liegen -半端者等の祝祭-   作:Lune-Moca

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戦場の刈り手

予選四日目――

 

 

 

霧が町を包んでいた。

あまりにも濃く、美しい乳白色の霧。そのせいで、遠くを見通す事が出来ない。

そこを少年――ロディウスは歩いていた。

 

「……疲れた」

大会が始まって四日目。

それだけだというのに疲れた。この大会は四カ月以上続くようなものなのにと考えると、先が思いやられる。

 

セレネとエスター、あの二人は今居ない。

別行動をしているから。

予選突破をするためには五人を倒すということだが、まだ足りていないのだ。

といっても俺もだが。

「それにしても、この霧……」

迷惑この上ない。

これじゃあ誰かが襲撃してきても解らない。まぁ、相手側もこっちを見ることができないけども。

「これも、誰かのラウドだったりしてな」

なんとなく、独り言。言った自分で苦笑する。

町中に霧を発生させるラウドなんて……ありえそうで恐い。

ラウドは十人十色。

人知を越えたラウドもあれば、あまりにもくだらないラウドを持つ者もいる。

霧を生み出すラウドの持ち主だって、探せばいるだろう。

 

霧はどんどん深くなっていく。

ただ歩くだけでも困難になっていた。

この先を視るか?

正直言って、今あまりラウドを使いたくない。誰かにばれたらこの後が面倒だし、代償も眠りだけじゃあ足りなくなる。

そうしている内にも、霧の向こうから誰かが来るのが微かに感じる。

『ふふっ……』

一人で笑ってる?

あまり近寄りたくない類いの人のようだ。

ここはさっさと路を外れ――

「くっ?!」

何かが後ろから迫る。

慌てて回避してもさらに回避した先から。

なんだ?

まさか、俺と同じ未来予知の能力者なのか?

これまで戦場を駆け抜けてきた経験と勘、それだけで紙一重に避け続ける。

ラウドを使いたくないなんて言っていられない。

すかさず、未来予知(ラウド)を――発動。

「なっ――」

ありえない。

なぜか未来予知で見た未来に霧はない。

そして、短剣を握る二本の腕が……宙から生えるように出現して、俺に攻撃している?

こんなラウドもあるのか?

『ふふっ、ふふふふっ』

さっきの声が響いて来る。

女の、笑い声。

まさか、こいつか?

霧の中でもなぜかしっかりと姿が見えた。

壺のような者を持った女。

「お前か」

その壺から、霧が吹き出てきていた。十中八九ラウドだろう。

こいつが、この霧の犯人だ。

なら、腕のラウドの持ち主は?

ラウドは一人一つまでしか持てない。と言う事はこの攻撃は違う奴だ。

彼女は霧を発生させるラウド、ならば、この腕は他のラウドの持ち主の腕。

さらに、霧が濃くなってくる。

それとともに、攻撃が激化する。

第三第四の腕を宙に発生させるラウドか、自分の腕をここに出現させるラウドか。

「よし、やるか」

これじゃあ逃げることもできない。

腹をくくると、女を狙って走り出す。

腕はともかく、霧を出している女はきっと戦えないはずだ。

さっさとこの邪魔な霧を消す。それがさっさと終わらせる近道だ。

「ふふっ」

女が笑みを深める。

「って、おいっ?!」

姿が、掻き消えた?

いや違う。距離が開いた?!

動揺した俺に、宙の腕が襲いかかる。

どうにか避けるが、肩を何かが切り裂く。

しくった。

「――っぅ!」

拙い――いや……これなら、行けるかもしれない。

ちらりと見えた腕。そこには、大会参加者の証の腕輪があった。

ならば。

一旦、離脱するように女から離れる。それでも、腕はついて来る。

それを予知で見て

 

掴む。

 

出現する所、タイミング、それさえ分かっていれば出来るかもしれない。と、半ば博打だったが、ぎりぎり成功。

短剣の刃に気をつけながら二つの腕を行動不能にした。

手が慌てて抜け出そうと抵抗するが、もう無駄だ。

「すまんな、勝ち残るのは――俺だ」

その腕についていた腕輪。それ、を破壊した。

これで予選突破。

「っと、まだか」

まだ、あの霧を出している女が残っている。

こちらは予選突破したが、相手側は違う。こっちの腕輪を狙ってくるかもしれない。

彼女がどこにいるのかと周りを見回すと、霧が消え始めていた。

ラウドで創られた霧だ。維持時間の限界か、ラウドの持ち主に何かあったのか……。

『きゃああああああっあっ?!』

「――え?」

これは、後者のようだ。

霧が晴れた先にいたのは、一人の女と男、そして……黒い影。

影のような、人間?

なんなんだ? 姿がよく見えない。

手には構えもせずに細身の剣を携えている。

女と男は動かない。

倒れたまま、先ほどの叫び声は彼女の声だったはずなのに。

「う、うわああああああっ!!」

俺の後ろで、叫び声が上がった。

両手に短剣を持った青年だ。

女と男の様子を、こちらを見て、叫び声を上げて逃げだしただの。

しかし――。

「遅いよ」

壁が赤い血飛沫で彩られる。

切られた?

いつの間にか、黒い影のような男が青年の前にいた。

まるで、瞬間移動したように。

 

危険だ。

 

こいつは危険だ。

黒い影が、青年に剣を振り下ろす。

 

逃げろ。

逃げてしまえ。

今のうちに、狙われないうちに、早くっ!!

 

本能がそう囁きかけて来る。

見ただけでわかるのだ。

危険だと。これを前にしてはいけないと。

 

足が、地面を蹴った。

「くそっ!!」

そう言って――男に斬りかかる。

「ふざけんなっ!!」

青年の腕に腕輪はない。

なぜなら、さっき俺が壊したから。

宙に浮かぶ腕は彼の腕だったのだろう。

あの霧を生み出していた女と一緒に倒れていた男は、もしかしたらあの時、女が突然後ろに下がった時のトリックの正体なのかもしれない。

この影の男が瞬間移動したように、あの男は女を瞬間移動か何かをさせて……こちらを混乱させた。

そんなこと、今はどうでもいい。

「そいつはもう、参加者じゃねぇんだよ!!」

男は剣を止めたこちらを睨んでいた。

馬鹿やった。

なに、さっきまで戦っていた相手を助けてるんだ。

しかも、こんな良く解らない奴に。

「……逃げればよかったのに」

聞き取りづらい感情の無い声。

あたりには、なぜかまた霧が発生していた。

さっきの女は倒れたままだ。じゃあ、誰が?

「お兄さん……ばかだねぇ」

「っ――!!」

苦痛。

下を見れば、銀色の刃が腹を貫いていた。

それをしっかり確認する暇もなく、乱暴にそれを抜かれると壁に叩きつけられる。

「か、はっ――」

目の前で火花が散った。

いま、なにをされた?

起き上ろうとして、壁に手をつくと血が滴るのが見える。

どろりと、身体の至る所から赤い液体が流れていく。

いつのまに?

疑問を抱いた時には、未来予知をする暇もなく切り刻まれた後だった。

一瞬のうちにだ。人間業じゃない。

そもそも、見えなかった。動いていないのだから。

これが、彼のラウドなのか?

 

刀が持てない。しっかりと立てない。

くそ……。

揺らいでいく視線の先で、死神のような影の男はこちらを見下ろしてゆっくりと近づいて来る。

逃げられない。

やっぱり、あの時逃げておけばよかった。

それが出来なかったのは、自分の甘さか。それとも偽善か。

額から血が溢れて、それが目に入る。

真っ赤になった視界の中で、彼は手を伸ばしてきた。

「くっ」

転がりながら逃げると、傷に砂がめり込んで壮絶な痛みを与える。

悶絶する俺に、そいつは……なにも反応しない。

「ばかだね……」

そう言うと、手を翳す。そこに、手のひらに、風が集まって行く。

ラウド……?

「なん、で……」

なんでだ?

さっき、瞬間移動を行った。

なにもしていなかったはずなのに、切り刻まれた。

今、風を起こしている?

こいつは、ラウドを複数持っているって言うのか?

そんなの聞いたことが無い。

「お前は……一体……」

「……ネームレス……わたしは、ネームレス」

たどたどしい言葉だった。

いや、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

「……な……」

知っている。

その名前を、俺は知っているのだ。

「戦場の刈り手(しにがみ)……ネームレス……」

 

 

最悪の(会ってはならない)化物(しにがみ)だ。

 

 

向かい合う。

戦場の狩り手と呼ばれる化物を。

戦の中で、幾つもの戦場を歩いた。

その中で、もっとも恐れられている傭兵。それが、ネームレスだった。

一度も遭ったことはない。

それでも、知っている。

その存在は数の暴力にも屈することはなく、どんな英雄をも殺したニンゲン。

人間ですら無いのではないかと、畏怖と恐怖、恐れと畏れから、そう騙られている、化物(ニンゲン)

 

張りつめた空気。

時間が止まったようだった。

未来予知をする余裕が無い。

一瞬でも気をそらせば、殺られる。そんな予感が在った。

帝王、アーフェリオンの圧倒的な存在感、圧力、上に立つ者のカリスマとは違う。

純粋な、恐怖。

ネームレスはまさにそれの体現者のような気を放っていた。

それが、ふと弱まる。

『ネームレス、あやつらに気づかれた。さっさと撤退するぞ』

誰だ?

女のような、男のような、子供のような、大人のような。確定できない、不気味な声が宙に響く。

「……運、良かったね」

くるりと後ろを向くと、ネームレスは悠然と去って行った。

 

完敗、か。

 

予選は突破できた。

しかし、負けた。

「くそっ!!」

打ちつけた拳は、酷く痛かった。

「……俺は」

弱い。

そう思ったが最後、無力感と痛み、代償によっていつの間にか意識は消えていた。

 

 

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