ーーー篠ノ之束と言われれば、どのような人物像を思い浮かべるだろうか。
世間一般の人間からは『ISの開発者』や『世界を変えた天災』と、触れてはならない禁忌のような存在で認識されているであろう。
各国の政府関係者も手を焼いており、その行方を延々と追いかけざるを得ない程だ。成果は見えないが。
彼女をよく知る身近な人々も、その自由奔放さに苦労を強いられ、幾度となく精神的疲労を溜めさせられた。
そして、それはISに限った事ではない。幼い頃から様々な物を発明しては、周りに被害を与える程度に使い散らしていたものだ。
例えば『透明人間になれる薬』だとか、『一時的に身体能力を飛躍的に上昇させる薬』等比較的安全そうなものから明らかに危なそうなものまでバリエーションは様々。
また、頭脳だけでなく身体能力も超人的である。
どの位かと具体的に比較をするならば、第一回IS世界大会「モンド・グロッソ」で優勝したブリュンヒルデこと『織斑 千冬』と生身で互角に戦えるとのこと。寧ろ、自身と張り合える力の持ち主は彼女しかいないと言うほどだ。
そんな『細胞レベルでオーバースペック』という言葉がまさに似合う篠ノ之束。
逃亡中の彼女が今、何処で何をしているかというとーー
「んにゅっ、や、やめてぇ〜」
「可愛いです、束様。それこそ食べちゃいたいくらいに」
「ふぇぇぇぇ」
ーー娘であるクロエ・クロニクルに、ほっぺたをこねくり回されていた。
「ああ、そうです。お洋服をドレスに着替えましょう。
そしてそのままお外へ行き食事をして、夜は一緒に……ふ、ふふふふっ」
「く、クーちゃん?顔が怖い、よ……?」
「おっと、私としたことが。少々取り乱してしまいました……じゅるり」
「全然元に戻ってないよ、誰か助けてぇ!」
クロエも十分頭をやられているのだが、おかしいのは実は束の方である。
『性格を真逆にする薬』
この状況を作り上げた物の名称であり、名前の通り服用した人物の性格を反対にしてしまうというもの。研究のお供として束が愛飲していたドリンクに、クロエがこの薬を入れたのである。
「(ふ、ふふふ、効果は抜群ですね、まさかここまでとは)」
今の束は普段と違い、消極的で大人しめな性格となっている。
興味本位で悪戯として薬を入れたのだが、どうやらクロエにはクるものがあったらしい。
「ね、ねぇ、なんでこんな事したのぉ」
「ぐっ、申し訳ありません束様。私の中から溢れ出す好奇心には、勝てませんでした」
「………後でお仕置きだからねっ」
ジト目で睨んでくるが、普段より少し威圧感のない束にクロエは、
「(い、いいっ!こういうのも悪くないです!!)」
内心とても盛り上がっていた。
「うぅぅぅ……もう使わないと思って、薬類は処分したはずだったんだけどなぁ」
「ちなみに、この薬の効果はどれくらいなのですか?」
「……………丸一日」
「………な、長いですね」
「もうっ、これから彼のところ行こうと思ってたのにぃ」
今日はやめとこうかなぁ、としょんぼりする束。
本来推しの強い彼女だが、薬の影響で行動的な部分が無くなってしまっている。
「行けばいいではありませんか。会いたいのでしょう?」
「でも……」
「ーーーそれに、これを機にそろそろ告白してみては?」
「え、えええええ!?な、何言ってるのクーちゃん!」
ぽこぽこと可愛らしい擬音が出そうな叩き方をしてくる束にほっこりするクロエであった。
先ほど束から僕の元に珍しくメールが届いたのだが、どうやら様子がおかしい。
文章の書き方が束っぽくないし、それに奴は電話を通して話すより直接会いに来て会話をしようとするタイプだ。此方が何処にいようとも。
今僕は既に一日の職務を終え、自室に戻っている。
少し早めに上がっていいと言われたので、言葉に甘えて夕暮れ前に机周りの整理をした。
その時、千冬だけでなく山田先生にまで恨めしそうな目で見られたのは少し心が痛かったが。
まぁそれはいい。兎も角今は、このメールを処理しなければならない。
とりあえず当たり障りのない内容で返すか?それとも一層の事電話でもかけてーー
コンコンコン
ん?ドアノックか、誰だろう。
ガチャッ
「あ、あの、今大丈夫かな?」
バタンッ
『ちょ、ちょっとぉ〜!なんで閉めるのぉー!』
ドアの向こうから何か聞こえるが、無視だ無視。
なんだあれは。あんなオドオドした篠ノ之束の様な顔の人物、僕は知らないぞ。
………まさか本物の束か?自分の性格を矯正でもしたのか?だとしたら成果が出過ぎてる。
まず、束はノックなんて絶対にしない。気がつけば部屋に侵入しているからな。
それと態度が下に出過ぎだろう、他人を見下すいつもの感じはどうしたんだ。
『うぅ、都合悪かったのかなぁ。迷惑になっちゃってたりして……ど、どうしよぉ!』
ドア越しでも慌てふためいているのが分かるぞ……はぁ、しょうがないな。
とりあえず、部屋に入れるしかないか。
「あっ」
ドアを開けただけでそんな花が咲いたような笑顔をされるとこっちが困るだろう、まったく可愛いな……って、違う違う。
「と、とりあえず入っていい?こ、このままだと誰かに見られちゃうかもしれないから…」
え?あ、ああ。いいぞ。
「あ、ありがとう!それじゃあ、お邪魔します」
お礼を言ってから僕を横切り、部屋の中へ入って行く束。
……これは、詳しく話聞かないとダメかな。
で、束さんや。
「ん?どうしたの?」
ぐっ、そのおっとりしたキャラでの返事をやめていただきたい、凄い違和感だ。可愛いけど。
どうしたのっていうのはお前の方だよ、何があったんだ束。
「うぅ、キミならやっぱりわかるよねぇ…」
いや、僕じゃなくても千冬とか箒ちゃんならすぐわかると思うけど。
「じ、実はね?昔私が作った薬品があったでしょ?」
薬品ってアレか、『猫耳が生える薬』とか『千冬の力をゼロにしちゃう薬』とかか。
「そんなのもあったっけなぁ。懐かしいねっ」
千冬を弱くする薬だけは実用性があったと思うけどね、本人に全部壊されたからどうしようもなかったけど。
「って、ち、違うよ!今はそれじゃなくて……その、私が作った薬のうち何個か残っててね。クーちゃんが悪ふざけで私に薬を盛っちゃったんだぁ」
しょんぼりしてるけどそういう問題じゃないぞ。お前部下に謀反起こされかけてるじゃないか。
で、何の薬盛られたんだ。
「……『性格を真逆にする薬』」
ああ、あれか。それなら今の束の感じも納得がいくな。
その様子だと此処に来るまでにも苦労してそうだけど、今日は来なくてもよかったんじゃないか?
「え、だ、だって……」
ん?なんだよ。
「き、キミに会いたかったから……えへへ」
……あー、やばい、これはやばいぞ。束の顔が見れない。
理由は分かってる。こいつが可愛すぎて、僕が恥ずかしくなってるんだ。
それに破壊力が違いすぎる。確かに普段からも束は美人だしドキッとさせられることはあるが、このしおらしい感じは僕が弱いタイプだ。
「そ、それに、メールしたからには行かないとなぁって思って」
あのヤンデレみたいな文章になってたメールか。
束が言うと怖さがあったな。
「あれ、どうしたの?大丈夫?」
覗き込んで来るんじゃない。さっきから顔が赤いのがバレるでしょうが。
「あ……顔が赤い。ね、熱じゃないよねぇ!?」
慌てるな、熱じゃない。確かに体温は一時的に高いかもしれないけど。
「と、とりあえず、測った方がいいのかな、うん」
は?お前何言ってーーって、お、おい!
「んー……やっぱり、体温が高いよ。風邪は引いてないよね?」
今の状況を説明しよう。
顔を上げた僕の額に、背伸びをした束のおでこがくっついている。
ほぼゼロ距離と言っていいほど顔が近く、少し動かせば唇が触れてしまいそうだ。
……久しぶりに束の顔をまじまじと見てるかもしれない。こいつ、綺麗な肌してるな、私生活ダメダメなくせに。
思わず視線を下に向けると、胸のところに少し隙間ができていて中が見えてしまいそうなのがわかる。服がいつもと違うからか?
というか今気づいたな、アリス服じゃないことに。
ああ……似合ってるな、くそっ。
「大丈夫?ーーって、きゃっ!?」
……なんだよ束、急にそんな声出して。
床に倒れこんで、こっちを驚くような目で見て。
頬を蒸気させて、目を潤ませて。
そんなーーー何かを待つような目をして。
………あれ、これってもしかして、僕が押し倒してるのか?
「………………あ、その、いや、えっとね」
ふと我に返り、動揺する束から目が離せない。
束の一つ一つの動作を、僕は食い入るように魅入っている。
そして、束の肩を掴む手に力が入る。
「あっ………」
おい。目、閉じるなよ。
そんな事されたらーー僕の歯止めが効かなくなる。
「いいよ……きて?」
ーーッ、後悔するなよ?
「ううん、後悔なんて、しないよ」
「だって……」
「ーー私はキミのこと、ずっと大好きだから」
この後、どうなったかは僕の記憶では曖昧だ。
ただ、彼女から感じた甘い香りと柔らかい感触は、しっかりと脳が覚えている。
数秒か数分か、はたまた数時間だったか。
薬の影響があったとはいえ、束に惹かれたのは僕自身なのだろう。
もしかしたら昔からだったのかもしれない。それに、僕が気付いていなかっただけなのか。
あの薬の効果が出ている間の記憶は、副作用で束にはないはずだ。
いや、そうでなくては困る。
何故なら……今度は、あいつがちゃんと篠ノ之束である時に、この想いを伝えようと思うからだ。
ああそうだ、千冬にも協力してもらおう。きっと目を見開いて驚くぞ。
ーーこの日は、僕にとって忘れられない一日だった。
どうやらおかしくなったのは、天災だけじゃなかったようですね?
今回はIFルートみたいなものです。今後の話にここの部分の設定は関わってこないと思ってください。
あくまでヒロインは篠ノ之姉妹ですので。