「……おまえ、マジでバカだったんだな」
一部の人間だけを集めた会食の席で光秀は呆れ返った様子を見せた。偶然通りかかりつぶやきを聞いた魚住は怪訝な顔で透に目を向ける。
「何の話だ」
「俺は魚住さんがここの王であると説明しただけだよ。まぁここに来た時点でいろいろと察してくれていたようだがな」
「それと俺がけなされる繋がりが見えねぇな」
「一国の主が素性の知れぬ者を安易に城へ入れることを呆れているんだよ。それと素性の知れぬ者を主とふたりきりにさせた主席政務官にもな」
自分もけなされたのだと笑った透の前には無数の空ビンが並んでいる。この国随一の酒豪で知られる透は今も楽しげに笑っていた。だがどれほど透に付き合わされたのか、光秀は疲労感を隠せないでいる。
「透がおかしいのはわかるが俺はおかしくないだろ」
「あー……そうだな。おまえは無自覚だもんな。仕方ねぇわ」
またしても呆れた物言いを見せた光秀は手にしていたグラスをテーブルに置いた。さらに風に当たってくると告げて歩き出した光秀の足取りは少しおぼつかない。
その後ろ姿を見た魚住は目を細めて透をにらむ。
「どれだけ飲ませた」
「たいした量ではないよ。噂の近衛隊長さんがどれほどいけるか試したかったのだがな。まあ、彼が強いのは酒ではなく剣なのだが」
「おまえは最初からあいつの正体を知っていたんだな」
「最初からではないが、王都へ戻る道中のことを思えばわかるよ。魚住さんと同等以上の強さを持ち、かつ人を守ることに長けていた。そんなことができるのは、かの国随一と言われる男だけだろうよ。四日間緊張感を持ち続けるなど、うちの怜ちゃんでも無理なことだ」
のんきな顔で酒瓶を並べている透だがその口ぶりはいつもと変わらない。そして国境から戻る道中もその冷静さと観察眼を保ち続けていたらしい。
「だがな、魚住さん。魚住さんはここではうちの兵たちに守られている。警護対象の安全が確保された時点で彼の緊張は途切れてしまったのだよ」
「それは悪いことじゃねぇだろ」
「悪いことではないが、緊張が途切れれば疲れが一気に出るだろう。そこでこんな酒の席など設けては、酔い潰せと言っているようなものではないかな」
「そんなもんはテメェが手加減すりゃ良いことだろうが」
少なくとも他の人間なら酔い潰そうなどという発想が生まれない。そう言い捨てた魚住は嘆息を漏らすと透のもとを離れた。
立食形式でおこなわれる会食の場をめぐり光秀を探すが会場内では見つからない。所々で声をかけられつつも巡り歩いた魚住は会場を出てバルコニーへ向かった。
王城三階にあり海をのぞむことのできるバルコニーは明かりもなく暗い。そこで光秀を見つけた魚住はひとまず安堵の息を漏らした。
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、すげー眠いだけだから」
問いかけた魚住の目の前で光秀は緩んだ笑顔とともに返してくる。今まで見せたことのないその顔に魚住の思考が停止した。
そうして魚住が黙り込むと光秀は楽しげに笑い出す。
「あーあ、あいつすげー強いな。バケモンかよ」
笑いながらも言うのは透の酒の強さだろう。そう思いながらも魚住は光秀の変化についていけなかった。
「けどおまえもおまえの側近もおかしいだろ。俺みたいなどこの馬の骨かわかんねぇヤツをこうやって自由にさせてよ。変なとこ入り込んだらどうするんだよ」
国家機密盗まれるぞと光秀は茶化すように言い放った。そこでやっと思考が動き出した魚住は飲ませ過ぎたと認識して光秀の腕をつかむ。
「部屋まで送ってやるから、おとなしくついてこい」
「そこまで酔ってねぇだろ」
過保護かと悪態つきながらも光秀は拒むことをしない。そのため魚住は光秀のために用意させた部屋へ向かうことにした。緊張する相手である主がいなくなれば会食もなごやかに進められることだろう。
明かりの乏しい廊下を進みながら魚住はふと光秀に目を向けた。けれど暗がりでは相手の顔色をうかがうことはできない。
「気分が悪くなったら言えよ」
「なぁ、魚住」
暗い廊下を歩く光秀は魚住へ目を向けることなく口を開いた。そのため気分が悪いのかと問いかけると光秀は首を横へ振る。
「近衛隊長ってのは、ただのお飾りなんだよ。王子たちの子守りのために新設された部隊で近衛連隊の兵士も全員が貴族の出身だ。本来なら何の権限もないし戦力としても見込まれてなかった。陛下は何もかもを失った不憫な甥っ子に役職を与えたかっただけなんだ」
そう語りながら光秀は窓のそばで足を止めた。月明かりの差し込むそこで光秀は窓の外へ顔を向ける。
「この国の人間が気にする理由なんてどこにもないんだよ」
「俺はおまえほど勇敢な男を知らない」
青白い光に照らされた光秀の顔色が矢を受けて倒れた時とどことなく重なる。そのため魚住は自然とその手をつかんでいた。
「その肩書きがただの飾りで不必要なものなら俺のところへ来ればいい。あの国でどんな扱いを受けているのかは知らないが、俺はおまえが必要だ。誰よりも大切で絶対に失いたくないと思っている。だから…」
「おまえ、マジで何も知らないんだな。透は全部知ってんのに」
魚住の言葉を遮るように言い放った光秀は弱く笑いながら繋ぐその手を放させた。
「俺の存在はおまえの立場を危ぶませるだけだぞ」
「どういう意味だ?」
「俺の父親は、この国の先王の息子なんだよ」
自嘲めいた笑みとともに告げられた事実を前にして魚住は返す言葉を失う。自分よりも王に向いていると思った相手が目の前にいるとは思いもしなかった。むしろそんな地位の人間が単独で敵国かもしれない地へ赴くなど普通はしないだろう。
「これでわかったろ。もう俺を重用しようとすんな」
本来なら正当な王位継承権は西の国にいるとされる先王の孫にあった。だがその人物に連絡を取ろうとしても音信不通だったため王位は魚住に譲られている。しかしここでその人物が現れれば城内で王位をめぐる問題が起きてしまう。
おそらく光秀はそれを危惧していたのだろう。そう思っても、だからと魚住には光秀にかける言葉が見つからなかった。
「光秀……」
「けど、ありがとな」
何か言わなければと焦る魚住の目の前で光秀が笑みをこぼす。あげく魚住の肩をたたくと
再び歩き出してしまった。そして魚住は再び光秀の手をつかむタイミングと理由を見失ってしまう。
翌朝、魚住は透から光秀の居場所を問われた。しかも昨夜は一緒に消えたのだから一晩を共に過ごしたのだろうと茶化される。
そんな透へ魚住は怒るでもなく言い返した。
「光秀とは途中で別れた」
「そうか、てっきり部屋まで送ったと思ったがなぁ」
「あいつは先王の孫らしいな」
楽しげに笑っていた透は魚住の一言で笑みをかき消す。そして本人が言ったのかと、珍しく真面目な顔で問いかけてきた。
そんな透へうなずきつつも魚住はやってくる配下へ目を向ける。出撃の準備のため昨晩の会食に出席しなかった怜は現れるなり挨拶を向けてきた。
「おはようございます。昨晩はお楽しみでしたか?」
さわやかな笑顔の怜が告げた問いかけに透が吹き出したように笑い出す。魚住はそんな透をにらみながら怜に顔を向けた。
「楽しんでねぇよ」
「そうでしたか。昨夜の会食は盛り上がったと聞いたので、てっきり楽しまれたと思ったのですが。やはりお酒が飲めないと楽しめないものでしょうか?」
素直な怜の問いかけに魚住は眉間にしわ寄せため息を吐き出した。透のように光秀との関係を茶化したと一瞬でも思った自分が間違っていたようだ。
「昨夜のことはいい。それより怜、光秀…客人を見なかったか。透が探しているんだが」
「客人なら今朝ここを出られました。陛下に礼をと言付けられています。それと国境に軍を展開させるのなら注意するよう俺も言われました。あの人は、もしかしたらどこかの国の兵士でしょうか」
指示がとても明確でわかりやすかったのでと、怜は少し嬉しそうに言う。そんな怜の様子を目にしながらも魚住は頭をめぐらせた。
なぜ光秀は突然ここを去ったのか。あの男の性格なら去るとしても伝言を頼むことはしないはずだ。そんなことを考えながら魚住の目は透へと移された。
「透、光秀はなぜここを離れたと思う?」
「目的がなくなったからではないかな。おそらく彼は我が国が西の国を侵略するかどうか疑っていたのだろう。しかし魚住さんが王だと知り疑念が晴れた。となれば急ぎ国へ戻らなければならんだろうさ。国境で魚住さんを襲った者たちの素性を調べるためにな」
主席政務官を務める透はどんな質問にも答えてくれる。しかしその答えこそ、今回の魚住が避けたいと考えていたことだった。
なにせ光秀は前回と同じく単独で国境にいる敵と戦おうとしているのだ。
「怜、軍はすぐに動かせるか」
「準備は既に終えています」
魚住の問いかけに怜は落ち着いた笑顔で返してくれる。常に仕事に忠実な配下に魚住は口許を緩めた。
「これから光秀を追う。同時に国境にいる北の国の軍を追い払うぞ」