liegen -半端者等の祝祭-   作:Lune-Moca

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Prolog

 

閉じられた空間に新しい風が吹く。

 

ムッとした熱気。

闘技場の扉を開けた少女はそれに眉をひそめた。

それは中にいた荒くれ男も同様。

周囲の様子も、自身が異端であることも気にせず、少女は奥へと進んで行く。

 

少女を一言で示すなら、ただ、『黒』だった。

 

黒のベールに隠された髪はアッシュグレー。

氷の様に冷たい瞳は見ているこちらが寒々しくなってくるアイスブルー。

風に吹かれれば折れてしまいそうな細い身体は黒のシスター服に包まれている。

肌の露出は、顔のみ。手のひらさえ長い袖で見ることは叶わない。

全身を黒の衣装で隠す、少女。年は十七か八かと言ったところだった。

 

シスターがなぜ闘技場に。

そんな好奇心が人々をざわめかせる。

しかし、彼等は解っていた。なぜ彼女がここに来たのかを。

だとしても、なぜシスターがという疑問の声もあったが。

とにかくそれゆえに緊迫した面持ちで少女の行為を見守る。

今、この時、この場所に現れる理由は一つだけだから。

だからこそ。

 

「おいおい、シスターサマ。こんな場所にいてもいいのか? カミサマにお祈りしに来たのなら、間違いだぜ?」

そんなことに構わず、それとも解っていないのか、巨漢の男が少女の前を遮った。

その目は侮りと嘲笑がありありと浮かんでいる。

その後ろには、げひた笑みを浮かべる男が二人。

女、子供が足を踏み入れる場所じゃない。そう、彼等は少女を囲んだ。

誰かが小声で呟く。

 

おいあれ、止めなくていいのか。

いいんじゃねぇの? この場所に足を踏み入れた時点で、あの娘っ子はどうなろうと自己責任だ。それに……アレに参加する気なのなら、それなりに腕はあるんだろうよ。

 

少女は顔色一つ変えない。

この闘技場に入ってから、いままで、なんの変化もない。

周囲のざわめきも目の前に居る男達も、彼女にとって興味の無い存在。

元々眼中になかったのだ。

しかし、小さく口を開いた。

「……近寄るな、下衆」

刃の様に鋭い声。それでいて凛と響く声が静かに響く。

数秒、呆気に取られた男たちはその言葉に込められた拒絶と侮辱、そして明らかに見下した声色に顔色を変えた。

当たり前だ。どうしてこんな小さな少女にそんな事を言われなくてはならないのか。

そう、彼等は額に青筋を浮かべる。

「おい、シスター。俺たちを誰だと思っていやがる」

「鬱陶しい。聞こえなかったか? 死にたい馬鹿なら近づいて良いぞ、低能」

玻璃の割れたような声で男を下す。

あまりの事に、言われた男達も、周りの男達も呆然としていた。

一見すれば可憐な少女。そんな彼女からこんな言葉が飛び出すとは、一体誰が思ったか。そして、彼女は男たちの数の有利も考えて発言しているのか。

さらにざわめきが起こるそこで、一番初めに正気に戻ったのは少女の前に立つ男だった。

湯だったように紅に染め上げられた顔は、怒りの色を映す。

当たり前だ。

こんな小さな女子に見下されたのだ。挙句の果てに低能呼ばわり。

それに対して沸点の低かった男たちは容易に苛立ちを露わにした。

「このあまぁ!!」

瞬間的に振り上げられた男の右腕。少女にそれが振り下ろされようとした。

少女は微動だにしない。動けないのか、それとも避ける気が無いのか。

――その時。

 

「あのー、危ないですよ?」

 

停止を促す言葉。しかし、その言葉は間の抜けたような声色で発せられる。

そんな些細な事で男は止まる訳もなく、少女の体に振り下ろされた。

 

馬鹿な餓鬼。

愉悦の笑みを浮かべ、男は異変に気づく。

男の拳は少女の左手のひらの中に納まっていた。

きつく、きつく、その手を握られる。

少女の右手には黒い手袋。左手は素肌。

何とも奇妙なことだった。なぜ、片方しか手袋をしていないのか。それに疑問を想う前に、男は気を失っていた。

いささか呆気なく。少女の前で痙攣をしながら倒れ伏していた。

元凶である少女は冷たくため息をつく。

「あ、兄貴っ?」

「な、なんで?!」

後ろにいた男二人が慌て駆け寄っても、それを見下ろす少女は無表情。いや、呆れた表情だった。

そして、なにを思ったか後ろに視線を向ける。

「ったく、一応警告してあげたのに……」

奇妙な長剣を腰に差した青年……否、青年と呼ぶにはまだ早い少年がぼやいた。

眠たそうに根癖のついた髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、少女の横を素通りすると受付へと向かう。

そこで、人々はようやく気づく。

先ほどから少女と男達の諍いに注意を向けていたが、その間に彼は闘技場に入ってきたのだと。

彼こそ、先ほど男に制止の声を掛けた少年。だったが、倒れた男には目もくれないで足も止めない。

少女が向かおうとしていた場所――大会受付の前で、立ち止まる。

「ここで受付をしてると聞いて来たんですけど?」

眠たそうな顔ながら、へにゃりと人の良さそうな笑みを浮かべて受付に札を見せた。

それは札だった。書かれているのは少年の簡素なプロフィール。

国で発行される身分証明書を見せると、彼は笑顔で言った。

「ロディウス・ヴァンガード……ノースガルド武道大会に参加表明しに来ました」

 

 

人々の間でざわめきが起こる。

それは、大会に参加すると表明した彼のこと。そして、彼はどこの誰かと言う話し。

その中で、少女はそれを面白そうに見ていた。

「ふむ……ロディウス・ヴァンガード……あの、傭兵か」

いささか、剣呑なまなざしで。

 

 

 

 

もうすぐ。

そう、ほんの数日の後、ここノースヴェルドの武道大会は始まる。

その前にあった二人の邂逅。

 

それは、これから始まるであろう物語の序章にすぎない。

 

 

 

 

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