魚住の前に立ちはだかった光秀は飛んでくる矢の一本を剣で叩き落とした。だが二本目は落とすことができず、光秀はその身で矢を受けるべく腕を伸ばす。
だがそんな光秀の視界に自分よりも体格の優れた身体が飛び込んできた。抱き締める体勢となってまで盾になった魚住の肩に矢が刺さる。
「自分の立場わかってんのか!!」
ふたりの立場を考えればどちらが守り守られるかなどわかりきった事なはずだ。驚きと義憤に顔をしかめた光秀は魚住を見上げる。すると額に汗をにじませている魚住はなぜか口許を緩めて笑みを浮かべた。
「……ここで大事なのは立場じゃねぇだろ」
矢に毒でも仕込んであるのか魚住の顔色は悪く身体もふらつく。倒れかかった魚住を地面に片膝をついて支えた光秀は歯を噛み締めコジーモに目を向けた。
するとコジーモのそばに浮かぶ光から新たな矢が現れようとしている。だが動けそうもない魚住を支えているこの状況で矢から逃れる事はできそうもない。
「魚住、おまえだけは絶対に守ってやるからな。だから死ぬなよ」
最悪でも自分が身を呈すれば矢の数本程度は防げるだろう。そう考えた光秀の視界が不意に飛び込んだ緋色に染まる。
「それは聞き捨てならないね」
緋色のマントを背にした彼は誰よりも強い黄緑色の瞳で魚住を見た。しかしすぐにその目をコジーモへ向ける。
「君が守るべき相手は僕だ。そんな異国の人間じゃないだろう」
「おまえ……」
「だけど今回だけは、僕の近衛隊長を守った功績に免じてその男も助けてあげよう」
自信満々と言い放つ第一王子が見つめる先でコジーモの光から矢が放たれる。しかし勢いよく飛んだ三本の矢はその途中で弾かれ地面に落ちた。
そうして矢が落ちたそのそばに夜の闇に似た濃紺の尾を揺らした王子が現れる。
「そんな無粋な代物でうちの赤ずきんはやらせんよ」
両手にそれぞれ長剣を携えた第二王子はそう言いながらゆらりと尾を揺らした。獣の尾と耳をはやした王子の出現に顔をしかめたコジーモはその手を天へかざす。
すると雨雲が空を覆い雷が天を走り出した。
「化け物め、矢は防げてもこれは防げないだろう」
「ユキちゃん!!」
雷を呼ぶためコジーモが空を見上げた瞬間、叫んだ第二王子に答えるべく枝葉の隙間から矢が放たれる。
空を裂くように走った矢はまっすぐにコジーモの喉元へ突き刺さった。空を見上げたまま射抜かれたコジーモは地面に倒れ、空が再び晴れ間を見せる。
青空を見上げた第二王子は嬉しそうな顔で第一王子を見た。
「大きな魔法を使う時にこそ隙が生まれるとはよく言ったものだな」
「だけどあの程度の挑発に乗るなんて、愚かすぎてあくびも出ないよ」
「そう言ってやるな」
死者に対しても手厳しい第一王子に第二王子は穏やかにそう告げた。しかしそんな彼は光秀に近づいた瞬間に表情を固める。
「どうしたのだこれは」
唐突に真剣な表情となった第二王子は今も魚住を支えている光秀に接近した。あげくそのままの勢いで光秀を抱き締めると背中に顔をうずめる。
そんな第二王子の行動に第一王子は目を細めるが指摘する事はしなかった。むしろ光秀に支えられたままでいる魚住に目を向ける。
「その男はどこの誰だい? もしそれが異国の間者か何かなら僕が切り捨ててあげるよ」
「んなことすんな。魚住は……あー、俺の知り合いなんだ」
魚住の素性を説明できない光秀は適当に誤魔化すことにした。第一王子はそんな光秀をにらんだが何を言うでもなく第二王子の尾をつかむ。
「近衛隊長の匂いならあとで好きなだけ嗅がせてあげるから、今は軍の指揮に戻るよ」
「信長、尾を引っ張るのはやめてくれ。それより近衛隊長の匂いがいつもより甘く…」
「わかったからもう黙りなよ」
大きな尾を引っ張られた第二王子は耳を立てながら去っていく。するとどこからか第三王子も合流して、ふたりがかりで第二王子を連れていった。その様子を眺めていると入れ替わるように近衛副隊長がやってくる。
近衛副隊長はコジーモの遺体を眺める秀吉を尻目に光秀のもとへ近づいた。そして魚住の肩に刺さった矢を見るやその矢を思いきり引き抜く。
突然の暴挙に驚いたふたりの目の前で副隊長は血の流れる傷口に手を当てた。
「隊長はご存じでしょうけど、物語の主人公には特別な力があるんです」
そう言いながら傷口から手を放すと、魚住の肩から傷が消えてしまっている。同時に痛みも不調も消えて魚住はゆっくりと光秀から離れた。
「主人公が国を治めればその国は栄えるというのはよく聞く話ですよね。我が国ではそれを理由として第一王子が選ばれましたし」
あの方は赤ずきんなのでと、副隊長は笑顔のまま言う。そんな副隊長を尻目に光秀は地面に落ちていた帽子を拾った。
「だけどもうひとつ、主人公は物語を書き換える力があるんです」
帽子の砂を払う光秀の視界の中で、副隊長は真っ直ぐに魚住を見つめて言い放った。
「近衛隊長をかばって矢を受けたのは未来を変えるためですよね」
「おまえも、あの時のことを知ってるのか」
副隊長の問いかけを理解したらしい魚住が逆に問い返す。すると副隊長は笑顔のまま首を横に振った。
「詳しくは知りません」
「だが俺が呪いを受けなかったのはおまえが呪いを消したせいだろう?」
「僕にはそんなことはできません」
魚住の問いかけに副隊長は勢いよく首を横に振る。
「眠りの森の呪いは真実の愛がなければ解けませんから」
かつて聞いたものと同じ言葉を向けられた魚住はちらりと光秀に目を向けた。前回は光秀が呪いの矢を受けて目覚めない眠りに落ちている。そしてその時に世界を壊した魔法使いが同じ言葉を発していた。
ただあの時は、光秀はそれを知らないから助けられないという話だった。そして世界は闇に包まれすべてが終わったはずだ。
「あなたが呪いを受けなかったのは、あなたの中に真実の愛があるためですよ。物語を覆す奇跡を起こして、さらに大切な人を守りたいと思うだけの愛が」
「……いや、それは……愛とかじゃねぇと思うが…」
穏やかな笑顔で恥ずかしい言葉を並べる副隊長に魚住はいたたまれず否定した。そんな魚住を笑顔で見つめていた副隊長はややあってその目を光秀に移す。
「こんな意気地のない人に僕の隊長はあげたくないです」
「おまえが何を言ってんのかわかんねえよ。魚住は隣国の王なんだから、失礼なこと言うな。それと守った守られたなんてよくあることだろ。愛だのなんだの関係ねえんだよ」
改めて帽子をかぶった光秀は目元を隠すようにつばを引き下げる。そして襟元を整えるとついで軍服の汚れを払った。
「……ったく、どいつもこいつも立場をわきまえろよ。なんで近衛も連れずに前線に出てきてんだ。クソガキどもが」
愚痴を漏らしながら歩き出す光秀に魚住は眉をひそめた。クソガキとは先程助けてくれた者たちの事を言っているのだろう。しかし感謝もせず、逆に悪態をつくのはどうかと思えた。
けれど歩いていた光秀が不意に立ち止まり不機嫌な声で魚住を呼ぶ。そのため魚住は顔をしかめてもいられず走り出した。
「おまえも近衛を連れてねえんだろ。向こうの軍まで送ってやるからついてこい」
「いいのか? さっきの三人を守らなくて」
「さっきの見たろ。うちの王子どもはおまえの百倍強いんだよ。なんせチビの頃から俺が鍛えてきたからな」
帽子で目元を隠した光秀は顔を伏せながら歩いていく。そのため表情は見えなかったが、声色は不機嫌を保ったままだ。
「そんなにイラつくほどのことか。俺を送るのが手間なら…」
「なんで俺を追ってきた」
「ん?」
不機嫌な光秀は無事だった木々の間を歩きながら問いかける。しかし質問の意図がわからない魚住は首をかしげた。
「おかしくないだろう?」
「連中は最初からテメェを狙ってただろ。なんでそれを知りながらおまえはここに来たんだよ。しかも単独で」
「敵の狙いがなんであっても関係ない。俺はおまえを守りたかった」
「そんなに俺は不甲斐なく見えるかよ」
「前にも言ったが、俺はおまえほどの男を知らない」
そう告げながら、魚住は光秀の帽子をそっと持ち上げた。そうして顔を見れば光秀はつらそうに歯を噛み締めている。
「それでもおまえを大事にしてやりたいんだ」
「けど俺は……」
「わかってる。けどこっちも簡単に諦められるモンじゃねぇんだ」
諦められるのなら時間をやり直したりなどしない。そう言いたかったが、あえて言葉を飲み込んだ魚住は光秀の頭を撫でると帽子を乗せた。