はいかぶりと白雪と眠れる森の 後編   作:とましの

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おまけ 満月の夜

暗い空に大きく浮かぶ満月が、水面では大きく揺れて形を崩す。城の中庭にある池は昼であれば水辺の花を楽しむことのできるきれいな場所だった。しかし夜は人の近づかない静かな場所でもある。

その一角で取り戻した魔法を使った長政は『魔女』がしてきたことをかいま見た。

第四王子の妃に請われて手を貸したあげく世界の終わりに直面してしまう。その過酷な状況でも諦めることをせず、こうしてやり直している。それは魔女ひとりならなし得なかったことだろう。少なくとも時そのものを操る魔法など、どんな魔法使いにも扱えない代物だ。

ただ時ではなく物語であれば、それをやり直すことができる者がいる。

 

金色の瞳で水面の満月を見つめていた長政は背後からやってくる気配に目を動かした。振り向くと幼馴染みの真琴とともにその長兄である信長もやってくる。そしてそんなふたりを守るように、頭上にはえた耳をぴんと立てた政宗がいた。

庭園で倒れた秀吉は兵士に預けて部屋へ運んでもらっている。その時の騒ぎを、狼になっていた第二王子の政宗が聞き付けてしまっていた。そのため長政は政宗に頼んで他の王子も呼んでもらった。

そして第一王子である信長が口を開く。

「こんな夜中に呼び出すんだから相応の理由があるんだろうね」

「殿下、俺を殺すか助けるか、どちらか選んでください」

冬でもないのに冷たい風が吹き付ける中、信長の瞳が大きく見開かれる。しかしすぐさま肩にかけているショールを引き上げながら眉を潜めた。

「それを選ばなければならない理由を聞く権利もないの?」

「このままでは俺はこの世界を壊してしまうんです」

「君がそれをする理由は?」

「おそらく、隊長を失った事が原因…だと思います。白雪さんから取り戻した鏡の魔法で彼の過去を見たんです。彼にとっては過去だけど、俺たちにとっては未来の話になるんですけど」

ややこしい話だと思いつつも長政は金色の瞳を細めて頭を巡らせた。難解なこの事実を伝えるには相応の語彙と話術が必要となる。けれど長政にはそのふたつが欠けていた。

そうして長政が口を閉ざし考え込んでいると真琴が口を開く。

「…そういえば、物語の主人公にはやり直す力があると言っていたよな。兄上がその力を使って、あの魔女に物語をやり直させたとか」

「だとしても、僕はあんな魔女に頼んだりしないけどね。それに今はもう僕以外にもうひとり主人公がいるだろう。初対面から魔女を名前で呼んで、長政と魔女を親しくさせようと一生懸命に走り回っている健気な子が」

主人公には物語をやり直す力がある。そう教えてくれた人物の弟が、実はこの国で二人目となる物語の主人公だった。

古来から『主人公』という存在は周囲に幸福を与えると言われている。だからこそ、その者と第四王子の結婚は誰もが祝福するものとなった。もちろんあの妃の場合は主人公でなくとも周囲に祝福されそうな人柄ではあるが。

そう淡々と語った信長は冷たい風に耐えられず肩を丸めた。

「それより長政はこの冷たい空気をなんとかしてくれるかな。まだ季節は秋だというのに、このままでは凍えてしまいそうだ」

「すみません。えっと……まだちょっと我慢してください」

寒さに対する信長の怒りに長政は苦笑いで返した。そんな長政の態度に顔をしかめた信長は風から逃れるように政宗のもとへ近づく。そして政宗の身体と大きな尻尾の間にすっぽりと収まった。

可愛い以外に言い様のない兄の行動を目の当たりにした真琴はゆっくりと目を戻す。そして無理やりに真面目な顔を作ると長政に質問を向けた。

「とりあえず長政を助けるとして、どうすれば良いんだ?」

「うん、えっとね…」

真琴から問われた長政も真面目な顔を取り戻すと池の水面に手を向けた。すると波紋が広がり水面に浮かんでいた満月が消えた。代わりのように水面に映し出されたのは、森らしい場所にいる白いマントの男だった。

白いマントの男は魔法を使い矢を生み出すと近衛隊長を射抜く。そうして世界の破壊が静かに始まっていった。

世界が終わる中で兄を呼び続ける妻を目の当たりにした真琴は拳を握りしめる。

「慶次はこれを防ぐために連日走り回っているんだな。朝から晩まで魔女とともに書記官のもとで文献を読み漁っていると報告がある」

「きっとこれを防ぐ方法を探しているんだよ」

「そんなものが文献の中にあるのか?」

「ないと思うよ。その方法はこの物語に、この中にいない人物にあるから」

金色の瞳で水面を見つめていた長政は語尾とともにその目を信長へ向けた。

「あれはお妃様と白雪姫の物語です。でもあれを少しでも赤ずきんの話に書き換えられたら、結末も変わると思うんです」

風を避けるため狼の政宗に寄り添う信長へ言葉を向ける。すると大きな尻尾を抱き締めていた信長が首を傾けた。

「君に言われなくても、僕は世界の中心で物語の主人公だ。そして僕はこの国の王となる人間で、近衛隊長も君も僕の臣下だ。救わないなんて選択はありえないし、失うなんて結末は僕が認めないよ」

いまさら何を言っているのかと、やや呆れた様子で信長は言い放つ。その頼もしい言葉に長政は安堵の笑みをこぼした。

そんな長政を前にしながら信長はさらに言葉を続ける。

「だけど、ここでの事は妃たちには秘密にしよう。ふたりの行動で未来への筋密が変わってしまうと困るからね。実際に起きた流れのままあの白い男と対峙して、その上であいつを仕留めてしまえばいい」

「でもそうなると殿下に危険が……」

まがりなりにも近衛副隊長である長政は、王子を敵の前に立たせるという考えがなかった。そのため問いかけたところで信長が妖艶さを秘めた笑みを浮かべる。

「君の目の前に立っている狼は、君が尊敬する男の一番弟子だ。この狼以外に僕を害することのできる者なんて君以外にいないよね」

遠回しに信頼されているような事を言われた政宗の大きな尾が揺れる。その反動で隙間から追い出された信長はわずかに顔をしかめた。しかし文句を言う前に感極まった政宗によって抱えあげられため息を漏らす。

「そういうわけだから、子供は思い悩むことも夜更かしもしないことだよ。おやすみ」

政宗に抱えられたまま信長は軽く手を振り去っていく。その後ろを眺めた真琴は長政にも戻ろうと声をかけた。しかし長政は首を横へ振って返す。

そして少しせつなそうな顔で微笑んだ。

「真琴、俺は最初ね。白雪さんは、僕を殺しに来たんだと思ってたんだ。そのためにリンゴを差し出して僕を油断させるつもりなんだって」

「それは俺が食べたリンゴの話だよな。だとしたら俺は、魔女がこちらに心を開こうとしたんだと思った。孤独を抱えていない魔女はいないからな。それにあの人はきっと長政を特別に思っているんだと思う。最初はその理由はわからなかったけど、もうひとつの過去できっと何かあったんだろうな」

長政の独白に真琴は素直に自分の考えを返す。すると長政は小さくうなずき、そのまま顔を伏せる。

「うん、鏡の魔法で過去を見てわかったんだ。白雪さんは俺を守るためにずっと頑張ってくれていたんだって」

長政の様子をじっと見つめていた真琴はふとその目を夜空へ移した。空には大きな月が浮かび、周囲を冷たい風が流れている。季節外れの冷たい風はあきらかに長政の魔法によるものだろう。しかし先程は信長に寒いと言われても長政はこの状況を変えようとしなかった。

「長政はあの魔女の事が好きなのか?」

昔から長政は、混乱した時など魔法の力が制御できなくなる時がある。だから今回は恋のために魔法が駄々漏れになったのではないかと真琴は考えた。もちろんそんなことを考えるのは真琴が今も恋をしているためだ。

「……わからないよ。毒リンゴだって言っても受け取ってくれたあの人の気持ちもわからない。それにあの人は主人公だから恋の相手は決まっているし、それは俺じゃないよ」

「それこそわからないだろ。俺だって決められた相手を好きになったわけじゃない。慶次だから好きなんだ」

「それは運命の相手だから…」

「たとえ慶次が運命の相手じゃなかったとしても俺は慶次を好きになってた。人の思いは運命で決められるばかりじゃないからな」

末王子である真琴は幼い頃から兄たちに似て心の強い男だった。そしてそれは恋に対しても変わらないらしい。

「とりあえず長政はあの魔女に確認したらどうだ」

「ふぇっ!?」

幼馴染みに改めて敬意を抱いていると新たな意見が飛び出す。その突拍子もない発言に驚いた長政は反射的に顔を赤らめた。

「確認ってそんな…簡単に…」

「できなくはないだろう。おまえは勇敢な近衛隊長の片腕なんだ」

気持ちを確認するくらいはできるだろうと思うままに告げた真琴は踵を返す。そしてそれを見送った長政は冷たい風にさらされた頬を真っ赤に染めていた。

「簡単に…キスなんて、できないよ」

 

 

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