首を射抜かれ死んだコジーモを眺めながら秀吉は呆然自失の中にあった。コジーモが呪いの矢を放つ瞬間、自分は魔法で防ごうとした。けれど魔法は使えず、今もコジーモの遺体を始末することすらできない。
そうして秀吉は何もできないままその場に立ち尽くしていた。
「すみません、少しいいですか?」
そんな時に声をかけられ秀吉はゆっくりと視線を持ち上げ背後を見た。するとそばに近衛副隊長がいる。
「どないしたの」
「ええと……皆様ここを離れられたので」
「コジーモは死んだし、俺はもうみんなと一緒におる意味ないやん。長政君は俺を連れてこいって言われたかもしれんけど、このままほっといてくれへんかな」
既に自分の恋はあの毒リンゴを食べた瞬間に終わっている。不思議と自分は死んでいないが、それでも長政との関係が改善されることはない。そう思うまま、秀吉は長政から顔を背けた。
しかし唐突に腕を引かれた秀吉はその勢いのまま長政の腕に包まれた。片腕の中にすっぽりとおさまった秀吉は呼吸も忘れて長政を見る。
「なっななな」
「すみません。少しおとなしくしてもらっていいですか」
長政は秀吉を抱き締めたままもう片方の手をコジーモの遺体へ向けた。するとコジーモの身体から赤い光が浮かび上がり空中で渦巻く。
「……あれ、なんやの」
「魔女の力のようなものです」
秀吉自身もコジーモも魔女の血を浴びて魔女となった。だとしたらあの赤い光は魔女の血のようなものだろうか。長政の説明にそう考えているうちに赤い光は収縮して長政の手のひらに吸い込まれた。
その光景を目にした秀吉は自然と自分が魔法を失った理由にたどり着く。
「長政君、そうやって俺の魔法も取ったん?」
「はい」
問いかける秀吉にあっさりと返した長政は手を放して一歩離れた。その瞳は緑色でも黒でもなく、秀吉の片目と同じ金色に変わっている。
「ですが、それでも変わってしまった瞳の色は戻せませんでした」
どこかせつなげな顔で告げた長政は秀吉の頬にそっと触れた。
「でも魔女じゃなくなったあなたはもう誰の迫害も受けません。ですからこれからは好きな場所で好きなように生きることができます。もちろん北の国へ戻っても良いでしょうけど、そこは第一王子と相談したほうが良いかもしれません」
「長政君は魔女として生きていくん?」
長政はいつもと変わらない優しげな口調で告げる。そんな長政を見つめたまま秀吉は小さな不安と共に問いかけた。
「あの魔女の子やって言うとったけど、それなら俺を殺したりせんの?」
「誰が母を殺したのかは最初からわかってます。母があの男からあなたを守るためにその血を与えたことも」
「へ?」
すべて知っていると言われた秀吉はついすっとんきょうな声をあげてしまった。
「ならなんで毒リンゴ食わせたん? 俺のこと恨んどったんやろ?」
「あのリンゴはもらいものなんです。街の人がよく隊長にって果物とかくれるんですよね。でもあの時は隊長不在だったので俺がたくさんもらうことになっちゃって」
「けど毒リンゴ食べて倒れたやん!」
無邪気な笑顔を見せる長政には罪悪感も何も見られない。そんな自然体の彼が信じられず秀吉は思うまま声をあげた。
「あれはリンゴのせいではなく、俺がそういう魔法をかけたんです」
しかし長政はごく平然と答えていた。
「意識を喪失させないと魔女の力は取り出せないので」
「そのために何日も眠らせたん? しかも庭園に倒れとった俺を見つけたの見回りの人らしいやん。長政君は倒れた俺をほっといて、その後も看病とかしてくれんかったんやろ」
「だっ……」
しかしなぜかここにきて長政は困惑したように視線をさまよわせ始めた。突然の挙動不審に秀吉は眉をよせたままなんやねんとつぶやく。
「いまさら変な罪悪感とか持たれても遅いんやけど」
「それは…違うって言うか……あの」
「なんやの、今までバッサリやったのにここにきてウジウジせんといて」
ここまで戸惑うとはよほど後ろめたいことがあるのだろう。そう思いながら、秀吉は落胆の中で顔をしかめていた。
すると長政は片手で口許を隠しながら秀吉に背を向けてしまう。
「きっ……酷いこと、して……」
「は? 俺に魔法かけただけやなくて悪さもしたんか」
どうせ適当に放り投げたか何かしたのだろう。あるいは面倒だなんだと理由をつけて他の兵士に世話を押し付けた可能性もある。
近衛隊長や第四王子など、好意を抱いた相手は大切にする長政だがそれ以外には冷淡だ。魔法のかかったリンゴを毒リンゴと嘘をついて驚かせたり、何の説明もせず魔法を奪うこともする。
そんな男に少しでも恋心を抱いた自分が愚かしいと秀吉は考え始めていた。
「キス、しました」
「……へ?」
怒りが渦巻く頭の中に冷水をかけるような発言が飛ぶ。流れる風の音を背景に秀吉の怒りごと思考が止まる。
目を丸めて見つめる先で長政はゆっくりと赤い顔で振り向いた。
「あなたに魔法をかけたのは、もちろん魔女の力を取り出すためです。でも…取り戻した鏡の魔法であなたがしてきた事を見て…それであなたの王子かどうか試したんです。でもあなたは目覚めなくて、俺はやっぱり魔女の子でした。そこで俺は運命の相手じゃないってわかったので……」
「運命とか意味わからんわ。たとえ今ここにその相手とやらが現れても、俺はそんなもんいらん。俺が欲しいのは俺が好きなただひとりだけや」
背中を丸めて落ち込む長政は、魔女と言うより年相応の若者に見える。だからこそ秀吉は強い口調で相手に告げることができた。
「俺が好きなんは長政君だけや。いつも優しくて俺を助けてくれた副隊長な長政君も、全部に絶望して世界を壊した魔女の長政君も、今の子供みたいな長政君も全部好きや」
「でも俺は白雪姫の運命の相手じゃないです」
「んなのいらんて言うたやろ。俺はこれからも魔女として長政君と一緒におりたいの。長政君のことが大好きな俺のこと、迷惑やって言うなら諦めるけど」
語尾とともに秀吉は長政が勢いよく首を横に振るのを見た。だがふと何かに気づいたようにその動きを止めると目をパチパチとしばたかせる。
「魔女として一緒に……?」
「長政君のモンやけど、また俺にわけて欲しいわ。そしたら長政君を助けられるかもしれへんやろ?」
秀吉の告白と提案に、長政は顔をますます赤くさせる。そんな長政を見上げていた秀吉の視界に花びらがちらつく。
「ん?」
その異変に気づいた秀吉は怪訝な顔で見上げて、空を舞う大量の花びらを見た。
「なんやこれ…」