予選三日目――
あの時、俺は自分の無力さを思い知った。
何もできず地に伏し、半狂乱になった母を止められなかった。
去って行く背中を追えなかった。
失われた者に手を伸ばせなかった。
だから――だから、今度は、今度こそは、……。
「はぁ……懐かしいもん見たな……」
思わず額を打ちながら、天井を見て呟く。
時間は早朝。場所はいくつか作っておいてある隠れ家の一つ。
簡素なベッドに横たわり、眠りから覚めた後のどこか空虚な時間を横たわったまま過ごしていた。
「よし、行くか」
この辺の地理を頭に叩きこんで、腕輪を隠すように袖の長いコートを羽織ると外へ向かった。
予選の終了まであと二日。あと四人は倒さないといけない。
街中は昨日よりもぴりぴりとしていた。
かと思えば、楽観的な町人がいつ戦いが始まるのか、だれが勝つのかと一喜一憂している。
基本、彼等は自らに害が無い限りは目の前で戦いを見ることが出来ることを喜んでいるのだ。
家が壊されたり戦いに巻き込まれて負傷したりすると、開催者である国から補助金も出るらしい。
死ななければいい。そんな思いでほとんどの人は十四年に一度の大会を楽しんでいるのだ。なにしろ、祝祭でもあるから。
それに、普段は大っぴらに行う事を許されていない賭博、賭け事が赦されているのもこの時期だけだ。
優勝者は誰なのか。優勝しなくても、上位入賞するのは誰なのか。
未だ予選にもかかわらず、すでに賭けは始まっていた。
しかし、今年は盛り上がらない可能性が高い。
なぜなら……。
「王家直属の巫女様が、今年の優勝者を視たそうだぜ」
「おいおい、うそだろ?」
「どこのどいつだよ。そいつに俺は全部賭けてやる!」
店の中から、そんな会話が聞こえて来る。
「……やっぱりか」
王家に仕える未来視の巫女。なんて祭り上げられた少女がいる。
俺の未来予知なんかでは到底視ることの叶わない、全ての事象の未来を視ることができるラウドの持ち主。
ラウドは普通、血筋に関係なく様々な力を発現する。
親が風を操るラウドを持っていたとしても、子どもが風を操るラウドとは限らないのだ。
が、例外も存在する。
それが、『最強』とされる王家のラウドや一部の貴族や一族にのみ受け継がれるラウド。
予知者の一族もその一つ。
もちろん、一族の物じゃ無くても予知のラウドを持つ者はいるが、一族出の者はそれが発言する確率が異常に高い。
しかし、数年前に予知者の一族は数名を除き殺された。
王家の王位争い時の戦いに巻き込まれて……。
それのとばっちりが、妹に振りかかった。
俺と同じ未来予知を持つ、妹。
「リュカ……」
リュカルナ・ヴァンガード。
居なくなってしまった予知者の代わりに、連れていかれてしまった。
俺の自分の未来を数秒、もしくは一日程度視る、そんな小さな未来予知じゃない。
他者の、国の、世界の未来を全て見とおすとさえ評される。
居なくなってしまった予知者の代わりにはちょうどいいと、リュカは王宮に連れていかれてしまった。
しかし、大きすぎるラウドは身を滅ぼす。彼女の代償は――命。
未来を予知する代わりに、命を失って逝くのだ。
彼女を助ける。それが、俺がこの大会に参加した理由だった。
「見つけたぞっ、少年!!」
思考を遮るのは、暑苦しい聞きたくもない声。
なんだ、前もあったような展開は。
「また、おまえかっ」
居たのは、ヴィクトール・フォン・エルディータ。
昨日と相も変わらず、暑苦しい熱気を放っていやがる。
そう言えば、あの後セレネはどうなったのだろうか。
ヴィクトールがいるという事は、負けたのか?
まぁ、いいか。
躊躇いもなくふるって来る剣を予知してすぐに後ろに下がると、一時遅れて剣が振るわれる。しかし、ヴィクトールは避けられたことに動じず、勢いを殺さないままそこから攻撃を繋げる。
彼はラウドをまだ使っていない。
あの光の一撃。攻撃力も範囲もかなりの大きさのラウド。
たぶん、大きさなどもコントロールできるとは思うが……。
とにもかくにも、ラウドなしでも十分この騎士は強い。
こっちが余計なことを考えていられない、避けることしかできないほど苛烈な剣術に、思わず舌を巻く。さすがと言うべきだろう。
こちらは
傍から見たら、こちらが押されているように見える。
まぁ、その通りなんだが、こちらはまだ手を見せていない。
まだ、反撃の機会はある。ヴィクトールのほうもそれに気づいているのか彼は声を荒げた。
「そちらがやる気が無いのなら、決めさせてもらうぞ!」
闘技場で放ったあの一撃、あれをやるつもりなのか?
攻めるのを止め、十分な位置を取ると剣を構える。
あの、攻撃型のラウドを発動するつもりだ。みるみるうちに剣に光が集まっていく。
このラウド、どうしても溜の時間が大きい。
それを知っているはずの彼の行動。
罠か?
しかし、迷ってる暇はない。
「っち」
罠なら罠で未来予知をもって逃げ切ってみせようじゃないか。
こっちは、逃げと早さなら自信があるんだ。
一気に走り込み、斬りこもうと――。
「しかし、残念だ。至極残念だ。私は昨日、すでに五人の戦士を倒してしまった所。すでに予選を通過してしまった。我がライバルも早急に予選突破をするように励んでくれ!」
「ちょっとまて、何時の間にライバルになったんだ」
じゃっかんひきながら、抜いた刀は納めない。
ヴィクトールの行動を警戒しながら様子をうかがう。が。
「では、さらばっ!!」
何をしたかった、あの騎士は。
ゆうゆうと後ろを見せて去って行く。
もしかして、予選通過したぜと言いたくてここまで来たのか?
……いろいろな意味で厄介な奴に目をつけられたな。
その後、ヴィクトールが俺が大会参加者であることを大声で言ってしまったがために、かなりの人数の大会参加者につけ狙われた。
くそ、あいつ……今度会うときは返り討ちに……って、俺にできるか?
俺はそこまで強くない。それでも、ふつうの奴等からすれば強い方だと思っている。
これまで何年もの間戦場を駆け巡り、鬼畜な師匠に剣を教えてもらってきた。
それでも、まだだ。まだ俺は師匠にもあいつに勝てない。
この国、最強の称号を持つ――アーフェリオン・L・ノースヴェルドには。
あいつを破って妹を取り返すことは不可能。俺が大会に参加している理由の一つでもある。
とにかく、予選を通過すること。それが今一番の問題だ。
それだけを考え、戦い続けてその日は終わった。
「あーっ、疲れたー!」
昨日同様、隠れ家に戻ってくると近くにあったソファに横になる。
外はまだ明るい夕方。でも、代償が眠りのせいで、あまり起きてはいられないのだ。
今から寝ないと明日にくる。
ベッドに行こうかと重い腰を上げて、気づく。
「っげ」
「やあやあロディウス君。今日はすごかったな!」
「なんで……エスターさんとやらがここにいらっしゃるっ?!」
「いやぁ、返事を聞きに来たわけじゃないぞ。ただ、路端で君を探しているシスターに出会ってなー」
「……」
ま、まさか、シスターって……。
ぎしぎしと硬い動きで後ろを振り向くと――
「昨日ぶりだな、ヴァンガード」
――案の定、テロリストのシスター、セレネが無表情で立っていた。
「よくもまぁ、私を見捨てたな」
「ま、まことに、もうしわけありません……?」
なんで、テロリストに謝っているんだろうか。
ふと、謝ってから気づいた。
「って、なんでいるんだ! ヴィクトールとはどうなんたんだよ?!」
ヴィクトールと負けたのか? いや、それだと務所にぶち込まれているだろうし。
「一計をめぐらし、逃げ切っただけだ。そもそも、私は騎士団と対等に戦えるのだぞ」
「そ、そうでしたね……」
だてに有名じゃないってことだろう。
「……まぁ、あの時は一人じゃなかったが」
「なんか言ったか?」
ぼそぼそと小さな声で何かを言ったようだが、聞こえなかった。
その様子を、エスターはにやにやと見ている。
……悪い予感がする。
「聞いてみたら、彼女は君とチームを組んでいるそうじゃないか」
「組んでません!」
「うぬ」
「って、頷くなよ!」
「彼女にこちらの事情を話して聞いてみた所、快い返事をいただいた」
「おまっ、勝手に返事をすんな! つか、エスターさんは無視ですかっ!」
こいつら、たちが悪い。
ヴィクトールも俺としては関わりたくない奴だったが、こいつらも嫌だっ。
「ヴァンガード、諦めろ」
「諦められるか! 俺は絶対にこの大会で勝ち進まなきゃいけないんだよ! なんでお前たちと――」
「それは私達も同じだ」
「――っ!」
冷水を浴びせられたかのように、思考が止まる。
そうだ、セレネもエスターも、なにかしらの願いがあって、この大会に参加しているんだ。
俺と同じで。
「今日一日、エスター殿の力を借りて、お前の戦いを見せてもらった」
「……」
見られていたのか。
エスターのラウドはまだ詳しくは分かってないが、姿を消すモノだろう。それで、見ていた。
「見事だよ。実力を出さず、ラウドを見せず、どんな敵なのか一目で見抜き、勝てそうでも無理せずに逃亡する。なるべく力を温存して、全ての手の内を見せない。半日見ていたが、とうとう貴方のラウドを知ることは出来なかった」
「そりゃ、どうも」
買いかぶりすぎだ。
俺のラウドは地味過ぎて気づくことが難しいだけ。
それでも賛辞は貰っておこう。
「それでいて、あと本戦出場まで一人」
「あぁ」
ヴィクトールのせいで今日は戦い続きだった。が、そのおかげで三人の腕輪を壊す事が出来た。
予選で本気を出すのも駄目だろうと思ってなるべく逃げに徹していたせいで一人足りなかったが。
「今一度問う。私と組んでくれ」
「……」
どうするか。
指名手配中のテロリストと正体不明の男。
ちょうど、俺を入れて三人。
「さぁ、ロディウス・ヴァンガード君。どうするんだい?」
エスターはどこか楽しそうに、それでいて真剣な瞳で問うてくる。
組んでくれと言って来たセレネは、なぜか後ろを向いてしまった。
なんだって、こんなことになったんだ?
これなら、友人からの誘いを受けてチームを組んでたほうがましだった気がする。
「あぁっ、たく、勝手にしろよっ!!」
この二人の思惑がわからない。なら、もう利用してやれ。
このまま一人で勝ち進めるよりも、誰かがいたほうが有利なのは確かなんだし。
投げやりに叫び、ため息をついた。