、親戚一同に挨拶回りをしていたら又従姉弟にあたるのか、血統的にあやふやな従姉の泉睡蓮に、『みんな委縮するから離れで大人しくしてなさい!』っと怒られふて寝を決め込んでいた。

 屋台から型抜きをガめて早々に全て終わらせ、寝っ転がりながらボリボリと型抜きクズを食べていた。

 

「暇そうね」

 

「ん~?」

 

 そう声を掛けてきたのは俺と同じく雨天祭の為に学校を休んでいるクラスメイト、磯咲伊紀だった。

 くるっと寝返りを打てば、離れには続々と同い年もしくは近い年の連中が集まっていた。

 よくあるやつだ。親戚の集まりで親の話についていけず子供同士を同じ部屋に押し込むのと同じ感じの。要は厄介払いだ。

 

「おめえ休んだのか? 見慣れて面白くねえ面だな」

 

「言ったわね。私の忍法が水遁ってしていってるの」

 

「親に怒られるぞ、ぶっ放したら」

 

「……ホント、小賢しいわね」

 

「妹と遊んどけよ。俺は精神統一したいんだ」

 

 疑わしそうな目で伊紀は俺を見ていたが、精神統一というのは本心だった。

 襲名披露まで分家の伊紀や睡蓮など俺のがどのような立場なのかは一切知らされていない。宗家筋に近いしい人間程度の認識だ。

 その為、襲名披露では当主足りえるためそれに能う態度を示さねばならないのだ。

 襲名の言葉、当主足りえる態度、親父たちのそれを思い出すが──。

 

「参考になんねえなぁ……」

 

 里親である篠原家の義父殿は人としては大変器がデカく懐の大きい人間だが、豪快で俺よりもがさつだ。

 宗家の血縁の親父はまず数回しか会ったことがないため参考資料にはならない。

 結果として言うのならばどうしようもないのだが、こればっかりは俺の人生の岐路に立っているのだ。キッチリこなさなければ示しがつかないだろう。

 

「そろそろ、山道入り行くぞー、準備しろ―!」

 

 名前も知らないような六等親以上先の兄さんたちの呼び声で、ぞろぞろと真っ黒な生地に沙流鳶(さるとび)家の家紋、『鵺鳥柊』の紋が刺繍された雨合羽を着て外に出ていた。

 

「篠原、そろそろ山道入りに行くわよ」

 

 伊紀は俺にそう言うが、俺は頑としてその場を動かず適当に返事を言って誤魔化した。

 

「もうすぐ学校終わりだし、まり姉に合羽渡さにゃならん」

 

「毎年そうね……ちゃんと山道入りに入りなさいよ」

 

「はいはい」

 

 離れに異様な静けさが訪れ、雨音だけがうるさく響いていた。

 皆が山道入りに向かい、あれだけ騒がしかった屋敷に続く山道も静まり返りっており、雨に誰もかれもが注ぎ落された様だった。

 俺の息遣いだけが静かに響く中に、俺とは別の音が混じっている。

 摺り足を立て、部屋を仕切る戸の外で足音が留まった。

 

「──啓二様、ご支度を」

 

「……あぁ」

 

 起き上がり、背伸びをし静寂の中で緊張を解きほぐす。

 戸はスーと開き、出迎えの琉子衆(りゅうこしゅう)棟梁の一人、鳶海蛇乃が平伏し廊下で待っていた。

 敬いとは縁遠いと昔は思っていたが、責任は否応なしに伸し掛かってくる。

 離れの突き当りの奥部屋に足を進めた。

 奥部屋に向かう途中の廊下には拳大の石が真ん中にポツンと置かれ、石を挟んだ向こうには琉子衆棟梁の流川野猿がいた。

 露帝より流れ込む魔族から、蝦夷地防衛監視のため対魔忍界隈で最も結界術に精通した家系の人間で『廊下に置かれた石』も()()な結界の一つだ。

 スッと首を垂れ、結界石を解く。

 

「お久しぶりでございます。啓二様」

 

「──ご苦労」

 

 一言だけ言葉を返し、俺は奥部屋の襖を開けた。

 奥部屋には特にといって家具という家具は置かれておらず、たった三つ。

 竹で編まれた置型照明と姿見、黄と黒の陣羽織の掛った衣紋棹があった。

 洋服に陣羽織は合わないと思い、今日は作務衣の上から男用の小紋を羽織っている。

 手に取り陣羽織を羽織る。

 妙な臭いがこれに染みついていることに気づき、鼻を近づけ嗅ぐ。

 

「……血の匂い?」

 

 妙だった。毎年雨天祭は琉子衆が警備にあたるために五車周辺は騒ぎがないはずだ。

 気にしても仕方がない。姿見で、姿を確認し部屋を出る。

 

「啓二様、こちらでございます」

 

 蛇乃と野猿が玄関まで誘導してくれた。靴で溢れかえっていた玄関は伽藍としており、外には真っ黒い和傘をさした虎ジイがいた。

 靴を穿き、虎ジイの前に立った。

 

「虎二、ご苦労」

 

「ご立派になられました。啓二殿」

 

 か細く弱弱しい声であったが珍しく虎ジイの声がはっきりと聞き取れた。

 頭を深々と下げた虎ジイは白衣の懐から古皺尉の能面を差し出してくる。

 杉の木で新しく作られた俺の面だった。山道入りする次代当主は歴代当主の羽織ってきた陣羽織を着て顔を隠すことが習わしだ。

 俺はそれを受け取り被る。

 蛇乃、野猿が黒の和傘をさし俺が濡れぬように空を覆った。

 

「皆、行くぞ。山道入りだ」

 

 

 

 

 

 ──『山道入り』。

 雨天祭、沙流鳶家伝統の襲名披露の一つだった行事の一つ。

 本来は関西の沙流鳶家由来の土地で行われた分家衆による百人参りだった行事だが、沙流鳶宗家が五車に移動しほぼ形骸化した行事の一つだ。

 道のりは沙流鳶(さるとび)屋敷表山道より始まり、五車町を西に亘り、学園のある一丁目を抜け、住宅地の多いい二丁目に向かい、沙流鳶(さるとび)屋敷裏山道を一周してくると言うものだ。

 本来の分家当主百人の宗家参拝の目的は既に失われ、分家代理の次男坊次女や次期当主などが五車を練り歩く形だけのものだ。

 形だけを守り、本来の目的を失ってっ本末転倒だが形に縛られる日本人はこうして今も本来の形を失った行事──山道入りを行っている。

 

 

 

 

 

 土砂降りの雨の中、最後尾より少し離れた位置から啓二たちは山道入りをしていた。

 毎年、山道入りはハロウィーンのそれに似た狂騒めいたお祭り行事の一つだったが、今回だけは違っていた。

 最前列は騒がしく、まだ若く潤しい見習い対魔忍たちが軒先の店で食い物を買いどんちゃん騒ぎをしているのにも拘らず、最後尾の啓二たちには五車の住人は深々と頭を下げ、頑なに目を合わせることを避けていた。

 沙流鳶当主の宿命であり、現当主、沙流鳶利家の逸話から沙流鳶家の当主は一部からは神格化されているといっていい扱いを受けていた。

 

 ──北東の地『タカマガハラ』にて沙流鳶利家は人の理より外れた。

 

 魔と交わった対魔忍の家系は人という形を保ちながら、僅かながら人の道を外れている。

 血を辿れば先祖には魔がいると知ってはいるが、人である矜持は捨てていないのだ。

 人の誇りを捨てず、人の法に倣い、影より人を助けるべし──それが対魔忍であるはずだった。

 しかし親父はその矜持をかなぐり捨てた、何らかの理由があったのは理解できる。

 逸話は的を射ている。

 俺の親父、篠原、いや──沙流鳶啓二の父親は既に人間ではない。

 二丁目を抜け裏山道へ続く道に入る。

 グスグスと鼻を鳴らす忍熊や、チロチロと舌をのぞかせる忍蛇たちが野山を闊歩している姿が見て取れ、いくら手懐けられた獣たちと言えどこの土地はすでに人の土地で無いことが理解できた。

 裏山道の切り開かれた道のりは家屋の連なる風景より静寂の言葉がよく似合う風情があった。

 あれだけ強く降りしきる雨も木々の遮りがあり、雨粒は霧のように小さく頬を撫で、しっとりとした空気があたりを包んでいた。

 山道入りの最前の喧騒も、どこか遠く、草木の騒めきの方がうるさく思えるくらいだった。

 山に囲まれた五車の町には川が通い、その川は町の途中で二又に別れている。

 その源流の付近に建てられた石製の橋は、苔が生い茂り踏みしめれば水がじわっと溢れ出てきた。

 黄泉比良坂を歩んだイザナギもこのような心境だったのっだろうか。

 決別を定められたにもかかわらず、イザナミに一目会い、ともにその体が朽ちようと共に居たいと思うのは間違っているのだろうか。

 

(国神の愛は不細工かどうかの有無だからな)

 

 人の見た目ではない親父殿(イザナミ)(イザナギ)が見舞うことが適う時だった。

 薄ぼんやりと木々の切れ間より光が差し、次第に光源が見えてきた。

 石灯篭が列をなし、裏山道を照らし上げていた。続く先に沙流鳶屋敷の塀があり、灯篭は門を差し占めていいた。

 門の前には喪服にも似た和服を着た、女性が立っていた。

 目を凝らしその顔を見て誰であるかを理解する。丁寧に山道入りする者たちを迎え入れ、俺を見つけて柔らかな笑顔で声を掛けてくる。

 

「啓二さん。おかえりなさい」

 

「美弥さん。ただいま戻りました」

 

 その口調はまるで少女のように無邪気で、そしてそれに反したように容姿は大人びて俺でもドキッとしてしまうほど綺麗な女性。

 俺がその(なか)で育んでくれた人、母親の沙流鳶美弥だ。

 

「お母さんって呼んで、母親なんだから」

 

「固い場なので、そう言った事は」

 

「ふうん」

 

 残念そうに口を尖らせる母親に俺は少しだけ笑って見せた。

 どうしてか、俺はこの人を母親と呼ぶのに抵抗があった。

 この人を見ても母と認識できず、俺の中では母親は篠原の家のお袋だけが『母親』だった。

 養子に出された弊害だろう。そのおかげでこうした場面で変に態度を崩さずに済む。

 

「さあ、上がって。利家さんが待ってるわ」

 

 母屋に誘い、ごった返す敷地を抜けていく。

 宗家衆だけでも百名を超え、分家衆も合わせれば五百名を超えるのではなかろうか。

 琉子衆も合わせれば千人を超えるだろう。

 家系の数はかなり減ったとは言われているが、沙流鳶血統の人間は今の対魔忍界隈で最も勢力が多く、江戸前期にはかのふうま家とやり合ったとも伝えられているくらいだ。

 ふうま弾正の反乱以降、対魔忍の勢いは失せて内調なる政府組織が対魔国防権を主張しだす始末だ。

 この国の雲行きは雨雲に覆い隠され、一寸先は奈落にすらなりえる。

 ふうま家は失墜し、甲河家は滅亡した。

 対魔の家系で名家と声を大にして言えるのは、現在は井河家と沙流鳶家の二家だけとなり、この国の世情はすでに危うかった。そしてその危うきを加速させているのは何を隠そう沙流鳶家だ。

 最も排他的かつ、最も保守的な立場を貫き今も表立って政府への支援はしていない。

 たった一度だけ政府に力を貸し、今は独自の暗殺活動で対魔族への対応をしている。

 

「襲名おめでとうございます。御当主様」

 

「御当主殿、今日は誠におめでとうございます」

 

「おめでとうございます、当主殿」

 

 誰も俺の名前を呼ぶことはない。

 当然だ。知らないのだから。

 今日の襲名披露では次期当主、俺の名前は明かされず、明日の奥宮へ行くときだけ、分家衆に俺の名前と戒名が告げられる。

 大座敷と続く廊下で深々と頭を下げる分家当主たちに軽いジェスチャーで応じ、座敷の前に立つ。

 

「利家殿、御当主様が参られました」

 

 虎ジイが襖の前で深々と頭を下げそう言った後、戸の向こうより声が返ってきた。

 

「待ったぞ、入れ」

 

 蛇乃と野猿が戸を静かに開き、大座敷の全貌が見えた。

 豪華絢爛な飯が膳の上に所狭しと敷き詰められ、炯々と輝く奥襖の模様はかの最悪をもたらす大魔族『鵺』が踊るように描かれていた。

 上座の席に膳が二つ並び、その一つがすでに埋まっていた。

 黒と金の毛色が生え毛並みのいい大猿、狒々が座してこちらを覗いていた。

 

「よく来た息子殿。俺の隣にはよ座れ」

 

 上座に座る俺と同じ陣羽織を羽織った大狒々が人語を話した。

 これが俺の親父、沙流鳶利家の姿だった。

 北東のタカマガハラで人の体を捨て、心転移にて神霊となった狒々の肉体を手に入れたのだ。

 

「…………」

 

 俺は親父殿に深々と首を垂れて静かに静かにその横に座った。

 それ御合図に分家衆の当主たちは自分たちの膳の前に座り神妙な顔で目を伏せた。

 狒々はそれを見渡し、御神酒を注いだ盃を掲げた。

 

「今宵は縁日ぞ。皆騒ぎ、悦び、喰らおうぞ」




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