国境周辺に突如として振りだした花びらに東の国の兵士たちは騒然となる。けれど西の国の兵士たちはとくに慌てるでもなく花びらを眺めていた。
そんな中で何も知らない慶次はそばにいる夫に驚かないのかと問いかける。
「コジーモは倒したらしいけど、他の魔法使いの仕業かもしれないし」
「慶次、俺たちも兵士も城の人間なら皆この犯人を知ってるんだ」
慶次の問いかけに夫である真琴は楽しげな顔で言う。そのため慶次はつい真琴の顔に見とれてしまった。
だが我に返ると慌てて周囲に目を向ける。
「まさか他に魔法使いが」
あの副隊長がこんなふざけたことをするはずがない。そう思い込むままに犯人を捜す慶次のもとへ第一王子がやってきた。慶次のそばに立つなり、頭に乗った花びらを取り除いてくれる。
「長政はたまにこういう事をしでかすよね。ここ数年はあまりなかったはずだけど」
「よほど嬉しいことがあったんだと思う」
第一王子の言葉に真琴が嬉しそうに返す。そんな兄弟の様子を見ていると、以前から長政が魔法使いであることを知っているように思えた。
「信長も真琴も城のみんなも、長政が魔法使いだって知ってる……?」
やがて恐る恐ると問いかけた慶次に第一王子が微笑を浮かべる。
「長政が小さい頃は際限なくいろいろな物を降らせたからね。幼い子供の純粋な優しさのせいもあったんだろうけど」
「え、けど…それなら今回のいろいろな事も第一王子から長政に頼んで」
「何を頼むんだい?」
コジーモのことも近衛隊長である兄の事も、長政に頼めばすべて簡単に片付いた。そう考えている慶次の目の前で第一王子は黄緑色の瞳を細めた。
「君はよく『希望と正しい心を持てば魔法使いが助けてくれる』と言ってるよね。民にもそういう事を信奉する人間は多いらしいけど」
「だってそれは昔からよく言われてきて、俺だって母さんから言われて育ったから」
「だけど君の兄ふたりは真逆のことを言うよ。むしろ俺たち四人は近衛隊長からそう言われて育った口だ。ねぇ、真琴」
第一王子の呼び掛けに返すようにうなずいた真琴は慶次の頭を撫でた。
「近衛隊長は、人々が信じているような魔法使いはいないと言ってるんだ」
「けど……」
「魔法使いなんていない。だからすべての問題は己の手で解決せよというのが近衛隊長の考えなんだ。むしろ助けてくれる魔法使いがいたとして、その魔法使いはどうなんだろうな」
「どうって、魔法使いは普通に生きてる、だろ?」
「救いを求めるすべての人を助けながら普通に生きることなんてできないよな。魔法使いにだって平穏な生活を送る権利はある。だから近衛隊長はあえて『魔法使いはいない』と言うんだ。そして城の人間は誰も魔法使いの存在を口にしない」
真琴の説明を聞けば、愚かな自分でもどれほど勝手だったかがわかる。そして慶次は自然と顔をしかめていた。
世界が壊れる前から魔法使いである秀吉に頼り、その後は長政に頼ろうとした。そうして助けて欲しいと訴えるばかりで、自分は一体何をしてきたのだろうか。そう考えると慶次は悔しさに歯を噛み締めた。
「俺がバカだった……人に頼ってばかりで」
「だけど素直にまっすぐ誰かを助けようとする君の姿は可愛いと思うけどね」
悔しさに涙をにじませた慶次にハンカチを差し出して第一王子が言う。
「可愛い弟の妃として、とても好感が持てるよ。それに慶次が素直に助けを求めてくれたからこそ、僕たちも北の国に対処できたんだ。それは感謝するよ」
「うう……けど俺、ほんとに何もしてなくて」
「姫というのはそういうものだよ。シンデレラ」
微笑とともにそう告げた第一王子は緋色のマントをなびかせ立ち去った。帰還の指示を兵へ向けながらフードをかぶり歩いていく。
その後ろを眺めていた慶次は不意に手元のハンカチを取られ頬を優しくぬぐわれた。目を向けると真琴が優しげな顔を見せている。
「今回は近衛隊長を助ける作戦だったから、慶次よりも俺たちの出番だっただけだ。だがきっと次は慶次に頼ることもあると思う」
「そうか? 真琴も他の王子たちも何でもできちゃうからさ」
「そんなことはない。あの近衛隊長にもの申せるなんてって、慶次は兵士たちの尊敬を集めてるくらいだからな」
真琴の言葉はまるでこの後で慶次が近衛隊長に意見するかのようだった。しかし何を言うべきなのかわからない慶次はきょとんとした顔で真琴を見つめる。
すると真琴は楽しげな顔で東の方角を指差した。
「勝手に東の国へ出掛けて勝手に敵と衝突した。無謀さは良くないよな」
「あ! 確かにそれはだめだよな! 兄ちゃんの勝手でみんなに心配かけたんだからあやまらせないと!」
真琴の指摘に己の指名を手にした慶次は拳を固めて歩き出す。おそらく近衛隊長を探しに行くのだろう妻の小さな背中に真琴は笑みをこぼした。