国境での北の国との衝突から数日、東の国ではいつの間にか戦争の噂が消えていた。城へ帰還した軍は通常任務に戻り、それを率いていた怜にも帰宅が許される。
噂が存在する間は警戒態勢を保つために城に積めていた怜は久しぶりに街へ帰った。けれどすぐに帰宅するのではなく知り合いがいる宿へと向かう。
貿易関係の仕事をしているという彩兎はその時もどこかで仕入れた紅茶を飲んでいた。
「良かった。まだこの街にいてくれたんですね」
城にいる間にどこかへ行ってしまったのではと心配していた。そう告げた怜は安堵とともに彩兎の向かい側の椅子に腰かける。
すると彩兎はいつものように怜にお茶を入れてくれた。暖かく香り豊かな紅茶は怜のような兵士にはあまり縁のない代物だ。そのため怜はこの茶葉がどんなもので、どこで採れたのか知らない。それでも彩兎は、美味しそうに飲んでくれるだけで良いと言ってくれている。
「軍が国境に向かったと街の噂で聞いたけど、怜君は怪我をしなかった?」
「はい。国境には行ったんですけど、少し衝突があった程度なので」
彩兎の質問に怜は曖昧な答えを返していた。どれほど親しくても言えないことはある。特に北の国が絡んでいたことなどは一般市民に言うべきではない。そう怜に指示してくれたのは主席政務官の透だった。
そのためすべてを話すことはできないが、とにかくケガはないと彩兎に告げる。すると彩兎は安堵したように微笑んでくれた。
「怜君に怪我がなくて何よりだよ。だけど街に出られたということは、もう戦争の心配はないのかな」
「はい、それは安心してもらって大丈夫です」
国家機密に関すること、特に王に関する情報や軍の予定などは話すことができない。それは兵士であれば誰しも抱える秘密ごとだ。けれど彩兎はそういう事を探る様子もなく、ただ素直に怜の心配をしてくれていた。
「そういえば彩兎さんは南東の諸島群の出身ですよね。あの辺りは最近海賊が出ると聞いたんですけど、彩兎さんのご家族は大丈夫ですか?」
「幸いなことに僕の家族はあの付近で仕事はしてないからね。今はもっと南の土地で貿易の仕事をしてるよ」
怜の質問にも彩兎は笑顔で応じてくれる。お茶を飲んだ怜はそんな彩兎につられるように笑みをこぼしていた。
「じゃあ彩兎さんのご家族は安心なんですね。良かった」
「僕の家族の心配までしてくれるなんて、怜君は優しい子だね」
海の男が多いこの街では珍しいほどに彩兎は紳士的な態度を見せてくれる。しかもその端正な顔立ちは街の女性に少なからず人気があるらしい。そんな人が少しの間でも自分のために時間を割いてくれ、話を聞いてくれる。
それが身寄りもなく、家に待つ人のいない怜にはとても嬉しいことだった。
「さて、そろそろかな」
窓の外に浮かぶ細い月を見上げた彩兎はふと金色の瞳を細めた。そして目を向かい側にいる若者へ向けると相手はうつろげな様子で座っている。
「なかなか来てくれないから、魔法が解けてしまわないか心配してたんだよ」
「すみませ…ん」
「構わないよ。それで国境で戦った相手は西の国なのかな」
「…北の国です」
まぶたを半ば落としたまま、怜は問われるまますべてを話し始めた。噂の元となっていたのは北の国の奸略であること。そして国境の森に北の軍が展開していたこと。そして西の国の王子が北の国の王を倒したことで武力衝突が終結したこと。
それら話を聞いた彩兎は眉をひそめると紅茶を飲んだ。
「北の王を西の王子が殺した…となると、魔法の力はまだそこにあるのか」
つぶやき考え込んでいた彩兎は手元のカップを置いた。そのまま立ち上がると怜を促しながらベッドへ移る。
「またここに来られないなんてことがあっては困るからね。今夜はたくさんナカに入れてあげるよ」
金色の瞳を細めて笑った彩兎は意のままに動く怜にそっと口付けた。
ギシギシと悲鳴をあげるベッドの上で怜は彩兎にまたがり腰を振り続けていた。矯声を漏らす中でも、彩兎が質問をすれば返す姿勢を見せてくれる。
魔女として力の弱い彩兎では、飲み物に魔法をかけても相手への影響力は弱い。そのため相手を支配するには直接体内に体液を入れなければならなかった。そして性交渉をするとなれば相手はかなり限られてしまう。
そんな中で出会った怜という若者は、彩兎にとってとても利用価値の高い人間だった。十六歳の若さで部隊を率い、国の重鎮とも面識がある。そのため彼からもたらされる情報は貴重で有意義なものが多い。
何度も達して、何度も怜の中に自分の体液を流し込む。その作業の中で、怜の口から近衛隊長という単語が出される。西の国で有名な剣の使い手が北の王と戦い東の王を守ったらしい。
それを聞いた彩兎は笑みをこぼす。どこの国でもどんな試練の中でも、主人公という存在は強い者に守ってもらえるらしい。
やがて怜が力尽きて眠り込むと彩兎は疲労感とともにベッドを離れる。この疲労感が身体の消耗によるものなのか魔法を使いすぎたためなのかはわからない。ただどれだけ疲れたとしても、この魔法を途切れさせるわけにはいかなかった。
月が沈み明るくなり始めた空を尻目に彩兎は椅子に腰を下ろす。
「北の王から力を奪えたとして、どれだけの物が得られるのかわからないよね。あの人はしょせんまがい物……ああ、違うか。半端な力しか持たない僕こそまがい物か」
自嘲とともにつぶやいた彩兎は冷めきった紅茶を飲み干す。そして冷めた目でベッドに眠る怜を見た。
「君や他の人が僕へ向ける気持ちも、すべてまがい物なんだよ」