二回戦前日、エスターはセレネを連れてやってきた。
「えっと、どうした?」
前回の試合の傷は完全回復している。アルマのおかげだ。
はっきり言って、アルマのラウドは本当は治癒とか回復系の能力なんじゃないかといつも思っている。
それくらい、彼女に治療してもらうと回復が早い。
と、いまはエスターだ。
セレネを引き摺りながら来たのには、何か理由があるはず。
この前の試合の次の日以来、行方知れずだったことも問いたいし。
しかし、それは問う前にエスターの言葉で忘れてしまった。
「次の試合で戦う奴らの事がわかったんでな」
「えっ、うそだろ……?」
対戦者がわかるのは明日。それなのに、なんで知ってんだ?
ありえないことに首をかしげる。と、エスターは笑って近くの椅子に腰かける。
「俺はまがりなりにも情報屋だぜ? いろいろな」
そう言えばエスターは情報屋だったか……。だとしても、そう言う内容は極秘のはず。
エスターはどこからか出した手帳をめくり始める。
ただ、めくりながら机に足を乗せるのはやめてほしい。
それまでエスターの横に居たセレネは少し離れた場所にあるソファの元へと歩いていった。
わがもの顔だ。
……俺の隠れ家が集会場になっている気がする。
俺がセレネの隠れ家も、エスターの住んでいる所も知らないからしょうがないのだろうが、なにか納得いかない。
セレネなんて普通に食料漁っている。
「でな、対戦者はこっちとおなじ三人組。一人目はハルシャ・グロッシュラー。槍を得物にしている。そんでもっても一人さんはヘリオドール・ユークレース。炎を操るラウドで接近戦を仕掛けて来るらしい」
「なんだろう、初めてエスターが情報屋に見えた。ただのちゃらんぽらんじゃなかったんだな」
「ひ、酷いっ。お前、今までそんなこと思ってたのかっ?!」
いや、これまで情報屋らしいことと言ったら、この前の試合の時に相手のラウドを教えてくれたときくらいだ。エクレアの事は主にセレネが話していたし、フォルテ兄妹のラウドは後から聞いた話じゃ有名だったらしい。
「それだけか?」
その横でセレネが不機嫌そうに聞く。一人足りないからだろう。
ここまで連れてこられたのに、これだけ。それが気にくわないようで口をとがらせている。
「もちろんこれだけじゃないさ。それで、三人組の最後なんだが……ちっとばかし……ヤバイ」
「強い、ってことですか?」
ネームレスほどじゃにとしても、あまり強い奴等と序盤からやりあいたくない。
そう考えていたのだが、エスターは首を振る。
「……いや、そう言う訳じゃない……一応、後衛。ラウドは『音』に関係しているみたいだ。それを使って前衛を援護している。能力の詳細は不明だ」
音という事は避けることが難しい。相手にしたくない種類のラウドだ。
それ以上に面倒なことって、なんなんだというのだろうか。
「ふむ。やっかいな能力ではあるな。で、なにがやばいのだ」
同じ事を考えているセレネが聞く。
「身分だよ、身分」
「身分?」
身分、か。
たしかに身分は厄介だ。
貴族サマだと金に物を言わせて何をするか分からないし、冒険者だと冒険者同士の情報網が厄介だと聞く。さすがにテロリストではないだろうが。
ちらりとセレネの方を見ると、睨みかえされた。
黒のシスターはご機嫌斜めらしい。触らないようにしておこう。
「で、誰なんですか?」
「……そいつの名前はクロト・ベルモント」
息を飲む。
まさか、そんな奴が大会に出てるとは。
ヴィクトールの時も驚いたが、その時とは桁が違う。
「王家の……三貴族か」
「そうだよ」
ベルモント家――王家傍流の貴族にして、もっとも王位に近い人物だ。
過去、現帝王アーフェリオン・L・ノースヴェルドには十数人の兄弟姉妹がいた。同時に、王家の中には王位継承権を持つ者が数十にいたと言われている。
しかし、数年前の王位争いの際にほぼ居なくなった。
ノースヴェルド帝国にて、王位継承権を持つにはいくつかの条件を持つ。
そのうちの一つが、王家特有のラウドを持っていること。
しかし、残っている者達はそのラウドを持っていない。
過去の王が王家のラウドが失われるかもしれないという懸念を抱かないはずが無い。
もしも誰も居なくなった時は王家の中でもっとも血が濃い人間を。もしもそれが無理ならば、三つの王家傍流の家から。ベルモント家は三つの家の一つであり、もっとも王位に近い家系だ。
「王家の傍流とはいえ、今は王位に最も近い人間……なんでそんな人が」
貴族であるヴィクトールしかり、テロリストのセレネしかり。大きな大会だからなのか?
前回の大会でもこんな感じだったのか、すごく気になる。
しかも、そこにネームレスやあの師匠も居る。予選の時の事もある。
面倒な人物ばかりじゃないか。
波乱万丈な戦いになりそうなこれからにため息をつきたい。
「さあなー。聞いた話じゃ、王家のラウドを持ってないから王になることを反対されてるとか。そのせいかもしれないし、ただ単に貴族の道楽かもしれない」
「やはり、王家の人間は傍迷惑この上ないな」
エスターに同意するセレネの声色があまりにも暗い。
思わず彼女の顔を見ると、どこか影のある表情をしていた。
そう言えば、セレネがこの大会に参加した理由を聞いていない。
もしかしたら……彼女も王家になにかしら因縁があるのかもしれない。
ふと、セレネはこっちが見ているのに気づいた。
また睨みつけられるかと思ったが、特に何かあるわけでもなく視線をそらされた。
何も聞くな。そう言われているようで、同じく何も言わずに視線をそらした。
こう言うのは苦手だ。
「めちゃくちゃ強い、ってわけじゃない。ただ、気をつけた方が良い」
エスターの言葉をどこか遠くに聞きながらため息をついた。
王家も貴族も、みんなろくなモノじゃない。できるかぎり接点を持ちたくもないものだ。
人々の歓声が聞こえてくる。
二回戦がもうすぐ始まる。
前回の闘技場から変わって、首都で二番目に大きな闘技場フィンドラ。
戦場に向かうと、何も無いはずのフィールドにソレはあった。
横で息を飲む声が聞こえる。セレネだ。
「おいおい……おもしろいことするねぇ」
エスターが愉快そうに笑みを浮かべて言う。
目の前には、木々が複雑に組まれまるで枠登りのような物が戦場に広がっていた。
子どもの遊具などよりも、大きい。見上げるほどの高さをもつそれが、闘技場全体に張り巡らされていた。
まるで自分が小さくなったようだ。
見ればしっかりとした木で作られている。戦闘を上に登って出来るだろう。
これからの戦闘に考えを廻らせながら、闘技場全体を観察する。
今のうちに、どこに何があるのかを覚えていた方が戦闘に有利なはずだ。
「これをうまく使いながら戦えってことか?」
エスターは大きな丸太に手を這わせたり叩きながらそれを見ていた。
「ええ。このたびは、趣向をこらさせていただきました」
「――っ?!」
突然乱入して来た声。慌てて後ろを向くと、どうやら今回の審判になるらしい青年が……いや、彼を知っている。
彼は……ランカは以前と変わらない姿で立っていた。
「ラ、ランカ?」
なぜ、ランカがここに居る?
彼は王と共にいるはずだ。いや、まさか……この場に王が、いる?
自然と視線が客席に行く。
が、この人ごみの中でたった一人を見つけることはできない。それに、あの王がこの場に居るはずが無い。
最強の名をほしいままにしているとはいえ、仮にも一国の王がここにいる筈が無い。
あまりのことに動揺していた。ランカだって四六時中王の傍で控えているわけではない。
「お久しぶりです、ロディウス。と、そろそろ試合開始です。では」
「……」
去って行く。
その後ろ姿はあの時からまるで変わっていない。
俺が睨みつけても、まったく動じない。そこまで同じだ。
「なんだ、ロディウス君あいつのこと知ってんのか?」
「……知ってる」
知っているどころか、良く知っている。
最初の師匠のような存在であり、ロディウスのラウドの事を知る数少ない人物だ。
こちらもどんな能力のラウドを持っているのか知っている。が、彼の強さはラウドなど関係ない。何も無くとも、強いのだ。
あの王の傍にいつでも控えているのはその実力ゆえにだ。
「とにかく、今はこの戦いに集中するぞ」
エスターの言葉をどこか遠くで聞きながら、頷いた。
なぜランカがいるのかわからない。
しかし、とにかくこの戦いを勝ち残ることが今一番大切なことだ。
試合開始。――始まりの鐘が鳴る。
相手側はエスターの調べてきたとおり、槍使いと炎をまとった青年がこちらに向かって来る。
噂のベルモント家のやつはどこに居るのか。
見れば、最初の所からさらに後ろに下がっている。
「とにかく、作戦通りに行くぞー」
「あ、あぁ」
「……」
作戦……なんてないもどうぜんだ。
はっきり言って、作戦なんておこがましい。
三人で決めた事はただ一つ。
ただひたすら早く、ベルモント家の奴を倒す。
セレネはエスターに応えず、無言で敵の元へと走り出す。
まぁ、作戦通りと言えば作戦通りの行動だ。セレネと俺があの二人を止める。そして、エスターがベルモントを倒すことになっていた。
とにかく、今回の試合はベルモントをなるべく早く叩く事に限る。
他の二人のラウドはわかりやすいタイプの能力の為対処は楽だ。しかし、ベルモントのラウドは音関係。どんな能力なのかが分かっていない。
とにかく彼を先にどうにかする。
それが、作戦だ。
「えっと、じゃあ頼みます」
「おうおう。オレっちにまかせときー」
本当に大丈夫だろうか?
そんな疑問を抱きながらも、セレネの後を追った。
相対すのはハルシャ・グロッシュラー。
こちらの背丈よりも長い槍を構え、こちらの様子を探る。
動かない。
否。
動けない。
このフィールドは彼にとって不利だ。
立てられた支柱や複雑に組み上げられた丸太が邪魔すぎる。
通常なら有利なリーチも、ここでは不利にしかならない。それは、こちらも同じだが。
そのうち、セレネ達の戦いが過熱していく。
ここまで、炎の熱が伝わってくる。
上の二人は、こちらをまったく注目していない。
木々を支えるロープがその炎で焼けたのか、所々焼け焦げた大きな丸太が崩れ落ちて来る。
それが合図かのように戦闘が始まる。
先行はハルシャだった。障害物があるとはいえ、槍は突くことができる。木々の間から狙われる。それを避けながら反撃の機会をうかがうが、なかなか来ない。
槍のリーチの長さが近づくことを阻止しているのだ。
そもそも、槍と刀では槍のほうが有利。圧倒的な実力差が無い限り、苦戦は必然だった。
「傭兵ごときが……」
ぼそりとハルシャが呟くのが聞こえてきた。
攻撃があたらないことに苛立っているようで、だんだんと動きが荒々しくなってくる。
そして、彼の蔑むような視線に気づいた。
「だから、貴族は嫌いなんだよな……」
かつて、なんどもその視線をあびたことがある。妹が攫われた時だ。
平民ごときが、という視線。
あの時に、貴族なんてものは信用できないし王家なんてロクでもないモノだと学んだのだ。
これ以上彼と相対する事が我慢できず、周囲を見回した。離れた場所でセレネはヘリオドールと戦っている。それを確認して、一つ、覚悟を決める。
「ほんとは、したくなかったんだけどな」
後でセレネに怒られるかもしれない。そう思いつつも、このフィールドを見た時に一つ、思いついてしまったことを実行する事にした。