優しい日差しの差し込む部屋で目を覚ました秀吉はしばらくぼんやりと天蓋を眺めた。そうしていると周囲が騒がしくなり誰かが部屋から出ていく。秀吉が物音のしたほうへ目を向けるとそこに黄緑の見下したような目があった。
「君のせいでいろいろと手間が増えたんだけど、どうやって責任を取るの?」
「なんやのいきなり……」
寝起きの秀吉に文句を突き刺してきたのはこの国の第一王子だった。彼は完全に不機嫌な様子を見せている。しかしこの王子は初対面の時からこんな態度だったと秀吉は眠い頭ながら思い出した。
「まったく君なんていてもいなくても関係無いのに」
最後には悪態まで吐き出した王子は椅子から立つと部屋を出ていってしまう。それを眺めながら起き上がった秀吉は自分が生きていることを知った。
「毒リンゴ……どないしたんやろ」
自分は確かにあの丸い月の夜に長政のリンゴを食べたはずだ。それでも生きているということは、また過去に戻ってしまったのだろうか。またしても世界は壊され、自分は知らぬ間に慶次とともに時を遡ったのかもしれない。
そんなことを考えながら目を向けると騒がしい声とともに慶次がやってきた。
「秀吉大丈夫か? どっか痛いところはないか? 5日も寝てたから心配したんだぞ」
「そない寝とったのか」
「そうだよ。そのせいで日にちが前の時と同じになってる」
慶次の言葉に驚いた秀吉は首を横に振りながらベッドを飛び出した。寝過ぎていたためか多少よろめきながらも自分の服を探す。すると何かを察したらしい慶次が棚から白い衣装を取り出してくれた。
「服の洗濯とか長政が全部やってくれたんだ。普通の服なら俺も洗えるんだけどさ。マントとか大物は扱いがわからなかったから助かったよ」
下手なことをして歪んでしまってはいけないからと慶次は苦笑いを浮かべる。そんな慶次に礼を向けつつも着替えるとマントを腕にかけて部屋を出た。
すると扉の外に近衛副隊長が立っている。
「おはようございます」
明るい廊下に立つ副隊長はいつもと変わらない優しげな顔を見せていた。その瞳は翡翠のように明るい緑色で冷たい雰囲気もない。
「おはよ……あの、こないだのな」
「やっぱり瞳の色は戻りませんでしたね」
「へ?」
あのリンゴは何だったのか。そう問いかけようとした秀吉に副隊長は少しすまなそうな顔で告げた。しかしその意味がわからない秀吉はきょとんとした顔で副隊長を見る。
けれど副隊長は言葉の意味を告げることなく視線を移してしまった。
「王子はすぐに出発するとおっしゃられていましたが、お二方は行けますか?」
副隊長の問いかけに慶次が秀吉を見る。しかし何を言うでもなくすぐに副隊長へうなずいて見せる。
「もう時間がないからな。秀吉はつらいかもしれないけど」
「寝とっただけやから大丈夫や。今度こそ助けよな」
心配してくれる慶次に、秀吉は笑顔を作るとすぐに行こうと返した。
前回と違い、今回は四人の王子全員が国境への出撃に参加している。出発の時期は同じだが、この小さな差がどう未来を変えるのか。それは慶次にもわからなかった。
はやる思いを抑えて王子たちの指示に従い二日をかけて国境へ向かう。国境付近には広大な森が広がっており東へ向かう街道は森を切り開いて作られていた。
国境近くの森へ入ったところで先発部隊から東に藍色の軍旗が見えると伝令が入る。それを聞いた第一王子は眉を潜めて第二王子を見やった。
「敵は北の国だけではないようだね」
「進軍の噂は事実だった、ということなのかもしれんな」
第一王子とともに第二王子も表情を固める。だがそこで爆発音が聞こえ一同は目を見張った。遠くで木の倒れる音が響き、慶次は慌てて馬を降りる。そんな慶次に続く形で秀吉も杖を手に森へ飛び込んだ。
木々の隙間を走り、前も見た景色の中を進んでいくとやがて広い空間に出る。木々がなぎ倒されてできた空間で慶次は再びあの男を見た。
「確かに顔色が悪いな」
そこで唐突に大好きな声が聞こえて、慶次は慌てて振り向く。すると他ならぬ第四王子がすぐ後ろに立っていた。
しかも第四王子の護衛のためか近衛副隊長も一緒にいる。前回と同じこの一点に戸惑う慶次は秀吉に目を向けた。しかし秀吉はそんな慶次には目もくれず、男へ近づくべく歩き始める。
慶次はどうすればいいのかと悩みながら第四王子を見た。
「長政、向こうから近衛隊長が来る。あの魔法使いの事は俺たちに任せて長政は近衛隊長の元へ行ってくれ。傷を負っているようなら手当てを頼む」
「わかった。真琴もお妃様も無理はしないで」
近衛副隊長は包みを手にしたままうなずくと戦場を駆け出した。秀吉のそばを駆け抜け倒れた木々を避けながら進んでいく。
そうして隊長の元へ駆けつけた副隊長はさりげなく周囲に目を走らせた。
「隊長おひとりですか」
「当たり前だろ。誰と一緒だと思ったんだよ」
怪訝な顔で返す隊長の光秀に副隊長は笑顔をこぽした。
「そうですよね」
「それより、森をぶっ壊したのはあいつらか?」
そう言いながら光秀が見たのは白いマントを羽織り対峙するふたりだった。副隊長はそんなふたりに目を向け、ひとりは違いますと返す。
「ひとりは白雪様、もうひとりは北の国を支配しているコジーモです」
「そっか。おまえは仇討ちなんて考えてねぇよな?」
「僕たち近衛連隊は隊長の命令に従います」
素直な笑顔を見せた副隊長に包みを差し出された光秀は嘆息を漏らした。包みを開かせると中には黒い軍服が収められている。
「他国の軍ってのは北の国か」
「いえ、藍色の軍旗が見えました」
軍旗の色を伝えられた光秀は上着を脱ぎ捨てて軍服をまとう。すると副隊長がかぶっていた帽子を差し出してきた。
帽子を受け取り目深にかぶった光秀は軽く深呼吸をする。
「東の軍が森へ入るようなら連携して北の軍をたたく。あと向こうで突っ立ってる第四王子と妃は森の外へ出てもらえ。邪魔だ」
「了解しました」
光秀の指示を聞いた副隊長は嬉しそうに駆け出す。その姿は東の国にいた若い指揮官に似ていた。
「光秀!」
白雪の扱いをどうするか。そこに頭を巡らせていた光秀の背後から聞き覚えのある声が飛んだ。反射的に帽子を引き下げた光秀はさりげなくコジーモに目を向ける。
以前森で襲撃した者たちは確実に魚住だけを狙っていた。そして今もコジーモの視線は森の中から走ってくる魚住へ向けられている。
あげくコジーモのそばに光の玉が浮かびあがり、さらにそこから矢尻が顔を出す。
「ちっ、射殺すつもりか」
舌打ちしながら駆け出した光秀は茂みから飛び出してくる前に立ちはだかった。
コジーモが生み出した光の中から呪いの矢が顔を出す。それを目の当たりにした秀吉は矢を阻むべく杖を振るった。強風を生み出し矢を吹き飛ばそうと考えたが、しかしなぜか何の変化も生まれない。
風のひとつも作れない状況に秀吉は愕然と目を見張った。
「なんで魔法が使えへんの!」
戸惑い声をあげても状況は変わらず、秀吉の視界の中で二本の矢が放たれる。