はいかぶりと白雪と眠れる森の 後編   作:とましの

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第3話

光をちりばめたような金の装飾の施された鐘時計が鳴り響く。時計の針は止まることなく巡り、世界が終わってしまったあの時へ向かっている。

どういうことなのかと語り合うふたりから少し離れた場所で彼は闇の中にいた。白いマントに身を包んだ魔法使いの手には小さな光源があるがここには届かない。

深い闇の中、すべてが終わったのだと諦める彼の元へふたりの声が届く。ふたりが語る「長政」という人物は世界を滅ぼしたあの魔法使いの事だろう。

孤独の中にいたのは自分だけではないのだと光源を手にした魔法使いは言う。その言葉に彼は自然と自分を守り続けてくれた男の事を思い出した。

思えばあの透が誰とも知らぬ男をそばにいさせたのは不自然だった。さらに透はあの男と自分とをふたりきりにまでさせている。つまり警護の面で透はあの男を信頼していたということなのだろう。

そしてあの男自身も、自分は守る側の人間なんだと告げていた。けれどだとしたら、誰があの男を守ってやるのだろうか。

世界が滅びても希望と正しい心を持ち続けるあの弟か。それともあの男を失ったからと世界を滅ぼしたあの若者か。

そう考えながら彼は自分の手をにぎった。もっと早くあの男の手をつかむことができたなら、何かが変わったかもしれない。透が言っていた語ってもらえなかったという部分も聞くことができたかもしれない。

もう一度やり直せたなら、そう考えながら彼は鳴り響く鐘時計に手をのばした。

 

 

鐘時計の音が不意にかき消えて新たに周囲を人々の声が包み込む。街の喧騒に似たその音の中で魚住は目を開かせた。

「ここまで同行してくれた礼としてごちそうくらいさせてくれないか。とは言え俺はこれから報告に行かねばならないからな。魚住さん、もう少し彼と……大丈夫か」

そばで何やら話していた透が笑顔を弱めて問いかける。そんな透を見つめていた魚住はややあってその目をもうひとりに向けた。

するとこちらは首をかしげて笑みを浮かべる。

「地元に帰って安心すると一気に疲れが出るよな。魚住も透と一緒に帰って休めよ」

「俺はこのままおまえと海にいく」

帰れと言われた魚住は反射的に言葉を返す。周囲を行き交う人々は楽しげで、そこに世界が壊れたような雰囲気はない。だとしたらあの魔法使いが何かをして時間を戻したのだろうか。そう考えながら目の前の人物に目を戻すとなぜか怪訝な顔を見せていた。

「俺、海に行くって言ったか?」

「…ああ…いや、そもそも海に行くためにここまで来たんだろう」

「あー、そうだわ。そうだった」

忘れていたと笑った光秀は何かを誤魔化すようにそのまま歩き出す。そんな光秀を目にした魚住はすぐさま透へ視線を移した。

「城に戻ったら怜に出撃の準備をと伝えておけ」

「怜ちゃんを動かすということは、一個大隊を動かすということか。海へ行かせれば良いのか?」

「国境へ向かわせる。国境で襲ってきたのは北の国の軍だ」

「ほう、なるほど。彼はそんな情報まで魚住さんに教えてくれたか」

魚住の言葉に驚く様子もなく、透は笑顔のまま問いかけてくる。それを光秀のことだと察した魚住は聞いていないと返した。

「これから聞き出す」

「そうかそうか、では成功を祈っているよ。彼が味方になってくれれば我々としてもおおいに助かるからな」

やはり透は光秀の素性を把握しているらしい。しかしそれを告げることなくうなずいた魚住は光秀を追うべく歩き出した。

海へ向かう道の途中、不安げな顔で何かを語るふたりが光秀のそばを通りすぎる。すると光秀はそのふたりを真剣な眼差しで見つめていた。やがてその後を追いかけていた魚住のそばへ男女がやってくる。

「戦争になったらどこへ逃げればいいのかしら。街道は使えなくなるんでしょう?」

語るふたりの話が聞こえて魚住はそういうことかと納得する。あの時の光秀は西の国との戦争について語るふたりを見ていたのだ。

立ち止まりふたりを眺めていた光秀の元へ近づくとその肩をたたく。

「ありえない噂を流して民を混乱させる輩がいるようだな」

何やら考え込んでいた光秀にそう告げると相手は驚いたように眉を浮かせた。

「なんでありえないって思うんだよ」

「おまえのいる国が一方的に他国を侵略するわけがないだろ」

片手に花束を持つ光秀の、あいている側の手を取り持ち上げる。剣を持って敵を倒すその手は固かった。

「逆にこの国がおまえの国を攻めることもないから安心しろ」

「なんだそりゃ」

ひとり悩む必要はないと言いたかったのだが、光秀に笑い飛ばされてしまう。あげく手を放した光秀は海へ向かい歩き出してしまった。

「誰もこの国を疑ってなんてねぇよ。ばーか」

笑い飛ばされたあげく否定された魚住だがそれに返すことはしなかった。疑っていないという光秀とともに海へ向かう。

やがてたどり着いた波打ち際で光秀は花束を二組投げた。

「身内が亡くなられたのか?」

前回ここで大切な人間を海で亡くしたと聞いている魚住は少し深く問いかけてみる。すると光秀は微苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「母親と再婚相手が船ごと海に沈んだんだよ」

「そうか……」

だから船の大きさなどを気にしていたのか。そう思いながら光秀の頭に手を伸ばす。慰めるようにそっと撫でてやると光秀が苦笑をこぼした。

「こんなこと親にもされたことねぇよ」

「寂しい子供時代だったんだな」

「世の中の兄ちゃんなんてのはそんなもんだろ」

親との関係が良くなかったのかと思ったがそれは杞憂だったらしい。光秀は海へ目を向けると嘆息を漏らす。

「実の弟以外に手のかかるヤツがたくさんいたからな。けど最後のひとりも成人して手が離れたから一段落だわ」

「それなら次はおまえの番だな」

海を眺めていた光秀の目が驚きを含んで魚住を見上げる。視線を受けた魚住は笑みを作り光秀を見下ろした。

「とりあえず飯でも食うか」

「は?」

「国境へ兵を向かわせるにも準備が必要だからな。今夜はうちに泊まれ」

光秀の腕をつかみ歩き出した魚住は周囲に目を走らせながら砂浜を進む。このまま砂浜をまっすぐ歩いていけばいずれそこにたどり着くはずだ。

「なぁおい、待てよ。兵を向かわせるっておまえがか? それとも透がって事か」

「遊撃隊の指揮は透ではなく怜がやる。まだ十六だが頭の良い男だ」

「へぇ……十六で部隊の指揮官か」

ほんの少し軍の指揮官を話していただけで、光秀の瞳で光がちらつく。その瞳はあの戦いの直前に見せたほどではないが、刃を潜ませたような鋭さがあった。

そんな光秀の目を見た時、かつて透が言っていた単語が頭をよぎる。

「光秀」

緋色と藍色が交ざり合う空の下で、魚住は立ち止まり光秀に問いかけた。

「近衛隊長、というのはどんな役職なんだ?」

水平線を眺めていた光秀の瞳が鋭さを含んだまま魚住へ向けられる。

「そのまんまだろ。近衛連隊の隊長だ」

「危険な役目なのか」

鋭い眼光に引く事なくさらに問いかけると光秀は怪訝な顔を見せた。距離を取るつもりか身を引こうとするが、魚住は腕をつかむその手を放さない。

「手、放せよ」

半歩さがった光秀に魚住は一歩近づき身を寄せる。

「俺のことが信じられねぇか」

顔を近づけ告げるそばで光秀の瞳が揺れた。先程とは違い戸惑いに揺れる瞳を魚住から背けて顔をしかめる。

「……そういうことじゃねぇよ」

「だったら話してくれてもいいだろ」

「知っちまったら、おまえに面倒かけることになる」

「構わない」

かつての光秀はまったく関係のない異国の王をかばい魔法使いの矢に倒れた。そんな光秀だから、ここでも異国の人間に気を使おうとしているのだろう。

まだこちらの正体も知らず、一般人として接していても守るべきものは守ろうとする。そんな光秀のことが、魚住は何よりも尊く大切なものに思えた。

「光秀がかける迷惑なら何も困らない」

「おまえさっきからおかしいだろ。海に来たからか?」

「そうかもな」

陽は既に西の山に隠れ空も藍色に染まっている。周囲も暗く人の気配もない砂浜で魚住は軽く笑った。前回はこの時間には光秀は帰国を決めて街を出ようとしている。そして魚住はただそんな光秀についていくことしかできなかった。しかし今回は既に光秀の足止めができている。このままならあの流れを食い止めることもできるだろう。

けれど未来を変えたいと言うよりも、いまこの瞬間を変えたくなかった。前回と違い光秀はこちらを見ている。国境にいる軍勢の正体にもまだ気付かず、戦う人間の顔付きにもなっていない。

「俺はおまえほど強くない。けどな、それでもおまえを大事にしたいんだよ」

その言葉ひとつで光秀はなぜかつらそうな顔を見せた。何かを耐えるように歯を噛み締めると魚住の肩に頭を落とす。

「……ばかじゃねぇか」

 

 

 

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