それでは、どうぞ!
夢を見ていた。
姉と妹、そして自分。3人で、くだらない話をして笑いあっていた。
熱心にじゃれつく妹。それに困る素振りを見せながらも、楽しさを隠しきれない自分。そんな2人を、暖かな眼差しで見守る姉。
まだ幼い頃の夢だ。いや、今でもそれは夢足り得るかもしれない。
いつからだろうか、姉に遠く離れた距離を感じるようになったのは。
いつからだろうか、妹に隔絶した才能を感じるようになったのは。
自分の存在は、姉と妹、両者の重荷になっているのは分かりきっている。けれど、そんな関係を切り崩すには、あまりにも自分は非力すぎる。
何か自分は、変わることが出来るだろうか。
もし変われたのなら、あの日の3人を取り戻す事が出来るだろうか。
そして――
「あ、お兄ちゃん……おはよう!」
目を開けて、いの一番に飛び込んできたのは、視界いっぱいの少女の顔だった。スッと通った鼻筋、快活にパッチリと開いた瞳、浅葱色の短めに切り揃えた髪の毛――妹の、
何故、妹の顔がこんなにも近くにあるのか。答えは至極簡単である。俺――
「……また俺のベッドに潜り込んで」
「だって、たまたま早く起きたんだもん。そしたらお兄ちゃんのところへいくのが、一番るんってくるよね!」
理由は、妹が寝ている隙にベッドに入り込んでいたからだった。妹は、お互いにもう高校二年生だというのにも関わらず、こうしたことがそこそこある。俺より日菜が早く起きた時は、大抵そうだった。そして、ベッドに潜り込んでは、俺が起きるまでジーっと顔を見つめているのだ。
「俺の寝顔なんか見ても面白い?」
「面白いよー」
「……さいですか」
「うんっ!」
妹の感性は、贔屓目に見ても一般的とは言い難い時が多々ある。これもその一部に違いない。
そして、今日は平日だ。健全な学生にはある責務がある。そう、学校へ行くため、毛布にしがみつく妹を引剥して、朝の支度へと向かう。
俺の家こと、氷川家のリビング。
ベーコンエッグ、トマトサラダ、コーンスープ、そしてアイスティー。食卓に並べられていたのは、模範的な朝食だった。ベーコンエッグの微妙な出来具合の違いからして、今日は日菜が朝食を作ったのだろう。日菜に礼を言うと、「いつもはお兄ちゃんかお姉ちゃんが作ってるからたまにはねー」と返された。
俺と日菜以外に物音はない。そこまで遅くまで寝ていた訳ではないが、今現在、俺と日菜以外にこの家に人はいない。
「日菜、姉さんは?」
答えなど粗方分かっているが、会話の繋ぎというか、それでも確認はしておきたいというか、そんな気持ちで問い掛ける。
「お姉ちゃんなら、またバンドの練習ー」
予想通りだ。俺の姉――
朝早くからの練習。そう、姉はバンドに所属している。ガールズバンド、
「日菜は、そっちの活動の練習しなくてもいいの?」
「あたしは別にいいかなー。一回で覚えちゃうし」
「……そっか。今日も『パスパレ』の活動?」
「うんー。今日は放課後から夜までだけど!」
方や妹も、アイドルグループに所属していた。Pastel*Palettes、略してパスパレ。妹も同じく、そこでギターに位置している。
ロゼリアが、本気で演奏をする――無論、パスパレを本気ではないような、貶めるような意味ではないが――ガールズバンドなのに対して、パスパレは、事務所所属のアイドルによって結成されたアイドルグループのバンドだ。方向性は、犬と猿、タカ派とハト派くらいに違うものの、二人共ギターであるのは、弟であり兄でもある自分としては、何となく嬉しかった。
「今日は俺、バイトだから迎えに行けないな」
「えー! 今日のやる気スイッチがたったいま無くなっちゃったじゃん!」
「まあ、何か買ってくるから許してくれよ。社割り効くしな」
「うーん、まあ、及第点!」
「それはよかった」
「まあ、お兄ちゃんの買ってくるものならなんでもいいけどねー」
そうこうしている内に、家を出る時間が近づいてきた。日菜は寄り道で遅刻しやすいから、早めに出なくてはならない。
「日菜、そろそろ行こうか」
「あ、うんー! ってお兄ちゃん今のスルー?」
放課後になり、バイト先へと急ぐため、いそいそと友達と別れてきた。丁度空を彩っている夕焼け空が、素直に綺麗だと思った。
姉は花咲川女学園二年、妹は羽丘女子学園。勿論、俺は2人とは違う、地元の男子校に通っている。俺たちは三つ子だ。三つ子であるのに、いや、三つ子であるからか、三人共高校がバラバラである。俺は特に問題さえなければ、地元の共学の高校でも良かったのだが、妹の強い勧めにより、男子校に入ることとなった。
俺の名前、『観月』という名前は、姉にならうように名付けられた。『紗夜』、夜空には美しい月がある。すくすくと育つ姉という月を見て自分もまた、健やかに成長してほしい。また、『紗』という字には繊細という意味があり、そんな姉を見守っていて欲しいという由来から、観月と命名したらしい。
そして、妹の『日菜』という名前は、姉と俺にならって付けられた。太陽、即ち『日』とは、月を照らす存在だ。そんな風に、妹には俺と姉さんを明るく照らし出す太陽、暖かな菜の花のような存在になって欲しいと、命名したという。
事実、妹は俺にとってかけがえのない存在だ。妹のいることで、何度救われたかは数え切れない。命名通りに明るく育った妹。親冥利に尽きるだろう。
方や俺は、どうだろうか。
健康に以上もないし、大病も大怪我もないから、そこは問題ない。
しかし、もう一つの方は?
俺が姉さんを、見守る――烏滸がましいにも程がある。
小さい頃から姉さんを見て育ってきた、姉さんのすることは日菜と揃って真似をしたし、姉さんのような人間に成りたいと思っていた。
ただそれは、憧れであるだけだ。見守るとは言わない。そして、今ではもっと醜い。
今の俺は、姉さんを見ているだけだ。姉さんが、いつの日からか俺と距離を置くようになって、そこからは、ずっと一方的に見ているだけだった。
それも、最低の理由でだ。
いつからそうなったのかは、分からないが。
――俺は、姉さんに、姉という存在に、抱いてはいけない感情を抱いている。
三つ子の生まれる確率は、数十万分の一みたいですね。
次回、彩ちゃん花音ちゃん登場です。